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樹木シリーズ③ マルバマンサク

  • 雪国に春の訪れを告げる縁起の良い花・マルバマンサク(丸葉満作、マンサク科)

     早春、まだ山々に雪が残る頃、その雪を払いのけながら小さい黄色の花をつける。だから、春の訪れを告げる「先んず咲く花」のシンボル的な存在である。雪国秋田の人々には、豊年満作にも通じる縁起の良い名前でもあることから、大変愛されている。花弁は4個あり、細長い線形で屈曲する。マンサクには、色々な種類があるが、秋田では日本海側の山地に生える寒冷地タイプのマルバマンサクである。春一番に咲くフクジュソウのことを「マンサク」と呼ぶ地方もある。 
  • 名前の由来・・・多数花の咲く様子が「豊年満作」に通じているとする説や、早春真っ先に咲くので「まず咲く」からの説がある。葉が丸みを帯びたマンサクの意味から、「丸葉満作」と書く。
  • 花期・・・3~5月、高さ2~3m
  • 早春、黄色の花が多いのはなぜ?・・・早春に咲くマンサクの花をはじめ、ダンコウバイ、アプラチャン、キブシ、ロウバイ、レンギョウなども黄色い花だ。花の色は、人間の鑑賞のためにあるのではなく、植物の生存戦略と関係がある。そのためにはまず受粉が必要である。その多くは、昆虫による虫媒花である。早春、色彩の少ない森では、黄色はよく目立つ色である。そんな時期にいち早く活動するアブやハエの仲間は、赤い色には反応が鈍く、黄色い色に敏感に反応すると言われている。つまり、黄色い花で昆虫を惹きつけ、受粉をしてもらうための戦略というわけである。
  • 見分け方・・・マルバマンサクの葉は、倒卵形または倒卵状円形で先は半円形になるが、マンサクは、菱形状円形で先は三角状にとがる。マルバマンサクの分布は、北海道北西部から本州の日本海側に見られるが、マンサクは、主に本州の太平洋側、四国、九州の山野に見られる。
  • 樹皮・・・灰褐色で小さな皮目が多い。枝はよくたわみ折れない弾力がある。
  • 北海道や青森県の一部では、春一番に咲くフクジュソウをマンサクと言う。鹿角地方では、フクジュソウを土マンサクと呼んで区別している。北秋田地方は、アブラチャンをマンサクと言っていたという。 草花であろうと、樹木であろうと、「まず咲く」植物を「マンサク」と呼んでいたのであろう。
  • 冬枯れの森の中では、黄金色の花弁は良く目立ち、春を喜ぶめでたい花のように人を惹きつける魅力がある。仙北、北秋田地方では、マンサクの花の多く咲く年は豊作と言い、花が一斉に咲くと気候が良く、花が下向きに咲くと豊作だと信じられていた。
  • 菅江真澄とマンサク(1785年2月22日、3月6日、小野のふるさと)・・・(湯沢市)杉沢とかいう村までくると、村中そこここに垣根をめぐらして黄色の花が咲いていた。この花は一月のはじめ、まだ雪のかかっている垣根に匂う万作という花である。この里のことわざに「まんさくは雪のなかよりいそげども、花は咲くとも実はならぬ」とうたう。
  • 結束素材・・・マンサクは生のうちに、ねじって繊維をほぐして縄のように使う。皮つきのまま河川工事用の柵や蛇籠の材料、背負いかごの骨組みにも利用された。昭和20年代までは、薪や炭俵、粗朶、刈柴を結束するのに用いられた。
  • 世界遺産白川郷の合掌造りとネソ・・・合掌の上に組まれた屋根下地に使われる部材は9種類にもなるが、これらの材は全て縄やネソで結束され、台風や地震にも強く、柔軟な仕組みになっている。ネソは、標準和名をマンサクといい、良くたわむ材で、生木で使い、乾燥すればするほど良く締まっていく性質を利用したもので、このネソかけの技術の習得は、白川で暮らすのになくてはならないものであった。
  • 合掌造りの結束には、ワラ縄とネソ(マンサクの細い幹)が使われている。柱や桁、梁などの骨組み部分は大工、サスや屋根下地の材料の確保と組み立て、茅葺き作業は、村人の共同作業「結(ゆい)」で行われた。村の材料を使い、できるだけ費用をかけずに村総掛かりで行う作業は、山間奥地に生きる先人たちの知恵でもあった。 
  • 薬草・・・6~7月頃、葉を採取して日干しにして乾燥させる。葉にタンニン・ハマメリタンニンを含み、収斂、止血の作用があるとされている。また、煎じて服用することで、下痢止めや皮膚炎などにも利用されている。
  • NHK連続テレビ小説「まんさくの花」(1981年)・・・横手市を舞台にした朝ドラ「まんさくの花」は、画家を志して単身上京した女性の成長物語。地元の日の丸醸造(下の写真)は、このドラマにあやかって新しい酒の名前を「まんさくの花」と名付け、今では主力商品に成長している。それだけ地元では縁起の良い花として広く親しまれている。
  • 俳 句
    まんさくの花東北の力たれ 村夫子
    まんさくのクラッカー空へ次々 睡花
    まず咲いてまんさくという名に恥じず 逸子
    吉兆の糸を繰り出す花まんさく 佐藤美恵子
  • クリプトン「野鳥の森」のマルバマンサク
  • 「まんさくの花」(丸山薫) 
     まんさくの花が咲いた と/子供達が手折って 持ってくる/まんさくの花は淡黄色の粒々した/眼にも見分けがたい花だけれど
     まんさくの花が咲いた と/子供達が手折って 持ってくる/まんさくの花は点々と滴りに似た/花としもない花だけれど
     山の風が鳴る疎林の奥から/寒々とした日暮れの雪をふんで/まんさくの花が咲いた と/子供達が手折って 持ってくる
  • 「白い自由画」(丸山 薫)
     「春」という題で/私は子供たちに自由画を描かせる/子供たちはてんでに絵の具を溶くが/塗る色がなくて途方に暮れる
     ただ まっ白い山の幾重なりと/ただ まっ白い野の起伏と/うっすらとした薄墨の陰影の所々に/突き刺したような疎林の枝先だけだ
     私はその一枚の空を/淡いコバルト色に彩ってやる/そして 誤って まだ濡れている枝間に/ぽとり!と黄色のひと雫を滲ませる
     私はすぐ後悔するが/子供たちは却ってよろこぶのだ/「ああ まんさくの花が咲いた」と/子供たちはよろこぶのだ
参 考 文 献
「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
「里山の花木ハンドブック」(多田多恵子、NHK出版)
「秋田の山野草300選」(秋田花の会)
「読む植物図鑑」(川尻秀樹、全国林業改良普及協会)
「菅江真澄遊覧記」(内田武志・宮本常一、平凡社)
「丸山薫詩集」(丸山薫)