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樹木シリーズ129 ヒノキアスナロ(ヒバ)

  • 青森ヒバで有名なヒノキアスナロ(別名ヒバ、ヒノキ科)

     青森県津軽地方と下北半島、石川県能登地方は、ヒノキアスナロの産地として有名。青森では、もっぱらヒバと呼ばれ、昭和41年に県の木に指定している。その青森ヒバは、秋田スギ、木曽ヒノキとともに日本三大美林の一つ。材は柔らかいが、良材の条件がそろっているので昔から有用材として扱われてきた。葉の裏に米粒のような白い模様(気孔線)があるのが特徴。
     1901年(明治34年)本多静六(日本で最初の林学博士)が、従来のアスナロと青森県のアスナロとの間に違いがあることを発見し、牧野富太郎がアスナロ属の中に、アスナロの一変種「ヒノキアスナロ」として命名した。
  • 名前の由来・・・ヒノキにかなわないこの木の願いをもじった「明日はヒノキになろう」という句にあるというのが通説。しかし、これは根拠のない俗説とも言われている。葉のボリューム感から、「アツハヒノキ(厚葉檜)」→方言名「アスハヒノキ」になったとの説もある。なお和名の「ヒノキアスナロ」は、植物学者・牧野富太郎が命名。
 
  • 別名ヒバ・・・アスナロとヒノキアスナロには、ヒバ、アスヒ、アテなど50近い別称がある。明治の末、林業関係者が「ヒバ」と統一するようになって、ようやくその名は定着した。なお、アスナロが南方系のヒバ、ヒノキアスナロが北方系のヒバとされている。 
  • 能登地方ではアテ・・・俗説によれば、能登地方には分布していなかったが、津軽藩から御法度を破って密かに持ち去り、育成したところ、地場産業の隆盛と言う「大当たり」をもたらしたことから、「アテ」と呼ばれるようになったとの俗説が流布していた。しかし、その後の研究によって青森ヒバと能登のアテは、遺伝的に系統が異なると結論されている。
  • 高さ、樹形等・・・高さ30m,直径80cmに達する。樹冠はきれいな円錐形。
  • 青森ヒバ・・・藩政時代より天然林へ手を加えつつ、手厚く保護されてきた。現在では、純林ではなく落葉広葉樹との混交林であるが、秋田スギ、木曽ヒノキとともに日本三大美林の一つ。 
  • ・・・光沢のある緑色で、うろこ状の細かな葉が連なる。葉の裏は、米粒のような白い模様(気孔線)が目立つ。
  • 樹皮・・・赤褐色で,縦に浅くて長い裂け目ができ繊維状に薄くはげる。はげた樹皮は樹幹上に残る。
  • 材の特徴
    1. 陰樹で成長が遅いので木目が詰まっており、木肌が緻密
    2. ヒノキオールなどの成分を含んでいるので、耐久性や保存性が高い
    3. 水やシロアリにもかなり強い。 
  • 青森ヒバ油の効果
    1. カビや細菌を寄せ付けない抗菌効果
    2. ヒバの香りで気持ちをリラックスさせる精神安定効果
    3. シロアリ・ダニ・ゴキブリを寄せつけない防虫効果
    4. 不快な臭いを抑える消臭・脱臭効果 
  • 埋没ヒバ・・・昭和の初め、下北半島の小田野沢から猿ヶ森にかけての砂丘から、たくさんのヒバの埋没木が発見された。これらの埋没木は、500年以上経った老木が枯れたもの。現在、最も古い林で350年くらいなので、こんな高齢木は見ることができない。 
  • 太宰治とヒバ・・・太宰治の生家として知られる「斜陽館」も総ヒバづくり。名作「津軽」には、「伝統を誇ってもよい津軽の産物は゛ひば゛、林檎なんかじゃないんだ」「青森県の名も冬なお青々と繁ったひばの山から出た名前」と記している。 
  • 社寺仏閣に珍重・・・北方系のヒバ(ヒノキアスナロ)は、他の木材に比べて腐りにくく、堅牢で長大材が得られるので、古くから社寺仏閣などの建築材料として珍重された。約890年前にヒバで建てられた平泉の「中尊寺金色堂」は今なおその姿を残している。 
  • 青森県最古のヒバ建築物・・・深浦町円覚寺薬師堂の厨子は、1385年作と言われ、ヒバ材で作られた青森県内最古のもの。 
  • ヒバ効能伝説・・・青森では、「総ヒバ造りの家には築後三年は蚊が入らない」「ヒバの弁当箱はご飯を腐らせない」「ヒバの鋸屑を靴に詰めて水虫を予防した」など、ヒバの効能を物語る数々の伝説がある。 
  • 用途・・・土台や屋根などの建築材、浴槽や風呂桶などの水回りに使われる。東北地方では、ヒノキが生えていないので、神社や仏閣、仏像の素材に重用された。
  • 青森市森林博物館・・・青森ヒバと文化を学ぶには、「青森とヒバ」の展示室がおススメ。
参 考 文 献
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「樹木と木材の図鑑 日本の有用種101」(創元社)
  • 「日本有用樹木誌」(伊東隆夫ほか、海青社)
  • 「図説 日本の樹木」(鈴木和夫・福田健二、朝倉書店)