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花の百名山シリーズ⑨ 神 室 山

  • 栗駒国定公園の一角にある神室連峰は、主峰・神室山(1365m)や最高峰の小又山(1367m)、黒森(1,057m)、水晶森(1,097m)、前神室山(1,342m)、天狗森(1,302m)、火打岳(1,237m)など急峻な峰々が連なり、「みちのくの小アルプス」と形容され、健脚の登山者に親しまれている。
  • 標高約1250m地点に群生しているキヌガサソウは、国内最大と言われるだけに、必見の価値がある。見頃は、6月下旬~7月上旬頃。群生地は、草原と池塘が広がる「御田の神」を過ぎた斜面の登山道沿いに二ヵ所連続している。
  • 神室山概略図
     登山口は、秋田県湯沢市役内口、山形県金山町水晶森口、有屋口、蒲沢口、新庄市土内口など、いずれも健脚者向きの難儀なルートである。中でも役内口は、最もポピュラーなコースで、キヌガサソウの大群落を鑑賞するには最適なコースである。(取材日:2015年6月23日)
  • 西ノ又コース(行き) 標高差950m 距離5km 所要時間・・・4時間~4時間半
     パノラマコース登山口(標高415m)林道終点・西ノ又コース登山口(475m)第1吊橋(510m)第2吊橋(560m)渡渉点(760m、三十三尋の滝)不動明王の祠胸突八丁御田の神(1200m、マミヤ平)キヌガサソウ(1250m)窓くぐり西ノ又分岐(1345m)神室山(1365m)
  • パノラマコース(帰り) 距離5.7km 所要時間・・・3時間~3時間半
     神室山(1365m)西ノ又分岐(1345m)鏑山大神(奥宮)有屋分岐(1325m)水晶森分岐(1305m)前神室山(1342m)第3ピーク(1275m)ざんげ坂第2ピーク(1078m)第1ピーク(1038m)いっぷく平(700m)パノラマコース登山口(415m)
    ※ 詳細のMAP及び各地点の標高は、カシミール3Dによる
▲パノラマコース登山口 ▲西ノ又コース登山口
  • 車は、西ノ又コースまで入れるが、駐車スペースが狭いのが難点。西ノ又コースを登り、帰路はパノラマコースを辿るのであれば、パノラマコース登山口に駐車することをオススメしたい。駐車スペースは、およそ20台と広いので安心だ。
▲せせらぎの音を聞きながら歩く ▲「神室山山頂 4.5km」の標識
▲第1吊橋を渡ると、道は左岸から右岸へ。
  • 巨木の幹に貼り付けられた案内板には、「この先登山道が不明瞭なので左図により進んでください」と書かれている。真っ直ぐ進むと沢へ向かい、道がなくなるので注意。途中、左手に蛇篭で補強され、虎ロープが設置された急斜面を登る。
▲第2吊橋 ▲西ノ又川
  • 第2吊橋を過ぎると、ブナの幹も次第に太くなる。樹齢200年~300年ほどのブナの巨木はお見事。幹には、たくさんのナタ目の跡があるが古くて判読できない。古くから信仰の山であったことが伺える。
  • 登山道は、小沢を幾つも横断する。その度に、雪崩や洪水で崩壊が著しい。幸い、つい最近、登山道の整備をしたらしく、危ないヵ所には虎ロープが張られ、崩壊した斜面の道には小段が設けられていた。こうした地元の方々のご努力に感謝しながら進む。
  • 額に汗が滴り落ち、次第に足が前に出なくなる頃、ブナの幹に貼り付けられた名文が飛び込んできた。「老いて猶 かむろの道に汗流る」・・・まるで我々の気持ちを代弁しているようで嬉しく、座布団を10枚差し上げたい気持ちになった。
▲ヤグルマソウ ▲石に赤い矢印が記された小沢を渡る
  • 正面に三十三尋の滝が見えると、第3渡渉点。ここで朝食とする。
  • 大滝、三十三尋の滝と雨乞い・・・下流にあった大滝と三十三尋の滝は、登拝者の穢れを祓い清める「水垢離場」であったが、「雨乞い」の場所としても有名であった。麓の村々では、日照りが続くと、この滝に行き、滝壺に石や馬の骨を投げ込み、滝を穢して神を怒らせ、雨を降らせてくれることを祈った。
▲三十三尋の滝 ▲不動明王
  • 沢を歩けば分かることだが、天まで届きそうな断崖絶壁のV字谷や清冽な水が轟音を発して流れ落ちる滝の前では、その神秘さにひれ伏すしかない。修験道では、こうした滝や洞窟、自然石などを神聖な場所として崇めている。
     だから、こうした場所で不動明王が突然出現したとしても、何ら不思議はない。事実、この滝を過ぎると、ほどなく苔生した「不動明王」があった。恐らく、昔は、三十三尋の滝で「雨乞い」の神事をすれば、必ずこの「不動明王」に礼拝する習わしがあったに違いない。
  • 胸突八丁坂・・・渡渉点の標高760mから標高1200mのマミヤ平の湿原まで、標高差440mを一直線に登らなければならない。この急坂は、「胸突八丁坂」と呼ばれている。ゆっくり登るも、汗が全身から吹き出し、帽子のツバを伝って滴り落ちるほどだった。
  • この心臓破りの坂は、特に高齢者にはきつい。毎朝1時間、欠かさず散歩で鍛えているダマさんが、「こりゃ~きつい。鳥海山よりきつい。」と言った。修験の山、健脚者向きの山と言われているのがよく分かる苦行の坂道であった。
  • 唯一の救いは、ブナの森が放つ「森林セラピー」を五感で感じながら登ることができる点である。頭上から鳥の囀り、虫の声、心地よい風の音も聞こえてくる。それでもキツイ!・・・休んでは汗をぬぐい、水分を補給しながら登った。
▲エゾユズリハ ▲ガマズミ
▲ツクバネウツギ ▲ナナカマド 
  • 樹間から西ノ又沢の対岸に前神室山とパノラマコースの絶景が見えると、やっと傾斜が緩くなる。やがて樹林の背丈が低くなると、視界が開け尾根筋の道となる。
▲マミヤ平 ▲アカモノ
  • 視界が悪く、苦行続きの「胸突八丁坂」がことさら長いだけに、視界が一気に開けた湿原「マミヤ平」に躍り出た時の感動は大きい。高山植物も、アカモノ、ツマトリソウ、ウラジロヨウラク、コバイケイソウ、ニッコウキスゲ、イワイチョウ、イワカガミ、サンカヨウなど、群落の規模は小さいが種類が多い。
  • 神室の御田、マミヤ平
     この湿原は、「マミヤ平」と呼ばれ、点在する沼は「神室の御田」と呼ばれている。作占いは、初夏の頃、沼に生えているエングサ(カヤツリグサ科の一種)の生長具合を見て、今年の稲の作柄を占った。エングサに実がたくさんついていると、「今年は豊作だ」と言って喜んだという。
     また、雨乞いの聖地でもあり、沼の傍らに竜神が祀られている。雨乞いをする時は、沼に木や石を投げ込んだり、木でかき回したりした。逆に長雨が続いて困る時は、神室山頂に柴を積み上げ、護摩焚きをして祈祷したという。 
▲ウラジロヨウラク ▲イワイチョウ
  • マミヤ平から雪渓を越え、笹の群落の中を登り始めると、ほどなくキヌガサソウの大群落へ
  • キヌガサソウ第一群生地・・・秋田さきがけ新報の記事によると、登山道の両サイド180平方mの範囲で1,738本が確認。その群生規模は、国内有数の群生地・白馬岳の約3倍と大きく、国内最大、日本固有種だから世界最大の群生地ではないか。
  • キヌガサソウ第2群生地からマミヤ平方向を望む・・・上部の第2群生地は、開花が相当早かったようで、花茎は長く伸びて、既に淡い紅色を帯びていた。それでも登山道を塞ぐように迫り出す群生の規模は大きく、両サイドからキヌガサソウの群れに「熱烈歓迎」されているようで嬉しいことこの上なかった。
  • キヌガサソウの群落の終点、「窓くぐり」を抜けると、視界は一気に開ける。
▲ミヤマカラマツ ▲コバイケイソウ
▲タニウツギ ▲ハクサンフウロ
▲シロバナニガナ ▲マルバシモツケ
▲ニッコウキスゲ
  • 正面のピークが神室山(1365m)・・・西ノ又コース分岐点から左折し、痩せ尾根沿いにニッコウキスゲが咲き始めた登山道沿いをアップダウンを繰り返しながら歩き、神室山山頂に立つ。
  • 信仰の山「神室山」山頂 ・・・山頂は狭いが、360度視界を遮るものがない。天候が良ければ、南は小又山から火打岳へと続く神室連峰、さらにその奥に蔵王連峰、朝日連峰、月山が遠望できる。西には鳥海山、北から東は、前神室山、高松岳など栗駒国定公園の山々が見渡せるのだが・・・。
▲山頂・神室神社の石碑
▲神室連峰の最高峰・小又山方向を望む ▲2010年建てかえられた避難小屋
  • 山頂で水分とエネルギーを補給しながら、しばらくガスが晴れるのを待った。しかし、ガスはほとんど晴れることがなかった。山形県側の有屋口から登ってきた登山者3名は、山頂で記念撮影した後、西へちょっと下がって避難小屋に向かった。小屋に荷物を置いてから、わざわざ来た道を戻り、秋田側へ標高差100mほど下ってキヌガサソウを見に行くという。今や、キヌガサソウの人気は、ナンバーワンのようだ。
  • 神室山から西ノ又分岐方向を望む
  • 西ノ又分岐点まで戻り、パノラマコースに向かう。分岐から100mほど行くと、岩場に栗駒国定公園のレリーフが埋め込まれている。この岩場の右手裏側に、役内集落の神室神社の奥宮がある。
▲「栗駒国定公園神室山」のレリーフ ▲奥宮の鳥居
  • 鏑山大神(奥宮様)
     神室山の古名は、鏑山(カブラダケ)・・・だから山頂に祀られている神は、鏑山大神と呼ばれている。役内集落の役内会館に鎮座する神室神社は、昭和15年、この奥宮から招いて祀った神社だという。ご神体の鏑山大神は、左手に稲穂、右手に桑の小枝を持っている。これは、農耕と養蚕の神であることを示している。この地区に伝わる役内番楽は、神室山を信仰する修験者によって伝承されたもので、神室山信仰を今に伝える郷土芸能である。
▲有屋口分岐 ▲水晶森分岐  ▲前神室山山頂 
  • 有屋峠・・・神室連峰の北外れ、水晶森(1097m)と黒森(1057)の鞍部・標高934mは、有屋峠と呼ばれている。今から1200年余り前、古代蝦夷制圧の新道として開削された「雄勝道」は、山形県金山町から有屋部落を経て、神室山塊の有屋峠を越え、湯沢市薄久内に出て由利へ抜ける古道である。1603年、旧羽州街道ができるまでは、秋田と山形を結ぶ主要な道として利用された。
  • ゴゼンタチバナ・・・有屋口分岐周辺には、登山道沿いに「ゴゼンタチバナ・ロード」と形容したくなるほど群生していた。もちろん、登山道沿いを彩る定番・マイヅルソウやハクサンチドリも咲いていた。
▲ハンサンシャクナゲ ▲ツバメオモト
▲ムラサキヤシオツツジ ▲タムシバ
▲ギンリョウソウ ▲ツルアジサイ
  • 急な「ざんげ坂」を下ると、ブナの巨木の中を縫うように登山道が続いている。推定樹齢200年~300年ほどの巨樹の前に立てば、思わず拝みたくなるほど神々しい。太いブナの幹には、必ずと言っていいほど古いナタ目が刻まれていた。それは、信仰の山「神室山」に対する歴史の古さと信仰の深さを物語っているように思う。
▲今年はブナの実が豊作
▲西ノ又コースの谷を望む ▲役内集落を遠望
  • 巨木が連なるブナの森は、「ざんげ坂」終点から「いっぷく平」周辺まで延々と続く。太古の森・・・その神々しい光景は、素晴らしいの一言である。「いっぷく平」から標高差約300mほど一気に下ると、登山口に辿り着く。
  • 神室山役内口コースの主な植物・・・キヌガサソウ、ハクサンフウロ、ヒナザクラ、ミネザクラ、ミヤマダイコンソウ、ハクサンシャクナゲ、コメバツガザクラ、ウゴアザミ、ミツバオウレン、コシジオウレン、ミヤマホタルイ、ニッコウキスゲ、コバイケイソウ、シラネアオイ、タニウツギ、ミヤマカラマツ、ハクサンチドリ、ゴゼンタチバナ、アカモノ、シロバナニガナ、ツマトリソウ、マルバシモツケ、ウラジロヨウラク、ドウダンツツジ、ムラサキヤシオツツジ、マルバマンサク、タムシバ、ナナカマド、ツクバネソウ、ミヤマカタバミ、ツバメオモト、ニリンソウ、カタクリ、キクザキイチゲ、イワウチワ、ショウジョウバカマ、ラショウモンカズラ、キバナイカリソウなど
参 考 文 献
  • 「ネイチャーガイド 神室連峰」(神室山系の自然を守る会編、無明舎出版)
  • 「花の百名山 登山ガイド上」(山と渓谷社)
  • 「東北の峠歩き」(藤原優太郎、無明舎出版)
  • 「アルペンガイド2 東北の山」(山と渓谷社)