本文へスキップ

  • 秋田県内で最も広い原生林が残っている和賀山塊・・・その山塊の盟主・和賀岳(1,440m)は、別名「阿弥陀岳」とも呼ばれ、薬師岳、白岩薬師とともに山岳信仰の山であった。登山コースは、薬師岳コースと岩手県西和賀町高下コースがあるが、いずれもアプローチが極めて長い。それだけに山頂に達すると・・・高山植物の楽園、極楽浄土と呼びたくなるような感動を味わうことができる。
  • 風衝草原のお花畑から薬師岳を望む(1218m)
  • 和賀岳山頂は「雲上の楽園」・・・写真提供HP「休日の山歩き」(「和賀岳」)
    「和賀岳山頂の北斜面に咲くニッコウキスゲ。背景遠くは雲海上の秋田駒と岩手山。その手前には羽後朝日岳を始めとする和賀山塊の山々」(2012年7月22日撮影)
  • 薬師岳~和賀岳コース
     薬師岳トイレ・休憩所甘露水(370m)ブナ台(620m)滝倉水場(800m)倉方(990m)薬師岳分岐(1170m)薬師岳(1218m)稜線お花畑薬師平(1180)小杉山(1229m)小鷲倉(1354m)和賀岳(1440m)
     上りは、甘露水~薬師岳160分、薬師岳~和賀岳120分 計280分
     下りは、和賀岳~薬師岳100分、薬師岳~甘露水100分 計200分・・・往復合計480分
  • 薬師岳~和賀岳登山MAP(PDF)
▲薬師岳登山口公衆トイレ ▲甘露水(370m)登山口
  • 「薬師岳登山口公衆トイレ」は、休憩所・避難小屋を兼ねている。駐車場も広く、15台は駐車できる。車は、甘露水まで入れるが駐車スペースが少なく、ここに駐車するのがベターである。登山口の右手にある「甘露水」で喉を潤し、登山開始。
  • ブナ台(620m)から倉方(990m)までは美しいブナ林が続く
▲滝倉水場(800m) ▲滝倉避難小屋跡
  • 滝倉の水は、冷たく水量も豊富で名水の誉れが高い。水場から急な登りとなるが、すぐ右手に避難小屋跡に着く。かつては収容人員50名の大きな無人小屋があったという。水場が近くにあるので、キャンプするには最適な場所である。九十九折の道をひたすら登ると倉方の尾根に出る。
▲倉方(990m) ▲ブナの実
  • 倉方から尾根沿いに真っ直ぐの登山道を登ると、ほどなく痩せた急な岩場の道となり、展望が一気に開ける。
  • 薬師岳分岐(1170m)を目指して上り、振り返ると、仙北平野が一望できる。薬師岳は、昔から自分たちの村を守ってくれる山の神、田の神が棲む山・・・そのお薬師さんから見下ろすふるさとの絶景は格別である。
  • ニッコウキスゲのお花畑を登る
  • 薬師岳最後の上りを振り返り、岩手県和賀川源流部を望む
  • 薬師岳山頂(1218m)・・・小さな神社には、「お薬師さん」と呼ばれる薬師如来が祀られている。薬師岳は、薬師信仰に由来し、全国に同じ名前の山がたくさんある。簡単に言えば、病気を治してくれる神様・・・ここまで上れば、自ずと病は治るような気がする。
  • 薬師岳から小鷲倉(左:1354m)と和賀岳(右:1440m)を望む
  • 眼下の薬師平は、ニッコウキスゲの黄色の絨毯に染まっていた
▲ゴゼンタチバナ ▲ハクサンフウロ
  • 薬師平・風衝草原の花園・・・薬師平方面に下ると、目の前にお花畑が広がる。花の種類、広さとも一級品のお花畑である。手前の白から淡紅色の花穂はイブキトラノオ、その奥の黄色はニッコウキスゲの大群落である。
  • ニッコウキスゲとイブキトラノオのお花畑から袖川沢と仙北平野を望む
  • ニッコウキスゲのお花畑をゆく 
  • 白のイブキトラノオが目立つ群落・・・イブキトラノオは、丈が高く、お花畑の中でもよく目立つ。滋賀県伊吹山に多いことから名付けられた。漢字では「伊吹虎の尾」。
▲イワテトウキ ▲クガイソウ
▲ヨツバヒヨドリ ▲イワオトギリ
▲タカネアオヤギソウ ▲ハクサンシャジン ▲オニシモツケ
  • 薬師平(1180m)と小さな沼
▲薬師平から小杉山に向かう
▲小杉分岐 ▲小鷲倉方向を望む・・・和賀岳に登って帰る登山者
.
  • 喜左衛門長根から錫杖(シャクジョウ)の森を望む・・・左の袖川沢と右の掘内・オイの沢を分かつ最低鞍部は、「錫杖の森」と呼ばれている。尾根は両サイドに鋭く切れ落ち、クマも寄り付かない険谷である。錫杖とは山伏が鳴らす楽器のようなもの・・・昔、ここを通った山伏が転落し、背負っていた笈(オイ)が下の沢に転がったことから「笈の沢」と呼ばれるようになったという。
  • 小杉山から薬師岳方向を望む
  • 小杉山から小鷲倉、和賀岳方向を望む・・・小杉山に着くと、左手から白岩岳コースが合流する。小杉山から和賀岳までは、まだ80分程度かかる。途中一泊すればいいのだが、残念ながら避難小屋も水場もないので注意。
  • 堀内沢絶景ポイント・・・小杉山から白岩岳方向にちょっと下れば、和賀山塊の中でも最も奥が深い堀内沢を俯瞰できる。刺巻・生保内平野から田沢湖まで遠望できる絶景のポイントである。
  • 八滝沢源流部と和賀岳を望む
     右のピークが和賀岳、その左斜めの谷が八滝沢・・・急峻な谷であることが一目瞭然である。八滝沢の隣は、支流豆蒔沢、その沢とマンダノ沢を分かつ尾根は通称「南部ツル」と呼ばれている。その和賀川と堀内沢の鞍部は、「治作峠」と呼ばれ、かつて沢内マタギが堀内沢に通ったルートである。マタギにとっても手強い谷だったらしく、山の神の使いとして恐れられた巨大グマ伝説が数多く残っている。
     和賀岳の頂上は、ドーム状で、お花畑に覆われている。和賀岳周辺は、岩手県西和賀町高下コースで紹介する。
西和賀町高下~和賀岳コース
  • 西和賀町高下~和賀岳コース
     526m高下登山口740m赤沢分岐~尾根ブナ原生林870m高下岳分岐水場927mピーク720m和賀川渡渉点BC1337mコケ平(横岳)1440m和賀岳(標準タイム行き4時間、帰り3時間余)
     薬師岳コースに比べると、高下コースはマニアックなコースで登山者が少ない。和賀川渡渉点で一泊すれば、静かな登山をのんびり楽しむことができる。
  • 高下~和賀岳登山MAP(PDF)
▲西和賀町沢内高下・和賀岳登山道入口 ▲登山道入口~赤沢分岐
  • 県道1号線沢内村川舟の高下集落から「和賀岳登山道入口」の標識に従って高下川沿いの道に入り、約20分で林道終点の登山道入口に着く。駐車場は10台ほど駐車できるスペースがある。登山道はスギ造林地の中を通り、次第にきつい登りとなる。空身なら約30分で標高740mのブナ林の尾根に出る。 
  • 赤沢分岐(740m)・・・赤沢分岐より上部は、見事なブナの森が広がっている。
  • 伝説の「コブクマ」と沢内マタギ
     和賀山塊周辺には、体重220kg以上、足にコブのある「コブクマ」が生息していた。すばしっこく、どんな名人でも射止めることができなかった伝説の巨大クマである。昭和34年4月、動物作家・戸川幸夫氏が豊岡・白岩マタギたちと和賀岳のナンブツルで、雪上にコブクマの足跡を発見、写真撮影に成功している。足跡は、普通のツキノワグマの倍以上で、内側にコブと思われる跡もあったという。
     1999年11月、88歳で亡くなった最後の沢内マタギ・米倉金太郎さんは、その「コブクマ」と遭遇したことがあった。血が騒ぎ、仕留めようと思ったが、なぜか武者震いが止まらない。逃げられたのか、コブクマの方から立ち去ったのか記憶がないほど、例えようのない恐怖とあぶら汗が出たという。
     米倉マタギは、八滝沢右岸の尾根・通称「ナンブツル」を辿って仙北マタギのお助け小屋や、その前身の桂小屋に何回も訪れるなど、お互いに猟場を共有・交流していたという。和賀山塊は、白神山地や森吉山と同じく「マタギの森」であった。
  • 400年近いブナのモンスター・・・なだらかなブナの森を行くと、ブナの幹に「クマ狩」と刻まれたマタギのナタ目がある。古いクマゲラの巣穴もあるという。高下分岐に向かう途中の急坂左に、仁王立ちしたブナの巨樹がある。見上げると、幹は分厚い苔に覆われ、神の手のような枝幹を天に突き上げている。通称「ブナのモンスター」と呼ばれる巨樹で、この森の主である。 
▲高下岳分岐 ▲和賀岳自然環境保全地域の看板
  • 和賀岳自然環境保全地域
     昭和56年5月、和賀山塊・和賀川源流部が自然環境保全地域に指定された。その区域は、和賀岳、薬師岳、高下岳に囲まれた和賀川源流一帯で、面積は1,451ha。この地域は、人為による影響をほとんど受けることなく維持されてきた、優れた天然林の地域である。
     また、冷温帯性の典型的なブナの極相林から亜高山帯の低木型ブナ群落、ミヤマナラ林、高山性のハイマツ群落、風衝草原、雪田植生に至る植生の垂直分布が見られ、動植物の貴重な種も多いことが指定の理由である。
▲水場 ▲牛の首 ▲ブナの木の根道
  • 高下分岐を過ぎると、山腹に林立するブナ沿いを水平に横切る平らな道になる。この道を、沢内マタギは、「牛の首」と呼んでいた。その途中、ブナの幹に「水」と刻まれたナタ目がある。その左下に冷たい湧水がある。920mピークの右手に自然環境保全地域の看板がある。ここから和賀川まで一気に下る。
  • 標高720m・和賀川渡渉点・・・梅雨期は、水量がや多く、登山者が飛び石伝いに渉れるような水位ではない。登山靴を脱いで渡るか、渓流用の靴に履き替えて渡る。夏でも水は冷たく、透明度は抜群・・・底石まで透き通って見える。この対岸正面、右岸の高台が広いテン場になっている。
  • 標高720m地点、和賀川渡渉点テン場・・・和賀岳に登るルートの中では、唯一のキャンプ場である。ここに一泊して、和賀川のイワナと遊び、翌朝ゆっくり和賀岳に登る人が多い。ただし、大雨で増水すれば渡渉は不可能になるので注意!
  • 和賀川源流に懸かる滝
  • 和賀川渡渉点を過ぎると、ブナと笹薮の中を縫うように登山道が続いている。しかし、尾根沿いにほぼ直線的で、傾斜のきつい登りが続く。
  • 和賀岳周辺では、標高1,100mまではブナ林帯で、1,100m~1,300m区間は、ブナ低木林、ダケカンバ林、ハイマツ帯、ササ原、ミヤマナラ低木林、雪田、草原など多様な植生が見られる。標高1,200m程度では森林限界に達せず展望は悪いが、1,300m以上の亜高山帯になると、展望の良い稜線となり、急に高山植物が目につく環境に変わる。
▲コケ平(横岳、1337m) ▲コケ平(横岳)から真昼岳方向を望む
  • 急登の藪から一転、コケ平に着くと360度のパノラマが広がる。この感激は、薬師岳ルートの稜線歩きとは明らかに異なる。地獄の苦しみから一気に解放され、極楽浄土に辿り着いたような快感である。
▲ミヤマトウキ(イワテトウキ)
  • コケ平(横岳)から和賀岳(1440m)を望む
  • コケ平の花・・・ハクサンフウロ、ミネウスユキソウ、ハクサンシャジン、ウメバチソウ、エゾオヤマリンドウ、ミヤマアキノキリンソウ
▲ミネウスユキソウ
▲構造土 ▲大鷲倉沢の谷と薬師岳を望む
  • 構造土・・・草花が全く生えていない裸地が、奇妙な形で幾つも点在している。これは「構造土」と呼ばれている。冬は稜線に多量の雪が積もる・・・そして気温の寒暖と烈風・・・土の水分が凍結と融解を繰り返し、自生する植物を剥ぎ取ってしまった結果できたものである。
▲ムカゴトラノオ
▲ハクサンシャジン ▲ハクサンフウロ ▲シロバナトウウチソウ
  • 和賀岳山頂(1440m) ・・・コケ平から高山植物を鑑賞しながら高度差100mを登り切ると、お花畑が広がる和賀岳山頂に着く。
▲和賀岳山頂のトウゲブキ
  • 和賀岳山頂から高下岳(1,323m)、和賀川源流部の谷を望む
  • 朝日岳方向を望む(左の谷は八滝沢)・・・かつては、和賀岳から羽後朝日岳まで踏み跡があったというが、今は廃道と化している。沢登りでは、堀内沢上流の八滝沢を上り詰めて和賀岳に至るルートが一般的である。稀に八滝沢支流豆蒔沢ルートをとるパーティもいる。いずれもマニアックなルートで、沢登りの装備・中級以上の技術を要するので注意。
  • 小鷲倉、薬師岳方向を望む
  • 白岩岳、錫杖(シャクジョウ)の森方向を望む
  • 和賀岳北斜面のニッコウキスゲは、大群落で素晴らしいと聞いていたが、まだ開花初期段階であった。残念・・・この大群落が満開になれば、下の写真のとおり「雲上の楽園」と化す。ぜひ、もう一度チャレンジしたくなるような素晴らしい写真である。
  • ニッコウキスゲが満開になると、まさに「雲上の楽園」・・・写真提供HP「休日の山歩き」(「和賀岳」)
  • 和賀岳周辺の花・・・エゾニュウ、イワテトウキ、ニッコウキスゲ、トウゲブキ、ミネウスユキソウ、ハクサンシャジン、ハクサンフウロ、ムカゴトラノオ、イブキトラノオ、イワオウギ、オオカサモチ、タカネセンブリ、イワテシオガマ、オオバツツジ、タテヤマウツボグサ、シナノキンバイ、トモエシオガマ、シラネニンジン、ミツバオウレン、ミヤマアキノキリンソウ、ウメバチソウ
  • 和賀山塊の希少植物・・・リシリシノブ、ヤマスカシユリ、アオモリマンテマ、オサバグサ、タカネセンブリ、ミチノククワガタ、トガクシショウマ、ハクサンイチゲ、エゾツツジ、ミヤマシオガマ
  • 和賀山塊の主峰・和賀岳は、命の水、四季折々、山の恵みをもたらしてくれる神の山である。そんな信仰の山を象徴するように円みを帯びた草原の中央に石の祠がある。トウゲブキやニッコウキスゲが咲き乱れる山頂に立ち、祠に手を合わせれば、生きるパワーをもらえるような気がするから不思議である。
参 考 文 献
  • 写真集 和賀岳の四季」(高橋喜平、小野寺聡、岩手日報社)
  • 「秘境・和賀山塊」(佐藤隆・藤原優太郎、無明舎出版)
  • 「花かおる和賀岳・真昼岳」(倉田陽一、ほおずき書籍)
  • 「花の百名山 登山ガイド上」(山と渓谷社)
  • 参考HP 「和賀岳」(HP「休日の山歩き」)