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樹木シリーズ79 ネムノキ

  • 暗くなると眠るネムノキ(合歓木、マメ科)

     東北から東南アジアまでの暖帯から亜熱帯に分布する落葉高木で、日当たりを好み、生長が速い典型的な先駆種である。日本のネムノキは、ネムノキ属の北限をなしている。河原や山裾、人家の庭先などでよく見掛ける。その名のとおり、暗くなると眠る就眠運動と花の美しさからよく詩歌の題材とされるが、特に有名なのは芭蕉の「奥の細道」にある名句「象潟や雨に西施がねむの花」である。
  • 名前の由来・・・夕方や曇天など暗くなると葉をたたんで垂れ下がり「眠る」ことに由来する。一日の中で葉が開閉したり、上下に動いたりすることを就眠運動という。 
  • 漢字「合歓木」・・・「歓びが合わさるのでめでたい木」という中国名「合歓」に由来し、その読みから「コウカ」とも呼ばれる。 
  • 別名マッコノキ・・・この木の葉で抹香をつくったことによる。かつて秋田では、お盆が近づくと、家々でこの木を伐りとって葉を乾燥させ、臼でついて抹香を作った。 
  • 花期・・・6~7月、高さ6~10m
  • ・・・枝先に10~20個の花が集まった頭状花序を総状につけ、淡い紅白色の花を夕方、開花させる。花弁は長さ7~9mmで下部が合着し、短毛がある。 
  • 雄しべ、雌しべ・・・雌雄同株。ブラシの毛を広げたような花のほとんどは雄しべの花糸。毛の根元は白く、毛先がピンク色で、その先に黄色い葯(花粉を出す袋)がついている。雌しべは、白色の糸状で雄しべより長い。
  • 虫を呼ぶ戦略・・・ネムノキの花には、虫を引きつけるような目立つ花弁がない。その代わりに長くて色鮮やかな雄しべをたくさんつけて、虫を呼ぶ。雌しべは白くて目立たないが、雄しべが花粉を出す役割が終えて、落ちる頃になると目立つようになる。 
  • 直感的に分かる独特の葉・・・小葉が対生に15~30対ほどついた、2回偶数羽状複葉。夜になると、小葉が閉じて垂れ下がる。その様子が、まるで眠っているようにみえるのが和名の由来。こうした就眠運動は、マメ科の植物でよく見られる生態。 
  • 就眠運動・・・小葉柄や葉軸の基部には、細胞内の水分を出し入れして伸縮する運動細胞がある。夜になると、運動細胞から水分が排出されて膨圧が低下し、向かい合う小葉同士が折りたたまれ、葉軸も垂れ下がってオジギソウのように葉全体が閉じて下に垂れ下がる。朝になると、再び運動細胞は吸水して膨圧が高まり、葉が開く。
    昼は咲き 夜は恋ひ寝る ねぶの花 君のみ見めや 戯奴(わけ)さへに見よ(万葉集) 
  • なぜ葉をたたむのか・・・一つは、乾燥よけと考えられている。葉をたたんでしまえば、葉の折り重なった部分から水分は蒸発しにくい。昼でも気温が非常に高い日は葉を閉じていることが多い。それは乾燥を避けたり、直射日光を避けるためだと考えられている。もう一つの理由は、体内時計で一日のリズムを保っているからと考えられている。夜間に強いに月の光を浴びると、そのリズムが崩れてしまうから、葉をたたんで月の光を浴びにくくしているという。 
  • 豆果・・・長さ10~13cmの広線形で、種子は10~15個入っている。種子は、長さ1~1.5cmの楕円形で褐色。
  • 樹皮・・・灰褐色で点のような皮目がある。
  • 奥の細道とネムの花・・・芭蕉が象潟を訪れたのは、1689年6月15日。その日は、雨で鳥海山の山が隠れるほどであった。翌日は雨上がりの晴れ。「松島は笑うがごとく、象潟はうらむがごとし。寂しさは悲しみにくはえて、地勢魂をなやますに似たり」
    「象潟や雨に西施(せいし)がねむの花
  • 「西施」とは・・・中国古代四大美女の一人。中国の越の国の貧しい家の娘であったが、美人の誉れ高く、越王は呉王のフサに献上した。フサは西施を愛し、ついには国を傾けるに至った話は有名である。芭蕉は、雨に煙る美しいネムの花と、当時の知識人に有名な絶世の美女西施を結び付けて詠った。 
  • 痩せ地の緑化に適した樹木・・・ネムノキは、塩害に強く、痩せ地にも強い。他のマメ科植物と同様、根には根粒菌が共生していて、空気中の窒素を植物が利用できる形に変えて提供している。逆に、ネムノキは根粒菌に対して光合成で生産した糖などを与えている。また、落葉樹で、落ち葉は周りの土を肥沃にする。故に痩せ地の緑化に適した樹木である。秋田や山形では、古くからクロマツ、アキグミなどとともに海岸砂防林として使われた。 
  • 江戸名所花暦・・・現在の東京都足立区や葛飾区のあたりを流れる綾瀬川の川岸に咲くネムノキが名所として描かれている。この本には、船から綾瀬川の両岸に咲くネムノキを眺める景色が描かれている。その絵には「ほのみえて うすくれないの ひとむらは あやせのきしの ねふの花かも」の歌が添えられている。 
  • 河原に多い先駆種・・・ネムノキの豆果は、風で飛ばしたり、川に流すことによって遠くまで散布できる。河原は明るい場所でもあるので、ネムノキの得意な生育場所である。しかし、先駆種だけに、他の樹木が生えてきたり、クズに覆われると枯れてしまう。
  • ネムノキと青森ねぶた・・・ネムノキを「ねぶた」と呼び、家の柱につけて悪魔を眠らせるというところもあれば、8月7日早朝に子供が川で水浴びすることを「ねぶた」というところもある。こうした民間伝承の一つとしてネムノキの葉を川に流す「ねぶり流し」という行事もある。いずれも悪疫を祓う行事で、これに盆行事の祖霊を送る火祭りが結びついたものが、青森の「ねぶた祭り」と考えられている。 
  • 自然暦・・・兵庫県や九州地方では、ネムノキが花が咲いたら小豆を播くといった農作業の指標にされていた。また椎葉村では、ネムノキの花がきれいに咲いた年は豆類が豊作だと、作占いに使われていた。 
  • 葉と花の利用・・・葉にはクエシリトリンやビタミンCを多く含み、若芽は茹でて食用にされた。また葉は、そのまま牛の飼料にしたため、別名ウシノモチと呼ばれている。葉を臼でひいて抹香をつくった。花を乾燥し、これを煎じて飲めば脚気に効くとされた。 
  • 樹皮は薬用・・・薬用植物の一つで、樹皮を利用することから「合歓皮(ごうかんひ)」という。7~9月に樹皮を剥ぎ取り、水洗いした後日干しする。合歓皮の煎剤には、陣痛促進作用があることが動物実験で知られている。民間では、煎じたものを服用して鎮痛、利尿、駆虫、強壮、健胃剤に。打撲や腫れ物、関節リウマチには、この煎液で患部をあらうか、湿布、浴湯料として使用する。 
  • 木材・・・加工が容易なことから、器具材や桶、屋根板に使われた。
  • 合歓咲けば母のおもほゆゆえしらず 篠田悌二郎
  • 谷空にかざして合歓のひるのゆめ 長谷川素逝
  • 花合歓の夢見るによき高さかな 大串 章
  • 合歓の花この世のような景色かな 鳴戸奈菜
参 考 文 献
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
  • 「樹木 見分けのポイント図鑑」(講談社)
  • 「樹木19種の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「図説 日本の樹木」(鈴木和夫ほか、朝倉書店)
  • 「資料 日本植物文化誌」(有岡利幸、八坂書房)
  • 「講談社ネイチャー図鑑 樹木」(菱山忠三郎、講談社)
  • 「続゛読む゛植物図鑑」(川尻秀樹、全国林業改良普及協会)
  • 「秋田農村歳時記」(滑博、秋田文化出版社)
  • 「季語 早引き辞典 植物編」(監修 宗田安正、学研)