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  • 秋田駒ケ岳は、花の名山として人気が高く、高山植物の宝庫・・・初夏から夏にかけて様々な花が咲き、山頂一帯は雲上の花園(国天然記念物)と化す。八合目登山口から、そのお花畑の一つ・阿弥陀池までわずか1時間。誰もが気軽に雲上の花園・極楽浄土にタイムスリップできる・・・これが人気の秘密であろう。
     コマクサ(6月下~8月中)やタカネスミレ(6月下旬)、チングルマ(6月中~8月上)などの大群生地として名高い。かつては、山伏修験の表玄関口と言われ、女人禁制の山であった。
  • コース(取材日:2013年7月17日、21日、2012年8月4日)
    秋田駒ケ岳八合目(1,310m)片倉岳展望台(1,456m)阿弥陀池(1,530m)女目岳(男女岳、1,637m)馬ノ背男岳(1,623m)ムーミン谷・駒池(1,350m)大焼砂分岐(1,350m)大焼砂横岳(1,583m)焼森(1,550m)秋田駒ケ岳八合目(1,310m)
▲駒ケ岳八合目園地休憩所&駐車場
  • 秋田駒ヶ岳登山口から八合目の区間は、マイカー規制が午前5時半~午後5時半まで行われている。コースは、一般的な片倉岳ルートを辿って阿弥陀池に向かう。
▲ハクサンチドリ ▲モミジカラマツ ▲ミヤマトウキ
▲ヤマブキショウマと田沢湖 ▲ヨツバヒヨドリ
▲エゾニュウ ▲ヤマハハコ
▲片倉岳展望台(1,456m) ▲展望台から女目岳(おなめだけ、1,637m)を望む
  • 片倉岳展望台から女目岳(おなめだけ)を望む。振り返ると、田沢湖が眼下に見える。ここからお花畑は、ハクサンシャジンとトウゲブキのオンパレードとなる。登りもゆるやかで、左に大きく回り込むようにお花畑の木道をゆくと、霧に包まれた阿弥陀池に着く。
▲田沢湖から秋田駒ヶ岳を望む
  • 辰子姫伝説と木の尻鱒(クニマス)
     田沢湖の主・辰子姫伝説は、八郎太郎伝説と同じく、イワナを食べて身を蛇体に変じるという伝説がある。さらに、クニマスを「木の尻鱒」と名付けた由来もこの伝説は語っている。
     天気の良い春の一日、美人で評判の辰子は近くの友人を誘って山菜採りに出かけた。山菜をたくさん採った昼時、辰子は焚き火をしながら友人を待っていた。小川にはイワナが泳いでいて、手でいくらでも掴み取ることができた。辰子はイワナをとって串に刺し、あぶっていると、その香ばしい匂いに我慢できず一匹食べた。一匹食べると、もう一匹食べたくなり、友達に食べさせようとした分も全部食べてしまった ところが辰子は、とたんに喉が渇き、水を手ですくって飲んだ。渇きはますます募り、腹這いになって、がぶがぶと呑んだが、それでも渇きはおさまらない。その時水面に映った辰子の顔は、人間の顔ではなく竜の顔になっていた。その時、天地が真っ暗になり、バケツをひっくり返したような大雨となった。そして地響きとともに野原が陥没し、広い湖が現れた
     辰子の母は、燃えさしの焚き木を松明代わりに、辰子を探しに出かけた。湖から辰子が姿を現し、「神様は私の願いを聞き入れて、この湖の主として、永遠の生命を授けてくれたのです。もはや人間の姿に戻ることは叶いませぬ」
     辰子の母は、燃え残りの焚き木を湖面に投げつけたら、不思議なことに、それが魚(クニマス)になって泳いでいった。燃えさしの薪が魚になったことから「木の尻鱒」と名付けたという。
▲ニッコウキスゲ群落から田沢湖を望む(2013年7月21日)
▲ニッコウキスゲ群落から男岳(おだけ、1,623m)を望む
▲カラフトイチヤクソウ ▲ミヤマハンショウヅル
▲ハクサンシャジンとトウゲブキ
  • 8月に入ると、片倉岳展望台から阿弥陀池付近の草原は、ニッコウキスゲからハクサンシャジンの群落に変わる。
▲ハクサンシャジンロード
  • 石神番楽・・・中生保内石神集落に伝わる番楽は、山伏系の番楽であるが、大蛇を退治する「鐘巻」を演じないという。これは田沢湖の守り神=辰子の化身である大蛇に刃をむけることは、とんでもないことだからである。後発の山伏修験道の信仰より、古来からの原始的な自然崇拝・山岳信仰を重んじるところに民間信仰の凄さを感じる。
▲コバイケイソウ ▲ヨツバシオガマ ▲オヤマソバ
▲トウゲブキロード ▲シロバナトウウチソウ ▲キンコウカ
  • 片倉岳コースの花・・・ムラサキヤシオツツジ、ミヤマカラマツ、イワカガミ、ミヤマキンバイ、ミヤマダイコンソウ、エゾニュウ、ニッコウキスゲ、ハクサンシャジン、トウゲブキ、イワテハタザオ、ハクサンシャクナゲ、オノエラン
▲ミヤマウスユキソウ  ▲ハクサンシャジンとミヤマアキノキリンソウ
▲女目岳(おなめだけ、1,637m)と阿弥陀池(あみだいけ、1,530m)を望む
  • 八合目登山口からここまで、ゆっくり歩いて1時間ほど。先行していた老夫婦は、感激のあまり・・・「素晴らしい・・・近くにいれば毎日でも来たい」とつぶやいた。
     「阿弥陀池」の名称は、極楽浄土をイメージしているのであろう。池下の北東の花園を「浄土平」と呼んでいることからも分かる。誰しも来世は・・・こんな極楽浄土のような聖なる池と花園に住みたいと思うに違いない。
     阿弥陀池関連でおもしろい出来事と言えば・・・昭和43年、田沢湖町が駒ヶ岳「阿弥陀池」付近で山頂成人式を行っている。
▲避難小屋近くの水場 ▲エゾツツジ
  • エゾツツジは、阿弥陀池小屋付近やムーミン谷の草地に多く自生している。
  • 阿弥陀池、浄土平の花・・・ヒナザクラ、チングルマ、エゾツツジ、シロバナトウウチソウ、ハクサンシャジン、ミヤマキンバイ、ミヤマダイコンソウ、トウゲブキ、オヤマソバ、キンコウカ、ウサギギク、ニッコウキスゲ
▲阿弥陀池全景・・・背後は横岳、馬の背
  • 直木賞作家、千葉治平さんは「天狗と花の旅」で・・・「阿弥陀池は天狗の水浴び場でわしがふんどしを洗う洗濯場でもある。下界の人間はありがたい池じゃと言って、阿弥陀様の名前をつけて喜んでいるがな・・・。・・・池から北東の雪田の斜面にはウサギギクやチングルマの大群落が広がる。この花が咲くころは、黄色の星をいちめんぶちまけたように眩しいよ。」
▲浄土平の雪田(2013年7月17日現在)
▲ムシトリスミレ ▲ヒナザクラ
▲浄土平の花園、チングルマの大群落(2012年8月4日)
  • 8月上旬頃になると、遅くまで残る雪田は解け、「黄色の星をいちめんぶちまけたように眩しい」花園と化す。チングルマは、阿弥陀池、浄土平、ムーミン谷(小岳周辺)で群生し、雪消えの後を追うように見事な群落をつくる。
▲チングルマ
▲チングルマの実とエゾツツジ ▲ネバリノギランとエゾツツジ ▲イワイチョウ
  • 浄土平から阿弥陀池に再び戻り、木製の階段が続く女目岳山頂に向かう。斜面には、モミジカラマツやハクサンシャジン、トウゲブキ、ミヤマトウキの群落が目を引いた。右手、遥か雲の上に岩手山(右の写真)がくっきり見えた。
▲女目岳(おなめだけ、1,637m)山頂
  • オナメとは・・・古語で妾のこと。男岳がオナメをもっているので、本妻の女岳が時々怒って噴火するのだという。実に想像力豊かな伝説である。
▲馬ノ背 ▲ハクサンフウロ
  • 阿弥陀池から横岳の稜線に出て馬ノ背から男岳に向かう。ムーミン谷から吹き上げるガスが凄まじい時は、両岸切れ落ちた痩せ尾根から足を踏み外さないよう細心の注意が必要である。
▲男岳に向かう登山道から横岳、馬の背、阿弥陀池を望む
▲男岳(おだけ)登山道から女岳(めだけ、1,512m)と田沢湖を望む
  • 女岳の噴火・・・女岳は、昭和45年9月18日、突然噴火した。幸い大爆発は起こさなかったが、間欠的な爆発を繰り返した。その噴火は、二千年も噴火を繰り返しているイタリアのストロンボリ火山と似ていると評判になった。昭和46年6月10日に噴火は終息した。
▲エゾツツジとミヤマダイコンソウ
▲男岳に向かう斜面を彩るニッコウキスゲ 
▲男岳山頂(1,623m)の駒形神社
  • 信仰の山
     名山に登り、その山の宗教、山の民俗を調べると、そのほとんどが山伏、修験道に突き当たる。男岳山頂には、御室(おむろ)と称して駒形神(こまがたしん)を祀る石の祠がある。かつては、麓の人たちが豊作祈願として六根清浄の登山をしたという。
     駒ケ岳登山の中生保内コースの六合目に白滝登りの急坂がある。その白滝で身を清め、五百羅漢、阿弥陀池などの聖地を巡拝して山頂にお参りしていた。
     新田沢湖町史年表によると、大正13年(1924)、中生保内の千葉忠一郎が、駒ヶ岳登山道(金十郎長嶺)を自費で開削したとある。その2年後、大正15年2月24日、駒ヶ岳の高山植物群が天然記念物として指定された。
▲ムーミン谷を望む
  • この火口原は、「馬場の小路」と呼ばれていたが・・・「ムーミン谷」とは、誰が名付けたのだろうか。今から30年前、秋田駒をパトロールしていた学生だという。彼によれば、この火口原が人気アニメの主人公・ムーミンが住む村に似ていたからだという。
     ムーミンたちは、フィンランドのある妖精たちが住む谷・ムーミン谷に住んでいるという。男岳方向の尾根から俯瞰すれば、そういう村のようにも見えるから不思議だ。その感性豊かなネーミングに拍手喝采せねばならぬ。
  • 修行の場・五百羅漢・・・男岳の頂上近くに五百羅漢と称する岩場がある。羅漢とは、仏教における聖者のこと・・・五百羅漢とは、たくさんの聖者を意味している。かつては、修験者の修行の場でもあったという。こうした巨石の中に神仏の姿を求め、現世利益、死後の安楽を願ったものであろう。
▲カルデラから信仰の山・男岳(1,623m)、五百羅漢方向を望む(チングルマの大群生地)
  • 「天狗と花の旅」(「田沢湖・駒・八幡平 ふるさと博物誌」千葉治平、三戸印刷所)
     わしは雄駒峯(おこまね)に住むお駒天狗じゃが、わしがこの山にぞっこん惚れこんだのは、峯から峯へ自由自在に飛んで行けるのと、世にも美しいお花畠があるからじゃ。今日は天気も良く、四方の眺めも格別ゆえ、得意の空中飛行術を使って高嶺のお花畠を案内しようと存ずる。さて、まず姿が美しい女目岳の方からご覧に入れようかな・・・。
     まず女目にふさわしい名花といえば、ハクサンチドリの群生じゃ・・・次はわしの住む男岳に飛んでみよう。・・・高い岩場とまわりのすばらしいお花畠は駒ケ岳一等の眺めじゃ。・・・駒ケ岳の窪地といえば、阿弥陀池を中心に三つの峯に抱かれた大火口原じゃ。春には途方もなく大きな雪田が現れる・・・なんと駒の高山植物の八割がたがここにあるぞよ・・・
     秋田駒の名物を五つあげろと言うなら、まずコマクサ、ヒナザクラ、チングルマ、タカネスミレ、エゾツツジ・・・というところだな。 
▲信仰の名残・錫杖頭を望む ▲エゾニュウ群落から馬ノ背の岩場を望む 
  • この地域も山伏、修験の布教活動が盛んであったことは、抱返り巫女岩伝説や玉川の男神山女神山伝説などに色濃く残っている。いずれの伝説も、最後は石に化ける。そこに、古代からの山岳、巨石信仰のつながりを感じる。
  • 抱返り巫女岩伝説(抱き返り渓谷入口付近に巫女岩、山伏岩がある)
     その昔、田沢の田沢鳩留尊仏(たざわくるそんぶつ)から駒ヶ岳、発鳥山のお参りをした山伏と巫女の二人連れが大影山、小影山の峰を渡って、抱返りに着いた。抱返り神社に詣でた二人は、川を渡ろうとしたが雨の後で水かさが増し、川を渡れそうにない状態であった。
     そこで山伏は川の浅瀬を探りながら渡り、巫女にも何とか渡らせようとしたが、水はますます増えてきた。そこで巫女は、さっきお参りした抱返り明神に一心不乱に祈願したところ、不思議に水は減水し、大洪水は夢のように引いてしまった。このご利益のあらたかさに巫女は感激のあまり巨石になった。これを対岸で見ていた山伏も感激のあまり巨石になったと伝えられている。
  • (注)田沢鳩留尊仏(たざわくるそんぶつ)とは、山伏修験者たちによって信仰されている収穫の神様・仏様。恐らく、五百羅漢のような巨岩が立ち並ぶ場所に田沢鳩留尊仏があると信じられていたのであろう。また、ビラミット形に聳え立つ玉川の男神山女神山も同様である。いずれにしても、山岳信仰=巨石信仰と言えそうである。
▲駒池 ▲ウサギギク ▲タカネニガナ
  • 玉川の男神山女神山伝説(玉川ダム宝仙湖男橋付近)
     玉川に甚内という木こりがいた。早春の良く晴れたある日、大きなブナを伐り倒した甚内は、大きなカツラの木の根元に腰掛けて休んでいるうち、ついうとうとまどろんだ。その夢の中に白髪の尊い翁と姥が現れ、お告げを聞いた。
     その夜、カツラの木が声を放ち、「我に神楽を手向けよ。いざや神遊びせん・・・」と言ったかと思うと、カツラの梢から一つがいの白鶏が光り輝きながら、男神女神の頂へ飛び去った。甚内は急ぎ里へ下りて神楽を奉納した。そして二神山の麓にある岩屋にこもり、21日間の断食行をした。その岩屋は「行者岩屋」と呼ばれ、草深い山の斜面に大きな岩屋が残っている。
     行を修めた甚内は、「錠前」という岩屋の所へ行くと、その岩戸が左右に開いて、眩しい明かりが射し、雌雄の白鶏が高らかにときを告げた。中から見るも神々しい二柱の神が現れて、「やよ甚内!汝は田夫の神となって、永く里人を守るべし」と神宣が下り、たちまち甚内の身体は丈高い石と化した
     行者沢の右手に立つ三角形の岩は、この時甚内の化身した「田の神石」であるという。
  • 神の仮の姿である白鶏にちなんで、玉川集落では「鶏や鶏卵を集落に入れない、飼わない、食べない」という風習が昭和20年まであったという。
     山伏修験が信仰する山は、もともと猟師や木こりが信仰する山の神の世界であった。そこに修験の神仏が仮の姿で現れお告げをするというのが、修験開山の伝説パターンである。
▲かたがり泉水 ▲ショウジョウバカマ ▲エゾツツジ
  • カタガリ泉水とは・・・男岳頂上から見ると、水面が傾いて見えるからだという。
  • ムーミン谷の花・・・ヒナザクラ、シラネアオイ、ショウジョウバカマ、チングルマ、エゾニュウ、アオノツガザクラ、エゾツツジ、サラサドウダン、ハクサンフウロ、ウラジロヨウラク、ムシトリスミレ、ウゴアザミ
▲ムーミン谷を代表するチングルマの群生地
  • チングルマの見頃は、6月下旬~7月上旬頃・・・。花の最盛期なら、どんなに美しいことだろう。ぜひもう一度訪れてみたいと思わせるほど、その群生規模は一際大きく美しい。
▲大焼砂をトラバースする道 ▲大焼砂のコマクサロード
  • 大焼砂や焼森の火山砂礫地に、コマクサやタカネスミレ、オヤマソバ、イワブクロの群落を形成している。大焼砂(おおやけすな)とは、大規模な火山砂のことを意味している。
  • 大焼砂の花・・・タカネスミレ、コマクサ、ミヤマキンバイ、イワブクロ、エゾツツジ、ホソバイワベンケイ、ミヤマダイコンソウ、ベニバナイチヤクソウ
▲高山植物人気ナンバーワン「コマクサ」
  • コマクサは同じ砂礫地にタカネスミレと棲み分けをしながら生育、少し遅れてピンクの花を付ける。この花の生育地は全国でも20座ほどで、東北では岩手山・蔵王山と秋田駒ケ岳の三座だけで生育する貴重種として保護されている。
     見頃は7月下旬頃・・・8月に入るとほとんど花は終わり、わずかに咲いている花を見つけてシャッターを切るものの旬はとうに過ぎていた。今度はぜひ、チングルマやコマクサの最盛期に訪れてみたい。
  • コマクサは、何でこんな過酷な環境に生えているのだろうか
     大焼砂原は、強酸性・・・コマクサは長い年月をかけて表土を中性化させているという。表土が中性化すれば、コマクサは消滅して他の高山植物が進出してくる。鳥海山のチョウカイフスマ同様、活火山特有の植物である。
     ちなみに昭和53年、秋田駒ヶ岳の「駒草」が記念切手(自然保護シリーズ)に採用された。また昭和61年、「こまくさ」は雪国にたくましく生きる象徴として田沢湖町の花に制定された。
  • 生保内小学校の校章にコマクサを採用
     校章考案者は、梁田謙一郎さん。「駒草は雲を吸い雲を吐く花ならむ」(伊藤東一郎作)の句に触発されてこの校章を草案したという。また、簗田一兎子さんは素晴らしい詩を寄せている
     朔風すさぶ 駒ヶ嶺の/四季折りおりの 山の気に/耐えぬき やわ根深うして/
     かの灼熱の 焼け砂を/永久のすみかと 定めしか/可憐な花よ 駒草よ
     これぞ 生小の 精神(スピリット)・・・(「生保内小学校百周年記念誌」の「校章に寄せて」より)
     過酷な環境に生き抜く美しき花・コマクサから学び、生きる元気をもらう。そんな素晴らしい花だからこそ、数ある高山植物の中で人気ナンバーワンに君臨しているのであろう。
▲大焼砂から男岳(1,623m)、女岳(1,512m)、小岳(1,408m)、駒池を望む
  • 「天狗と花の旅」引用2(「田沢湖・駒・八幡平 ふるさと博物誌」千葉治平、三戸印刷所)
     いつであったか、女岳が暴れて広いハイマツ林が焼け焦げて見ちゃいられなかったよ。だがのう、その焼石原も草木の力を拒むことはできん・・・秋田駒名物の大焼砂のコマクサもその通りでな。一望黒い石ころの原っぱの中に、鮮やかな緑の葉と天女の髪飾りのような桃色の花を一面咲かせる。
     日本国内に駒ケ岳は数あれど、自慢じゃないが、駒草の大群落があるのはここだけじゃよ。
▲イワブクロ ▲タテヤマリンドウ
▲大焼砂から横岳山頂(1,583m)へ
  • 大焼砂終点は意外に広く、「天狗の相撲とり場」を連想させる。各地の名山、霊山に必ずすむと言われる天狗は、なぜ山伏の姿をしているのだろうか。恐らく、山で修行する山伏から山を自在に飛びまわる天狗を連想したのであろう。
     八幡平大深沢源流には、天狗岩と呼ばれる岩場もある。朝日連峰の天狗角力取山(てんぐすもうとりやま)には、土俵のような奇妙な地形になっている。そんな場所に天狗の地名が多くつけられている・・・ここもそんな場所に似ている気がする。
▲横森から焼森に向かう途中のハクサンシャクナゲ
▲ミヤマキタアザミ ▲イワブクロ群落から阿弥陀池を望む
  • 焼森や大焼砂には、6月下旬頃、黄色の花・タカネスミレが斜面一杯に咲き誇る。その後、少し遅れてコマクサがピンクの花をつける。
▲焼森山頂(1,550m)を望む
  • 「天狗と花の旅」引用3(「田沢湖・駒・八幡平 ふるさと博物誌」千葉治平、三戸印刷所)
     なぜ秋田駒が高山植物の宝庫か?・・・自然界の大きな謎と言われるが、これはわしら天狗でなければ、その秘密は判らぬ。第一ヒントは駒の地形山容にあるのじゃ。男岳を中心に女岳・横岳・笹森山がほどよく円陣を組んで、真冬の西北風に立ち向かい、その真ん中の火口原にもの凄く雪を降らして、雪田をつくり、大雪渓をつくる
     地面に吸い込まれる天の水が豊富なんじゃ。そうして火口原には夏場は風が吹かぬ。麓は大風でもお坪の中はそよとも吹かず、色んな植物の芽を育てるにふさわしく暖かい天の光にあふれているんじゃ。
 参 考 文 献
  • 「田沢湖・駒・八幡平 ふるさと博物誌」(千葉治平、三戸印刷所)
  • 「秋田駒ケ岳 花抒情」(田村武志、秋田文化出版)
  • 写真集「秋田駒ケ岳 花紀行」(山田隆雄、無明舎出版)
  • 「新田沢湖町史」(田沢湖町)
  • 「花の百名山 登山ガイド上」(山と渓谷社)