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 「森林と健康」をテーマに活動している秋田森の会・風のハーモニーは、平成3年9月、14人で発足。当初は高齢者の健康をテーマにスタートしたが、今では、会員約300人、子供たちが主役の「森の保育園」へと発展・・・高齢者から園児まで幅広い年齢層が訪れる「にぎやかな森」、それが「健康の森」である。

 「森林と健康」は、単に人が健康になるためだけではない。森に人がたくさんやって来て、多様な木を植えるなど森に手を加えることで、多様な生き物たちも集まってくる・・・言わば、人が森に恩返しをすることで「人も森も生き物も健康」になることを意味している。
秋田森の会・風のハーモニー「健康の森」MAP

場所 秋田県秋田市下浜羽川字小金山58(代表 佐藤清太郎) google地図
 秋田市中心部から15km、JR秋田駅から車で30分、秋田空港から車で20分。
 佐藤清太郎宅から徒歩10分程度。

面積 約30ha(所有山林の1/4)
問い合わせ先 TEL018-879-2230
会のプログ http://akitamorinokai.seesaa.net/
▲森の保育園  ▲会の代表、佐藤清太郎さん

 2014年1月8日、「あきたチャイルド園」(澤口勇人園長) の3歳~5歳の保育園児と学童保育のこどもたちが「秋田森の会」の代表宅にやってきた。それにしても・・・幼い子供たちがアップダウンの激しい森を歩けるのだろうか。しかも寒さが厳しい冬、さらに小雨も降っていた。聞けば、今日は片道2km、往復4kmも歩くという。 
 バスから降りた子供たちは、自由気ままに遊び始めた。また、代表宅から健康の森までは、大人の足で徒歩10分ほどかかるが、それは森に入るための大事なウォーミングアップになるという。森の保育園では、特別なプログラムを用意しているわけではない。子どもが自由に遊ぶままに任せるという。

 ただし、「森の中では全て自己責任」が原則だという。
 村の道路を抜けると、田んぼの中の農道を歩く。もし転んで泣いたり、歩けないと駄々をこねる子供がいたらどうするのだろうか。大人や先生は手をさしのべないのが原則・・・自分の身は自分で守る。それができない場合は、園児の年長者が助けるという。
▲第一休憩地点・・・看板のある坂道が「健康の森」の起点
 森の中には、クマもいる。クマが出たらどうするのだろうか・・・左端の子供は、木槌で平らな板を叩いて音を出す。各休憩ポイントには、こうした音を出す仕掛けがある。また、休憩中にみんながワイワイ遊び語り合えば、クマさんにも「団体さんが来たから、逃げなさい」との音のシグナルを送ることができる。
▲第二休憩地点・・・炭焼き小屋跡 ▲急な斜面をフリーで上る
▲急な坂を泥んこになりながら上り切り、お尻で泥壁を滑り下りる

 早くも驚かされたのが上の場面・・・幼い保育園児が木の根をつかみ、滑りやすい泥壁に何度も足をとられながら、自らの力で上に上り切った。今度は地面に座り、泥壁を滑り降りた。子どもたちは、泥だらけになったが・・・

 こんな場面に、親やおじいさん、おばあさんがいたらどうだろうか・・・恐らく「危ない」「やめなさい」となるであろう。それでは、子どもたちが本来持っている危険を回避する力、生きる力は眠ったままになってしまう。聞けば、ここで泥んこになれば、大半の子供たちは森の中で転ばなくなるという。 
▲学童保育の子供たちがチャレンジしていた急斜面に挑む保育園児
▲「けもの道」の急斜面を上る保育園児たち ▲助け合って上る
 大人でも二足歩行で上るのが困難な急斜面・・・子どもたちは、そんな斜面に足をとられて転ぶ。泣いても誰も助けない。誰かが獣と同じ四足歩行で上り始めた。すると後続の子供たちも一斉に四足歩行で上り始めた。一人では無理でも、お互いに助け合って上る子もいた。3歳から5歳の幼い子供たちにこんな力が眠っていたとは・・・さらに驚かされた。  
  森には、けもの道に等しい急傾斜地もある。水深1メートルを超える池もある。もちろん、安全柵などない。だから、転ぶ子もいるし、池に落ちる子もいる。しかし、おとなは「危ない」と声をかけたりしない・・・ただ子供たちの傍らで見守るだけである。子どもたちは、当然のことながら落ちたら泣くし、転んだら泣く。その失敗から「ここは危ない」と五感で理解することを学ぶのだという。
 作業道兼遊歩道には、枯れ枝も落ちている。それに足を引っ掛けて転ぶ子もいた。しかし、「転んでも泣かないよ」と言いながら、即座に起き上がって歩き続ける。だんだんたくましくなっていった。
▲スギ林の作業道をゆく  
▲中央広場の沼

 この沼の水深は、1mを超えるという。なのに、安全柵はない。沼の表面には薄い氷が張っていた。それに気付いた子供たちは、左右に分かれて、雪玉を氷の上に投げて滑らせる遊びが始まった。
▲雪玉合戦 ▲一本の丸太を渡る ▲板を叩き音を出す
朝日森林文化賞記念碑(石は鳥海石)

 佐藤清太郎さんは、平成5年、全国林業経営推奨行事の林業経営部門で農林水産大臣賞を受賞。平成7年には、「朝日森林文化賞」を受賞。その翌年の平成8年には、会発足5周年を記念し、池の傍らに記念碑を設置したという。

 また平成20年、第59回全国植樹祭で農林水産大臣より「緑化功労者」として表彰、平成25年には、伊勢神宮から農事功労者として顕彰された。
▲最終地点:急傾斜地の丘「緑風」

 代表宅から約2kmの最終地点は、展望が開け、いつも心地よい風が吹く格好のビューポイントである。しかし、この急傾斜地一帯は、平成3年9月、台風19号の直撃を受け、スギが中ほどからボキボキと折られる被害を受けたという。

 平成8年、被害を受けた林を整理し、跡地に3本巣植え方式の記念植樹が行われた。植樹場所が一望できる丘を「緑風」と命名した。
危険を回避し、生きる力を引き出す「森の力」

 「緑風」の丘から下を見下ろすと、信じ難い光景が・・・何と、超難関の急な斜面を「三転確保」で上っているではないか。とても3歳~5歳児のなせる技とは思えない。

 この子どもたちの潜在的な野生の能力を引き出したものは、人間の力ではなく「森の力」である。急斜面を泥だらけになりながら一生懸命に上る子供たちの姿を眺めていると・・・森に順応する適応能力の高さに驚くほかない。これは、人間が、もともと森の動物であった遺伝子が生きているからに違いない。
頭の文化と身体の文化

 現代社会は、「身体の文化」を軽視し、頭で考え過ぎる傾向がある。「頭の文化・脳の文化」は、「○か×か」の一元論的な思考に陥りやすい。一方、身体の文化は、多様性に富んでいる。それは頭ではなく、経験、体験したものの文化であるから、千変万化する自然の変化に柔軟に対応できる。

 上の写真は、超難関の斜面に二度も挑戦した保育園児・・・ひたすらチャレンジする保育園児の姿は、「人も森も生き物も健康」になるためには、「身体の文化」をもっと重視すべきだと訴えているようにもみえた。「健康の森」で遊んだ子どもたち・・・将来は、精神と身体のバランスがとれた素晴らしい人間に成長することを期待したい。
▲玉手箱の森

 平成22年9月、20周年記念行事として行われたイベントが「玉手箱の森づくり」。育ててくれた森への贈り物「記念植樹」と、「にぎやかな森」での記録・思い出を入れたタイムカプセル(玉手箱)を埋め込み、森と共に育つ時を待つ・・・そんな夢の森が「玉手箱の森」である。そのタイムカプセルを開けるのは20年後とか。
▲炭焼き小屋

 かつて炭焼きは、一年中焼く専業の人と、農業の手の空く冬場だけの人がいた。専業の人は、炭窯のそばに小屋を建て、その炭焼き小屋に寝起きしながら木炭を焼き続けた。原木がなくなると、原木の豊富な場所に移動して、新たに炭窯を築き炭焼き小屋を建てた。
佐藤清太郎さんの森林づくりの理念

 森林づくりの理念は、「自然に逆らわない、自然に従った姿の森林を作ること。杉の一斉林はやめる。植え付ける杉の本数を減らし、その分広葉樹を増やしている。下刈り、間伐の手間が減り、秋の落葉は肥料になり、杉の育ちも天然杉に近い育ち方になるし、動物も暮らしやすくなる」というもの。

 広葉樹を大事にしながら、広葉樹と杉の共存・・・それは天然の秋田杉が落葉広葉樹と混交する形で生育してきた秋田の風土にマッチしている。森の保育園は、「森が人を育てる」ことを立証している。健康の森で遊んだ子供たちが、大人になった時、森に恩返しをするようになれば、「人が森を育てる」ことにもつながる・・・そんな息の長い理想的な森づくりをめざしているように思う。
参 考 文 献
「秋田森の会・風のハーモニー20周年記念特集号」
「秋田・風のハーモニーを聞く」(山林 '96・9、山縣睦子)
「新たな森林管理を求めて 下巻」(藤森隆郎、全国林業普及協会)