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天然イワナ料理講座

野外で作る定番レシピ14種、大物はまずい、現場でつくる山の幸料理、岩魚の話、釣りの一日
  • 秋田の渓流は、イワナと山菜・きのこの宝庫。メイン素材は、できるだけ現地調達のものを使えば、どんな高級レストランでも味わうことができないワイルドな料理を楽しむことができる。これぞ究極の地産地消、スローフードと言い換えることもできる。
  • ここで紹介するイワナ料理は、野外で作る定番レシピ14種類である。「森と水の恵み・イワナ」を美味しくいただく参考になれば幸いである。
  • イワナ料理は、鮮度が第一・・・イワナの鮮度を保つためには、種モミ用の袋に入れて生きたまま持ち歩き、一定量に達したら左上の写真のように、渓流の流れに生きたままデポしておく。これなら、どんなに暑い夏場でも旬のイワナ料理を楽しむことができる。早春の一時期は、クーラータイプのビグに雪を入れる(右上写真)と旬を保つことができる。
  • 伝統的な鮮度保持の事例・・・ササの殺菌力と滝壺の冷気を利用
     長野県栄村秋山郷では、クマザサの葉で巻いたイワナを密閉容器に入れ、冷気が回流する滝壺に沈めて保存した。この保存法は、釣り上げたままの鮮度を一週間も保つことができたという。生のまま長期保存する方法として、誰もが簡単にできる優れた保存法である。
  • 大物は大味でまずい」(登山家・冠松次郎)
     「処によって随分大きな奴を見ることがある、目の下尺五寸を越ゆる者を見ると気味が悪いようだ。黒部の下廊下でとったものも大きかったが、南の遠山川の西沢渡でとったのは二尺位あった、しかしそれは大味で実にまずかった尺か尺二寸のものが一番美味のようだ。
     ・・・何しても夏が一番のシュンである。秋になると卵を産みに枝沢へ上っていく。産卵がすむと味は著しく落ちる。」
  • 「大イワナはりリース」が釣り師の常識
     40cm以上の大イワナは食べてもまずい。だから記念撮影した後、優しくリリースするのが賢明な選択である。源流では繁殖に欠かせない貴重な一尾だけに、魚拓や剥製にしようなどと思わないことが肝要である。
  • 刺身やイワナ寿司には、尺前後の旬のイワナを使う
     網などに入れて生かしておいたイワナは、包丁の裏で頭部を叩き野ジメにする。腹を裂き、腹ワタ、エラをきれいに取り去る。渓流水で背骨付近にある血合いもきれいに洗い流す。サイズ別に分け、大物は刺身やイワナ寿司用に、7寸~8寸程度は塩焼きや蒲焼き、ムニエル、燻製などに調理する。
  • 注意すべき点・・・腹を割いたイワナを流水にさらすと、身に水分を含み、味が格段に落ちてしまうので、決して水にさらしてはいけない
  • イワナの刺身・・・まずイワナの皮を剥ぐ。頭の付け根の部分から胸ヒレの前にかけて両サイドに切れ目を入れる。切れ目を入れた頭部をツメで皮をはぐように起こす。起こした皮の部分をすべらないよう歯でしっかり咥え、頭部を両手でしっかり持ち、尻尾にかけて一気に剥ぎ取る。
  • 枚におろす・・・ナイフは、細長く切れ味鋭いものを使うと簡単かつ便利。稀に山刀を使う場合もあるが、刃が太い分、骨に身をたくさん残す欠点がある。
  • 三枚におろした残り、頭と骨は焚き火で焼いて骨酒用に使う。
  • 三枚におろした身をブチ切りにし、活け造り風に盛り付ける。
  • 昼食用に釣りたてのイワナを刺身にした例
  • 薬味は自生のヤマワサビがベスト・・・野生のワサビの根は、意外に細く小さい。持続的な利用を考え、根は太いものだけを選び、薬味用に数本採るだけに止める。根はすりおろし、イワナの刺身の薬味に。本命は根を残した茎と葉・・・細かく刻み、湯通し又はさっと茹でてから、冷水で冷やす。おひたしや和え物、一夜漬けに。花は料理の彩りに使うと食欲をそそる。
  • イワナのたたき風刺身・・・刺身用の切り身、玉ねぎ、カイワレ大根、ニンニク、ショウガ、醤油を入れてよくかき混ぜ、30分ほど漬ける。ボリュームたっぷりで酒の肴に合う。
  • 塩焼き・・・塩焼きはイワナ料理の定番。竹串に刺すコツは、魚を躍らせるように串刺しにし、尾の付け根の手前で止めるのがコツ。突き刺してしまうとイワナがクルクル回り、うまく焼けない。次に腹と魚全体に塩をまぶし、頭と尾ヒレにたっぷり化粧塩を付ける。
  • 焚き火で焼くときは、とにかく焦らず遠火でじっくり焼くこと。焦ると皮が焦げるだけで失敗すること間違いなし。焼き具合を見ながら、時々動かし時間をたっぷりかけて全体を均等に焼き上げるのがコツ。時間がかかるのが唯一の欠点。オーソドックスだが、何度食べても飽きない。
  • イワナの塩焼き完成品。焚き火の煙りがたっぷり沁み込み、思わずかぶりつきたくなるほど香ばしい香りが漂う。同じ天然イワナでも、ガスコンロで焼いたイワナと焚き火の煙の魔術が加わった一品では、比べものにならない。
  • 尾瀬の職漁師と乾イワナ・・・かつては「泊り山」と称して6月中旬頃から1週間ないし10日程度イワナ小屋に泊り込み、イワナ釣りに専念する生活を10月初旬頃まで続けていたという。昼間は釣りに専念し、夜は囲炉裏でイワナを焼いた。焼きイワナをさらに火棚に並べ、魚体が固く締まるまで乾燥させ、大型なら3~4尾、小型なら7~8尾をシナの樹皮のヒモで編んで一連とし販売していた。
  • イワナ骨酒・・・身をとった後の頭と骨は、焚き火の上にヒモで吊るし、遠火でじっくり燻す。そのまま食べても美味いが、何と言っても骨酒が最高だ。骨酒を楽しむためには、決して塩をふらないこと。
  • 頭と骨の燻製完成品。骨酒用に用いる。
  • 骨酒用・・・塩をふらないで素焼きにするのがベスト。
  • 骨酒を現場で味わうには二つに割った竹を使うと美味い・・・加工した竹に、焚き火で燻製にした頭と骨、あるいは焼いたイワナを入れ、熱燗をその上に注ぐ。5分程度おけば、イワナのエキスが酒に溶け込み、得も言われぬ妙味となる。お酒好きにはたまらない一品である。
  • 家庭で楽しむイワナの骨酒・・・家庭では、市販のイワナ骨酒専用の器を使う。なお、骨酒に使うイワナは、2~3回繰り返し利用できる。骨酒後、捨てるのはもったいないので、軽く炙って食べるなど、無駄なく利用することを心掛けたい。
  • イワナセンベイ(皮の唐揚げ)・・・剥ぎ取った皮は、適当な長さに切って(通常真ん中から半分に切る)、タオル又は新聞紙でヌメリや水分をよく拭き取り、唐揚げ粉をまぶして油でカリッと揚げる。食べるとパリパリと音が出て、何やらイワナセンベイを食べているのに似ているのが名前の由来。初めて食べる人は、決まって「皮がこんなに美味いとは」・・・と、絶句するほど美味い。
  • 唐揚げ・・・ぶち切りにしたイワナの唐揚げ
  • 胃袋の唐揚げ
  • 味噌汁・・・焚き火で燻した頭と骨をベースに、輪切りにした岩魚を加える。沸騰させると、アクが出るので、アクを取り除く。だしの素とミズ(ウワバミソウ)と味噌を加えれば出来上がり。燻製の風味と岩魚の脂肪分、山の野菜・ミズが絶妙にからみ最高の味となる。
  • 蒲焼き・・・イワナを三枚におろし、身を二~三等分に切る。密閉式の器にさばいたイワナを入れ、特製のタレを入れて漬け込む。右の写真は、特製のタレがほどよく沁み込んだ状態。
  • 「イワナ蒲焼き寿司」・・・熟成したイワナに、スライスしたニンニクと特製のタレを入れ、中華鍋で蒲焼にする。かぶりつきたいような香りが漂う。右の写真は、すし飯に蒲焼きを乗せたもの。
  • 「イワナ丼」・・・タレと一緒にご飯の上に乗せればイワナ丼になる。
  • 卵と白子の酢醤油和え・・・夏以降のイワナには、卵と白子が入っている。腹を裂いたら内臓と一緒に捨てないように注意。酢と醤油を入れ、30分ほどねかしてから食べると絶品。生で食べるのがコツ、決して煮たりしないこと。
  • 胃袋を使ったモツ焼き・・・イワナの胃袋を裂き、流水で丁寧に洗い流す。これに塩をふり、焚き火で焼いて食べると臭みのない珍味となる。ただし、この作業は手間がかかる割にはボリュームに乏しい。
  • イワナ寿司・・・イワナ寿司は、数あるイワナ料理の中でも最高峰的存在である。けれども、素人がシャリを握ると、大小様々で安定感、美しさに著しく欠けるという大問題があった。イワナのネタは良くても、シャリに乗せた途端にひっくり返るようでは話にもならない。
  • 救世主「パコっとにぎり寿司10貫」(左写真)は、一度に寿司が10貫できる寿司シャリ容器。材質がポリプロピレンで、重さが100gと軽い。シャリが角張ってしまうのは致し方ないが、素人イワナ寿司には最適のアイテムである。
  • イワナ寿司用の尺イワナ・・・尺岩魚は、寿司用のネタに使うのが一番。まず岩魚の頭部に切れ目を入れ、皮を歯でしっかりくわえ一気に剥ぎ取る。三枚におろし、腹部の骨のある部分を綺麗にとる。
  • 寿司用のネタは、尺前後の岩魚だと三等分、8寸程度だと二等分に切る。すし飯は「すしのこ」を使うと便利。「パコっとにぎり寿司10貫」にご飯を入れ、蓋をギュッと押さえる。蓋をはずし、シャリを「パコっと」落とす。ワサビを乗せ、尺岩魚の極上ネタを乗せれば、岩魚のにぎり寿司10貫ができあがる
  • 豪華な山の幸料理・・・秋田の森と水の恵み定食、名付けて「桃源郷定食」
  • 活け造り風イワナ寿司・・・市販の「寿司太郎」を、飯盒で炊いたご飯に混ぜて作った誰でも簡単に作れる一品。まな板に寿司を乗せ、イワナの刺身を寿司の上に綺麗に並べるだけ。握り寿司にはかなわないが、簡単かつ美味い。
  • 焼きイワナと天然マイタケ炊き込みご飯・・・2合の米をとぎ、万能つゆと塩、酒を少々入れて味付けする。マイタケを入れて炊き込む。炊き上がる寸前に、焚き火でじっくり焼いたイワナを2匹入れてしばらく蒸す。蒸したイワナを骨から外し、丁寧にほぐす。ほぐしたイワナとマイタケ炊き込みご飯をかき混ぜると出来上がり。
  • 燻製・・・それは煙の魔術
     飴色に輝く魚体、芳香な香り、独特の味覚・・・釣ったイワナに敬意を表する調理法は、何と言っても燻製である。かつては、どこの家でも燻製は、ごく当たり前の保存兼調理法だった。囲炉裏の上に川魚やダイコンを吊るし、煙で何日もいぶしたものだ。
     しかし、囲炉裏が消え、冷蔵庫が出現すると、太古の昔から受け継がれてきた燻製は、すっかり日常生活から消えてしまった。今や燻製は、こだわり者の世界、最も優雅にして贅沢な調理法だ。凝ればキリがないので、ここでは最も簡単な燻製の方法を紹介する。
  • 燻製の手順・・・塩漬け又は漬け込み液に浸す→塩抜き→水切り→風乾→燻製
  • 自宅で燻製にする場合は、最低二日間を要する。それだけに、いつでも簡単にというわけにはいかない。それでも大釣りした時など、年に一回くらいはやってみたくなる(乱獲を慎むため、年一回程度は許される範囲だろう)。そんな時は、釣り上げたイワナの腹を裂き、内臓、エラ、血合いを取り除く
  • イワナをビニール袋に入れ、大量の塩を入れて、まんべくなく袋の上からかき回し、塩漬けにする。袋の空気を抜き、口を固く縛って冷蔵庫に入れて保存する。
  • 塩蔵したイワナの塩抜き
  • 風乾させたイワナ
  • 燻製に必要な道具・・・タコ糸、タコ糸を通す針、ハサミ、S字フック、スモークチップ、スモーカー(市販品)
  • 暇な週末がやってきたら、一昼夜(24時間)塩抜きする。岩魚の首がもげないように、タコ糸とパンツのヒモを通す大きな針で、胸ヒレ付近から口に向かって縫い通し、S字フックに吊るすタコ糸の輪を作る。腹部は乾きやすいように、爪楊枝を半分に折り、腹を開くように2~3ヶ所ほど刺し込む
  • 物干しハンガーに吊るし、扇風機で一晩あるいは一日強制風乾させる。風乾させたイワナを燻さず、そのまま焼けば「一夜干し風イワナ」でこれまた美味い。
  • 干物に近い状態のイワナを市販のスモークカンで2~3時間ほど燻せばOK
  • 燻製にした魚体と芳醇な香りはまさに芸術品。しかしながら、燻製が完成するまで二日間を要する森と水の恵みをできるだけ美味しくいただきたい・・・そのこだわり者だけが味わうことのできる一品である。
  • その他イワナ料理16種・・・たたき、甘露煮、味噌田楽、ホイール焼き、なめろう、照り焼き、味噌煮、セビッチェ、マリネ、天ぷら、イワナ丼、燻製イワナそば、イワナ茶漬け、イワナ飯、じゃっぱ汁、あらい。
  • 伝統的なイワナ料理
    1. 熟れ鮨・・・塩漬けにして保存したイワナを塩出しした後、飯米の間にはさみ込み、自然発酵した飯米の酸味・乳酸によってイワナを熟成させた伝統食。
    2. 石焼き・・・河原の石を組んでカマドを築き、その上に平らな石を乗せて味噌で円形の土堤を囲う。焚き火で十分に石を熱してから、釣りたてのイワナと山菜、野菜を添えて煮込む。岩見三内の石焼きは「石からダシが出る」と言われていた。
    3. 蒸し焼き・・・イワナの内臓を取り除き、味噌あるいは塩を塗ると、木の葉・草の葉(フキ)で幾重にも包んでから、河原の砂の中に浅く埋める。そしてその上で焚き火をすれば、砂が熱せられて蒸し焼きが出来上がる。こうした野趣あふれる料理が各地で行われていた。
  • 岩魚の話」(登山家・冠松次郎)
     「渓を探るのが目的で入った私たちは、周囲の壮麗な景色に見とれながらも、碧水の中に游いでいる岩魚の姿が忘れられずに、夢中になってそれを追いながら、流れを渉り、壁を攀じた。
     夕方になると支流の出合の広い河口洲の、白砂の平に天幕を張り、焚火をすると、とった岩魚を竹のクシに刺して焚火の周りに、ずらりと並べた。ふんだんな流木と、美しい水で炊き上げた飯を、とりたての岩魚の塩焼と、山菜を実にした味噌汁とタクワンで、夕餉のご馳走にありつく。
     空は茜色を流し、高い山々は夕映に光っている。山から谷へ下りて来た岩燕の群れが矢のように流れの上を飛び廻っている。やがて上流から夕靄が静かに下ってくる。月の光、星のまたたき、何という楽しい山旅だったろう。」
  • 釣りの一日」(生態学者・登山家「今西錦司」)
     釣りの一日は、都会の騒がしさや、わずらわしさを離れて、自然の静寂境にひたるところが、値打ちがあるから、都会を離れたところほどよい・・・わたしの実力でいえば、まあ十匹ぐらいは釣れてほしい。二十匹以上釣れれば大漁である・・・
     家まで帰ったら・・・まず風呂である・・・一杯また一杯と独酌をかさねる・・・そのうち釣った魚が出てくる。大きなのは塩焼きになり、小さいのは天ぷらになって。またぶつ切りにして、山のみょうがと一緒に、味噌汁のなかみとなったものもある。

     それらが前に並ぶのを見て、また一杯。家内が出てきて、せっかく料理したものを、あついうちにあがってください、という。いや一匹食ってみたが、なかなかうまくできている、と言いながら、やっぱり前に並んだ魚をみて、うれしそうにまた一杯・・・
     いつもは寝つきの悪いわたくしが、釣りに出かけた日は、横になったとたんに、子供のようにたあいもなく眠ってしまう・・・釣りの一日はあまりにも良いことが多すぎる・・・これではちっとやそっとで、釣りのやめられそうにないわけも、よくわかるではないか。
参 考 文 献
「渓流イワナ料理講座」(別冊つり人VOL2 渓流`86、つり人社)
「つり師の渓料理イワナ編」(大イワナ釣り最強マニュアル、タツミムック)
「手づくり燻製」(三俣鮎子、西東社)
「男がつくる漁師料理、山人料理」(成美堂出版)
「イワナとヤマメ」(今西錦司、平凡社ライブラリー)
「峰と渓」(冠松次郎、河出書房新社)
「渓(たに)」(冠松次郎、中公文庫)