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樹木シリーズ53 クリ(栗)

  • 縄文の昔から利用されてきたクリ(栗、ブナ科)

     栄養豊富な実は、縄文の昔から大切な食糧であった。材は腐りにくく耐久性がある有用材で、三内丸山遺跡からも直径1mものクリ材の柱が出土している。野生の実は、栽培されているクリに比べると小さいが、味は濃厚で美味しい。クリもドングリの仲間で、全体を包むイガは殻斗、実はドングリに当たる。ツキノワグマも大好物で、よくクマ棚をつくる。
  • 名前の由来・・・果皮の色が黒いことから「黒実(クロミ)」が転訛したとする説や、古くは丸い実を指す「クルミ」が略されてクリになったとする説、韓国語の「Kul(クル)」から転訛したとの説、落ちた実が石のような小石を意味する古語「クリ」と名付けた説などがある。 
  • 花期・・・6~7月、高さ15~20m 
  • クリの花・・・葉柄の付け根から10~20cmほどの穂状の花序が伸びてくる。クリーム色の雌しべを十数本突き出し雄花がたくさん咲き始める。クリは、自家受粉を避けるため、雄花、雌花、雄花といった順に時期をずらして咲く。 
  • 雌花・・・後でイガになる総苞の中に雌花が3個づつ入っている。雌しべの花柱は10本ほどで針状。
  • 雄花・・・普通花穂に7個づつ集まってつく。10本ほどの長い雄しべが突き出ていて、蜜腺から蜜を出す。雌花には蜜はない。
  • 遅い開花・・・クリの花が咲くのは、6月下旬頃と遅く、7月一杯続く。サクラ類やカエデ類など多くの木の花は4~5月に開花する。ホオノキの開花は6月初旬頃。蜜や花粉を集めて暮らすミツバチや甲虫類にとっては、多種多様な樹種が共存し、蜜や花粉を与えてくれる期間が長い森ほど、棲み心地の良い森である。 
  • 虫媒花・・・クリは、自分の花粉では種子をつくることができない。他の木から花粉を運んでもらって初めて種子をつくることができる虫媒花。開花中、独特の青臭い匂いで昆虫を集める。花蜜は雄花で分泌されるため、昆虫たちは雄花に集まる。マルハナバチや小型のハナバチ、ハエ、ハナアブ、ハナムグリ、カミキリモドキ、ヒョウモンチョウなど、たくさんの昆虫たちがやってくる。その中で、他家花粉の割合が最も高いのはマルハナバチである。 
  • ・・・葉は互生し、細長い楕円形で針状の鋸歯がある。クヌギの葉に似ているが、本種は鋸歯の先端まで緑色が入っている点で見分けられる。 
  • 樹皮・・・淡い褐黒色で縦に裂け目がある。
  • 堅果・・・長いトゲのある殻斗(イガ)に、2~3個が包まれる。クリの実は、秋の味覚の一つで、多くの品種があり、果樹としてよく植えられる。
  • ニホングリ・・・栽培用のニホングリは、野性のクリを品種改良したもので、果実が大きく風味がよいのが特徴。しかし、甘味は野生のものより少なく渋皮がはがれにくいのが難点である。クリの収穫量ベスト5は、茨城県、愛媛県、熊本県、岐阜県、埼玉県である。
  • チュウゴクグリ・・・甘くて渋皮もむきやすいが、果実が小さくて栗の害虫である「クリタマバチ」の被害を受けやすいことから、日本では栽培されていない。「天津甘栗」の原料としてよく使われているのは「板栗(バンリー)」という品種である。
  • 西明寺栗(仙北市西木町)・・・300年ほど前、京都の丹波地方、岐阜の養老地方より種を持ち込み栽培したのがはじまりで、かつては年貢米の代わりに上納したという。その後品種改良を重ね、大きさが日本一と言われるようになった。西木町全体で栗の栽培面積は、約50haで県内では筆頭の栗栽培地である。毎春(4月中旬)、その栗林に群生するカタクリの大群落は、面積20haにも及び「カタクリ群生の郷」として有名である。
  • 西木村の語源・・・「栗」の文字を二つに分解すると、「西木」になることから、栗が村の名前の語源であろう。
  • 熟す前の実・・・ウニのような形をしている。 
  • 鋭いイガがあるのは・・・ドングリは生でも美味しい。だから、熟すまで殻斗から出さず、鱗片は鋭いトゲになって未熟なドングリを食害から守っている。 
  • 熟した実・・・イガが4つに割れると、3つの実が中から現れる。クリの実は、コナラやクヌギと同じくドングリの仲間で、殻斗はイガ、ドングリはイガの中に入っている2~3つの実。 
  • ネズミがギャップに運んで発芽・・・クリは、ブナの実と並んで生でも食べやすい。クリが熟すと、アカネズミやヒメネズミがクリの木の下を徘徊し貯食を始める。調査によると、貯食した1%弱が発芽した。その場所は、全てギャップだけで見られたという。
  • 9月頃、クリの堅果は落下する。その頃は、ギャップにも草や低木が茂っているので、ネズミはその藪に隠れて堅果を埋めに行く習性がある。晩秋、草も枯れ、低木も落葉すると、身を隠す場所がなくなるので、貯食した場所に危険で行けなくなる。だから、ギャップに運んだ種子だけが発芽するという。
  • 野生のクリの実は、なぜ小さいか・・・栽培の大型品種は重さ30gに対して、野生種は1~3g、1/10ほどと小さい。トチノキは、林内で生きていくために大きな種子をつくる。クリは、もともと耐陰性が弱いので、暗い林内で定着するつもりがないため、大きな種子を少量つくっても意味がない。むしろ小さな種子をたくさんつくって、ギャップに運んでもらう方が定着率が高くなると考えられている。 
  • 山火事や人の手を借りて拡大・・・クリは、暗い森では生きて行けず、とにかく明るいギャップで早く上に伸びていくことしか考えていないらしい。つまり、ギャップだけに適応した生存戦略を持つことから、山火事など大きな攪乱が起きると、明るい所にクリが一斉更新すると言われている。また縄文時代からクリは、人の手によって植えられ広がった。 
  • 鬼皮は、果皮や果肉の部分が薄く木質化したもので、食用にする部分は胚で子葉に相当する。その子葉の部分にデンプンや糖分が蓄えられている。 
  • 栗の栄養・・・主成分はでんぷん。ビタミンA、B1、B2、Cが多く、人間に必要不可欠な微量要素の亜鉛も豊富に含まれている。食物繊維も豊富でサツマイモの1.8倍もある。 
  • 渋皮煮・・・渋皮には、抗酸化活性に極めて強いポリフェノールの主成分であるプロアントシアニジンが約30%と豊富に含まれるので、渋皮煮で食べると美容や老化防止、抗がん作用などに効果があるとされている。
  • 栗の食べ方・・・ゆで栗、焼き栗、栗渋皮煮、栗ご飯、栗赤飯、栗きんとん、栗羊かん、栗鹿ノ子、甘露煮、マロングラッセ、茶わん蒸し、含め煮など。
  • 薬効・・・昔から葉を煎じた液は、漆かぶれや毛虫などの湿疹に使われた。これはクリの葉に含まれるタンニンやタンニン酸が皮膚炎症部のタンパク質と結合して収斂作用として働くもので、カキノキの葉も同じように使われた。また、クリの樹皮の煎汁は糖尿病に効果があるされ、葉の煎汁は咳止めにも効果化があるされている。 
  • 外来の害虫・クリタマバチ・・・外来の害虫に壊滅的な打撃を受けた事例は、マツ以外にクリがある。クリタマバチは、戦前に中国から日本へ持ち込まれたクリの苗木についていたもので、その後全国に広がった。その結果、日本中の自生のクリが大きく減少するほど大打撃を受けた。(クリタマバチ写真出典
  • クリタマバチの爆発的な繁殖力の秘密・・・メスだけで子孫を残す特殊な繁殖能力をもつ。オスを必要とせず、メスの遺伝子だけで子どもができる無性生殖で、その子孫はクローン。だからたった1匹の成虫が日本に侵入すれば、日本中に繁殖拡大することができる。
  • 外来種であるクリタマバチは、日本に天敵が存在せず、効果的な対処法を持たなかったからである。そこで行政が天敵のチュウゴクオナガコバチを中国から輸入して放ち、やっと被害は沈静化した。
  • クリの実とスズメバチ・・・イガが口を開けたクリの実を撮影していると、スズメバチがクリの実の中に入っていった。まさかクリの実を食べるはずはないので調べてみると・・・スズメバチは、幼虫の餌として昆虫やクモなどを捕らえる。それを肉だんごにして巣に持ち帰り、巣の中で多数の働きバチに分配された後、小さくかみ砕いてから口移しで幼虫に与えるという。クリの実は、よく見ると虫食いになっている。イガの中に入って行ったスズメバチは、どうもクリの実を食べる昆虫を捕まえているようだ。
  • 土台・・・クリは、防腐処理も不要で、シロアリにも食われない特性をもつ。特に昔の建築では、土台は地面に近く風雨にさらされやすく腐食しやすいので、腐りにくいクリ材がよく使われた。 ちなみにクリを炭にすると、破裂したり、立ち消えたりするので悪い炭の代表と言われている。 
  • 用途・・・家屋の土台のほか、鉄道の枕木、水車小屋の水がかかる場所、屋根板、船材などに使用された。耐腐朽性を発揮させるエラグタンニンは、樹皮や葉、果皮にも含まれ、丹波布や漁網を茶色に染める染料に利用された。
  • 三内丸山遺跡とクリ・・・クリは生長が早く、実が安定して収穫できる重要な食糧源である。さらに、木材は水湿に強く、加工が比較的容易である。三内丸山遺跡の巨大な6本柱建物や日本最大の大型竪穴住居、食料を保管した高床式建物、トチの実のさらし場など、遺跡の主要な部分は、ほとんどクリ材でできている。また、住居の炉跡に残る燃え残りの炭などもクリがほとんどで、主要な燃料材であった。漆器木地や各種木器にもクリが使われている。 
  • 縄文時代はクリ文化?・・・北海道から岐阜県に至る17の縄文遺跡の23の住居址の全てでクリ建築材が検出され、そのうち9例はクリ材のみであった。さらに炭化材の樹種は、関東地方の18遺構のうち11遺構にクリ材が出土し、うち7遺構はクリ材のみであった。縄文時代は森の文化、中でも「クリ文化」と言えるほど生活に欠かせない樹木であった。(故千野裕道氏の調査)
  • 三内丸山遺跡・縄文里山・・・花粉のDNA分析などから明らかになったことは、ブナ林を中心とする落葉広葉樹が広がる自然環境に、資源の維持・管理を目的とした積極的な関与が行われ、クリ林やクルミ林、漆などの有用な樹種で構成された「縄文里山」と呼びうる人為的な生態系を成立させ、生業を維持していたことが分かった。 
  • 世界遺産を支えるクリ材・・・世界遺産の岐阜県白川郷と富山県五箇山の合掌造り集落。その合掌造りの主要部材は、古いものほどクリ材を多く使っている。土台をはじめ、柱、板壁、大引、根太など。小屋組や筋違もクリ丸太を割加工して使っている。江戸時代初期、母屋から離れて建てられた板倉もクリが多用されている。また、和紙のしぼり器は、水を使うことと、土間で使うこともあってクリ材が使われた。 
  • 火中の栗を拾う・・・昔話「猿カニ合戦」では、カニの助太刀をしたクリは、囲炉裏からはじけてサルに火傷をさせる。囲炉裏の中で、いつはじけるか分からない栗の実を拾い出すように、自分の利益にもならないにもかかわらず危ないことに手を出すことの戒めに「火中の栗を拾う」という。 
  • 日本一のクリ(仙北市角館町)・・・田沢湖抱返り県立自然公園内にある日本一のクリは、幹周り8.1m、樹高22m。推定樹齢、200~300年。山側は、巨大な空洞となっている。クリは、日当たりが良く、谷合いまたは中腹の緩やかな斜面に生えたものが、最も旺盛に生育すると言われている。日本一のクリは、まさにそんな場所に生えている。ただし周囲は急峻で道はなく、地元の案内人がなければ、この巨木に会うことは難しい。        
  • 和 歌 昔から秋の味覚の代表だけに、和歌や俳句によく詠まれている
    裏山にしろく咲きたる栗の花雨ふりくれば匂い来るかも 中村憲吉
    おぼろかに栗の垂り花見えそむるこのあかつきは静かなるかな 芥川龍之介
    栗焼きし火鉢の色も火の色もつめたく遠くすぎ去りにけり 島木赤彦
    夕日さす枯野が原のひとつ路わがいそぐ路に散れる栗の実 若山牧水
  • 俳 句
    1. 絵所を 栗焼く人に 尋ねけり 夏目漱石・・・ロンドン留学中、食べる気もない焼栗を買い、焼栗屋の機嫌をとっておいてから、絵所(美術館)の場所を聞き出したという句。
    2. あくせくと 起さば殻や 栗のいが 一茶・・・落ちているイガをひっくり返してみたら、中が殻(からっぽ)だったという滑稽な句。
    3. 栗食むや 若く哀しき 背を曲げて 石田波郷・・・若いくせに背を曲げて栗を食べるのに夢中になっている姿は、滑稽で哀しいということか。
    4. 行く秋や 手をひろげたる 栗のいが 芭蕉
    5. 毛虫にも ならで落ちけり 栗の花 正岡子規
  • 栗拾い ねんねんころり 云いながら 一茶
 
  • 人里のクリ園にクマ棚・・・クリは、クマの大好物。クマは、クリの木に登って、実のなった枝を手繰り寄せて折り、食べ終わった枝を自分の尻に敷く。次第に鳥巣状のベッドになったものを「クマ棚」と呼んでいる。クマは、クリを口で噛み砕き、皮だけツルリと吐き出す。中には、皮ごと食べて糞にクリの皮が入っていることもある。
  • クマの出没を誘因するクリ・・・最近は、食べる人が少なくなり、収穫しないで放置されたクリやカキの木が多い。放置されたクリやカキは、クマの異常出没を誘因する一つになっている。クマの出没が恒常化している地域は、熟す前に残さず収穫するか、あるいは伐倒する必要がある。
参 考 文 献
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
  • 「里山の花木ハンドブック」(多田多恵子、NHK出版)
  • 「図説 日本の樹木」(鈴木和夫・福田健二、朝倉書店)
  • 「日本の原点シリーズ 木の文化5 ブナ・ナラ・クリ」(新建新聞社)
  • 「樹は語る」(清和研二、築地書館)
  • 「゛読む゛植物図鑑」(川尻秀樹、全国林業改良普及協会)
  • 「アセビは羊を中毒死させる」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「探して楽しむ ドングリと松ぼっくり」(山と渓谷社)
  • 「読む植物図鑑」(川尻秀樹、全国林業改良普及協会) 
  • 「探して楽しむ ドングリと松ぼっくり」(山と渓谷社)
  • 「資料 日本植物文化誌」(有岡利幸、八坂書房)