本文へスキップ

樹木シリーズ② ツバキ (椿)

  • 春に花が咲く木・ツバキ(椿、ツバキ科)

     日本のツバキは、ヤブツバキとユキツバキに大別される。ヤブツバキの北限である男鹿市の能登山と青森県平内町の椿山は、共に国の天然記念物に指定されている。いずれも海岸近くの暖かい所を好む。一方、ユキツバキは、寒く雪深い内陸部の山地に自生する。秋田県内では主に県南地方に自生し、北限のユキツバキとして知られている。高さは1~2mと低い。枝は地を低く這い、枝も葉もしなやかで折れにくい。花期は4~5月と遅い。このシリーズでは、ヤブツバキを中心に解説する。
  • 名前の由来・・・葉に艶があることから「艶葉木(つやばき)」、あるいは葉が厚いので「厚葉木(あつばぎ)」から転訛したなど諸説がある。なお、雪椿は、その名のとおり、雪の多い地方に生えるツバキに由来する。
  • 漢字の「椿」・・・春に花が咲く木の意味がある。それを決定づけたものは、赤色の花と常緑の葉である。落葉した木々の中で、緑葉を繁らせ、目立つ赤色の花を咲かせるツバキほど、春の木にふさわしいものはなかった。ちなみに、夏の木は榎(えのき)、秋の木は萩、冬の木は柊(ひいらぎ)がある。
  • 花期 2~4月、高さ 10~15m
  • サザンカ(上写真:サザンカの園芸品種・シシガシラ)・・・暖地の山地に生え、晩秋から初冬までの長い期間、花を咲かせる。原種は白花。園芸品種が多く、ヤブツバキに似ているものもあるが、サザンカは花びらがバラバラになり散るので見分けられる。
  • 亜高木層に多い・・・ヤブツバキは、高木層の一段下の亜高木層に多いが、日当たりが悪い。しかし、耐陰性が非常に強く、弱い光でも光合成を行い、節約型の生き方をしている。亜高木層は、光条件は良くないが、適度な湿度が保たれ、風当たりも弱い。樹高が低いと、根から水を吸い上げるのも容易である。ヤブツバキは、高さを競う競争を避け、亜高木層のメリットを生かす方向へと進化したと言われている。
     変種のユキツバキは、高さが1~2mで、豪雪地帯に適応した低木層に自生している。つまり、森の多様性は、高木層、亜高木層、低木層と、空間的に棲み分けながら進化してきた結果であることが分かる。
  • 赤色の花・・・真っ赤な色は、鳥が好む色で、花粉を運んでもらうための戦略である。枝先に赤色の花が1個ずつ咲く。赤い花弁が5枚で余り開かず、花の中心の雄しべの黄色とのコントラストが美しい。
  • 花の薬効・・・花が開く直前のものを採取し、日陰で乾燥したものを煎じて飲む。 滋養強壮、健胃・整腸に効果があるとされている。
  • 樹皮・・・白っぽくて極めてなめらか。森の中でもすべすべした白い幹は目立つ。年を経るにつれて多少凹凸ができる。白や緑色などの地衣類がつくことも多い。生育が遅いので、材は詰まって堅く、磨けば光沢が出る。古代、ツバキは花を観賞する木ではなく、武器として使われ、邪気や災いを祓う不老長寿の霊木とされた。代表的な用途は、印材や将棋の駒。
  • ツバキの木灰と日本酒・・・木灰は、強いアルカリ性だから、細菌の繁殖を抑えることができるので加熱殺菌を行わなくても品質の保持ができる。清酒のもろみを搾る前に木灰を添加し搾った酒を「灰持(あくもち)酒」という。その際、使用する木灰は、ツバキ、ケヤキ、ヤナギ、茶などだが、ツバキの木灰が最高とされている。
  • ・・・葉は互生し、葉身の長さは5~12cmの長卵形で厚くかたい。表面は濃緑色で光沢があり、裏面は淡い緑色。縁には細かい鋸歯がある。主脈は表面でへこみ、側脈はあまり目立たない。
  • 解説「互生」「対生」・・・葉が交互に枝につくのが互生、枝の両側に並んで2枚つくのが対生。
  • 解説「葉身(ようしん)」・・・葉の柄を除いた葉の本体部分。葉の大きさは、この長さをさす。
  • 解説「鋸歯(きょし)」・・・葉の縁が鋸のようにキザギザになっていること。
  • 解説「葉脈(ようみゃく)」・・・葉の中に伸びる筋を葉脈という。葉の中心の葉脈を主脈、そこから左右に伸びる葉脈を側脈という。葉脈の内部には維管束が通っており、茎の維管束と連結して水や養分を供給し、デンプンなどの合成産物を運ぶ通路となっている。
  • 葉の薬効・・・新鮮な葉には、タンニン、クロロフィルなどを含み、切り傷、擦り傷、おできなどに効果があるとされている。すりつぶして患部に塗布する。
  • 鳥媒花・・・ツバキ類は、昆虫や果実が少ない真冬に花が咲くので、蜜を求めるヒヨドリやメジロを効果的に呼び込み、花粉の運搬と受粉をしてもらっている。こうした鳥たちに花粉を運んでもらって受粉する花を鳥媒花という。
  • 鳥媒花の条件
    1. 鳥が好む鮮やかな赤色であること・・・虫は真っ赤な色がよく見えないが、鳥にはよく見える
    2. 鳥が活動する昼間に開花すること
    3. 大量の蜜を分泌すること
  • ツバキとメジロ・・・メジロにとってツバキは、単に蜜を吸うだけの樹木ではない。例えば、サクラや梅の蜜を吸っている最中に外敵が現れると、右上の写真のようにツバキなどの常緑樹の葉陰に素早く身を隠す習性がある。つまり、早春、広葉樹の葉が出る前は、常緑樹や針葉樹が全くない花には寄り付かない。
  • 園芸品種は2,200種以上・・・1600年代の初め頃には、多くの園芸品種が作出され、以降品種改良がさらに進み、雑種を含めると2,200種以上もあるという。日本を代表する原種はヤブツバキ。古くは、ツバキには霊力が宿る神聖な木として神社やお寺の境内に植えられた。
  • 秀吉は、ツバキのコレクターとして知られ、各地からワビスケ系とトウツバキ系のツバキが京都に入ってきた。それが今なお生き残っている。
  • 日本最古のツバキ「侘助椿」・・・石庭で有名な龍安寺(京都)には、桃山時代、「侘助」という人物が朝鮮から持ち帰ったと伝えられる「侘助椿」が残っている。侘び寂びの世界を感じさせるこの花は、千利休などの茶人に愛された花として有名で、豊臣秀吉に賞賛されたと言い伝えられている。
  • ツバキと茶道、芸術・・・万葉集でツバキが使用された歌は9首あるが、サクラや梅に比べると意外に少ない。広く知られるようになったのは桃山時代以降・・・豊臣秀吉が茶の湯にツバキを好んで用いたことから、茶道においてツバキは重要な地位を占めるようになる。江戸時代になると、二代目将軍徳川秀忠や各地の大名、京都の公家たちがツバキを好んだことから、芸術の題材として広く知られるようになる。さらに庶民の間にも流行し、たくさんの園芸品種がつくられた。
  • 椿は茶花の女王・・・茶室において唯一の命あるものが茶花。椿は、一年を通して茶室に飾られることが最も多い花である。茶花を一種で生けることができ、かつ季節を充分に映すことができるという意味で「茶花の女王」と呼ばれるほど格の高い花である。
  • 花言葉・・・謙虚な美、控えめな愛、慎み深さ
  • 武士も病人も嫌ったか?・・・筒状の雄しべはも花びらについているので、散る時は花全体がポトッと落ちる。故に武士は、その首が落ちる様に似ているとして椿を嫌ったとする説もある。もちろん、病気のお見舞いにもっていくことはタブーとされている。 
  • ツバキの調べ・・・山伏が楽器を携行できない時代に、伴奏とともに悪魔が近づかない呪術としてツバキが使われている。羽黒山伏は、読経の合間合間にツバキの生枝を火鉢にくべる。すると、パチパチとはぜる音が、読経のリズミカルな調子と「ツバキの調べ」の自然音がまことにマッチする。仏教民俗学の五来重氏は、この「ツバキの調べ」を聞いて、「さながら太古の原始林に身をおいている気分になる。これにくらべるとケイやキンやニョウハチを打つ普通の勤行は、いかにも人間臭くて俗悪である」と述べている。
  • 果実・・・ヤブツバキの果実は大きく、直径4~5cmの球形で果皮が厚い。果皮は、リンゴのように赤くなり、いかにも美味しそうに見えるが、渋くて不味い。
  • 椿油(つばきあぶら)・・・秋に熟すと3つに割れ、種子が現れる。この種子を絞ると、椿油を採ることができる。特に酸化しにくく、精製油は人間の皮脂成分に近いと言われる。化粧品(シャンプー、トリートメント、オイルなど)や薬品、石鹸、高級食用油などの原料として用いられる。太平洋戦争の時は、ゼロ戦の燃料としても使われたらしい。
  • 毒もみ漁・・・川で毒をもみ魚をとる漁法には、一般にサンショウと木灰を利用したが、搾油で出る油粕も利用された。
  • 天然記念物(国指定)ツバキ自生北限地帯、男鹿市能登山・・・男鹿半島のヤブツバキは、青森県夏泊半島とともに北限地帯の群落として植生の価値は高い。男鹿は、由利の沿岸地域に次いで気温が高く、暖地性の植物であるツバキの自生を可能にしたと言われている。特に能登山と呼ばれる小丘は、全山ヤブツバキに覆われている。
  • 菅江真澄、北限のヤブツバキの記録(津軽の奥)・・・1795年3月26日、「(青森県)早朝、椿崎を見に出かけた。田沢の浦の部落からしばらく行って、道を離れて崖を下ると、波の寄せる岸辺からほんのわずかばかり遠ざかった磯山に、年を経たヤブツバキがびっしりと生い茂っていた。これは二月の雪がやや消える頃から、だんだんに咲き始めるのだという。今、三月の末頃には、花はなかばほど咲いているが、紅色を深く含んだ花は稀なようで、それが朝日の光にまばゆく映え、においは潮とともに満ちあふれている。
     毎年4月8日の頃は、いつも満開で、近辺の人々は誘い合い、歩いてきたり、あるいは舟でここに渡り、花見をするという。今日の空はのどかに霞んで、朝なぎに、たくさんの椿が咲いた景色は、有名な巨瀬の春野のたま椿も、とうてい及ばないであろうと思った。あちらこちら、散った花を拾い、それを吸って遊ぶ子どもらを友として、わたしもわけめぐり、わけいり、小川の流れの岸にある椿明神という祠にぬかづいた。」
  • 菅江真澄 男鹿の秋風(1804年8月25日)・・・「椿の浦というところに中山という小さな磯山がある。そこには椿ばかりが生い茂っていた。津軽郡にある平内の田沢という浦にも、他の木は一本もなく椿ばかりが生い茂っている磯山が二つあって、花の盛りの頃は朝日夕日が照り映え、波も紅色に染まってしまう興趣深いところがあった。・・・椿は海辺に生えるものであろうか。」
  • 寒椿(獅子頭)・・・サザンカの園芸品種と言われている。枝は横に広がり、余り高くならない。遅咲きで12~2月に開花する。花は桃紅色の八重咲。関西地方では、シシガシラ(獅子頭)と呼ばれ、葉に鈍い光沢があり、縁に明瞭な鋸歯、若葉や葉、葉柄にわずかに毛がある。
▲ユキツバキ ▲オトメツバキ
  • ユキツバキはなぜ低木か・・・雪の下に潜って、寒さや乾燥から体を守るためである。だからユキツバキは、小さくなる方向に進化したと言われている。雪の重みで折れないよう、幹がしなやかである。樹形は垂直に立ち上がるのではなく、枝が地を這うように伸びて、ほふく型の樹形をしている。さらに、種子だけでなく、地面に押し付けられた枝が、地面についた点から根を出して、いわばクローンによる繁殖も行っている。空間を巧みに棲み分けて進化したとはいえ、生命力の凄さに驚かされる。
  • 雪に埋もれている期間が長いと、常緑樹は不利に思うが・・・雪に埋もれている間は、呼吸速度を小さくし、無駄なエネルギーを使わない省エネで対応しているらしい。一方、高木が落葉した晩秋と芽吹く前の早春は、林床にも光がたっぷり差し込むので、常緑の低木は十分な光合成ができるというメリットがある。
  • 蚶満寺の「夜泣きツバキ」・・・にかほ市蚶満寺の境内にあるツバキは、推定樹齢700年と言われ、12月下旬から花を咲かせ始め、春の彼岸まで咲き続ける。寺に異変がある時は、夜にすすり泣くと言われている。
  • 俳句・・・春の季語だが、寒椿・冬椿は冬の季語
    赤椿咲きし真下へ落ちにけり 加藤暁台
    椿落ちてきのふの雨をこぼしけり 与謝蕪村
    葉にそむく椿や花のよそ心 芭蕉
    くちびると背中合わせの椿かな 男波弘志
    千の風椿の上にも吹きわたり 小川和子
参 考 文 献 
「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
「里山の花木ハンドブック」(多田多恵子、NHK出版)
「樹木図鑑」(鈴木庸夫、日本文芸社)
「樹木 見分けのポイント図鑑」(講談社)
「秋田の山野草300選」(秋田花の会)
「読む植物図鑑」(川尻秀樹、全国林業改良普及協会)
「樹木観察ハンドブック 山歩き編」(松倉一夫、JTBパブリッシング)
「樹皮ハンドブック」(林将之、文一総合出版)
「樹木の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
「日本の樹木」(舘野正樹、ちくま新書)
「菅江真澄遊覧記」(内田武志・宮本常一編訳、平凡社)
「仏教と民俗 仏教民俗学入門」(五来重、角川ソフィア文庫)
「講談社ネイチャー図鑑 樹木」(菱山忠三郎、講談社)