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樹木シリーズ23 エゴノキ

  • 枝いっぱいに咲く白い花も実も美しいエゴノキ(エゴノキ科)

     初夏、枝いっぱいに雪のように白い花を吊り下げる。英国で「スノーベル(雪の鐘)」と名付けられているとおり、大変美しい。夏には灰白色の実を多数吊り下げる。果皮には毒があるが、種子は脂肪分が多いので、ヤマガラの大好物。広く里山に生え、雑木林に見られる代表的な樹木の一つ。 北海道(日高地方)、本州、四国、九州、沖縄のほか、朝鮮半島、中国等にも分布している。
  • 名前の由来・・・果皮には、10%ものエゴサポニンが含まれ、果実をかじると「エゴイ、エグ味」を感じることが和名の由来。また、枝にたわわに垂れ下がった実を、動物の乳房に例えて「乳成り」がチシャに転訛し、別名「チシャノキ」とも呼ばれている。万葉集にも「ちさ」の名で登場している。他に、セッケンノキ、コヤスノキ、ロクロギなど地方名が多いのも、この木の特徴で、昔から人々の生活と深く関わってきたことを物語っている。
  • 花期・・・5~6月、高さ7~15m
  • ・・・枝先に白い清楚な花1~4個、下に垂れ下がる。花冠は深く5つに裂け、星状毛が密生する。雄しべは10個で、白い花冠より短く、葯の黄色が目立つ。中心の細長い雌しべは、雄しべより長い。花柄も長い。 
  • マルハナバチ・・・甘い香りがする花を巡回する。花の中心に垂れる黄色い雄しべの束がハチの足がかりになる。 
  • 白花乱舞・・・五弁に裂けた白花が枝いっぱいに咲き、一面雪を被ったように真っ白になる。この花が地面に落ちた時の様子も、雪が降ったように一面真っ白になるので見事である。 
  • 樹皮・・・暗い黒紫色で滑らか。縦にシワが入ることが多い。 
  • 株立ち樹形・・・株立ち樹形になることが多い。 その根株からたくさんの萌芽枝が発生する様子(子沢山)から、九州地方ではコヤス(子安)、コヤスノキと呼ばれている。
  • ・・・丸みを帯びた菱形で、葉は互い違いに互生する。葉がつくところで枝がわずかに曲がっているのが特徴的。縁は波打つことが多いが、稀に全縁の葉もある。葉の裏と葉柄には、星状毛がある。葉は昆虫のオトシブミ類の食草になっている。 
  • エゴツルクビオトシブミがつくった「落し文」・・・虫たちが中に卵を産むために巻いた葉のことを「ゆりかご」と呼ぶが、別名「落し文」とも言う。「落し文」とは粋な言い方だが、その意味は、直接言い難いことを書いた文をわざと落として気付かせる落し文に形が似ているから。この落し文を、エゴノキの葉でつくる虫は、大きさが6~9mmと小さく、首が鶴の首のように長いエゴツルクビオトシブミ。この小さな虫がつくった落し文の中に卵を1個産む。孵化した幼虫は巻かれた葉を食べ中でサナギになる。羽化した成虫は、穴を開けて出てくる。
  • アブラムシがつくった虫こぶ・・・夏、エゴノキの枝先にバナナ状の虫コブがついていることがある。これはアブラムシがつくった黄緑色の虫こぶで、猫の足に見立ててエゴノネコアシと呼ばれている。つくったのはエゴノネコアシアブラムシ
  • エゴノネコアシアブラムシの生活史・・・エゴノキで越冬した受精卵が孵化すると、雌が生まれ、エゴノキの芽を吸汁する。その刺激で芽が変形し、枝先にバナナ房状の虫コブができる。この中で増殖する。7月頃、有翅虫が誕生し、虫コブから飛び立ってイネ科の雑草・アシボソに移動する。そこでは雌だけで雌の仔虫を次々と生む。葉の裏にコロニーをつくる。10月頃、翅のある雌が生まれて、再びエゴノキへ戻って雌と雄の有性虫を産む。そのペアによって受精し産卵する。受精卵は越冬して翌春に孵化、再びこのサイクルを繰り返す。
  • ・・・夏、灰白色の実をさくらんぼのように多数垂れ下がる。果皮は、星状毛が密生し、縦に裂けて落ち、褐色の堅い種子が1個残る。種子には脂肪分が多く、ヤマガラが好んで採食するほか、ゾウムシの幼虫が寄生したりする。
  • 石鹸の代用・・・果皮のエゴサポニンは、界面活性作用があり、泡立ちが良い。その果皮をすりつぶして、水に入れて振ると白濁して泡立ち、石鹸水になる。かつては実際に石鹸の代わりに使われたことから、別名セッケンノキ(福井、大分、鹿児島)、シャボンノキ(福島)、シャボンダマ(茨木、千葉)、サボン(石川)などと呼ばれている。 
  • 魚毒・・・果皮をつぶして川に流すと水が白濁し、米のとぎ汁に色が似ているので「コメミズ」と呼ぶ地方もある。川水が白濁すると、そこにいる小魚類が酔って浮いてくるという。奄美大島での地元漁師への聞き取り調査によると、干潮時に、エゴノキの実をすり潰した汁をサンゴ礁の水たまりに流すと、魚が麻痺して浮き上がってきたものを捕獲。その捕獲した魚を新しい水に放してやると、たちまち息を吹き返したことから、毒性は弱い。ちなみに、渓流などでは、毒性が弱く、効き目がなかったらしい。 
  • ヤマガラとエゴノキの実・・・・エゴノキの実には、有毒なサポニンが含まれている。それが分かっているのか、ヤマガラは両足で実をはさみつけ、器用にくちばしでつついて有毒な果皮を割り、中の種子だけを取り出す。その実を幹の割れ目や朽木、地面などに埋め込んで貯える習性がある。厳冬期にエサとして利用されるほか、翌年の繁殖期にヒナに与えるエサとして使われる。その残りが、芽を出し繁殖を繰り返すことができる。なお、ヤマガラによって果皮が除去されたエゴノキの種子は、果皮がついたままよりも発芽率が高い。
  • エゴノキの実を食べる野鳥・・・ヤマガラ、ムクドリ、オナガ、ツグミ、アカハラ、ヒヨドリ、キジバト。
  • 昔は、害虫駆除お手玉の詰め物にも利用された。
  • エゴヒゲナガゾウムシの幼虫・・・エゴノキの実の内部に寄生するエゴヒゲナガゾウムシの幼虫は、別名「チシャノキ」にちなんで「チシャ虫」と呼び、ウグイやオイカワ用の釣り餌にしている。現在でも釣り餌として1匹10円程度の値で売られている。穴場を見つけると、大量に採取できるらしい。この虫は、水の中で光るため、魚に対するアピール度が高く、かつ表皮が柔らかく、魚の口にスッと入るので良く釣れるらしい。(写真提供:公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会)
  • 薬効・・・エゴサポニンが含まれる果皮は、痰(たん)きりや咳止めの製薬原料になる。生薬名は「麻厨子(まちゅうし)」。
  • 用途
    1. 材は白く、かたく、割れにくいので、ロクロ細工やこけしなどに使われる。
    2. 根元から伸びた萌芽枝は、真っすぐで粘り強いことから、背負いかごや輪かんじきなどに利用された。
    3. 和傘の頭部につけるロクロには最良の材とされた。
    4. 半日陰でも生育することから、日陰のガーデニングにも用いられる。花色が淡紅色のベニバナエゴ、枝が下垂れするシダレエゴ、枝が雁木状のガンボクエゴノキなどの園芸品種がある。
  • 森林は動物たちのレストラン・・・樹木は、無機物から光合成によってブドウ糖やデンプンなどの有機物を生み出す「生産者」である。動物は、他の生物を栄養として取り込まなければ生きていけない、いわゆる「消費者」に過ぎない。だから生産者である森林に、虫や野鳥、小動物が群がり、木の幹や葉などに巣をつくったり、葉や花や実を食べたりして生きている。その動物をエサにする大型動物もやってくる。つまり、森林は動物たちのレストランであり、もし森林がなければ、多様な動物たちは生きていけないことが分かる。
  • 共進化・・・樹木は動くことができない。だから蜜や果実を提供する代わりに、動物たちに受粉を助けてもらったり、種を遠くに運んでもらったりしている。植物と動物は、長い間付き合っているうちに、互いに助け合う共生関係が深まり、一緒に進化してきた。これを「共進化」と呼んでいる。例えば、エゴノキは、ヤマガラという特定の種を呼び込むために、有毒なサポニンを含む特殊な果実をたくさん実らせる。ヤマガラは、有毒なサポニンを含む果皮を巧みな技で取り除き、中の種子だけをエサの少ない冬に備えて貯食する。そのヤマガラの貯食行動を観察していると、豊作になればなるほど、より多く運び、食べきれないほど貯食しているように思う。それは、子孫のために、自分たちのエサとなる樹木を増やそうとしているように思う。エゴノキとヤマガラは、まさにウインウインの関係で共進化してきたと言えるであろう。
参 考 文 献 
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
  • 「里山の花木ハンドブック」(多田多恵子、NHK出版)
  • 「読む植物図鑑」(川尻秀樹、全国林業改良普及協会)
  • 「樹木観察ハンドブック 山歩き編」(松倉一夫、JTBパブリッシング)
  • 「樹木の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「講談社ネイチャー図鑑 樹木」(菱山忠三郎、講談社)
  • 「森の花を楽しむ101のヒント」(日本森林技術協会編、東京書籍)
  • 「日本の樹木」(舘野正樹、ちくま新書)
  • 「図説 日本の樹木」(鈴木和夫・福田健二、朝倉書店) 
  • 「図解雑学 生態系」(児玉浩憲、ナツメ社)
  • 「樹の文化史(8) エゴノキ」(宮内泰之、園芸文化研究所)
  • エゴヒゲナガゾウムシ(公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会)