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樹木シリーズ54 イチョウ

  • 「生きた化石」とはいえ身近なイチョウ(銀杏・公孫樹、イチョウ科)

     中国原産で古い時代に渡来し、街路樹や公園、学校、社寺など全国各地に植えられている。また、世界各地で植物園や庭園に植栽されている。イチョウの仲間は、約2億年前の中生代、ジュラ紀に繁栄したが、その後恐竜とともに絶滅し、本種はその中の唯一の生き残りと言われている。全国に樹齢800~1000年と言われる大イチョウが存在する。そのイチョウが精子をもつことを世界に先駆けて発見したのは日本である。銀杏は秋の味覚の代表で、美しく黄葉することから、短歌や俳句にもよく詠まれている。
  • 名前の由来・・・中国名は、扇形の葉の形が鴨の足に似ていることから「鴨脚樹(ヤーチャオ)」という。これがなまって「イチョウ」になったと言われている。種子が銀色で、外果皮が杏に似ていることから、漢字で「銀杏」と書く。中国では「ギンアン」と読む。中国では、イチョウの成長が遅く実を結ぶのに孫の代までかかることから、「公孫樹」と書く。 
  • 高さ45m、直径5m、花期4月頃 
  • 独特の葉・・・扇形の葉が個性的で、他種と見間違うことはない。中央に切れ込みがあるが、ない葉や複数切れ込む葉、稀にラッパ形の葉など変異がある。 
  • 銀杏返し、銀杏髷、大銀杏・・・銀杏の葉に似せた髪型。芸者や娘義太夫が結っていた銀杏返しや、江戸時代に最も一般的だった男性の銀杏髷(いちょうまげ)と呼ぶ髪型があった。 また、大相撲の十両以上の力士が結うことができる髪型は、髷(まげ)の先端が大きなイチョウの葉に似ていることから「大銀杏」と呼んでいる。
  • 本のしおり・・・昔から葉には抗菌、防虫の効果があるとされ、本の間にしおりとして挟み、本を食害する虫の侵入を防いだ。
  • 樹皮・・・灰色で厚く、コルク質を形成し縦に大きく裂ける。押すと弾力がある。 
  • 雌雄異株・・・イチョウの木には、雌株と雄株があり、実がなるのは雌株だけである。イチョウの種は、実の中に包まれずに、むき出しになっているので、裸子植物の仲間である。 
  • 大発見「イチョウの精子」・・・1896年、東京大学理学部助手・平瀬作五郎がイチョウが精子をもつことを、世界に先駆けて発見した。その精子が見られるのは雌株で、雄株から飛んできた花粉管から精子が卵細胞をめざして泳ぐところを発見したもの。翌年、平瀬の指導者であった池野成一郎教授がソテツの精子を発見した。これら二つの発見は、種子植物に精子が存在することを世界で初めて明らかにした。それは、裸子植物が精子をもつシダ植物から進化したことを証明した大発見であった。この「精子発見のイチョウ」は、現在も小石川植物園に存在し、同公園の目玉になっている。
  • 美しい黄葉・・・独特の扇形の葉は、秋に美しく黄葉する。一面黄色に染める黄葉の美しさは、数ある樹種の中でもトップであろう。 
  • 落葉・・・降り積もった落ち葉でさえ、思わずレンズを向けたくなるほど心動かされる。
    いてふ散るすでに高きは散りつくし 岸風三楼
    蹴ちらしてまばゆき銀杏落葉かな 鈴木花蓑
  • 黄葉を詠った短歌
    金色のちひさき鳥のかたちして銀杏散るなり夕日の岡に 与謝野晶子
    夕づく日眼に傷みあれ樹によれば公孫樹(イチョウ)落葉の金降りやまず 中村憲吉
    みちのくや丘の公孫樹の金色の秋の雲にしクグイは巣くひぬ 石川啄木
  • 果実・・・種子は直径2.5cmほどの球形で9月頃に熟す。外側の皮は黄色で悪臭がある。一般にギンナンと呼び、焼いて食べるほか、茶わん蒸しをはじめ色々な料理に使う。異臭を放つ果肉を取り去るには、土の中に10日ほど入れて果肉を腐らせてよく水洗いし、干す。 
  • 地上に落ちたギンナン
    銀杏が落ちたる後の風の音 中村汀女
  • 素手で触るのは禁物・・・外側の果皮は、悪臭を放つだけでなく、アレルギー性皮膚炎を引き起こす化学物質が含まれている。ウルシ科の植物組成と科学構造が似ており、かぶれる可能性が高いので注意。 
  • 銀杏の食べ過ぎは危険!・・・一度に大量の銀杏を食べると、嘔吐、下痢、呼吸困難などを起こし、死に至ることもあるので食べ過ぎに注意。ただし、ビタミンB6を注射すれば、症状は数時間で消えるという。 
  • 糧食対策と防火対策・・・銀杏は豊凶の差がほとんどなく、乾燥すれば長期保存ができることから、戦国時代に糧食対策として城を築く際に植えられた。また、熊本城は、糧食に加えて防火対策として城内にたくさん植えられていることから「銀杏城」と呼ばれているほど。
  • 不死身の木・・・火事で焼けても再生したり、伐採したイチョウの切り株から、たくさんのヒコバエが出て再生する。土砂崩れで埋まっても、幹から根を出して生き延びたイチョウも存在する。老木になると、根元からたくさんの芽が生え、樹齢1000年もの老木が倒れても再生することから、「不死身の木」とも呼ばれている。 
  • 生きた化石・・・進化論で有名なダーウィンは、イチョウを「生きた化石」と呼んだ。イチョウという種は、今から100万年前の氷河期に絶滅寸前になったが、わずかに中国で生き残ったものが、人間の手によって広く植えられ、間一髪で絶滅を逃れることができた。そんなイチョウが、広く庶民に崇拝される神木になっているのは、その並外れた生命力と強運をもっているからであろう。 
  • 屋敷ギンナン・・・愛知県祖父江町では、イチョウは燃えにくいため防災用に、また、伊吹おろしから屋根を守る防風のために、江戸時代、神社、仏閣、屋敷まわりに植えられてきた。その屋敷の周りに植えられた樹齢は100年以上の木が多く、「屋敷ギンナン」と呼ばれている。 
  • 大イチョウ崇拝・・・ご神木に選ばれる木は、長寿で大きくなり、真っすぐ伸びる木であることが多い。スギやイチョウ、ケヤキがその代表である。大国魂神社に伝わる言い伝えによると、境内にある大イチョウの根元には小さいニナ貝という巻貝が棲息していて、乳の出が悪い産婦がこの巻貝を煎じて飲むと乳の出が良くなるという。 
  • 枝から垂れ下がるイチョウの乳・・・イチョウは、老木になると「気根」が枝から垂れ下がるが、その気根が女性の乳房に似ていることから、安産の木、子育ての神木として崇拝されている。 
  • 菅江真澄絵図「銀杏の大木、男木・おんなめぎ」(能代市二ツ井町仁鮒、秋田県立博物館蔵写本)・・・「左の谷陰に、木がつながった銀杏の大木がある・・・下の枝には、願い事のあるものがそれぞれ祈願の紙を引き結び、あるいは乳袋というものを白袋で縫って、それに米と銭をいれ、掛け連ねてある。これは乳の乏しい女が祈ってするのだという・・・」(みかべのよろい) 
  • 日本一の大イチョウ・・・深浦町「北金ヶ沢の大銀杏」は、幹回り22m、高さ31m、樹齢1000年以上で全国一、全樹種でも全国3位の巨木。地元では、幹から垂れ下がっている乳房に似た形をしている気根に触れると、母乳の出がよくなると言い伝えられている。だから、「垂乳根(たらちね)のイチョウ」とも呼ばれている。 
  • 漢方・・・種子は漢方で「白果仁」と呼び、種子の胚乳を咳止め、痰切りに用いる。 喘息の治療には、伝統的に葉が用いられる。
  • 医薬・・・緑色のイチョウの葉には、血の巡りを良くする13種類のフラボノイドとジテルペンなどが含まれ、欧州では脳血管障害等の医薬として認可され大量に出回っている。記憶力の回復や痴呆症の治療に効果があると期待されている。 
  • 材の用途・・・材は白く美しい。ソロバン玉、木魚、碁盤、まな板、漆器の木地に用いられている。中華料理に必需品の円形まな板は、中国に生き残ったイチョウである。 
  • 俳句 俳句には大木や老樹が多い寺のイチョウがよく詠まれている
    鐘つけば 銀杏ちるなり 建長寺 夏目漱石
    おさなごの寺なつかしむいてふかな 蕪村
    北は黄に銀杏ぞ見ゆる大徳寺 召波

    衆目を 集めたわわの 銀杏の実 小林幸子
    梢より 銀杏落葉の さそひ落つ 高浜虚子
    銀杏が 落ちたる後の 風の音 中村汀女
    銀杏散る 遠くに風の 音すれば 富安風生
参 考 文 献
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
  • 「図説 日本の樹木」(鈴木和夫・福田健二、朝倉書店)
  • 「樹木の個性と日本の歴史 公園・神社の樹木」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「樹木 見分けのポイント図鑑」(講談社)
  • 「講談社ネイチャー図鑑 樹木」(菱山忠三郎、講談社)
  • 「゛読む゛植物図鑑」(川尻秀樹、全国林業改良普及協会)
  • 「資料 日本植物文化誌」(有岡利幸、八坂書房)
  • 「菅江真澄図会集 秋田の風景」(田口昌樹、無明舎出版)