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森と水の恵み「イワナ(岩魚)」

イワナの分類、イワナの生態・特徴
  • 秋田のイワナは、ブナやミズナラなど原生的な広葉樹の分布図とツキノワグマの生息分布図、そのいずれともピタリと重なるように分布している。つまり、イワナは「美しき森と水」を象徴するバロメーターなのである。ちなみにブナ帯に位置する秋田は、イワナの宝庫として全国に知られている。
  • 「イワナは人里離れた深山幽谷の滝壺や渕に棲み、豊富な伝説の持ち主として神秘的なイメージで語られる場合が多いが、実際にはむしろ人間臭い魚の筆頭と称して過言ではない。・・・それは山村住民の生活圏と生息域が大部分重複し・・・度重なる移植・放流によって今日の分布域を獲得した経緯があり、換言すれば・・・イワナは、それだけ山村生活に密着していた (「渓流魚と人の自然誌 山漁」鈴野藤夫著、農山漁村文化協会
  • ブナ帯の森は、陸生昆虫を育み、水生昆虫のエサも補給している。さらに、森は清冽な水の源であり、水面を覆うように張り出した木々の枝は、日陰をつくり水温上昇を防いでくれる。故に、イワナが生息する渓流は、写真のようにブナなどの「渓畦林」が豊かであることが第一条件である。
イワナの分類
北海道にのみ生息するオショロコマ(札内川)
  • 世界のイワナの南限に当たる日本のイワナは、斑点の大きさや色の変異が著しく、様々な学説が飛び交い混乱してきた経緯をもつ。その混乱に終止符を打ったのが生態学者の今西錦司博士である。彼は、昭和42年、「イワナ属-その日本における分布」という論文を発表・・・北海道にのみ生息するオショロコマと北海道と本州にまたがって住むイワナ(アメマスの陸封型)の2種に分類した。現在では、この2種に分類する考え方が定説になりつつある。
  • オショロコマの外見上の特徴
    1. 顔から背中にかけて盛り上がっており、極端に言えば猫背である。
    2. 赤い斑点が3列千鳥に並んでいる。
    3. イワナは尾ビレの中央部がくびれて三角形だが、オショロコマの尾ビレは切れ込みが少なく角形
    4. ヤマメと見紛うような青い楕円形のパーマークがはっきり残っている。
▲南限と言われる新冠川源流のオショロコマ
  • 北海道では害魚扱いされていた事例(「北方風土記 択捉地名探索行」鹿野辰雄著)・・・「鮭・鱒の養殖に敵なるものは、みな害がつけられる。害魚にはヤマベ・イトウ・アメマス・イワナ・オショロコマなどがいる。・・・手の平にサケ・マスの卵を水中に入れるとオショロコマが急に殺到してくる。手づかみでしごく簡単ですぐに舟底が満杯になるほどである。如何に貪欲であるか、そしてそれが如何に多くこの川にいるかの研究にもなる」
▲黄色~柿色の着色斑点を持つニッコウイワナ(太平山系)
  • 釣り人の間では、斑点の色やパーマーク、体色、背中の紋様など、地域個体差が著しいことから、細かく分類した大島博士などの分類に従う場合が多い。すなわち、オショロコマ、然別湖に陸封されたミヤベイワナ、アメマス、ニッコウイワナ、ヤマトイワナ、紀伊半島のキリクチ、山陰のゴギの7つである。
  • そのうち秋田に生息しているイワナは、海に降りるアメマス、アメマス系イワナ(無着色斑点の陸封型)、ニッコウイワナ(着色斑点の陸封型)の三種である。
▲着色斑点を持つニッコウイワナ(白神山地) ▲ニッコウイワナ(和賀山塊)
  • 無着色斑点のアメマス系イワナ(白神山地)・・・北海道から東北にかけて生息している。特徴は、着色斑点はなく、白の斑点のみ。北海道のイワナは、ほとんどこの種に属しているが、東北ではニッコウイワナと混生している場合が多い。一般的に海に下るものをアメマス、河川に陸封されたアメマスをアメマス系イワナあるいはエゾイワナ(北海道)と呼んでいる
▲無着色斑点のアメマス系イワナ(太平山系) ▲同左(和賀山塊)
  • 北海道のエゾイワナ(北海道日高・ソエマツ沢)・・・北海道の河川に陸封されたイワナは、体全体に散りばめられた斑点が白く鮮明で、大きいのが特徴である。北海道では、下流~中流にかけてヤマメとエゾイワナ、上流にオショロコマが生息する場合が多い。また、ヤマメは表層の落下昆虫、エゾイワナは中層の流下昆虫、オショロコマは底生生物を最も多く食い分けていると言われている。 
  • ヤマトイワナに近い個体も生息(八幡平源流部)・・・ヤマトイワナは、富士川から琵琶湖東岸までの太平洋側の源流に分布している。その外見上の特徴は、白色の斑点は少なく、側線の上下に濃い橙色から朱紅色の着色斑点を多く持っている点である。八幡平大深沢や葛根田川の沢々に生息するイワナは、ヤマトイワナに近い独特の遺伝子をもつイワナが生息している。
  • 黄金イワナ(太平山系)・・・斑点もパーマークも不鮮明で、異様なほど体色が黄金色に染まり、斑点は無着色斑点が見当たらず、全て薄い橙色の着色斑点をもつイワナを、釣り人の間では「黄金イワナ」と呼んでいる。このようにニッコウイワナと一口に言っても、各沢によって、斑点の大きさ、鮮明さ、着色斑点の色や濃淡、体色など微妙に違うのが分かる。
  • イワナは各水系毎に異なる遺伝子を持っている。従って、こうした野生イワナの遺伝子の多様性を保全するためには、養殖イワナや他水系で釣り上げたイワナを安易に放流してはいけないことが分かる。
  • 赤腹イワナ(八幡平大深沢源流部)・・・源流部に陸封されたイワナの腹部は、濃い橙色~柿色に染まっている。「両羽博物図譜」(明治18年)では、イワナを二種五品に区別したうち、「赤腹岩魚 腹の赤きことイモリのごとく」とある。今でも上のような個体は「赤腹イワナ」と呼んでいる。
  • 頭のつぶれた奇形イワナ(米代川水系)・・・「昔は、あの沢のイワナは全部頭がつぶれていた」との奇妙な言い伝えが残っている・・・上顎が切り取られたように目の直前でなくなり、下顎が突き出している。奇妙奇天烈な顔を除けば、ごく普通のイワナである。この頭のつぶれたイワナは、発生率が高く中間的な個体も生息している。
  • 小型犬の1品種狆(ちん)と顔つきが似ていることから狆頭(ちんとう)イワナと呼ばれている。この奇形イワナが生息している沢の入口は、断崖絶壁のトンネルに滝があり、本流と隔絶されている。まるで「イワナの落人」のような存在である。
▲沢の入口に懸かる断崖絶壁の滝
  • 増養殖研究所内水面研究部資源増殖グループの調査結果によると・・・「狆頭イワナが出現する集団では、自然滝による長期間の隔離や小集団化により近親交配が進行していると考えられ、これらによる遺伝的多様性の低下が奇形の出現要因になっていると考えられます。一方、狆頭イワナの成長速度は通常個体と比べて低く、明らかに適応上不利と考えられるのですが、この地に狆頭イワナが出現し続ける要因は未だわかっていません。」
▲タナゴかフナのような体形をした奇形イワナ ▲下唇が退化した奇形イワナ
▲蛇のように背骨が曲がった奇形イワナ
イワナの生態
  • ランドロック(陸封)・・・イワナはサケ科、もともと海へ下って成長、母なる川を遡り産卵する魚であった。冷水を好む魚ではあるが、氷河期になると、余りの寒さに南下を始めた。地球が暖かくなるにつれて、海へ帰れなくなった。これをランドロック(陸封)という。
  • 陸封型のニッコウイワナやヤマトイワナであっても、人工的に環境を整えてやると、海水中で飼育できることが知られている。陸封型のイワナは、今でも海に下るための潜在的能力を持ち続けている
▲サンショウウオを食べていたイワナ ▲ネズミを食べていたイワナ
▲カエルを食べていたイワナ ▲胃袋から落下昆虫が大量に出てきた
  • イワナの食性・・・トビゲラ、カワゲラなどの水生昆虫や陸生昆虫、さらにはサンショウウオ(左の写真)、カエル、ネズミ(右の写真)などを食べる。中には、胃袋から蛇が出てきた例も少なくない。つまり、イワナは渓流の食物連鎖の頂点に位置する「渓流の王者」である。
  • イワナの魚影が濃い沢は、それだけ生物の多様性が高いことを意味している。それを支えているのがブナ帯の森と水である。
  • 水生昆虫・・・カワゲラ、トビゲラ、トンボ類、ヒラタカゲロウ、マダラカゲロウ、サンショウウオ
  • 獲物を丸呑みする大きな口と鋭い歯・・・イワナの歯は、アゴのヘリだけでなく、舌やアゴの中心部にも生えている。これらの歯はみな鋭く、先が内側に向いていて捕らえた獲物を逃がさない構造になっている。針を呑み込まれた場合、指を突っ込んで外そうとすれば傷だらけになるほど鋭いので注意。
  • 共食い・・・イワナは、自分の体長の半分程度のイワナを丸呑みにする。上の写真は、釣り上げたイワナを野ジメにしたら、胃袋から半分溶けたイワナが飛び出した貴重な写真。イワナの共食いは、ケモノ的な獰猛さを示す一つ。
  • イワナは変温動物・・・イワナの体温は、水温とほぼ同じ・・・例えばエサの少ない厳冬期に、水温と同じく体温を低くすることによって、代謝レベルを低くできるので、省エネで越冬できる。また水温が上昇する夏から秋には、エサ生物が豊富・・・イワナは体温が上昇し、エサを活発にとって成長する。
  • イワナが生息する水温は、秋から冬には10℃未満、夏期最高は20℃前後未満と言われている。
  • イワナの定位とテリトリー・・・イワナのテリトリーは雪解けの頃に決まると言われる。大型のイワナほどエサが多く集まるポジションにテリトリーを構える。いつもそのテリトリー内に定位し、上流から流れてくるエサを待っている。
  • それなら劣勢なイワナはエサにありつけそうにないが・・・実はちゃんと中・下層を流れるエサを食べている。どんな大物でも流れるエサを全て独占できるわけではなく、エサが流れる層によって「食い分け」をしている
  • 一方、大雨で増水、エサが大量に流れてくるような場合は、テリトリーが一気に崩れ、いわゆるパニック状態に陥る。こうした時は、「大物から順に釣れる」というセオリーは通用せず、入れ食いに近い状態になるが、サイズはランダムに釣れてくる。釣り人なら、こうした経験は、数多くあると思う。
  • 不思議な生態・・・歩くイワナ・・・初めてイワナを釣って誰しも驚かされるのは、陸の上を魚が歩く、という事実だろう。他の魚なら、陸に上がるとギブアップ、決まって横になるしかない。ところがイワナは、ムクッと起き上がり、体を蛇のようにくねらせながら歩くことができる
  • 昭和63年6月のこと・・・白神山地追良瀬川源流を下っていた時、私たちに驚いたイワナは、陸の上に跳ね上がった。助けるまでもなく、イワナはムクッと起き上がり、河原を素早く歩いて無事流れの中へ帰っていった。こうした行動を見ているとイワナは魚ではなく、魚の形をした爬虫類ではないか、と真顔で思ったりしてしまう。
  • 釣り人から見たイワナの特徴
    1. 悪食家・獰猛・・・渓流を流れる餌なら何でも食べる。蛇はもちろん共食いもする。
    2. 臆病者・・・人影に気付いて岩陰に隠れてしまえば、数時間は出てこない。
    3. 視野が広い・・・イワナは前だけでなく、後ろも見える。
    4. 臭覚が鋭い・・・木の葉が流れ濁流になっても餌を捕獲できる。笹濁りや濁流になれば、臭いを発するミミズあるいはドバミミズは魔法の餌に変身する。
  • これら習性から考えると、渇水で天気が良ければ、イワナに気付かれる確率は格段に高く、逆に雨が降ったりあるいは雨後の笹濁り状態の時が絶好の釣り日和であることが容易に想像できる。
参 考 文 献
「イワナとヤマメ」(今西錦司、平凡社)]
「イワナ釣り そのすべて」(植野稔、河出書房新社)
「イワナ その生態と釣り」山本聡、つり人社)
「山漁 渓流魚と人の自然誌」(鈴野藤夫著、農山漁村文化協会)