本文へスキップ

樹木シリーズ50 オオシラビソ(アオモリトドマツ)

  • 雪の多い日本海側山地に分布するオオシラビソ(別名アオモリトドマツ、マツ科)

     オオシラビソは、多雪地帯の東北地方に多い針葉樹である。樹氷で有名な森吉山や蔵王山、八幡平、八甲田山などが有名。森林限界以上では、低木になる。樹形は円錐形だが、風や雪で痛々しい樹形になっていることが多い。別名アオモリトドマツとも呼ばれ、青森市では「市の木」に指定されている。
  • 名前の由来・・・シラビソに似ているが、球果が約10cmと大きいので、「オオシラビソ」と名付けられた。また、基準標本産地である青森の名と、同属の種であるトドマツの名にちなんで別名「アオモリトドマツ」とも呼ばれている。 
  • 花期・・・6~7月。上向きに青黒い松ぼっくり状の雌花をつけ、その下に茶色の雄花が垂れ下がる。
  • 樹高 20~35m
  • 雌花・・・濃い青紫色で、松ぼっくりのような形をしている。花をつけた年の秋には熟す。
  • 雄花・・・小枝の下部に垂れ下がるように開花する。雌花は自家受粉を避けるために、時間差で小枝の上部に上向きに開花すると言われている。
  • ・・・線形で互生し、長さ1~2cm、幅約2mm。小枝が見えないほど密につく。断面は扁平で、表面は濃緑色、先端部は凹型か円形。一年枝は濃赤褐色の細毛が密生する。 
  • 枝先にびっしりと扁平の葉をつけている。葉の先端は小さく窪んでいる。 
  • オオシラビソの葉芽
  • 樹皮・・・樹皮は灰白色で、小さな粒状の突起と横に楕円形の皮目があるほかは平滑。大木は幹全体が苔に覆われることもある。 
  • 球果・・・長さ5~10cmと大形の楕円形。9~10月に成熟して紫藍色になる。包鱗は種鱗より短く、外に突き出ない。種子は長さ1cmで翼がある。 
  • オオシラビソと風雪・・・オオシラビソの下枝は四方に生長しているが、上枝はあまり伸びない。冬、雪に埋もれる下枝と異なり、上枝は極寒の風雪にさらされて生長が遅い。また、上枝のつき方が片側に片寄っているのは強風の影響である。この枝のつき方で、冬季の主な風向きが分かる。 
  • 樹形・・・円錐形だが、風雪で痛々しい樹形になっていることが多い。 
  • なぜ多雪地分布しているのか
    1. 雪の圧力で枝が折れたオオシラビソをよく見かけるが、それでも他の樹種に比べると、オオシラビソの枝や幹は雪の重みに強く折れにくい。
    2. 東北地方の調査によると、オオシラビソは4.5m程度の積雪地まで分布できるが、コメツガは1.5mを超える積雪地では分布できない。
    3. オオシラビソの稚樹は、雪解けの多湿環境に強い。
    4. 雪の多い地方には、雪の下の植物に感染し枯死させてしまう病原菌「雪腐れ病菌」がいるが、この菌に対してオオシラビソの稚樹は強い抵抗力を持っている。 
  • 縞枯れ現象・・・亜高山帯のシラビソ、オオシラビソの優占林に限って見られる現象で、木々が立ち枯れたり、倒れたりして、遠くから見ると白い縞状の模様に見える現象。山の自浄作用、あるいは木々の世代交代、天然更新とも言われているが、原因の特定には至っていないという。 
  • 緩傾斜地に分布・・・森吉山や八幡平、八甲田など、傾斜が比較的緩やかな山にオオシラビソの森が広がっている。一方急峻な朝日山地や飯豊連峰には、オオシラビソの分布は少ない。つまり、多雪地帯でオオシラビソが生育できる条件は、斜面の傾斜がある程度緩くなければならないことが分かる。
  • オオシラビソの森は、ごく最近広がった・・・最終氷期の日本は、寒冷かつ乾燥した気候であった。当時全盛だったのはトウヒやカラマツ。オオシラビソは乾燥が苦手で、小さな集団をつくって細々と生き延びていた。その後1万年前くらいから温暖化が進み、針葉樹が消滅した跡地に低木林やササ原が形成された。その後、特に雪に強いオオシラビソが広がっていった。八甲田などでは、600年前になってようやくオオシラビソの樹林が形成されたと言われている。現在も、オオシラビソは分布拡大の途上にあるらしい。 
  • 樹木はどのようにして低温に耐えるのか・・・真水なら0℃で凍るが、植物は秋になるとショ糖などを細胞に貯め込むので簡単には凍らない。厳冬期を迎えると、細胞の外側の水がまず凍る。これを細胞外凍結という。細胞外凍結が起きると、細胞から水が外へ出ていき、その水が凍ると、さらに水が出ていく。マイナス10℃にもなると、細胞内の水の90%程度が細胞の外に出てしまう。すると、細胞内はドロドロで、凍らなくなる。マイナス50℃にもなるシベリアのタイガでも植物が生きていけるのは、この細胞外凍結のお陰である。 
  • 森吉山山腹のオオシラビソ林・・・江戸時代の紀行家・菅江真澄は、今から200年ほど前、森吉山に二回登っている。その際、森吉山とモロビ(オオシラビソ)が連なる登山道の絵図や、モロビのきよめ火の風習を記している。「森吉山は一面モロビ(オオシラビソ)が生えている登った人は、必ずこれをみやげに折って下り、一年中、朝夕、きよめ火に用いる」 (上左絵図:菅江真澄「モロビ」、秋田県立博物館蔵写本)
  • 真澄が記したとおり、モロビの香りは穢れを払い、魔除けの効力があると信じられていた。旅立ちの際は、モロビを燻して全身を浄め、旅の安全を祈願した。また阿仁マタギは、結婚式に出た後は、モロビを焚きお祓いしてから猟に出た。
  • 厳冬の森吉山・樹氷(北秋田市)・・・樹氷は、過冷却水滴の強風雲がオオシラビソに吹き付け、風上に向かって凍りつき発達する。「モロビの樹氷」「雪柱のモンスター」「氷点下を彩る樹氷」などと形容されている。ゴンドラで行く森吉山の樹氷は、阿仁スキー場山頂駅から徒歩5分で鑑賞できる。 
  • オオシラビソとホシガラス
  • 八幡平のオオシラビソ・・・多雪地帯の八幡平は、その名のとおり傾斜が緩く、オオシラビソの広大な樹海が広がっている。 
  • 八幡平の植生・・・ 標高1000m前後を境に下部はブナを主体とする落葉広葉樹林が広がり、上部はオオシラビソを主体とする亜高山性針葉樹林、最上部の稜線付近にはハイマツ等の高山植物帯が見られ、全体的に手つかずの原生的な植生に覆われている。また、秋田駒ヶ岳及び岩手山のコマクサ、エゾツツジ等、八幡平の湿原植生や雪田植生をはじめ、山腹から山稜部にかけて各所に分布する高山植物群落も本地域の景観を構成する重要な要素となっている。(「十和田八幡平国立公園指定書」環境省より抜粋)
  • 八幡平・湿原の成り立ち・・・地形を俯瞰すると、雪の吹き溜まりなどが原因になってオオシラビソの森林ができない場所に湿原ができているのが分かる。環境省が設置した看板によれば、「この湿原は細かい火山灰などでできた水を透さない土の上を雪解け水が常に潤しているため、そこに湿地植物が生え、枯れても腐らずに、泥炭化して堆積し、湿原になった」とある。
  • 湿原の形成には、多雪地帯であることが必須条件である。残雪の下方や残雪跡地の浅い窪み、なだらかな斜面に、雪解け水が少しずつ供給されると、ミズゴケなどの湿生植物生育し、湿原ができる。湿原では、植物が分解せずに堆積し、泥炭化されると酸性が強いために生育できる植物も限られ、湿原が継続しやすくなる。
  • 乳頭山田代平に広がるオオシラビソ林
参 考 文 献
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「葉でわかる樹木」(馬場多久男、信濃毎日新聞社)
  • 「樹木の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「日本の樹木」(舘野正樹、ちくま新書)
  • 「樹木観察ハンドブック 山歩き編」(松倉一夫、JTBパブリッシング)
  • 「菅江真澄遊覧記」(内田 武志・宮本 常一、平凡社) 
  • 「山の自然学」(小泉武栄、岩波新書)