本文へスキップ

樹木シリーズ24 オニグルミ

  • 食べられる野生のクルミ・オニグルミ(鬼胡桃、クルミ科)

     川沿いの湿った場所に生え、夏は大きな奇数羽状複葉を広げる。クリとともに、縄文時代から食べられてきた木の実は、9月中旬に熟し、10月には落果する。生食もできるが、一般には、落果した果実を拾い集め、しばらく置いて果皮を腐らせてから水洗いして殻を干して保存する。必要に応じてこれを焼いて口を開かせ、中身の子葉を取り出して用いる。栄養価が高く、クルミ餅は最高のご馳走だった。もちろん、丈夫な歯をもつニホンリスやアカネズミも大好き。日本原産で北海道から九州まで分布。
  • 名前の由来・・・クルミの語源は諸説あるが、「クルクル回る丸い実」の意味から、クルミになったとの説がある。「オニ」は、実の核面のでこぼこが著しく、硬くてなかなか割りにくいことによる。なお、日本では、クルミと言えばオニグルミを指す言葉である。 
  • 花期・・・5~6月、高さ25m 
  • ・・・枝先にブラリと長く垂れ下がった薄黄緑色の雄花。雌花は本年枝の先に直立する。花粉は風で運ばれる風媒花。 
  • 雌花・・・雌花は、枝先に上向きにつき、鮮赤色の花柱が二つ「逆八の字状」に出る。
  • 雌花が受粉すると、子房が急速に膨れて実ができていく。
  • 雄花だけが咲いているのはなぜ・・・オニグルミは、木によって雌花と雄花の咲く順序が異なる。雌花が先に咲いてしばらくしてから雄花が咲く木もあれば、その隣の木は、逆に雄花が咲いてから雌花が咲き始める。異なるタイプの木々は、お互いに花粉をやりとりしているらしい。 
  • ・・・大形の奇数羽状複葉。小葉は4~10対あり、卵状長楕円形で、星状毛が多い。
  • 解説「羽状複葉(うじょうふくよう)」・・・小葉が葉の中心の軸の両側に羽のように並び、全体として1枚の葉を形成している葉。羽状複葉には、奇数羽状と偶数羽状がある。また、3枚の葉が出るのが三出複葉と言う。 
  • 樹皮・・・暗褐色で縦に裂ける。若枝には黄褐色の軟毛が密生する。 
  • クルミの実・・・樹上のクルミは、緑色の厚い皮に包まれて育つ。果皮には、タンニンを含み、大切な中の実を虫や動物の食害から守っている。中の実は多くの油分とタンパク質を含み、極めて優良な食品である。しかも木の実としては最大級に大きいので、人間だけでなく動物たちにとっても大変なごちそうである。
  • ツキノワグマとオニグルミ・・・8月下旬~9月上旬頃、熟していないオニグルミを食べる。熟すと殻が固く、さすがのクマでも歯が立たないらしい。 
  • なぜ大きく栄養豊富な種子をつけるのか・・・貯食型散布の場合、食べられてしまう確率が高く、残るのはごく少数に過ぎない。その分、栄養が多ければ、深い地中から土を押しのけて発芽したり、芽生えを動物に食べられても、再び芽を出すことができる。頑丈な殻は、乾燥を防ぎ、虫の侵入を阻むことができる。さらに数年間は休眠でき、地下深くでも発芽できる能力をもつ。つまり大きく栄養豊富な種子は、ごく少数でも生き延びて生長する確率が高い。
  • オニグルミの採取と保存・・・秋の彼岸の前後、熟して落ちたクルミを拾い集める。採ってきたクルミは、畑の脇などに積み上げ、ワラや枯草などを被せて外の皮を腐らせる。数週間後、真っ黒に腐った外皮を河原で丹念に洗い落とす。それを天日で干してから保存する。クルミは、料理の和え物やクルミ餅などに利用したほか、食用油の代用として使用されることも多かった。
  • 縄文草創期から利用されたオニグルミ・・・アク抜きのいらないクルミとクリは、古く縄文草創期までさかのぼって、その利用が確認されている。青森県三内丸山遺跡では、5500年前のクルミが出土している。そうした遺物は、谷底から谷底の泥炭質の堆積物に、大量に利用していたことを示す「クルミ塚」と呼ばれる状態で産出することが多い。また、硬い殻を割る道具と見られる敲石(たたきいし、上右写真)は、東北日本に多い石器である。
  • オニグルミ(和グルミ)の効能・・・血液サラサラ効果、心臓疾患、幼児脳神経発達促進、アルツハイマー、うつ病などに効果があるとされている。ただし、日本国内に出回っているクルミのほとんどは、カルフォルニア産か中国産。主に長野県で栽培されているクルミの原種も外来種。それと区別する意味で、オニグルミは「和グルミ」と呼ばれている。
  • 日本で栽培されているクルミ・・・オニグルミは、殻が硬いうえに種子が小さく食用生産には向かない。故に在来の野生種ではなく、外来のシナノグルミ、ペルシャグルミ、テウチグルミの3系統が栽培され、長野県東部地方で長年品種改良が行われた結果、新たに殻が薄く収量の多い品種が作り出された。そのクルミの生産量は、長野県が全体の約8割を占め、次いで青森県、山形県の順になっている。
  • クルミとニホンリス・・・ニホンリスはオニグルミが大好きで、冬に備えて頻繁に貯食する。まだ熟していない8月下旬頃から木の上でもぎとって貯食を始める。これは、クマに食べられる前、あるいは落下してしまうとアカネズミに持ち去られるので早めに確保するためであろう。 
  • 落下したオニグルミとニホンリス・・・樹木見本園の奥にオニグルミの巨木が数本ある。8月下旬~9月になると、実が熟して落下し始める。落下したオニグルミは、果皮が腐ると黒く変色する。するとニホンリスも果皮をむきやすくなる。冬に備えて、大好きなクルミを貯食するために、5~6匹ものニホンリスが集まってくる。観察していると、まるで競い合うかのように凄まじい速さで動き回る。
  • 果皮を取り除く・・・落下したオニグルミを拾うと、その場で外側の果皮を丁寧に取り除き、中の硬い実だけを口にくわえて森のあちこちに隠す。 
  • 貯食場所・・・貯食場所は、オニグルミの母樹から約20m以内と意外に近い。地面の落葉や分厚い苔の下、樹上の枯れた幹の隙間などに貯える。その食べ残しが、発芽の機会を得て分布を広げる。 
  • 樹上では・・・リスたちは、落下した実を拾うグループと、樹上でまだ青い実をもぎとるグループの二つに分かれて動き回る。上写真のリスは、樹上で実をもぎとり、口に2個もくわえて自分のお気に入りの貯食場所に向かう。
  • 蓄えたクルミの一部はすぐに食べる・・・ニホンリスは冬眠しないから、貯えたクルミは食べ物がない冬に食べるのかと思っていたが、せっかく貯えた場所から取り出し、すぐに食べたりしていた。恐らく、他のリスやネズミ類にとられる前に、まずは隠すのを優先しているのであろう。 
  • 早春、貯食したクルミを食べるニホンリス・・・昨年、地上に隠していた木の実を掘り起こし、すかさず大木の幹を上り、安全な樹上の枝にとまってから殻を割り始める。まず、クルミの縫合線に沿って歯を差し込み、時間をかけてパカッと二つに割って食べる。アカネズミは、硬い殻の中央部に穴を開けて中の実を上手に完食する。  
  • 動画「オニグルミを食べるニホンリス 」
  • ニホンリスがクルミを食べた食痕・・・実がきれいに二つに割れていたら、それはリスがクルミを食べた食痕である。アカネズミもクルミが大好きだが、クルミの側面のど真ん中に円形の穴を開けて食べるので簡単に見分けられる。
  • オニグルミの食痕・・・右端がアカネズミの食痕、真ん中がニホンリスの食痕である。
  • ニホンリスの食事場所(樹木見本園)・・・リスの食事場所は、お気に入りの場所がある。樹木見本園では、クリの木の根元で、多くの食痕が散らばっている。
  • ハシボソガラスのクルミ割り・・・ハシボソガラスは、オニグルミの実をくわえて20~30mほど飛び上がり、実を落とす行動が全国で確認されている。何回も落とすうちにクルミは割れ、クチバシで中身をほじくって食べるという。さらに進化したカラスは、自動車にひかせて割るという頭脳的な行動が有名で、北海道や東北、北陸地方で報告されている。カラス、恐るべし、である。
  • オニグルミが河原に多い理由・・・オニグルミは、ニセアカシアと並んで河原に多い。河原は、洪水の度に攪乱が起きる。こうした場所では、十分な陽光のもとで素早く生長するタイプの陽樹に有利。オニグルミは、陽樹で生長がとても速い。10年で高さが10mほどにもなる。さらに、他の植物が嫌う物質を出すので、一気に生長すると、他の樹木を寄せ付けない。また、土壌水分が豊かな場所を好み、冬芽の乾燥を防ぐためにも河原が最適な場所というわけである。 
  • オニグルミが河原に多い理由その2・・・河原には野ネズミが多い。野ネズミは、クルミが大好きで、見つけたクルミを貯蔵する習性がある。そのほとんどを食べてしまうが、ごく一部の残ったものが発芽、生長分布を広げている。
  • オニグルミが河原に多い理由その3・・・クルミの殻の内側には空洞があり、水に浮く。毎年、雪代や洪水が起きると、河原に落ちたクルミが下流に流され分布を拡大する。洪水時にクルミが埋まったりするが、オニグルミは地下30cmもの深さからでも発芽する能力があるという。
  • 草木染・・・クルミの果皮は、最初のうちは青い。その液汁は黒色の染料になり、草木染に使われている。 
  • 「帰りくる身」・・・クルミのことを「帰りくる身」といって縁起をかつぎ、旅に出る前に食べたりした。 
  • 毒流し・・・オニグルミの木からは、ユグロンという他の植物の生長を阻む物質が出るといわれる。この木の葉や皮、果皮には魚に対して有毒物質を含んでいて、渓流魚の「毒流し漁」に使われた。クルミの実が熟する前の青グルミの頃、この果皮や葉、小枝を採ってきて、これにサンショウの皮を混ぜて臼でつき、細かくしてから鍋で煮詰め、団子状にする。これをもみ壊しながら流れに流す。毒が効いてくると、下流にいる魚は苦しくなって白い腹を見せながらもがき、水面近くへ現れる。これをタモ網ですくったり、手づかみして捕らえる漁法。 
  • アイヌ名はネシコ・・・アイヌの人々は、オニグルミの実には悪霊を追い祓う効能があると信じられ、クマ送りの儀式や家の新築祝いには、必ずクルミまきをした。 
  • 冬芽・・・葉が落ちた後の冬芽は、まるで羊か猿などの顔に見えてオモシロイ。
  • 用途・・・材質はやわらかく、丈夫で、肌ざわりもよく、堅くて変形しない材質から、どこの国でも昔は銃床(発射時の反動を抑えるために、肩に当てる部品)に用いられた。日本では、銃床としてオニグルミに代わる材はなく、兵営や学校、病院などに植樹された。他に、建築、高級家具、額縁、機械用材など用途が広い。
  • ウワミズザクラの赤い実とオニグルミ・・・どちらもツキノワグマが大好きな木の実である。
参 考 文 献 
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
  • 「樹木観察ハンドブック 山歩き編」(松倉一夫、JTBパブリッシング)
  • 「樹木の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「日本の樹木」(舘野正樹、ちくま新書)
  • 「樹は語る」(清和研二、築地書館)
  • 「森のたからもの探検帳」(飯田猛、世界文化社)
  • 「山に生かされた日々」(新潟県朝日村奥三面の生活誌)
  • 「ブナ帯文化」(梅原猛ほか、新思索社)
  • 「白神山地ブナ帯地域における基層文化の生態史的研究」(研究代表者・掛屋誠・弘前大学人文学部教授、平成2年3月)