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樹木シリーズ⑳ トチノキ

  • トチの実と蜜は山里の貴重な食料・トチノキ(栃木、ムクロジ科)

     ブナ帯の沢沿いに生え、車輪状の葉が大きい落葉高木。春から初夏にかけて、上向きに円すい状の大型の花を多数咲かせ、ミツバチやハナバチ類の蜜源になる。秋、クリよりもツヤヤカで大きい実をたくさんつける。デンプン質が豊富で、天日乾燥させると10年以上長期保存できることから、縄文時代から食用として利用されている。
  • トチノキとホオノキの見分け方・・・トチノキの葉はギザギサ(鋸歯)があるが、ホオノキの葉はギザギサがなく滑らか(全縁)。トチノキは、手のひらを広げたような葉の付き方をしている。もともと1枚の葉であったのが5枚の小葉に分かれたと考えることができる。だから、5~7枚の小葉の付け根はぴったり1カ所に集まっている。ホオノキは、複数の葉が集まって掌状複葉のように見えるが、よく見ると、それぞれの葉の付け根が微妙にずれている。下から見ると輪状に葉がついているように見える。 
  • 解説「複葉(ふくよう)」・・・1枚の葉がいくつにも深く切れ込んで、多数の葉に分かれたようにみえるもの。掌状複葉とは、手の平を広げたような複葉を指す。
  • 解説「鋸歯(きょし)」・・・トチノキの葉のように縁が鋸のようにキザギザになっていること。
  • 解説「全縁(ぜんえん)」・・・ホオノキの葉のように縁が滑らかなこと。
  • 名前の由来・・・いろんな説があるが、アイヌ語由来説が有力。アイヌの人々はトチの実を「トチ」、トチノキの幹を「トチニ」と呼んだことに由来する。ほかに、実がたくさんなるので、「十千(トチ)」など。 
  • 花期・・・5~6月、高さ35m 
  • ・・・円すい形の大型花序を上向きに真っ直ぐ咲かせる。一つの花序に雄しべと雌しべの両方をもつ両性花と、雄しべのみをもつ雄花を混じって咲かせる。一花序当たりの両性花は平均5個程度で、残りの小花は全て雄花。
  • 解説「両性花」・・・一つの花に雄しべと雌しべ両方とも備えた花。例としてトチノキやサクラ類、バラ類など。 
  • 目立つ花と香りで昆虫を誘う・・・たくさんの花を一つに集めた白い大きな花序を一斉に咲かせる。それはよく目立ち、近づくと美しい色の花びらを広げて、ほのかな甘い香りを発散させて、ハエ、アブ、チョウ、ガ、甲虫類、ハチ類などの訪花昆虫を誘う。これをディスプレー効果という。
  • トチノキの花とハナバチ・・・トチノキは開花後3日以内の花は花粉と花蜜を生産し、4日以降には雄花と両性花の双方とも生産を終えることが分かっている。開花後3日以内は、花序の下に両性花、上に雄花が分布。ハナバチは、花序の下から上に移動し、花序の先端から飛び立ち、他の花の下部に移動するという訪花パターンは、トチノキの受粉にとって好都合な適応戦略だと考えられている。 
  • 雄花アップ・・・雌しべは退化して短い。斑点は、はじめ黄色だが、蜜がなくなると赤くなる。
  • 実は花序の下にできる。
  • 盗蜜者には、赤いダミーの花・・・蜜を出す3日間は、花の中央に黄色い蜜標をつける。蜜を出さない4日目以降になると、赤い蜜標をつける。効果的に花粉を運んでくれるハナバチは、この二つの花を見分けられるが、盗蜜者は見分けられない。つまり盗蜜者には、蜜の出ないダミーの赤い蜜標に行ってもらうよう仕向けているのだという。
  • 蜜源植物・・・花は、ほのかな香りと、大量の蜜を出すことで有名。大木からは1年で24kgものハチミツを生産できるといわれている。その特徴は、 
    1. トチの花特有のフローラルな香りと紅茶のような色合いがあること。
    2. 固まりにくいのが特徴で、冬でもそのまま食べられること。
    3. トチノキは、東北に多く自生していることから、東北を代表するハチミツである。
    4. 味は柔らかな甘みで、癖がないので食べやすいことから、ポピュラーなハチミツの一つ。
    5. コーヒーや紅茶、ヨーグルト、チーズが入ったお菓子作りに入れるほか、焼肉のタレ、和風煮物の隠し味、イチゴ・グレープフルーツなどの生ジュースによく使われている。
  • 樹皮・・・黒褐色~茶褐色で小さな凹凸が多く、触るとザラザラする。老樹になると、樹皮が剥がれ落ち、下から波目模様が表れる。 
  • ・・・小葉1枚の長さは20~30cmとデカク、それが6~7枚も集まった大きな掌状複葉を6対も立て続けに開く。その速さは「春の爆発」などと形容されている。 
  • 合理的な葉の配置・・・多くの葉がお互いに重ならないように、上の葉は小さく、下の方がだんだん大きくなっている。また葉柄も下の方が長くなっている。上から降り注ぐ光を余すところなく利用しようとする合理的な構造をしている。 
  • 大きな果実も上向きにつく・・・太くて丈夫な果軸があるからこそ、こんなに大きくたくさんの果実を上向きに実らせることができる。これは、春に大きな花を上向きに咲かせるために必要な花軸に由来する。
  • 巨大な果実
    1. 果皮が厚く、皮目状の突起が密生するが、トゲはない。
    2. 熟すと3つに裂け、1~2個の大きな種子が出てくる。種子の重さは、20~30gもあり、日本の落葉広葉樹では最も重い。
    3. 光沢のある赤褐色で、クリに似ていて食べられそうだが、苦みが強くアクを抜かないと食用にならない。
    4. アク抜きには半月以上かかるが、トチ餅などに利用される。
    5. 縄文時代から食用に利用され、かつては、飢饉の際の重要な救荒食でもあった。 
  • 種子散布・・・落下した種子は、ニホンリスやネズミによって運ばれ、巣穴や比較的浅い土の下に貯蔵される。一ヵ所に50個以上も貯蔵されることもあるが、そのほとんどは食べられてしまう。ごく一部の食べ残しや、隠した主が死亡したりして残った種子が発芽のチャンスを得る。 
  • 流水でも散布・・・種子は、山地の渓流沿いにたくさん転がっている。少し水かさが増せば、流水に流されて遠くへ運ばれる。 
  • 実が大きいのはなぜ?・・・大きい種子の栄養を使えば、実生の成長が速く、生き残る確率が高くなる。また、昆虫や小動物に地上部を食べられても、地下に埋まっている種子の栄養で茎を伸ばすことができる。 
  • 大事な食糧
    1. 水田を持たない山村では、大事な食糧源で、トチノキ林は地域の共有として入会権を設定している所が多かった。個人持ちの木もあって、嫁にくれる娘にトチノキを付ける習わしのムラもあった。
    2. 1本の木から収穫量が多く、デンプン質も豊富で、天日乾燥させると10年以上も保存できるので大変魅力的な食べ物である。
    3. しかし、サポニンやアロインを含んでいてアク抜きを充分しないと食べられないのが最大の欠点。トチのアク抜きには、水さらし法と加熱法、その両者を併用する方法など全国まちまちである。アク抜きには半月以上かかる。主にトチ餅に利用される。
  • 縄文時代から食用に・・・トチの実のアク抜きは、日本の野生植物の中で別格に難しいとされている。これを利用できる段階になると、ほとんどの野生植物は食用に利用できたと考えられている。もちろん、このアク抜き技術は、大陸から伝わったものではない。遺跡発掘調査の結果、遥か縄文の昔、東北日本のブナ帯の森で開発されたことが分かった。
  • 能代市、柏子所(かしこどころ)Ⅱ遺跡(縄文時代後期)・・・アク抜きに利用された「水さらし場遺構」は、地表下1~ 1.5 mの地点で検出された。この遺構は、台地の斜面から湧出する水が集まった谷底の水流を利用したと考えられる。遺構内や隣接する部分から細かく割れたトチの種皮が多く出土していることから、トチのアク抜きを行っていた場所と推定されている。(写真・参考論文:「秋田県の水さらし場遺構について」秋田県埋蔵文化財センター村上義直)
  • アク抜きの一例
    1. 乾燥保存・・・採集したトチの実は、一晩水に浸して虫出しをする。天日で1週間ぐらい干し、乾燥させて保存する。
    2. 皮むき・・・トチの実を鍋に入れて沸騰させ、温かいうちにナイフで傷をつけると、手で簡単に果皮をむくことができる。
    3. アク抜き・・・サポニンは、温水に容易に溶ける性質がある。果皮をとったトチの実を鍋に入れ、2~3時間煮ると、サポニンを取り除くことができる。苦渋味の原因であるタンニンは水溶性なので、煮詰めたトチの実を別の容器に移し、数日水につけさらす。できるだけ長くさらす方が良い。アク抜きの最後の仕上げとして、灰汁で煮た後、少しずつ水を流して数日間、水にさらす。
  • 栃餅・・・山村では、昔から作られていた山里の味、栃餅。アク抜きしたトチの実1、もち米3の割合で加え、一緒に水洗いし、蒸してから栃餅をつく。
  • 栃餅とマタギ・・・トチ餅は、柔らかく普通の餅のようにすぐに堅くならないので、マタギは冬山の携帯食としていた。しかし今は、バターを加えることによって、餅の柔らかい食感が保たれる「バター餅」にその座を奪われている。
  • トチノキの新緑
  • トチノキの黄葉・・・葉が大きいだけに縁から次第に黄色に変化していくグラデーションが美しい。ブナ林の中では、ブナやミズナラと同じく黄色に色づき、森全体が「紅葉」ではなく、「黄葉」になる。
 
  • 用途・・・材は黄褐色で美しくやわらかいので、箱類、彫刻、漆器の木地、家具などに利用されるほか、庭園や公園、街路樹にも利用されている。
  • 炬燵板・・・縦横60cmもある一枚板で、火にあぶられてもかばまない材で、木目も美しい材が最高とされ、この条件に適う最高の材はトチノキである。次いでホオノキやケヤキなど大木になる木である。 (写真:トチノキでつくられたテーブル)
  • セイヨウトチノキ・・・ギリシャからブルガリア原産で、ヨーロッパ各地によく植えられている。フランスでは、マロニエと呼ばれ、パリの並木道は有名。葉はやや小形だが、上向きに咲く花は白く、トチノキに似ている。蒴果に鋭いトゲがあるのが特徴。
参 考 文 献
  • 「森の花を楽しむ101のヒント」(日本森林技術協会編、東京書籍)
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
  • 「里山の花木ハンドブック」(多田多恵子、NHK出版)
  • 「樹木 見分けのポイント図鑑」(講談社)
  • 「読む植物図鑑」(川尻秀樹、全国林業改良普及協会)
  • 「樹木観察ハンドブック 山歩き編」(松倉一夫、JTBパブリッシング)
  • 「樹木の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「講談社ネイチャー図鑑 樹木」(菱山忠三郎、講談社)
  • 「樹は語る」(清和研二、築地書館) 
  • 「森の休日1 拾って楽しむ/紅葉と落ち葉」(平野隆久・片桐啓子、山と渓谷社)
  • 「ブナ帯文化」(梅原猛ほか、新思索社)
  • 「平成14年度縄文講座 縄文人の台所・水さらし場遺構を考える」(主催 青森市教育委員会)