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樹木シリーズ99 ヌルデ

  • 植物民俗学的に注目されるヌルデ(ウルシ科)

     身近な山野に生え、ウルシに近縁だが、かぶれる成分をほとんど含んでいない。夏は白い花が美しく、秋には美しく紅葉する。先駆樹種の一種で、伐採跡地などにいち早く進出して幼木を芽生えさせる。葉にできる虫こぶは「五倍子」と呼ばれ、薬用・染料として重要な黒いタンニンの原料になり、昔は女性のお歯黒にも使われた。ある地方では、小正月に魔除けとしてヌルデの木を立てたり、密教では護摩木として利用される。里にも奥山にも自生し、昔から利用価値が高い樹木であったことから、別名フシノキ、シオノキ、カツノキなど地方名が100を超え、植物民俗学的にも注目される植物である。
  • 見分け方・・・他のウルシ科樹木(ヤマウルシ、ヤマハゼ、ハゼノキ、ウルシ)と似ているが、ヌルデはウルシ科特有の複葉の葉軸に翼があるのが最大の特徴で、これを確認すればOK。 
  • 名前の由来・・・幹に傷をつけると白い漆のような樹液を出すことから、これを漆のように器具などに塗ったことから、「塗る手」→「ヌルデ」になった。 
  • 花期・・・8~9月、高さ3~7m 
  • ・・・枝先に円錐花序を出し、黄白色の小さな花を多数開く。虫たちが多数集まる。雌雄異株。 
  • 雄しべ・・・花弁が反り返り、長く突出した5本の花糸に黄色の葯が目立つ。
  • 雌しべ・・・梅の花のような白い5枚の花弁で、黄色の柱頭と子房部の淡い紅色をしている。 
  • ・・・奇数羽状複葉で互生し、葉軸に翼があるのが大きな特徴。小葉は、長楕円形で縁に鈍い鋸歯があり、裏面には軟毛が密生する。 
  • 樹皮・・・樹皮は、年々縦の割れ目が入り、やがて全体が灰白色になる。若い枝は紫褐色で楕円の皮目ができる。 
  • 果実・・・秋に熟し、長さ20cmほどの果序となって垂れ下がる。完熟すると白い結晶が浮き出て、雨に濡れると塊となってこびりつく。 
  • 塩の実・・・果実の表面に白い粉がふいた実を舐めると塩辛い。これはリンゴ酸カルシウムの結晶で、昔は「ぬるで塩」と呼んで塩の代用にした。地方名で「シオノミ」「シオノキ」とも呼ばれている。 
  • ヌルデの果実と野鳥・・・シジュウカラは、10月頃から熟した実を食べる。12月頃からツグミ、ヤマドリ、トラツグミ、イカル、ジョウビタキ、シロハラ、ヒヨドリなど多くの鳥たちが採食する。この実を目当てにやってくる鳥たちは、塩分補給も兼ねているのだろうか。
  • 鳥が種子を散布・・・鳥によって運ばれた種子は、土中で長期間休眠することが知られている。伐採や災害などで光が当たり、温度が高くなると発芽する特性をもつ先駆樹種の一種。 
  • ヌルデの紅葉・・・ウルシ科特有の早い紅葉で良く目立つ。
  • ヌルデハイボケフシ(虫こぶ)・・・ヌルデフシダニの幼虫が造った虫こぶ。葉の表にイボのように膨らみ、葉の裏はへこんで白い毛が密生し、その中にダニがいる。この虫こぶの名前は、「ヌルデのハ(葉)にイボのようについたケ(毛)のあるフシ(むしこぶ)」という意味である。
  • ヌルデハベニサンゴフシ(虫こぶ)・・・秋、葉の軸に奇妙な「虫こぶ」ができる。これは、ヤノハナフシアブラムシが寄生し、産卵の刺激でできたもの。その虫こぶの名は、ヌルデ・ハ・ベニサンゴ・フシ 。確かに珊瑚のような形をしていて、緑色から次第に紅色になる。
  • 五倍子・・・ヌルデシロアブラムシという虫がヌルデの葉に寄生すると、それに対する防衛反応で、不規則で大きなこぶを作る。中は空洞になっていて、ヌルデシロアブラムシが入っている。10月初旬、幼虫が脱出する前に採取して乾燥させたものを「五倍子」と呼ぶ。
  • 虫こぶの利用・・・虫こぶには、60~70%のタンニンと没食子酸を含み、染料や写真現像液のピロガノール、インク、白髪染めに用いられた。五倍子の染め物は、平安時代から利用され、空五倍子色(うつふしいろ)と呼ばれる伝統的な紫鼠系の色を作り出す。
  • 五倍子を使ったお歯黒・・・大正の中頃まで、農山村のほとんどの既婚婦人はお歯黒染めをしていた。お歯黒染めには、酸化鉄の水溶液と五倍子(フシ)の粉を使った。五倍子は、ヌルデの葉にできる虫こぶのことで、多くのタンニンを含んでいる。しかし、そうたくさんあるものではないので、タンニンを多く含んだ木の実(キブシ、ヤシャブシ、ヤマハンノキ)もフシと呼んで代用にした。秋田では、ヌルデを「ふし木」と呼んでいる。
  • 生薬・・・虫こぶを乾燥させたものを五倍子と呼び、口中の腫れ物、歯痛に用いた。また、果実を日干しにして乾燥させたものを塩麩子(えんふし)と呼び、下痢、咳や痰に煎じて服用した。
  • 霊力の宿る木、魔除け・・・古代、蘇我氏と物部氏の争いのおり,聖徳太子はヌルデの材で四天王像を彫り,蘇我氏の勝利を祈ったとされ,これが「勝つの木」に転じたと言われている。以来、神事や仏事といった宗教的な行事にヌルデが使われ、オッカドノキ(御門の木),ショウグンボク(勝軍木)など,それにちなんだ名前が日本各地に伝わっている。伊豆から関東にかけては、小正月に魔除けとしてヌルデを「御用棒」として立てるなど、ヌルデは全国的に霊力の宿る木、魔除けになると信じられてきた。
  • 密教の護摩木・・・密教では、護摩壇を築き、護摩木、護摩札を投げ入れて燃やし、無病息災などを祈願する護摩行がある。この護摩行で、火の中にヌルデを入れると、ポンポン、パチパチと音をたてて爆跳するので景気が良く、邪気を祓うと考えられている。秋田では、ヌルデを「護摩木」とも呼んでいる。
  • 削り花・・・ヌルデの木は柔らかく、加工しやすいという特徴がある。ヌルデの木を小刀で削り、菊の花のようにしたものを削り花、あるいは削り掛けという。かつては小正月につくって神棚や入口などにたてた。この削り花の形状や作り方は、アイヌの神々である「イナウ」との共通点が際立っている点が興味深い。(写真「イナウ」出典:ウィキメディア・コモンズ
  • 菅江真澄「月のおろちね」・・・木の先を花のように削り、採色した「ほうたき棒」は小正月行事に使われてきた。その「ほうたき棒」が、春に亡くなった子供の墓にさしてあり、雨で色が落ちたために、アイヌが神を迎える時に用いる「イナウ」と少しも違わないと記している。
参 考 文 献
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社) 
  • 「読む植物図鑑」(川尻秀樹、全国林業改良普及協会)
  • 「里山の花木ハンドブック」(多田多恵子、NHK出版)
  • 「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
  • 「菅江真澄遊覧記5」(内田武志・宮本常一編訳、平凡社)
  • 「日本有用樹木誌」(伊東隆夫ほか、海青社)
  • 「植物民俗」(長澤武、法政大学出版局)