本文へスキップ

野鳥シリーズ77 イヌワシ

  • 天然記念物・国内希少野生動植物種・森の王者イヌワシ(タカ目タカ科)
     留鳥として九州以北に生息するが、推定生息数は約500羽(日本イヌワシ研会)と少ない。崖地や岩場のある山地の森林に生息する。巧みに風をとらえて飛翔しながら獲物を探し、ノウサギやヤマドリ、キジなどを捕食する。年間を通して♂♀2羽が一緒に生活する。巣は断崖絶壁に作られることが多く、岸壁に作られている巣は何年も使われる。個体数が少なく、繁殖力も弱いことから国の天然記念物、絶滅危惧ⅠB類、国内希少野生動物種に指定されている。県内で確認されているのは、仙北市田沢湖町、鳥海山など数か所に過ぎない。なお、世界自然遺産白神山地の赤石川支流滝川で飛翔するイヌワシを目撃したことがある。さらに早春、白神の日本海に注ぐ入良川源流部で、ウサギを捕らえたイヌワシを目撃したことがある。
  • 写真提供:髙久 健氏 ブログ「ケンさん探鳥記
  • 名前の由来・・・犬鷲の犬は、イヌザンショウ、イヌツゲのように、類似種より「劣る」という意味を表す。イヌワシの呼び名は、安土桃山時代からあったが、なぜ劣るワシとみられていたのだろうか。実は鷲や大型の鷹の尾羽は、古くから弓の矢羽に用いられていた。中でもオジロワシやオオワシの純白の尾羽や黒横縞模様が見事なクマタカの尾羽が好まれて最高級とされた。それに対して、全体が黒褐色のイヌワシの尾羽はあまり好まれずに下級品とされたことから、漢字で「犬鷲」と書く。
  • 名前の由来その2・・・天狗伝説のモデルがイヌワシであるから、天狗に見立てて「狗鷲(イヌワシ)」とも書くなど諸説ある。和名はニホンイヌワシ。
  • 熊鷲(くまわし)、黒鷲(くろわし)・・・江戸時代には、日本最大最強の野生動物「熊」を冠して、「熊鷲」あるいは黒くて大きく強い鷲であることから「黒鷲」とも呼ばれた。
  • 特徴・・・全体に黒褐色だが、後頭部に生える金色の羽根から、英語ではゴールデン・イーグルスと呼ばれている。日本の森林にすむ鳥の中でも最大級で、その威厳ある姿は「森の王者」の風格を漂わせている。雌雄同色。
  • 幼鳥・・・両翼と尾羽の基部が白いので、飛んでいると白い白色帯が目立つ。幼鳥は年齢を重ねると白い部分が小さくなり、やがて白色帯のない成鳥の羽根になる。
  • 全長 81~89cm、翼を広げると2mになる猛禽類
  • 生息分布・・・ヨーロッパ、アジア、北アメリカなど北半球に広く分布し、森林や岩山のある山岳地帯、半乾燥の高原地帯に生息している。個体数が特に多い北米では、約7万羽が生息。日本では、北海道から九州まで記録されているが、主に東北から北陸にかけての山地が分布の中心である。
  • 推計個体数
    1. 環境省・・・2004年に発表された調査結果によると、日本には約260ツガイ、最大で650羽のニホンイヌワシが生息していると推定されている。現在ではやや古いデータである。
    2. 日本イヌワシ研究会・・・1981年から実施している「全国イヌワシ生息数・繁殖成功率調査報告」によると、2015年には約500羽が生息していると推定。さらに重要なことは、調査開始から33年間で107ツガイが消失したと報告されている。
  • 広い行動圏・・・20~250km2、平均60km2。その中に営巣や採餌場所を含む。
  • イヌワシの住む谷・・・断崖絶壁が連なる谷は、尾根筋に陽が昇ってからしばらくしないと斜面に陽が当たらない。斜面に陽が当たって、空気が上昇すると、やっとイヌワシもその上昇気流に乗って行動し始める。(写真:イヌワシが舞う谷・白神山地滝川支流西の沢の岩壁)
  • 昭和45年、鳥海山麓の奈曽川上流の渓谷でイヌワシの幼鳥二羽が保護されたのをキッカケに、近くの断崖で巣が発見された。その巣は、70mも垂直に切り立った岩場の上部にあり、直径が約2.5m、厚さ約1mもある大きなもの
  • 翼を動かさない滑空飛翔・・・羽ばたきながらの飛翔に比べて、消費エネルギーを約60%に抑えることができるため、獲物を探索する上で、極めて有効な飛翔手段と言われている。
  • 人の8倍の視力があり、数千mもの上空から地上の野ウサギやヤマドリ、キツネ、タヌキ、アカネズミ、2mクラスのアオダイショウ、シマヘビなどを捕食する。
  • 繁殖期・・・東北では、晩秋からツガイの求愛交尾行動が何度も繰り返される。12月頃、谷の断崖にある岩棚などに♂♀共同で巣の材料になる木の枝や草などを運ぶ。そして翌年の2月中旬から下旬の真冬に産卵する。早いものでは1月中旬に産卵することもある。
  • なぜ寒い極寒の時季に産卵するのか・・・ヒナが食べ盛りになる時期に、エサになるノウサギの子どもがたくさん野山に出てくる時期に合わせていると言われている。(写真出展:ウィキメディア・コモンズ)
  • 抱卵・・・産卵してからすぐ抱卵が始まる。42~43日間ほど、片時も巣を空けずに卵を温め続ける。90%以上は♀が抱卵する。♂も時々交代して抱卵する。3~4月頃、真綿で包んだようなヒナが誕生する。
  • 鳥海山麓の観察記録・・・ヒナが小さしい時、親鳥はつきっきりで保温し、エサもノウサギの内臓など、柔らかい部分を小さくちぎって、口移しでヒナに与える。孵化後、約一ヵ月経つと、ヒナは鶏ぐらいの大きさになり、目つきも鋭くなる。
  • 5月中旬になると、ヒナに黒い羽が生えてくる。この頃になると、親鳥も時々巣を離れ、近くの木に止まったり、上空を飛ぶのをよく見かける。育雛中の親鳥は、時折、緑の葉のついたマツやスギの枝を巣の中に運び込む習性がある。外敵からヒナを守ってカモフラージュするためと言われている。
  • 親鳥は奈曽渓谷だけでなく、稲倉岳中腹でもエサを探しており、ノウサギなどを運んでいるのを見かける。親鳥は、ヒナが食べ残したノウサギの骨や足などを運びだし、離れたところに捨てにいく習性もある。(写真:イヌワシがノウサギを捕獲した周辺に散乱していたウサギの白い毛)
  • 6月に入ると、ヒナは巣の縁に出てきて、翼を盛んに広げて、羽ばたきの練習を繰り返す。一週間もすれば、力強くダイナミックになってくる。すると親鳥は余りエサを持ってこなくなり、巣の近くをよく飛び回るようになる。ヒナたちは、その親鳥を見ながら、ピュー、ピューと鳴き、懸命に巣から飛び出そうとする。
  • 6月中旬、ヒナは巣から飛び出し、鳥海山麓を舞う。ヒナは、巣立ち後もエサをもらい続けるが、次の繁殖の準備が始まる秋の終わりごろになると、親のテリトリーから追い出され、自分の力で厳しい冬を乗り切らなければならない。
  • 繁殖率が低下・・・国内最大の生息地・岩手県北上山地では、1990年ころから繁殖率は20%以下に下がったままだという。これは、一つのツガイが5年以上かけて、やっと1羽のヒナを育てている計算で、繁殖率はかなり低いことが分かる。
  • カイニズムの謎・・・日本のイヌワシは二個の卵を産み、二羽ふ化する。ヒナの体重は100g程度で真っ白の産毛に覆われている。最初に生まれたヒナは、二日後に生まれたヒナを猛烈につついていじめる。そばにいる親は、衰弱して巣の縁にいるヒナを助けようともせずエサもやらない。ヨチヨチ歩きのヒナは逃げることもできず、やがて死んでしまう例が多いという。この行動は旧約聖書のカインの弟殺しに例えて、カイニズムと呼ばれている。日本イヌワシ研究会の調査によると、98%以上の確率でカイニズムが起こっている。こういう高い確率の場合は「無条件カイニズム」と呼ばれている。それにしても生物は子孫がより多く残るように進化してきたはずだが、それとは真逆の行動をとるとは、余りに謎が多すぎるように思う。(写真出展:ウィキメディア・コモンズ)
  • イヌワシの兄弟殺しの謎解き・・・北米大陸のイヌワシの生息密度が高い地域では、道路脇の高圧鉄塔などにも営巣し、ヒナが二羽巣立つのはごく普通のことだという。また鳥海山麓での記録では、エサとなるノウサギ、ヘビ、ヤマドリなどが豊富にいるためか、昭和45年と54年に一つの巣から二羽の幼鳥が巣立った記録がある
     日本のイヌワシの兄弟殺しは、エサが少ない日本の自然界で子孫を確実に残していくために進化したギリギリの繁殖戦略とも言われている。比較的エサの豊富な鳥海山麓でも二羽が育った記録があるので、この説が正しいように思う。
  • 巣立ち・・・孵化してから約6週間でヒナは羽ばたきの練習を始め、約70日で親と同じくらいの大きさになる。5~6月頃、巣を離れる。巣立ちをしたヒナは、エサをもらいながら飛び方や狩りの練習をする。
  • 子別れ・・・巣立った若いイヌワシは、親から攻撃されて、親の縄張りから追い出される。
  • 餌場となる北上高地の放牧地・・・イヌワシの狩り場は、草原や樹木のまばらな荒地。特に人為的に維持されてきた伝統的な放牧地や採草地を好むという。国内最大の生息地である岩手の北上高地は、山頂部が平坦な高原で、牧場や牧草地が多い。昔は春一番に野焼きをすると、イヌワシがたくさん集まってきて、煙で追い出されたウサギをさらっていったという。しかし草地は、人為的に管理されなければすぐに消滅する。牧場や放牧地の荒廃がイヌワシの生息を危うくしているという。イヌワシは、二次的自然と共生してきた鳥という事実には驚かされる。
  • 風の狩人・・・急峻な斜面を吹き上げる上昇気流に乗って一気に大空へ。旋回、滑空を繰り返し、あるいはホバリングし、時には追い出し役と捕獲役に分かれ、見事な連係プレーで獲物を探す。獲物を見つけると、翼を半ば畳み、時速200キロを超えるスピードで急降下し、捕獲する。
  • どれだけのエサが必要か・・・♂♀のツガイと幼鳥の計3羽でノウサギだけを食べると仮定した場合の試算では、年間320匹も必要だという。(写真:イヌワシに捕食されたウサギ)
  • イヌワシがウサギを食べていた現場・・・2013年4月、白神山地の入良川源流で、生態系の頂点に位置するイヌワシがウサギを食べていた場面に遭遇。イワナ釣りを終え、三人ともクマ避け鈴を鳴らしながら谷を下った。我々の接近に驚き、右下の沢筋から圧倒的に大きい翼を広げて巨大な鳥が飛び立った。イヌワシだ。その飛び立つシーンは、スローモーション映像を見るように印象的であった。飛び立った場所に降りて観察すると、雪の上が赤い血に染まり、白い毛が散乱していた。ウサギの内臓は抜き取られていた。 (写真:イヌワシに内臓を引き抜かれたウサギ)
  • 抜き取られた内臓は、食卓のような雪の上にきちんと置かれていた。恐らく、このイヌワシは子育て中で、柔らかいノウサギの内臓をヒナに与えようと区分け作業をしていたのであろう。(写真:雪の上の鮮血とウサギの内臓)
  • エサ利用調査(「ニホンイヌワシの保全学:現状と課題」要約)
    1. 北陸地方では、落葉広葉樹の展葉に伴い、主な獲物はニホンノウサギからヘビに切り替わる。ヘビ類は、ニホンノウサギに比べて消化速度が遅く、栄養分も少ない。
    2. イヌワシは、展葉期にヘビ類に特化して給餌するため、それに伴うエサの質の低下が、ヒナの成長に影響を及ぼしている。
  • 毎年の営巣場所の調査(「ニホンイヌワシの保全学:現状と課題」要約)
     繁殖ツガイを発見し、繁殖の経過を離れた場所から直接観察する調査は、全国的NGOである日本イヌワシ研究会会員を主とした地元の観察者によって実施されてきた。近年、こうした調査を担う人材の高齢化と後継者不足が顕著になっており、持続可能な保護策全般にとって深刻に脅威になっているという。
  • 個体数減少と森林施業(「ニホンイヌワシの保全学:現状と課題」要約)
    1. イヌワシの採餌場所は、草地や岩場のほか、台風や雪崩によって樹木が倒壊した森林の隙間などである。
    2. 木材輸入量の増加、国産材需要の減少に伴い、1980年代以降、森林伐採地や植栽地は激減。現在、日本の山地は密生した人工林に覆われ、イヌワシの採餌に適した開放的な場所が減少している。
    3. 岩手県におけるイヌワシの繁殖成功率は、気候や営巣場所の条件を補正すると、イヌワシの行動圏内にある若齢植林地、低木地、草地の利用可能量と正の相関関係にある。
    4. 個体数減少の主な原因は、土地利用の変化によって最適な獲物と狩猟に適した生息地の両方が減少し、繁殖の成功率が低下したことであると考えられる。
    5. 1~2列を伐採し、2~4列をそのまま残す「列状間伐」は、イヌワシの狩場となるオープンエリアの提供と、イヌワシの主要なエサであるノウサギの個体数が増加することが確認されている。
    6. 「列状間伐」は、収穫のための「皆伐」に比べて、狩場を提供するという点では、伐採後2~3年で間伐列の隙間が狭くなり、イヌワシへの恩恵が薄れていくことに注意が必要である。
    • ウッドショックで国産材の需要が増しているので、「皆伐」が続けば、すぐに成果をもたらす可能性があるだろう。ただし、その影響のさらなる評価が必要である。
  • 個体数減少の理由(「ニホンイヌワシの保全学:現状と課題」要約)
    1. 獲物動物の量が低下し、栄養価の高いノウサギなどのほ乳類から爬虫類などへの食性の変化を余儀なくされ、栄養摂取量が不足していることが直接的な原因と考えられる。
    2. 繁殖期である冬の大量の積雪や、森林の高密度化・農業の集約化による適切な狩場の減少と関連することが調査で明らかになっている。
    3. 北海道では、鉛中毒が深刻な問題となっており、他の地域を含め、より広範囲な分析が必要である。
    4. 遺伝子解析の結果、ニホンイヌワシの個体群の遺伝的多様性は、過去も現在も十分な水準を保持していることが示唆されている。しかし、さらなる個体数の減少に伴い、遺伝的多様性は急速に失われる可能性は高く、近親交配が個体の適応度に悪影響を与えかねない。
  • イヌワシ繁殖、研究に貢献した秋田市大森山動物園「鳥海」
     秋田市大森山動物園の♂のイヌワシ「鳥海」は、イヌワシの繁殖や研究に貢献したとして、日本動物愛護協会の「日本動物大賞・功労動物賞」を2017年2月に受賞。同年4月、国内最高齢の推定47歳で亡くなった。
     鳥海は、1970年7月、鳥海山麓で巣立ちに失敗したところを保護され、同園に引き取られた。75年に獣医師として動物園に赴任した小松さんは、「コーコー」という鳴き声が、交尾直前に「ヒョンヒョン」と変わることに気付いた。同園はこの変化を生かして、人工授精の技術を確立。2003年、国内で4園目となる繁殖に成功した。現在は10羽のニホンイヌワシを飼育。2015年には、環境省からニホンイヌワシの保護・繁殖拠点の指定を受けている。
参 考 文 献
  • 「イヌワシの四季」(関山房兵、文一総合出版)
  • 「山渓カラー名鑑 日本の野鳥」(山と渓谷社)
  • 「ぱっと見わけ観察を楽しむ野鳥図鑑」(石田光史、ナツメ社)
  • 「風のハンター イヌワシ」(千葉和彦、ホットアイあきた・通巻407号)
  • 「ニホンイヌワシの保全学:現状と課題」(ニホンイヌワシ保全研究グループ)
  • 「白山の自然誌13 クマタカとイヌワシ」(石川県白山自然保護センター)
  • 「イヌワシからみた草原と森林」(布野隆之、野生復帰2016)
  • 「鳥海山の野鳥」(マンサク会、秋田魁新報社)
  • 「猛禽探訪記」(大田眞也、弦書房)
  • 「鳥海」長年の貢献に光 | 新聞に親しむ [新聞博物館]
  • 写真提供:髙久 健氏 ブログ「ケンさん探鳥記