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 「第29回国民文化祭・あきた2014」が、10月4日~11月3日にわたる一ヵ月間、全県25市町村を会場に開催される。その初日、「全国ナマハゲの祭典」が男鹿市民文化会館で行われた。特にナマハゲに似た来訪神行事の実演は、面や衣装、叫び方、動作が実にユニークで、満席の会場が爆笑の渦に包まれた。

 実演は、能登のアマメハギ(石川県)、遊佐のアマハゲ(山形県)、吉浜のスネカ(岩手県)、能代のナゴメハギ、潟上市のナマハゲ、男鹿のナマハゲの6行事。平成21年、ユネスコの無形文化遺産に掲載されている甑島(こしきじま)のトシドン(鹿児島県)に関する発表も行われた。
能登のアマメハギ(石川県輪島市)

 天狗面を先頭に鼻ベチャ面2人、猿面の4人が「アマ面様ござった」の声で、家を訪問する。家に入ると、まず神棚を祓い、次いで家族を祓う。その後、子どもを威嚇しながら家事を手伝うよう諭す。家の主人が餅を3つ差し出すと、子どもを諭すのをやめ、次の家へと向かう。実施する地方によって細かい違いがあるが、面を付けた神様の使いが、家々を訪れ、災厄を祓ってまわるという点では共通している。

 アマメハギとは、昔の火燵や囲炉裏など、炭火に長く当たるとできるアマメ(火斑)を剥ぎ取りに来る者のことである。子どもたちに対して、寒くても暖をとってばかりいないで、家の仕事を手伝うように「しつけ」の一環として行われてきた行事だという。面や動作は異なるが、男鹿のナマハゲと共通する点が多い。
▲家に入ると、まず神棚を祓う ▲家族を祓う
▲子どもを諭す ▲主人から餅を3つもらうと退散する
遊佐のアマハゲ(山形県遊佐町)

 赤鬼、青鬼、番楽面をつけたアマハゲは、「ケンダン」という藁を何重にも重ねた蓑を身にまとい、黒足袋に下駄をはいている。下駄を脱いで家に入ると横一列に並んで神棚を拝み、家長と新年の祝いを交わした後、かん高い奇声を上げて子どもや嫁、婿などを威嚇する。繰り返し発するかん高い奇声と迫力のある威嚇は、満員の会場が沸き返った。

 太鼓の合図で威嚇行動をやめ、酒の接待を受ける。餅を2個渡すと、アマハゲは1つを受け取り、残り1つを護符として家に残す。遊佐のアマハゲは、男鹿のナマハゲのように包丁などは持たず、新年の祝福と豊作を約束して護符の餅をやりとりするなどの特色がある。
▲かん高い奇声を発しながら登場 ▲神棚を拝む
▲迫力に満ちた威嚇 ▲酒で接待する
吉浜のスネカ(岩手県大船渡市)

 独特の面と衣装が目を引く。右のスネカは、イノシシのように木製の大きく突き出た鼻の面を着け、上半身には、ワラ蓑や毛皮、手足には手甲とハバキを着け、毛皮のような雪沓を履き、手にはキリハと呼ばれる小刀を持つ。腰にはアワビの殻をいくつも重ねてヒモで吊り下げている。背中には、靴を取り付けた俵を背負っている。俵は豊作、アワビは豊漁を意味しているという。

 「ゴォッ、ゴォッ」と鼻を鳴らしながら玄関口に向かい、戸をガタガタと揺すったり、爪で引っかいたりしてから家の中に入る。上がりかまちに足をかけたり、土間から座敷に上がり込んだりして、キリハを振り上げ威嚇する。「カバネヤミ(怠け者)いねぇが」「泣くワラシいねが、言うこと聞かねワラシいねえが」などと声を張り上げ、親に抱かれた幼児や逃げ回る子どもたちを威嚇する。主人は、餅をあげてスネカの退散を促す。

 地域の子どもたちの健やかな成長と五穀豊穣・豊漁を願う来訪神の行事である。
▲上がりかまちで威嚇する ▲餅をもらって退散
▲会場内の子どもをさらう・・・背中に背負った俵に靴を取り付けているのは、泣く子をさらってきたことを表現しているという。
能代のナゴメハギ(秋田県能代市)

 伝承では、ナゴメハギは男鹿の山からやってくると言われていることから、男鹿のナマハゲが伝播したと考えられている。能代市浅内の4集落で行われている。大晦日の夕刻、浅内神社でお祓いを受けた8人の若者が2組に分かれて、家々をまわる。

 鈴・拍子木・刀を持ち、ワラ蓑・脚絆・腕まきを身にまとい、顔には番楽の「山の神」など恐ろしげな面をつける。「ウォー、ウォー、泣ぐわらしっこ。いねがー」と大声でおどしながら家々をまわる。歳神を迎え、家人に祝福を与え、怠け者を戒める行事である。
▲ナゴメハギの番楽面
潟上のナマハゲ(秋田県潟上市)

 旧男鹿市、旧若美町、旧天王町の三町は、同じナマハゲ文化圏を形成していたと考えられている。だから男鹿のナマハゲと同格の行事と言われている。角のある怖い面をつけ、ワラ製のケデ、刃物、手桶、御幣をもち、子どもを訓戒する。
男鹿のナマハゲ(秋田県男鹿市)

 大晦日の晩、男鹿半島全域で行われる。それぞれの集落の青年たちがナマハゲに扮して、「泣く子いねがー、親の言うこど聞がね子いねがー」「ここの家の嫁は早起きするがー」などと大声で叫びながら地域の家々を巡る。ナマハゲは、子どもや初嫁といった家の新しい構成員を対象に怠け者を戒め、無病息災、五穀豊穣、山の幸、海の幸をもたらす、年の節目にやってくる来訪神である。
 ナマハゲは、地区ごとに面や衣装、持ち物などが異なることが大きな特徴。ナマハゲの面は、木の皮や木の彫刻、ザルに張った物、紙粘土など様々な素材が使われている。最近は、地元の木彫り師による面も多く使われるようになった。男鹿市北浦真山にある「なまはげ館」では、地区ごとに異なる110体のナマハゲが展示されている。それを見れば、男鹿のナマハゲの多様性に驚かされる。
菅江真澄絵図「生身剥ぎ(なまみはぎ)」

 最も古いナマハゲの記録は、江戸時代の紀行家・菅江真澄が1811年正月15日、男鹿市宮沢で描いた絵図「生身剥ぎ」である。その説明文には・・・

 「正月15日の夜遅く、若い男たちが集まり、鬼の面、またはオカシという空吹きの面や木の皮の面を赤く塗ったものをつけ、ケラミノというものにウミスゲという草を黒く染めたものをつけて振り乱す。手には小刀を持ち、小箱の中に物を入れてコロコロと鳴るのを脇に掛けて、肩を怒らし、ハバキに雪沓をはいて、人の家に突然入る。すると、ああ怖い、ナマハギが来たといって子どもは声をたてることも出来ず、逃げ惑い隠れるのである。

 ナマハギは、寒さに絶えられず火にばかりあたっていると、スネに赤く斑の形がつくことをいう。その火形を春になると鬼が来て剥ぐという諺があるので、鬼の姿をして出歩くことを生身剥ぎというのである。」
山伏(修験道)とナマハゲ

 男鹿の真山、本山、毛無山は男鹿三山、あるいはお山と呼ばれ、平安時代から山岳信仰の修験場であった。江戸時代には、10ヵ寺50坊もあって大いに賑わった所が現在の門前である。宗教民俗学の五来重さんは「宗教歳時記」の中で、次のように記している。

 「なまはげ」がとくに男鹿半島に盛んであり、現在も残っているのは、男鹿の本山、真山の山伏集団をのぞいては考えられない。ということは、鬼面をつけて家々を訪れるなまはげは、ここの山伏が大晦日の宗教行事として演出し、これを民衆が祖霊来訪として受け容れたのである・・・「なまはげ」を大晦日の民俗と修験道儀礼の結合したものと見れば、合理的に解釈することができるのである。 
男鹿を代表する文化的景観

 上の写真は、半島を縦貫する「なまはげライン」の中央部に架かる「なまはげ大橋」から安全寺集落方向を撮影したもの。安全寺集落の背後に、ナマハゲがやってくる信仰の「お山」・・・真山、本山が真正面に見える。その山々に源を発する大増川沿いには、美しい曲線を描くように棚田が広がっている。この手入れが行き届いた勤勉なる風景を見ていると、心が温かくなる。と同時に、一枚一枚の田んぼが神聖なものに見えてくる。それは、怠け者を戒めるナマハゲのパワーが生きているからであろう。
講演「男鹿のナマハゲと日本、世界」(文化庁文化財調査官 石垣 悟)

 ナマハゲは、日本列島に伝承される行事の基本構造をよく残した行事で、基本的には歳神=祖霊と理解することができる。特色は、小正月に行われる点、顔を隠して人間を超越した存在となる点、多彩な仮面として具象化されている点、善と悪の両面が見られる点、東日本の海岸線に共通する文化圏がみえる点などを指摘した。

 ナマハゲに類似した行事は、かつて日本列島に広く分布していた可能性は高い。しかし、今日では男鹿半島ほど集中的に伝承されている地域は見当たらない。ナマハゲは、訪問するナマハゲと受け入れる家々があって初めて成立する。だから受け入れる家々にも担い手としての自覚を持ってもらうことが不可欠である。
ユネスコ無形文化遺産 甑島(こしきじま)のトシドン(鹿児島県薩摩川内市)

 トシドンとは、「年神様」の化身といわれ、その行事は、未来に生きる生命の継承者である子どもたちを健全に育てるという理念の下、毎年12月31日の夜、子どもたちのいる家々に、年に一度訪れる来訪神である。それ以外は世間に姿を現さず、天上界から子どもたちを見守っているといわれる。
 トシドンは、鼻の長い鬼のような面が特徴。蓑や黒いマントなどでトシドンの姿に扮し、子供のいる家をまわる。その子供たちが年内に仕出かした悪戯などを「いつも天から見ているんだぞ」とばかりに怖い声で指摘し、懲らしめる。悪行について一通り懲らしめた後、勉強のことなど、最近の長所について褒めあげる。さらに歌を歌わせる、数を数えさせる、片足跳びをさせるなどの注文をし、子供はその言いなりに演ずる。
 トシドンは、その褒美として歳餅を与える。子供を四つん這いにさせ、その背に餅を乗せ、親のもとへと運ばせる。それを見届けた後、来年の訪問時まで行儀良くしていることを子供に約束させ、トシドンは去ってゆく。子供1人が適齢になるまで、5年間は毎年訪れる習わしである。子供のしつけと、幼い子供をしっかりとした少年や少女へと成長することを願う行事である。
なまはげ柴灯祭り・・・毎年2月第2金・土・日曜日、真山神社を会場に開催されている。
めざせ!ユネスコ無形文化遺産

 男鹿のナマハゲは、単独で遺産登録をめざしていたが、2011年、既に登録されている「甑島のトシドン」に類似しているとして登録が見送られた。男鹿市は、戦術を転換し、「トシドン」を含む類似行事をまとめて提案する方が登録の可能性は高いと判断。

 10月3日、ナマハゲなど国の重要無形民俗文化財に指定されている全国の9市町で「来訪神行事保存・振興全国協議会」を設立。総会では、9市町で行われている8行事をユネスコの無形文化遺産へ一括登録をめざすことを決めたという。ぜひ、一括登録が実現することを期待したい。
参 考 文 献 
冊子「全国ナマハゲの祭典」(第29回国民文化祭男鹿市実行委員会)
「秋田の風景―菅江真澄図絵集」(田口昌樹、無明舎出版)
「宗教歳時記」(五来重、角川ソフィア文庫)
さきがけ新聞記事等