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昆虫シリーズ① 花と昆虫

  • 草木の美しい花々を撮影していると、昆虫たちが花から花へと飛び回る光景によく出会う。森林の散策をすれば、ほとんどの子どもたちが、昆虫に興味を示す。そんな昆虫は、地球上に約100万種、全生物種の半数以上、動物種の75%以上を占めるという。昆虫の繁栄と多様性は群を抜いている。(写真左:コマクサとオオマルハナバチ、写真右:イワカガミとキアゲハ)
  • 全植物の中で美しい花を咲かせる被子植物は9割を占めているが、その大部分は花粉の送粉と繁殖を昆虫に頼っている。植物の多様性、ひいては生物多様性は、昆虫なしに成り立たないことが分かる。
  • 日本の森林には、約200種の鳥類に対して、2万種もの昆虫類が生息しているという。それだけ昆虫は、森林との関りも深い。極論すれば、「昆虫を知らずして森林は語れない」ほどである。(写真:ミズナラの樹液に集まる昆虫・・・ヤマキマダラヒカゲ、クロヒカゲ、スズメバチ、クロスズメバチ)
  • 植物と昆虫との深い関係(写真:タニウツギとトラマルハナバチ)
     被子植物は1億数千年前に出現し、その生態的な優位性から、またたく間に地球上を覆い尽くすようになったが、それとほぼ同時に昆虫も爆発的に多様化した。その背景には・・・
    1. 被子植物の多様化とともに、それぞれの植物を食べる昆虫が特化し、種が分かれたこと。
    2. 花粉の受け渡し(送粉)を昆虫に依存する植物、花粉や蜜に栄養を依存する昆虫が出現し、両者の特化によって、植物と昆虫が共に多様化していったこと。
    3. 植物を食べる昆虫が増えると、それを狙う肉食昆虫も増えてくる。またあるものは卵を産み付ける寄生者として多様化したこと。
    4. 朽ち木や落ち葉も、様々な昆虫の生活場所やエサとなったこと。 
  • 花のつくりと働き(写真:エゴノキの花)
     一般的に花の中心に雌しべが1つ。その先端に柱頭がある。雄しべは、雌しべの周りに数個あり、その先端の葯と呼ばれる中に花粉が入っている。花びらは、花粉を運んでもらう虫を引き寄せたり、雄しべや雌しべを雨風などから守る役割をしている。
  • 受粉と果実(写真:キンシバイの花)・・・雄しべの花粉が、雌しべの先端の柱頭につくことを受粉という。花の蜜や花粉を求めてやってきた虫が、花から花へ移動する。その際、虫の体についた花粉が一緒に運ばれて、他の株の雌しべの柱頭につくと受粉し、雌しべの子房は果実に、胚珠は種子に成長する。
  • 他家受粉とは・・・ある植物の雄しべの花粉が、異なる株の雌しべについて受粉すること。植物全体として、自家受粉よりも他家受粉が多い。その理由は、子孫が遺伝的に強くなる(遺伝的多様性を維持する)ためである。
  • 送粉者(写真:ナツツバキとセイヨウミツバチ)
     昆虫や鳥など花粉を運ぶ働きをする動物を送粉者という。その優れた送粉者の一つ・ミツバチは、全身に細かい毛が多い。その毛に花粉がつくと、蜜を少しだけ吐き戻して、脚で体をぬぐって、後脚の平らな所に花粉を集めて団子をつくる。花粉は蜜と並んで大事な食料である。糖分が多い蜜はすぐにエネルギーに変わる主食だとすれば、花粉はタンパク質、ミネラル、ビタミン類が豊富なオカズに相当する。
  • なぜ風よりも動物たちに運んでもらう植物が圧倒的に多いのだろうか?
    1. 被子植物の約9割もの種が送粉を動物に依存している。
    2. 植物は、動物たちを誘引するために、美しく目立つ花や栄養価の高い花蜜、甘い香りなどに大量の資源を投資する必要がある。
    3. しかし動物たちは、花蜜などの報酬を求めて花から花へと飛び回ってくれる。さらに複数の植物種の花が混在して咲いていても、同じ種類の花を選択的に訪れる傾向がある。気ままな風と違って、他家受粉の確率が高く、遺伝子の多様性を維持できるからだと言われている。
  • 動物媒のうち、昆虫の占める割合はどれぐらいなのだろうか?
    1. 動物媒の多くは昆虫である。小さくて飛び回ることができる昆虫は、花から花へ花粉を運ぶ担い手として最も適した存在である。
    2. 特にハチ目、ハエ目、チョウ目、甲虫目に多く、この4目で9割以上の動物媒植物種の受粉を担っていると言われている。 
  • 共進化(写真:ツリフネソウとトラマルハナバチ)
     虫媒花の花の構造と、受粉昆虫の口器の形態の進化など2種以上の生物が、寄生や共生、捕食や競争関係などの相互作用を通じて進化することを「共進化」という。
  • 花と昆虫は、しばしば「共生」「助け合い」などと言われる。しかし、それは人間の勝手な思い込みに過ぎない。花は、自分の利益のためだけに咲き、昆虫は食事と子孫繁栄のためだけに花を訪れる。だから花と昆虫の間では、しばしば利害対立が起きる。 
  • 植物と昆虫との利害対立例①・・・花蜜を持たないツユクサの騙し戦略
     最も短く鮮やかな黄色の仮雄しべXは花粉をもたないダミー。中間部の雄しべYには花粉が少し含まれている。長く突き出た雄しべOは茶色で目立たないが花粉を最も多く含んでいる。ハナアブは目立つXに向かう。その際YとOの雄しべに触れて花粉がつく仕掛けになっている。これは、花粉のない仮雄しべを、あたかも花粉を多く含んでいるかのように目立たせることで、一番奥へと誘導し、偽のエサで送粉者を騙す戦略である。
  • さらにマムシグサに至っては、花粉のついた昆虫を殺して確実に受粉するといった凄まじい戦略をとる植物もある。
  • 植物と昆虫との利害対立例②・・・盗蜜
     口吻の短いクマバチやハナバチ類、チョウ、アリなどは、花の蜜を盗んで受粉に一切寄与しない場合も少なくない。例えばアベリアの花は、細長い花筒の奥に蜜がある。クマバチは花の根元に穴を開け盗蜜(上写真)する。 
  • 植物と昆虫との利害対立例③・・・食べられまいとする植物と食べようとする昆虫の攻防
     幼虫のイモムシ類は植物を食べる。一方植物は昆虫に対抗して毒成分や消化・栄養阻害物質を貯め込むなどの防御をして食われまいとする。昆虫も植物の防御を打ち破る能力を進化させて食おうとする。だから植物と昆虫の共進化は、お互いに仲良しクラブで進化したのではなく、こうした利害対立、攻防を通じて共に進化してきたのである。
  • 古代の植物・ハスの花の中心にある花床は、なぜ大きく平らなのか
     ハスは化石として発見されるほど古く、古代の植物の特徴が随所に見られる。その一つが平らな花床である。植物は古くは風で花粉を運んでいたが、恐竜が繁栄する頃になると、昆虫が花粉を運ぶようになった。その花粉を運ぶ役割を最初に果たしたのが、コガネムシの仲間だと考えられている。コガネムシの仲間は不器用なことから、動きやすいように花の上が平らになった。その後、器用に飛び回るハチやアブなどが登場すると、花々は、さまざまな形に進化していったと言われている。 
  • 原始的なホオノキの花
    1. ホオノキの花は、1億年前に現れた「広葉樹の初期の姿」の一面を残していると言われている。広葉樹初期のホオノキは、蜜ではなく、強烈な香りと、食料としての花粉で虫をひきつける
    2. 自家受粉を防ぐ仕組み・・・両性花だが、時期によって「性」が変えることによって自家受粉を防いている。開花1日目は、雌しべが張り出して雌花となる。二日目は、雄しべが張り出して雄花となる。開花した初日に、昆虫が運んできた他個体の花粉を雌しべにつけてもらって受粉する。二日目には、昆虫の体に雄しべの花粉をつけ、他個体の雌しべへと運んでもらう。花の寿命は3日程度と短い。  
  • 昆虫が好むのは針葉樹か広葉樹か?
     昆虫は、圧倒的に広葉樹を好む。昆虫たちは何億年も前から地球上に生息しているが、現在のように植物を食べる昆虫が多様化したのは、広葉樹が現れてからと考えられている。例えばチョウのように種類によって食べる植物が特定されているような昆虫は、広葉樹が多様化する時代に現れたというのが定説になっている。
花の多様性と昆虫
  • 花の多様性と昆虫・・・花の色は、赤、青、黄、白、紫など非常に多彩である。形も皿やお椀型のような単純な形から、筒状、壺状など複雑で特徴的な形など様々。花の匂いも、甘い香りや腐った肉の匂い、キノコの匂いなど。さらに花の大きさや咲く向きまで千差万別である。
  • 植物の花は、色や形、香り、触感、蜜の味などに関して工夫を凝らし、花粉を運んでもらうパートナーの虫にアピールできるように進化してきた。 
  • 蜜標(写真:キササゲとホシホウジャク)・・・キササゲの白い花はフリル状で、花びらには紫と黄色の斑点がある。これは、「蜜標」といい、花粉の運び手の虫に蜜のありかを示すためのものである。
  • 下向きに咲く花(写真:エゴノキとクマバチ)・・・ドウダンツツジやエゴノキなど下向きに咲く白い花は、蜜が花の奥に隠されている。このタイプの花に無難に止まり、蜜を吸い送粉するのは主にハナバチの仲間である。 
  • 上向きに咲く花(写真:ヤマボウシとハナアブ)・・・下向きの花に着陸するのが得意でなく、複雑な花を操作できないハナアブ・ハエ目の昆虫も訪れて送粉する。
  • タンポポやカタバミなど黄色い花・・・上向きに咲き、花の中心部が紫外線を吸収してガイドマークを形成する。さらに甘い香りを放ち、蜜がわずかに隠されている。比較的口吻が短い小型~中形のハナバチやハナアブ類が訪れ、蜜を吸う時に腹部が雄しべ、雌しべに触れて送粉する。 
  • レンゲソウとミツバチ・・・ミツバチの前方に着陸場となる花びらがあり、その中に雄しべと雌しべが隠されている。ミツバチが吸蜜する際、花びらを押し下げると、雄しべと雌しべが現れ、花粉が体につく仕掛けになっている。
  • ムラサキサギゴケとクマバチ・・・ムラサキサギゴケの花は、雌しべが上唇に沿ってついており、雄しべは上唇に2本と下唇に2本ついている。クマバチやミツバチなどのハナバチ類が花の中に頭部を差し込み、雌しべに花粉がつくと、その刺激で口が閉じる。これはせっかく付いた花粉を落とさないための技で、「柱頭運動」と呼ばれている。 
  • 甲虫類(写真:コデマリとハナムグリ)・・・飛翔能力が余り高くないので、多くの小花が集まった花序や大きな花など広い「着陸面積」を持つ花を好む。また、白い花を好んで訪れる。 
  • ノアザミ(写真:サトウラギンヒョウモン)・・・真ん中に雌しべがあり、雄しべが雌しべと花粉を包んでいる。昆虫が花に止まると、その刺激で白い花粉が湧き出す。花粉の表面はベトベトしているので、昆虫の体について運ばれていく。昆虫が来た時だけ、雄しべの筒を下げて花粉を出すのは、雨風から大切な花粉を守っていると考えられている。 
  • 赤系の花(写真:コオニユリとキアゲハ)・・・ハナバチやハエ目昆虫は赤い光を色として識別できない。赤いヤマツツジやコオニユリのように、花びらが細長い管状部をもち、その奥に蜜を貯えている花は、チョウにより送粉される。
  • ヤマツツジの花(写真:ミヤマカラスアゲハ)・・・枝先に朱赤色の花が2~3個咲く。朱赤色の花弁は5枚、黄色の葯をもつ雄しべが5個、雌しべが1個。いずれも花冠より長く突き出ており、蜜腺が深い位置にある。一部の花弁にある斑点は、蜜標と呼ばれ、特にアゲハチョウに蜜の場所を教える標識になっている。
  • ヤマツツジはアゲハ蝶媒花(写真:ナミアゲハ)・・・マルハナバチもよく訪れるが、彼らは効率第一主義で、短く飛んで隣りから隣へと移る。これに対してアゲハは、ヒラリヒラリと飛んで遠くの株へと移動する。だからヤマツツジにとっては、マルハナバチよりアゲハに来てほしいと言われている。
  • ヤマツツジとアゲハチョウ・・・アゲハチョウは、花の蜜を吸うためにストローをもっている。斑点を目印にして、筒にストローを突っ込んで蜜を吸う。蜜に達する筒の長さは、アゲハチョウのストローとほぼ同じ。これは、アゲハチョウがうまく蜜を吸えるように進化したと言われている。花色もアゲハチョウをひきつけるように進化したのである。
  • 多くの果実が熟すと赤く甘くなるわけは? (写真:ヤマボウシの熟した果実)
     小さい虫が食べても、種を遠くに運ばず「ただ食い」されるため、植物からすれば受粉の時以外は来てほしくない。だから果実は虫には見えにくく、鳥やサルには良く見える赤系統の色で甘いものが多い。ただし、熟すまでは緑色で目立たないようにしており、万一採られても酸味や渋味によって不味く感じさせるように進化している。一歩も動けない植物が、自由自在に動き回る動物を上回る進化に脱帽せざるを得ない。
参 考 文 献
  • 「受粉にまつわる生態学 花と昆虫のしたたかで素敵な関係」(石井博、ベレ出版)
  • 「行動が生み出す生物多様性」(長谷川寿一)
  • 「人間の目・昆虫の目・機械の目 自然界における昆虫と植物の共進化」(京都大学)
  • 「花の色香」(田中 肇)
  • 「花はなぜ美しいか」(内藤俊策、千葉大学教育学部研究紀要)
  • 「食べられまいとする植物と食べようとする昆虫の攻防」(科学と生物Vol.34)
  • 「子供に教えたいムシの探し方・観察のし方」(海野和男、サイエンス・アイ新書)