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樹木シリーズ29 カツラ

  • 甘く香る円い葉・カツラ(桂、カツラ科)

     渓流沿いの水際によく生え、新緑、黄葉ともに美しい。「生きた化石」と言われるほど起源が古い樹木で、大木になると株立ちになることが多い。円いハートの葉が対になって並ぶのが特徴。秋に落葉すると、醤油せんべいのような甘く香ばしい香りがする。かつて山村では、その葉を粉状にしたものを抹香に利用していた。大木が多く、天然記念物の木が多い。
  • 名前の由来・・・葉が香りを発することから、「香出(かづ)ら」が転訛したと言われている。東北地方では、昔、この葉を集めて乾かして粉末にし、抹香をつくったので、別名「マッコノキ」と呼んだ。 
  • 花期(写真:雌花)・・・4月、高さ35m 
  • 雌花・・・赤い柱頭を伸ばしてイソギンチャクのように見える。
  • 雄花・・・葉が開く前に花が咲く雄花は、紅色で雄しべが房になって垂れる。遠くから見ると、木全体が赤みを帯びる。雄の木は赤みが強い。雌雄異株。 
  • 新緑が美しい・・・花が終わるとハート形の葉を広げ、みずみずしい萌黄色が殊の外美しい。 
  • ・・・葉は、円いハート形で、縁には波状のなめらかな鋸歯がある。葉脈は葉柄の付け根から7~9本に分かれて伸びる。下から透過光で見上げると美しい。 
  • 黄葉と香り・・・秋に黄色く黄葉し、晩秋に落葉する頃は、甘い香りを放つ。
  • 葉の香り・・・香りの素は、葉に含まれるマルトールなどの成分で、これが甘い香りとなる。その香りの例えは人によって異なり、キャラメルのような、醤油せんべいのような、あるいは縁日の綿あめ屋さんのような香りがするなどと言われている。 
  • 抹香の木・・・昔は、毎朝仏壇にお膳を供え、香をたく習慣の家が多かった。毎日たくとお香は一年で一升くらい必要で、農山村の家では、近くに自生しているカツラやネムノキの葉を採り、干して自家用の香を作った。だから末香の木、お香の木、香の木と呼ばれている。 
  • 樹皮・・・暗灰褐色で、縦に割れ目ができて薄くはがれる。 
  • 果実・・・未熟な緑色のうちはミニバナナのような実をつける。熟すと帯黒紫色になり2二つに裂け、先端に翼のある種子を出す。
  • 風散布型・・・翼のついた種子は、風で散布する。種子は小さく、風に乗れば散布距離は大きい。しかし、種子から発芽した実生はサイズが小さく、死んでしまうことが多い。カツラの実生は、倒木の上や粒子の細かい土壌の上など、ごく限られた環境でしか育たないと言われている。だから大きな群落はつくらず、主に渓谷の谷底に点在するように自生している。
  • 果実を食べる野鳥・・・食べ物が乏しい真冬の栄養源として、アトリ科のカワラヒワやマヒワの群れがやってきて中の種子を食べる。彼らが実をついばむと、樹上から実の欠片が落ちてくるので、群れの存在を気付かされるという。
  • 天然分布と巨木・・・北に多いと言われるとおり、秋田の渓流沿いでは、群落はつくらないものの、巨木が多く見られる。萌芽力が旺盛で無数のひこばえを出し、主幹が朽ちても次の命をつなぎ、株立ちした幹が真っすぐに伸び上がった巨木の姿は壮観である。 
  • 中小洪水の攪乱地で更新・・・サワグルミと同じく、洪水によってできた攪乱地で更新するタイプ。ただし、種子の小さいカツラは、サワグルミに比べて稚樹の競争力が劣る。数十~数百年に一度起こるような大きな土石流でできた河原では、サワグルミに負けてしまう。結果として、頻繁に起きる中小洪水によってできた谷底の河原で更新をしていると言われる。だから、どちらかと言えば枝沢に大木が多く見受けられる。 
  • 原始的な風媒花・・・1億年くらい前からたいして進化もせず、原始的な姿で生き延びてきた希少種。花は、雌しべと雄しべが垂れ下がるだけの原始的な風媒花である。大きな群落をつくらないタイプにとっては、効率の悪い送粉形式である。さらに雌雄異株だから、個体数が減少してしまうと受粉効率も低下してしまう。だから衰退の途上にあるとも言われている。 
  • 欠点を補う萌芽更新・・・巨樹の根元を見ると、何本も枝分かれして株立ちしているのが分かる。これは何本かの萌芽枝が生長した結果である。主幹が損傷を受けなくても、普段から多くの萌芽枝を出す。だから長寿で、主幹を交代させながら500年以上も生きるという。萌芽による更新がうまくいけば、長い年月にわたって種子を散布し続けることができる。結果として、原始的な風媒花の欠点を補う形で、種子による更新のチャンスも増えることになる。
  • 京都の葵祭とカツラ・・・葵祭では、カツラの枝にフタバアオイを絡ませたものを御輿や行列に飾りつけ、下鴨神社(左上写真)から上賀茂神社(右上写真)まで練り歩く。最近は、フタバアオイが減少し、ほとんどがカツラの葉になっているらしい。また、栃木県日光の中禅寺本尊である国指定重要文化財の「千手観音像」は、カツラの立木に刻んだものと伝えられるなど、カツラは、古くから日本人の生活文化に深い関わりをもつ植物である。
  • 愛染カツラ・・・826年、山中から突然火が噴き出し、そこへ慈覚大師が降り、祈ると観世音菩薩が現れて長野県上田市の向山のカツラの木にとまり、大地からは温泉が湧き始めた。その木は、昭和11年から婦人倶楽部に連載された川口松太郎の小説「愛染かつら」の木で、以来、縁結びの木のイメージが出来上がったという。
  • 張り板・・・明治になると木綿が庶民に普及する。それを洗った際、生地を張って乾かす張り板が一般家庭に普及した。幅40cm、長さが2m以上もある一枚板で、濡れた布を張って天日に干しても狂わず、きめ細やかでささくれ立たない材が要求される。カツラの材が最高とされ、次いでホオノキ、ヤナギ、サワグルミなど。
  • 葉も樹形も美しいことから、街路樹や公園緑地の景観木、緑陰樹としてよく植えられる。
  • 用途・・・カツラ材の心材は褐色で、辺材は黄白色、均質で変形しにくいことから、建築や器具、家具、楽器、下駄、彫刻、碁盤、将棋盤、薪炭、庭木など幅広く利用される。木材業者は、材の赤みの多いものをヒガツラ、青っぽいものをアオガツラと呼ぶが、用材としてはヒガツラが上等で、値段も高い。アイヌの人々にとっては、丸木舟をつくる大事な木であった。
参 考 文 献
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
  • 「里山の花木ハンドブック」(多田多恵子、NHK出版)
  • 「樹木観察ハンドブック 山歩き編」(松倉一夫、JTBパブリッシング)
  • 「図説 日本の樹木」(鈴木和夫・福田健二、朝倉書店)
  • 「樹木の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「植物民俗」(長澤武、法政大学出版局)
  • 「NHK趣味悠々 樹木ウォッチング」(日本放送出版協会)