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野鳥シリーズ34 クマゲラ

日本最大のキツツキ・クマゲラ(キツツキ目キツツキ科)

 クマゲラは日本最大のキツツキの仲間。全長約45センチと大きい。全身真黒の礼服に、真っ赤なベレー帽を被っているような、大変ユニークな風貌をしている。秋田では、かつてよく見掛けていた鳥らしく「ヤマガラス」あるいは「赤い帽子をかぶったカラス」などと呼ばれていた。北海道全域と秋田県、青森県の一部に留鳥として棲息している。本州産クマゲラは、ブナ林の豊かさを象徴する鳥である。
 アイヌの人々は、「舟を掘る鳥」と呼んでいたほか、クマの居所を知らせてくれる鳥、道に迷った時に道案内をしてくれる神とも言われている。本州産クマゲラは、幻に近い鳥だけに、野鳥ファン憧れの鳥の一つで、一度は撮ってみたい野鳥として非常に人気が高い。国の天然記念物。

写真提供:髙久 健氏 ブログ「ケンさん探鳥記
見分け方 (上の写真:左がオス、右がメス)

 黒く大きなキツツキはほかにいない。上の写真は、ヒナ3羽を雌雄協力して育てるクマゲラファミリーのベストショット。体は真っ黒で、メスは後頭部だけが赤く、オスは額から後頭部にかけて赤いことから真っ赤なベレー帽をかぶったように見える。
 
  1. 「キャー、キャー」または「キョーン、キョーン」・・・ねぐら木や営巣木にとまると、甲高い声で鳴く。最も頻繁に聞かれる鳴き声。
  2. 「コロコロコロ」または「キョキョキョキョー」「キョロキョロキョロ」・・・専ら飛翔時のみに発せられ、連続した高い音声である。営巣木やねぐら木に帰る時に聞かれ、時にエサ場から移動する時など。
  3. 「クックレア」・・・雌雄の確認のために発する。繁殖期。巣口で雌雄交代の際に頻繁に聞こえる。
  4. 「クウェクウェ」・・・春先のツガイ形成期に盛んに発する。ツガイや親子間、巣立ちヒナとの間での交信に役立っている。
全長46cm 翼開長66cm
生 活

 北海道では、針広混交林(トドマツ、ダケカンバ、シラカバなど、道南ではブナ林)に棲息しているが、本州では、ブナ林でのみ繁殖が確認されている。ブナ林と一口に言っても、営巣できる垂直な大木と枯れ木や老齢木が混じったブナの極相林が必要である。さらに一つのツガイが繁殖するのに必要な面積は1,000ha以上もの大きな面積が必要である。そうした条件を満たす地域は非常に少なく、秋田県と青森県のごく一部でしか繁殖が確認されていない。
大径木に巣穴を掘る

 クマゲラは、クチバシで大木や枯れ木に縦15cm、横10cmほどの大きな巣穴を幹に掘るため、幹の直径は約70cm以上、樹齢100年以上の大径木しか繁殖に利用しない。さらに枝がなく、表面が滑らかな樹木に巣を作る。その高さは10m以上・・・これならイタチやテン、ヘビなどの天敵も巣穴まで登ることができない。その大きな巣の中に2~5個の卵を産む。抱卵、育ヒナともオスとメスが協力して行う。
本州産クマゲラとブナ

 北海道の営巣木とねぐら木は、トドマツ、ダケカンバ、シラカバなど18種もの樹木が利用されているのに対して、北東北ではブナの生木1種だけである。その違いは・・・北東北には、北海道には生息していない天敵・・・木登りが得意なツキノワグマやムササビ、ニホンザルが生息している。天敵に襲われないためには、「樹種は樹皮が平滑であるブナで、その中でも下枝高は11m以上のものを選定し、巣穴は9m以上で、下枝高より低い位置につくる」という習性が備わったものと考えられている。
巣穴の外見的特徴

 他のキツツキ類は、丸く小さな穴を開けるのに対して、クマゲラの場合は縦に長い長楕円形の穴を開ける。そういう穴があれば、その穴の持ち主はクマゲラにほぼ間違いない。オスとメスは、それぞれ夜寝るためだけのアパート「ねぐら木」を複数本もっているという。
北海道中央部におけるクマゲラの繁殖生態」(小西弘臣ほか)要約
  1. 産卵は5月11~13日、抱卵期5月14・15日~5月28・29日、育ヒナ期5月29・30~6月29日。
  2. 雌雄とも抱卵し、日中は抱卵時間が雌雄とも同じたが、夜間はオスが抱卵・・・ということは、抱卵時間はオスが圧倒的に長い。
  3. 幼鳥数は、然別湖畔でオス1羽とメス2羽の計3羽、支笏湖畔でオス2羽、メス1羽の計3羽。
  4. 1日当たりの給餌回数・・・育ヒナ前期は10回、中期20回、巣立ち数日前から減少。
  5. ヒナに与えるエサはアリ類。
繁殖生態(まとめ)・・・「クマゲラの世界」(小笠原こう)より
  1. 造巣・・・4月上旬~5月上旬。巣材は運ばず、造巣中期よりオスは巣穴をねぐらとする。
  2. 産卵・・・5月上旬~中旬。1日1卵。卵数は2~4個、普通は3個。
  3. 抱卵・・・5月中旬~下旬。抱卵期間は13~14日。雌雄交代で抱卵。巣を空けることはない。
  4. 育雛・・・5月下旬~6月下旬。雌雄でヒナを抱くのはほぼ一週間。オスは、孵化後3週間ほど巣穴をねぐらとし、夜間ヒナと共に過ごし、その後単独のねぐらに移動する。
  5. 巣立ち・・・6月中旬~7月上旬。一羽ずつ一日に1~2羽が巣立ち、全部のヒナが巣立つには2~4日を要する。
採食・・・頭はハンマー、クチバシはノミ

 クマゲラは、木に穴を掘る時、大きな頭をハンマーのように働かせ、先が尖った硬いクチバシをノミのように使う。舌は、頭の骨をグルッと回ってついていて、普通の鳥の4~5倍も長く伸ばすことができる。舌先には、カギ状の刺があり、木の中にいるムネアカオオアリやカミキリの幼虫などを引っ掛けて取り出して食べる。
▲クマゲラ三姉妹への給餌

白神山地におけるクマゲラの営巣行動(津軽白神森林環境保全ふれあいセンター)要約
 ビデオ録画により抱卵後期の2007 年5月24 日~巣立日の2007 年6月23 日までの記録。
  1. 抱卵は雌雄交代で行い(日中は雌61.0 %雄38.3 %)、夜間はオスが抱卵。
  2. ヒナは、C1(♂)、C2(♂)、C3(♀)の計3羽。
  3. 親鳥はC1 が6日齢になるまで日中の90 %以上を巣内で過ごし雛の保護保温をおこなった(雌60.1 %雄36.1 %)。以降親鳥の巣滞在時間は徐々に減少。オスはC1が19 日齢になるまで毎晩巣内で夜を過ごした。
  4. 雛への給餌は、育雛中期まで雌雄同程度行ったが、育雛後期にはオスが多く行った。総給餌回数は347 回。平均給餌間隔は1時間3分11 秒。
  5. C1は27 日齢で巣立ち、翌日にC2、翌々日にC3が巣立った。C1の巣立ち後、C2・C3 への給餌は主にオスが行った(87.5 %)。
白神山地クマゲラ観察記(「東北の山旅 釣り紀行」根深誠) 
 (写真:世界自然遺産白神山地赤石川源流部を望む)

 「昨日、みぞれ降る山中を丸一日歩いて、クマゲラの営巣木までやってきたのだった。そして夕方、巣穴から顔をのぞかせたオスのクマゲラを確認する。・・・そのオスのクマゲラが今日も午前中、巣穴から何回も顔をのぞかせた。まちがいなく抱卵しているのだ。そのうち、抱卵を交代しにメスが飛来するはずである。
 ・・・昼過ぎ、キョロロと短く啼いて波状に飛んできたメスのクマゲラが巣穴に止まり、三度ほど首を突っ込んで内部をのぞく。次の瞬間、オスが巣穴から飛び出した。そのあとメスが巣穴に入り、抱卵交代終了。この間、約三十秒。
 メスが抱卵する時間はオスに比べてきわめて短い。翌日も朝から観察したが、平均して二時間程度である。それ以外はオスが餌も食べずにまめやかに抱卵するのだから、感心するほかない。三日間観察し、四日目に下山の途につく。」
▲珍しいクマゲラのホバリング攻撃

 この遥か上にクマゲラの巣があるが、その下の幹穴に他の鳥か小さな生き物がいるらしく、しきりに攻撃しているところ。何と3時間以上も給餌をせずに攻撃していたという。
▲穴にはモモンガが入っているので、母親が攻撃しているところ。モモンガは、クマゲラのヒナを襲うことはないと思うのだが・・・縄張り意識が大変強い鳥らしい。

クマゲラの巣穴を利用する鳥獣

 本州産のクマゲラは、巣穴が生木につくられるため、巣穴内部の温度は枯れ木に比べて夏は涼しく、冬は暖かい。だから、クマゲラが利用した巣穴は、快適な環境ゆえに、ほかの鳥獣や昆虫によく利用される。本州の例をあげると、ムササビ、モモンガ、ヤマコウモリ、オシドリ、ブッポウソウ、コノハズク、ゴジュウカラ、ハリオアマツバメ、アオゲラ、オオアカゲラ、オオスズメバチ、ニホンミツバチ、アカヤマアリ。
▲糞をくわえて巣を飛び出す

 ヒナの糞の処理・・・小さい時には親が飲み込んでいたのか、親が巣を出る際に何もくわえていないという。ヒナが大きくなるにつれて、雌雄ともに糞をくわえて巣の外に捨て、巣内部を清潔に保っている。
巣立ち

 巣立ちの時、親はエサをくわえたまま巣には入らず、ヒナが巣から出てくるのを待つ。親は、すぐにエサを与えず、右手方向に飛び枝に止まる。すると、ヒナは穴から出ようと爪を巣穴の外に掛け、体を前に乗り出す。子どもは、親の所まで飛んでいかないとエサにありつけないから、思い切って巣から飛び出す(上の写真)。こうして巣立ちを促す。
かつて本州にクマゲラが生息していたと推測する記録

 秋田の鳥博士・仁部富之助は、「野鳥閑話」の中で「ヤマガラス」という普遍的な方言が秋田県に残っていることや、八幡平や森吉山のブナ林で1920年以前に捕獲された標本を根拠に、クマゲラが古くから秋田県内に生息していたことを指摘している。さらに「仙台附近の鳥」(熊谷三郎)には、伊達家の鳥類図譜などの古記録にクマゲラの記述があることを紹介し、仙台から会津、日光まで生息していたことを述べている。
本州産クマゲラの発見、撮影

 日本鳥学会では、かつてクマゲラは北海道のみに生息し、本州には生息しないとされていた。それを覆したのは・・・昭和50年(1975)9月19日、元秋田県職員の故泉祐一さんが、森吉山麓に広がるブナ林で本州初のクマゲラの撮影に成功したからである。当時の回想文には・・・

 「午前7時、秋田県森吉山中のブナ伐採跡地で500ミリの望遠レンズを抱えて私はへたり込んでいた。そして、はるか前方へ真っ黒い鳥がゆっくりとはばたいて林の中へ消えていくのをぼんやりと見ていた。よくこんなに伐られても生きていたな・・・」。この時、彼の撮ったクマゲラの写真が本州初の記録写真となった。そのニュースは、「これが幻の鳥 クマゲラ/森吉山中、カメラでパチリ/執念の探索が実る 秋田市の泉さん」(1975年2月22日付秋田さきがけ)と、大きく掲載された。
クマゲラは白神山地のシンボルへ

 さらに泉さんは、昭和58年(1983)10月8日、白神山地のブナ林でクマゲラを発見、撮影に成功している。以来、クマゲラは白神山地のシンボルとして一躍有名となり、世界自然遺産登録に大きく貢献することとなった。この二つの生息地は、共に「クマゲラの森」と呼ばれている。その白神山地櫛石山でクマゲラが初めて発見された当時の様子を要約すると・・・

 泉さんたちは、白神岳真東のブナの森を歩いていた。そこのブナ林は、太く真っ直ぐで背の高いブナが一定間隔で並び、林床にはチシマザサが繁茂していないので、見通しの良い森であった。泉さんが言った。「こんたどころさ、クマゲラがいるんだよな」・・・その数分後、クマゲラの巣穴を発見。直径77cmほどのブナの大木の地上から10m地点に大きな穴が開いていた。さらに50mほど離れた地点に、もう1本ねぐら木があった。日が暮れかかる頃、「コロコロコロ」というクマゲラ独特の声が遠くから聞えた。「来たど~」と泉さんの素朴で、かつ興奮気味の秋田弁がブナの森に響き渡った。
秋田県森吉山麓「クマゲラの森」

 秋田県森吉山麓のノロ川流域では、昭和53(1978)年から3年連続で合計9羽のクマゲラの繁殖が確認された。これを契機に、昭和58年に330haが森吉山国設鳥獣保護区の特別保護地区(クマゲラの森)として設定された。平成5年には、保護区設定10年目の更新期に特別保護地区が一挙に3.5倍の1,175haに拡大された。
「クマゲラが暮らす森」(森林総合研究所)要約

 クマゲラが生息する南八甲田地域の調査によれば・・・ツガイの最低行動圏である1,000haの森林面積のうちブナ林の割合は50% 以上、そのうち120年生以上の成熟林が50%以上存在することが重要。営巣木の周辺では、ブナ林の割合が高く100ha以上のひとかたまりのブナ林で構成されていることが分かった。

 ブナの成熟林にある枯死木には、クマゲラの主要なエサであるムネアカオオアリの生息数が多いこと、その中でも立ち枯れ木が重要であるとしている。なぜなら、冬期に3mもの積雪がある豪雪地帯では、冬期になると倒木が雪に埋もれ利用できない。積雪上でも利用可能な食べ物の供給源となる立ち枯れ木が重要なことが分かる。だからクマゲラの保全には、立ち枯れ木の保全が必要であるとしている   
参 考 文 献
「山渓カラー名鑑 日本の野鳥」(山と渓谷社)
「ぱっと見わけ観察を楽しむ野鳥図鑑」(石田光史、ナツメ社)
「日本のクマゲラ」(藤井忠志、北海道大学出版会)
「クマゲラの世界」(小笠原こう、秋田魁新報社)
「北海道中央部におけるクマゲラの繁殖生態」(小西弘臣ほか)
「白神山地におけるクマゲラの営巣行動」(津軽白神森林環境保全ふれあいセンター)
「クマゲラが暮らす森」(森林総合研究所)
「東北の山旅 釣り紀行」(根深誠、中公文庫)
写真提供:髙久 健氏 参考ブログ「ケンさん探鳥記