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昆虫シリーズ② 高山植物と昆虫

  • 200種類以上の花々が競うように咲く天空のお花畑は、
    強風・多雪で、一年の大半は0℃以下
    そんな過酷な高山帯では、植物が生長できる期間は、わずか3~4ヵ月
    その間に花を咲かせ、昆虫の力を借りて受粉し、種をつくらねばならない
    次の世代へと命をつなぐには、とにもかくにもスピードが欠かせない 
  • 小さな形に進化した樹木・・・植物は、夏の短い生育期間を有効に使うために、光合成によって得たエネルギーを根に蓄え、毎年少しずつ生長する。故に高山植物は、ほぼ100%が多年植物である。その代表的なものは、高さ数センチと、ごく小さい樹木である。例えば、チングルマやアカモノ、アオノツガザクラ、ミネズオウ、イワウメ、コメバツガザクラ、イワヒゲなどの小低木である。 
  • 一見、草のように見えるが、その細い幹には細かい年輪がある。直径2~3mmしかない幹でも何十年も生きている。(写真:イワウメ) 
  • スピード重視のヒナザクラ・・・雪消えと同時に生長し、10日間くらいで花を咲かせ、実をつける。養分は地下茎に蓄え、次の年に備える。雪解けが極端に遅れる年は、発芽を見送り、そのままの状態で年を越すこともあるという。  (左写真:ナミハナアブ、右写真:ニッポンヒゲナガハナバチ♀/森吉山)
  • 優秀な花粉の運び役「マルハナバチ」(写真:イワカガミとミヤママルハナバチ/森吉山)・・・花には、天候によって蜜を多く出す時期が異なる。マルハナバチは、効率よく蜜を集めるために、今日、最も多く蜜を出すベストな花を選んで訪れる。だからいろんな花が咲くお花畑で、同じ花だけを選択的に訪れる傾向がある。これは花にとってありがたい昆虫である。他の種類の花に行ってしまうと、花粉は無駄になってしまうからだ。 
  • 花粉団子(写真:花粉団子をつくるオオマルハナバチ/秋田駒ケ岳)・・・マルハナバチは、脚に花粉団子をつくる。この団子は巣に持ち帰り、幼虫たちの大事な食料となる。子育てをするマルハナバチは、大量の食料を必要とするため、浮気をしないで効率よく同じ花だけを回る。これは花にとっては、優秀な花粉の運び役となっている。 
  • お花畑に咲く花の多様性(写真:森吉山山人平)・・・チングルマとイワカガミの大群落が広がる山人平のお花畑で観察していると、マルハナバチは同じイワカガミだけを訪花している。もし送粉者が異なる植物の花を区別できなければ、異なる植物の間で花粉をやりとりされるリスクが高くなる。だから、彼らが簡単に識別できるように、お互いに異なる形質の花を咲かせるようになったとも言われている。その結果、花の形質が多様になったと考える研究者もいる。 
  • 短い高山の夏に咲くコマクサ(写真:オオマルハナバチ/秋田駒ケ岳)
     コマクサの花が長さ2cmほど咲くと、微かに甘い香りを放つ。その甘い香りと美しいピンク色が昆虫をひきつける。下向きの花の形は、マルハナバチに合わせて進化したと言われている。マルハナバチが花に顔を潜りこませて蜜を吸おうとすると、足がかりにした花冠内輪のすき間から雄しべと雌しべが出てくる。すると、マルハナバチのお腹には、雄しべの先にある葯の花粉がつく。一方、雌しべの先の柱頭には、マルハナバチが訪れる以前にほかのコマクサの花でつけて来た花粉がくっつき、やがて種子ができる。
  • 盗蜜:コマクサの花弁についた穴(写真:オオマルハナバチ/秋田駒ケ岳)・・・オオマルハナバチは、蜜源の近くの花冠を噛み千切ったり、それ以前に開けられた穴から長い口吻を伸ばして、蜜を盗むことが度々あるとの観察記録がある。上の写真は、蜜源近くに盗蜜した穴が数ヵ所開いているのが分かる。秋田駒ケ岳のコマクサ群落でも、盗蜜事件が日常的に行われているのが分かる。
  • コマクサは、マルハナバチによる他家受粉に加え、自家受粉もできるという。自家受粉した種は生き残れるのだろうか。
  • 難しい繁殖・・・高山植物は、自家受粉すると、種子の成長が遅かったり、死亡率が高かったりする。高山生態系は、非常に厳しい過酷な環境だから、大人になるまではほとんど自家受粉の種子は死んでしまうという。従って、子孫が遺伝的に強くなる他家受粉をしてもらうほかない。それだけ難しい繁殖方法を強いられる。 
  • イワブクロ(写真:ミヤママルハナバチ/秋田駒ケ岳)・・・花筒の中心に赤褐色の1本の仮雄しべが突き出しているのが見える。これは昆虫が花に潜り込む時に邪魔をして、昆虫の背中が葯や柱頭に触れやすくする役をしていると言われている。 
  • コバイケイソウ(写真:花に群がるハナアブ/八幡平)・・・トイレの匂いのような悪臭を放つ。この花には、たくさんのハナアブ類やハエがきて受粉する。人間には悪臭でも、アブやハエの仲間には惹きつけられる匂いなのであろう。 
  • したたかなミズバショウの戦略・・・花の周りには小さなハネカクシがたくさんみられ、交尾している個体も多い。花粉だけでなく、婚活の場にもなっている。雌しべが先に成熟すると、その周りに4個の雄しべが姿を現す。雄しべには白い花糸の先に黄色い葯がついている。
    1. 虫媒受粉・・・花序は白く目立つ苞をもち、香りを放ち、虫媒花として重要な形質群をそなえている。ただし蜜は分泌せず、ザゼンソウのように温度を上げる技もない。訪れる昆虫はハエ類が最も多い。
    2. 自家受粉・・・早春に開花し、虫も少ないことから、自家受粉により結実できることも実験で明らかになっている。
    3. 風媒受粉・・・実験によれば、風による受粉の可能性もあることが明らかになっている。
    4. ミズバショウは、虫媒受粉や風媒受粉、自家受粉のいずれによっても受粉し、種子をつくれる可能性をもつ、したたかな植物である。 
  • チングルマの暖房効果・・・雪解けまもない高山はまだ寒い。チングルマは、晴れると白い花びらを目一杯広げ、太陽を追いかけるようにぐる~りと回転する。そのおわん型の花びらは、こうして光を集め、花の中を温める。この暖房効果は、残雪期に昆虫たちを呼ぶ凄技の一つであろう。
  • チングルマとマルハナバチ・・・チングルマの温もりを求めて、多くの昆虫たちが集まってくる。こうして虫たちにたくさん花粉を運んでもらうのだ。 
  • チングルマとナミハナアブ(森吉山) 
  • イワイチョウ(写真:スゲハムシの交尾/森吉山)・・・中央に黄色い雌しべが1本、その周りに雄しべが5本ある。花の株によってその長さが異なり、雌しべが長く雄しべが長い長花柱花と、その逆の短花柱花がある。同じ株の花同士で受粉しないための戦略だという。
  • ハクサンフウロ・・・開花当初は、10本の紫色の葯から花粉が出る。その間は、赤色の柱頭は閉じて受粉できないようになっている。花粉が終わった頃、赤い5本の柱頭が外側に展開し始め受粉可能になる。まもなく、葯は落ちて、花の中心は雌しべだけになる。このように雄と雌の期間を分けることで、自家受粉を避ける工夫は、他の多くの植物で行われている。 
  • ウメバチソウ・・・花弁は5個、中心に雌しべ1個、雄しべ5個、花粉を出さない仮雄しべが5個ある。仮雄しべは根元が緑色をしていて先は12~22本の糸状に分裂し、先端に小さい球状の腺体が付いている。花粉を出さない仮雄しべは、単なる飾りではなく、根元から蜜のような液体を出し昆虫を誘う役割を果たしているという。
  • 上の写真は、仮雄しべの根元に昆虫がやってきて、蜜のような液体を舐めている。
  • 自家受粉を避けるウメバチソウの戦略・・・5本の雄しべは、開花当初は中心の雌しべに張り付いていて未成熟な状態にある。その後雄しべは1本ずつ順番に花糸が伸びて雌しべから離れ、葯から花粉を出すようになる。このように雄しべを一本一本順番に成熟させることで、花粉の出している期間を長くして受粉のチャンスを高めていると考えられる。最後の雄しべが雌しべから離れてしばらくすると、柱頭が4裂して開き始める。柱頭が開く頃、雄しべは花粉を出し終え、ほとんどの葯は落ちてしまう。このように花の雄しべと雌しべの成熟時期をずらすことによって、自家受粉を避けているのである。
  • ミヤマリンドウ:花粉を大事にする戦略・・・山の天候は変わりやすい。俄かに霧がかかり気温が低下すると、ミヤマリンドウは一斉に花びらが閉じる。その直後雨が降り出した。花びらが開いたままだと、雨で大切な花粉を流されてしまう。ミヤマリンドウは、気温低下から雨を予測し、花びらを閉じて花粉をしっかり守る知恵がある。
  • 雨が上がると、すかさず花びらを開く。まもなく昆虫たちがやってくる。こうして花びらの開閉は一日に何度も繰り返される。 
  • イワカガミとモンキチョウ(森吉山) 、ヒナザクラとピロードツリアブ(森吉山)
  • イワカガミとキアゲハ(秋田駒ケ岳) 、エゾツツジとトラマルハナバチ(秋田駒ケ岳)
  • カラマツソウとキベリヒラタアブ(秋田駒ケ岳) 、マルバシモツケとムネアカクロハナカミキリ(秋田駒ケ岳)
  • トウゲブキとハナアブ(秋田駒ケ岳) 、ハクサンシャクナゲとスゲハムシ(秋田駒ケ岳)
  • シロバナトウウチソウに群がるオオマルハナバチ(秋田駒ケ岳)
  • ニッコウキスゲとホソヒラタアブ(森吉山)
  • キヌガサソウとハナアブ(神室山)
  • ハクサンシャジンと旅する蝶・アサギマダラ(森吉山)
  • トウゲブキとハナアブ(秋田駒ケ岳)
  • ヨツバシオガマ(左写真:オオマルハナバチ、右写真:ミヤママルハナバチ/秋田駒ケ岳)・・・花粉は、袋のような花びらに隠されている。マルハナバチだけが、この花粉を取り出せる。花に止まると、ジィ~ンという羽ばたきの音が始終聞こえる。その振動で袋のような花びらから花粉を取り出し、こぼれ落ちた花粉をお腹で受け止める。こんな芸当ができるのは、マルハナバチだけ。ヨツバシオガマは、マルハナバチの特技を知り、それをうまく利用した花のトリック構造をしている。 
  • 植物は「小さな賢者」(写真:エゾシオガマとオオマルハナバチ/秋田駒ケ岳)・・・地球上で植物が最も長く生き延びてきているので、その中で様々な能力を編み出してきた。植物にとって昆虫は、新参者に過ぎない。そんな彼らを、自在に操る知恵と技をもつことができたのも頷ける。だから植物は、「小さな賢者」とも呼ばれている。
  • 高山のお花畑による「共同誘引効果」(写真:秋田駒ヶ岳)
    1. 広い空間をもつお花畑では、様々な植物種が一緒に咲くことで、送粉者たちをその場所に引き寄せる。その効果を「共同誘引効果」という。
    2. 送粉者をたくさん引き寄せる植物種が多くの送粉者を惹きつければ、その近くに咲いている他の植物種がその恩恵を受けられる。その効果を「マグネット効果」という。
    3. 立山の高山帯で、マルハナバチが好む16種の植物を対象に調査した結果によれば、他の植物種が近くに咲いている時の方が、それぞれの種が単独で咲いていた場合に比べて、たくさんの訪花を受けている場合が多かったという。
    4. この結果は、互いに送粉者を奪い合う植物種たちにとって、邪魔な競争相手というよりは、好ましい隣人であることを示している。
  • 春から秋まで咲き続けるお花畑の効果(写真:八幡平)
    1. 一つの場所に巣を構えて活動しているマルハナバチのような送粉者は、春から秋まで途切れることなく花の資源が供給されないと、その地域で営み続けることができない。
    2. 春咲きの植物、夏咲きの植物、秋咲きの植物たちは、その地域のマルハナバチを共同で養っていることになる。異なる季節に咲く花たちは、結果としてお互いを助け合う関係にあることが分かる。
    3. このことから、ある地域の植物種の多様性が失われ始めると、加速度的に多様性が失われることが予想できる。
    4. 植物個体の間には、光や水、栄養塩などを巡る競争がある。さらに共通の植食者やその天敵、共生菌などを介して、様々な相互作用が存在している。利害が複雑に絡み合い、ややこしい関係をもちながらも、植物種たちは微妙なバランスを保ちながら共存しているのである。
  • 「新型コロナと文明」(秋田さきがけ新聞記事抜粋)・・・昆虫は、人間にとって益虫と害虫とに分類され、どちらかと言えば嫌われものが多い。しかし、自然界では全ての種に存在意義がある。国立環境研究所五箇公一生態リスク評価・対策研究室長は次のように記している。(写真:ミヤマトウキ・昆虫の楽園/秋田駒ケ岳)

     今回の新型コロナウイルスは・・・人類史上、これほどまでに急速に全球レベルのパンデミックを果たした感染症は類を見ない。まさに現代のグローバル社会が生み出した、目に見えないモンスターである。
     自然界では、そんなウイルスにもちゃんと存在意義はある。彼らは、人間が地球に登場するはるか昔から生態系の中で生物多様性の一員として進化を繰り返しており、それぞれ決まった野生生物の中で共生関係を築いてきた。
     そしてある種の生物集団中の個体数が増え過ぎて、つまり「密」になり、生態系のバランスを崩すようなことが起これば、その集団内の密度を低下させて数の調節をはかるとともに、より病気に強い集団へと進化させる。すなわち内なる天敵としての機能を果たしてきた。
     ・・・地球上の生態系バランスを維持するためにウイルスは存在している。我々人間がその生態系を破壊し続け、野生生物とウイルスが生息するエリアの奥深くまで足を踏み入れたことで、ウイルスとの接触機会が増大し、彼らを自然界から人間社会に噴出させている。
     ・・・現代社会に入り、多くの人間が野生動物との闘いから解放され、物質的経済社会にあっては一人でも生きていけるという意識が広がり、かつての利他的ヒューマニティーよりも原始的利己性の方が優先される世界が広がりつつある・・・
     そんな現代の人間社会に侵入したこの新型コロナウイルス・・・によって、人間は今まさに利他性と利己性という二つの本質の間で揺さぶり続けられている。利己性に傾けば、ウイルスの思うツボであり、人間の負けである。
     ・・・今回のこのウイルス禍から我々が学ぶべきことは、利他的ヒューマニティーへの回帰とともに、自然と共生する資源循環型社会を目指して生活を変容させることの必要性であろう。次世代を思いやり、他の生物種を思いやり、自然を思いやる・・・我々人間の利他性のさらなる進化がいま試されている。
参 考 文 献
  • 「受粉にまつわる生態学 花と昆虫のしたたかで素敵な関係」(石井博、ベレ出版)
  • 「日本の山と高山植物」(小泉武栄、平凡社新書)
  • NHK「天空のお花畑~小さな賢者の物語」
  • 「ミズバショウの受粉生態学的研究」(田中肇)