本文へスキップ

樹木シリーズ51 サワグルミ

  • 沢筋に純林をつくる渓畔林の代表樹種・サワグルミ(沢胡桃、クルミ科)

     ブナ帯の湿り気の多い渓流沿いに純林をつくる落葉高木。造園にはほとんど利用されないことから、馴染みの薄い樹木であるが、ブナ帯の沢沿いを歩けば普通に見られ、渓畔林の代表樹種でもある。トチノキは谷の斜面に多いが、サワグルミは谷底の河原に多い。オニグルミの樹形は横に広がるのに対し、本種はスラリと上に伸びる特徴がある。大きな攪乱があった場所に生える先駆性樹木で、いち早く生えて生長も速い。樹齢は150年ほど。
  • 名前の由来・・・沢に生えるクルミ(胡桃)の意味で、「沢胡桃」と書く。その名のとおり、渓流沿いに多く、別名カワグルミとも呼ばれている。また、長く垂れ下がるフサに果実がつくようすから、「藤グルミ」の名もある。クルミの名はついているが、オニグルミと違って人は食べられない。
  • 花期・・・5月、高さ30m 
  • ・・・雄花は枝の基部から長さ5~10cmで垂れ下がり、淡い黄緑色の雄花が多数つく。雌花は枝の先から垂れ下がり、雄花より長い。雌雄同株。 
  • ・・・複葉で互生する。小葉は長さ6~13cm。縁には細かい鋸歯がある。
  • 種子・・・枝から垂れ下がる。
  • 翼のある種子・・・一つの果序に20~30個の果実をつけ、その両側には翼がある。オニグルミと違って、風散布だが、余り遠くへは飛ばない。しかし、果実は中がコルク状で水に何週間も浮く特徴がある。渓流に落下した種子は、下流に流された後、雪の中に埋もれて冬を越す。翌年、雪解けの洪水で河川の土手の上に打ち上げられ、そこで発芽することが多いと言われている。名前は、クルミだが、食べられない。 
  • 樹皮・・・灰色~暗灰色で、成木は縦に長く裂ける。
  • 渓流沿いに多い理由・・・落差の激しい渓流では、数十年から数百年に一度、大雨が降って土石流が起きる。サワグルミは明るい場所を好み、生長の速い陽樹であることから、土石流の跡地は格好の定着場所になり得る。むしろ土石流の跡地を狙って、まるで人が植林したかのような純林をつくることが多い。
  • サワグルミ林とヤマワサビ・・・湧水が湧き出す谷底のサワグルミ林の林床には、しばしばヤマワサビの大群落を形成する。
  • 真っ直ぐ、高く伸びる・・・沢沿いは、水分条件が豊かで、暑さや乾燥が苦手な落葉広葉樹にとって生育に適した場所である。さらに日当たりの良さを活かして、生長が速い。最初、密生していた稚樹は、お互いに競争し合い、やがて自然に間引かれて本数が減り、生き残ったものが真っすぐに高く伸びる。
  • 沢の本流だけでなく、しばしば大きな攪乱が起きる支流の沢沿いにもサワグルミ林が多い。
  • 一斉同齢林・・・しばしば背丈が同じくらいのサワグルミ林をみかける。これは樹齢が同じで、同じ時期に一斉に生えた林で一斉同齢林という。その理由は、土石流などの大きな攪乱があったからである。サワグルミの寿命は100~150年だが、数十年から数百年に一度発生する土石流の跡地を転々と放浪する種とも言われている。
  • 樹皮利用の屋根・・・炭焼き小屋や杣小屋など、山中で一時的に使う小屋の屋根には、サワグルミやケヤキ、スギなど、その場で間に合う樹皮をはいで葺く場合が多かった。屋根材として用いる樹皮には、長く大きく簡単にはぎ取ることができ、しかも加工しやすいことが必要である。屋根材のほか開き戸、壁材にもこの樹皮が使われた。 
  • サワグルミとマタギ小屋(白神山地)・・・小屋掛けには、田植えが終わった6月頃、イワナとりを兼ねて行く。骨組の材にはサワグルミを用いる。屋根と前後の壁は、サワグルミの樹皮を主に、チシマザサの葉を束ねたものを併用して使う。サワグルミがない所では、チシマザサの葉だけで囲う。チシマザサの葉は、ヤマブドウの蔓で束ねて使う。小屋掛けは、5、6名で丸二日ほどかかる。小屋掛けをする時期の材は、水分が多いので、できあがったら小屋の中で一晩火を焚いて燻す。
     小屋の中の土間には、サワグルミの樹皮を敷き、その上にムシロを広げて寝た。寝袋がなかった時代は、稲の苗を乾かしたものを敷いて寝た。下山の時は、入り口をサワグルミの樹皮で完全に塞いでくる。 
  • 用途・・・材が軽く、白色材の代表的なもので、切削や加工性はすこぶる容易であるが、変色、腐朽しやすく、割れやすい欠点がある。下駄材、マッチの軸木、経木、杓子、まな板に。サワグルミの内樹皮は丈夫で耐久性が高く、模様が美しいことから「寿光皮」と呼ばれ、屋根葺きに使われたほか、箱や盆の装飾に重用された。成長が早いので治山用の植樹にも用いられた。(写真:右端がサワグルミ)
参 考 文 献
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
  • 「樹木観察ハンドブック 山歩き編」(松倉一夫、JTBパブリッシング)
  • 「樹木の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「日本の樹木」(舘野正樹、ちくま新書)
  • 「図説 日本の樹木」(鈴木和夫・福田健二、朝倉書店)
  • 「樹は語る」(清和研二、築地書館)
  • 「樹と暮らす 家具と森林生態」(清和研二ほか、築地書館)
  • 「日本有用樹木誌」(伊東隆夫ほか、海青社)
  • 「白神山地ブナ帯地域における基層文化の生態史的研究」(研究代表者・掛屋誠・弘前大学人文学部教授、平成2年3月)