本文へスキップ

樹木シリーズ147 タブノキ

  • 海沿いに生育する照葉樹林の代表種・タブノキ(椨の木、クスノキ科)

     照葉樹林を代表する常緑広葉樹で、東北地方の海岸部まで生育する。その北限は青森県深浦町だが、タブノキを食草とするアオスジアゲハの北限は秋田県由利地方である。トトロの木として有名なクスノキと同じく、枝を大きく広げた雄大な樹形で、各地に巨樹・古木が知られている。にかほ市・由利本荘市の沿岸地域には、暖かい対馬暖流の影響でタブノキが分布している。中でも樹齢千年を超える霊木として崇められている旧象潟町・蚶満寺のタブノキや旧金浦町・前川のタブノキ(推定樹齢600年)が有名である。
  • 名前の由来・・・万葉集の大伴家持の歌に「磯の上のつまま(タブノキ)を見れば根をはへて年深からし神さびにけり」の「つまま」とはタブノキの古名で、タブノキが海沿いに生育し、神木として崇められていたことがこの歌からも分かる。朝鮮語で丸木舟を「トンバイtong-bai」といい、丸木舟を作る木の意味から転化したとの説がある。 
  • 葉の特徴・・・葉は枝先に放射状につく。 
  • ・・・表面は濃緑色で厚く光沢がある。葉の縁は全縁で、葉先は短く突き出る。 
  • 葉の裏面・・・白っぽく明るい緑色。
  • 枝先に大きい芽がつき目立つ。 
  • 由利郡が日本の北限・アオスジアゲハの食草・・・幼虫は、クスノキ、タブノキなどのクスノキ科の植物を食草としている。アオスジアゲハは、タブノキが生育している由利郡が日本の北限地になっている。
  • 高さ・・・大きいものでは30m、直径3.5mになる。各地に巨樹・古木が多い。(写真:象潟・蚶満寺のタブノキ) 
  • どっしりとした樹形・・・幹や枝がかなり太くなり、下枝を横に広げるように張り出している。これは横からの光も有効に利用できることを意味している。この安定感のある樹形は、ツリークライミングやブランコ、ハンモックが似合う巨樹である。 
  • ・・・5~6月、枝先の円錐花序に淡い黄緑色の小さな花をつける。 
  • 果実・・・果柄は赤く目立つ。果実は、球形で、7~8月に黒紫色に熟す。 
  • 種子散布・・・実は、ヒヨドリなどの鳥やタヌキが食べ、移動した先で糞とともに未消化の種子が散布される。その種子は耐陰性が強く、暗い林内に落下しても、発芽、生長できる。
  • 樹皮・・・暗褐色で、表面には小さなイボ状の皮目がある。大樹になると縦に裂け目が入る。
  • 海岸部に多い理由
    1. 常緑広葉樹で暖かい場所を好むこと。
    2. 特に塩分に強いこと・・・葉の表も裏もワックス(ロウ物質)に覆われていて、塩分の侵入を防いているから。海岸部では、タブノキやクロマツなど塩分に耐えられる、限られた植物しか生育できない。
    3. 乾燥に弱いので、外洋に面した湿潤な海辺を好むこと。 
  • 象潟・九十九島の駒留島に自生していたタブノキ(右上写真)
  • にかほ市金浦のタブノキ
  • 樹幹流・・・大きく広がる樹冠に雨が降ると、幹を伝わって流れる樹幹流多い。昔、伊豆七島の利島や三宅島では、タブノキの樹幹流を集めて牛などの飲み水にしたという。そのぐらい雨の集水効率が高いということだろう。 
  • 利用・・・建築材、家具材、船舶材などに利用される。また、耐塩性、耐風性があるので海岸沿いの防風・防潮樹に適する。 
  • 染料・・・樹皮にはタンニンが含まれていて染料になる。八丈島では、古くから黄色を主色とした絹織物「黄八丈」が織られてきた。タブノキの樹皮は、この黄八丈の、樺色の染料として用いられる。ちなみに八丈島の名は、織物の長さが八丈であったことに由来する。 
  • 線香の粘結材・・・樹皮を粉末にしたものを「タブ粉」と呼び、水分を加えて混ぜると粘りが出る性質がある。このタブ粉と白壇などの香料を混ぜ合わせた後に固めて、線香がつくられる。 
  • 蚶満寺のタブノキ(司馬遼太郎「街道ゆく29」)
    境内の一隅の、やや湿気のある場所に、途方もなく大きな樹がそびえている。
    「クスノキだろうか」
    幹の肌が、クスノキに似ているのである。
    「いや、タブの木だ、クスノキに似ているからイヌクスともいうんだ」
    「なぜイヌグスというのだろう」
    「タブにはクスの匂いがない」
    クスノキは、根っこから虫よけの樟脳を採るぐらいだから、匂いが強い。落葉を焼いて灰にしても、灰までが樟脳の匂いがするほどである。
     帰宅して調べると、タブノキはクスノキ科であるが、熊谷のいうとおり、芳香がない、とある。そのかわり樹皮に渋があって、八丈島では樹皮のタンニンでもって褐色の染めにつかっている、という。
     タブノキはクスノキと同様、日本では暖地で自生していて、外国では中国福建省や台湾といった亜熱帯ともいうべき土地に多いそうである。
     むろん、北陸や秋田県が適地ではない。であるのに蚶満寺の境内に自生して千年以上を経ているというのは、なにやらこの地が霊域である証拠のように思えてくる。菅秀才も親鸞も、あるいは神功皇后も、ここに縁があっても、まあいいという感じがしないでもない。
     なにしろ、この亜熱帯の大樹は、樹齢千年以上だから、象潟が海であったころから知っているのである。文化元年(1804)の大地震による土地の隆起も見てきた。
    「ふしぎな木だな」
    と、私はいった。
    「象潟という土地は、温かいんです」
    熊谷夫人が言われた。
    「この小地域だけがですか」
    「はい、この狭い処だけが温かいんです。冬もここだけは雪が降らないんです」
    象潟そのものが、奇跡めかしい土地らしい。 
  • 蚶満寺の七不思議の一つ「木のぼり地蔵」・・・大きなタブノキの二又背後に鎮座する地蔵は、「木登り地蔵」と呼ばれている。これを地上に降ろしても、翌朝にはまた木の上に登っているという。
参 考 文 献
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
  • 「樹木 見分けのポイント図鑑」(講談社)
  • 「樹木の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「樹木観察ハンドブック 山歩き編」(松倉一夫、JTBパブリッシング)
  • 「樹木図鑑」(鈴木庸夫、日本文芸社)
  • 「日本有用樹木誌」(伊東隆夫ほか、海青社)
  • 「樹木と木材の図鑑 日本の有用種101」(創元社)
  • 「街道をゆく29 秋田県散歩/飛騨紀行」(司馬遼太郎、朝日文庫)  
  • 「フィールドガイド 日本のチョウ」(日本チョウ類保全協会編、誠文堂新光社)