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昆虫シリーズ③ 飛ぶぬいぐるみ「マルハナバチ」

  • 飛ぶぬいぐるみ・マルハナバチ(ミツバチ科)

     全体的に丸く、全身が毛で覆われていて、まるでモフモフしたぬいぐるみに似ていることから「飛ぶぬいぐるみ」とも呼ばれている。この全身の毛は、体温保持と同時に、植物の花粉を効率良く付着させるのに役立つ。さらに寒さに強く、北方系の昆虫で、高緯度地方に多くの種が分布している。(写真:ツツジとコマルハナバチ、タチギボウシとトラマルハナバチ) 
  • マルハナバチはハチ目(写真:ツツジとトラマルハナバチ)  ・・・ハチ目は、膜状の4枚のハネをもつ昆虫グループで、ハチの仲間とアリの仲間が含まれる。昆虫の中でも、1、2を争う大きなグループである。そのうち、花を訪れる送粉者として重要なグループは、ミツバチやマルハナバチなどのハナバチの仲間である。日本で見られるのは、ミツバチが2種、マルハナバチは17種である。 
  • ハナバチが送粉者として優秀な理由は (写真:タニウツギと花粉まみれのトラマルハナバチ) 
    1. 体中が毛で覆われていて、花粉が付着しやすい。
    2. 花蜜を吸う口吻は長く、花の奥に隠された花からでも花蜜を吸うことができる。
    3. 幼虫を養育するための食糧は、花粉と花蜜だけに依存している。だから巣に花蜜や花粉を持ち帰るため、精力的に花と花の間を飛び回る。
    4. 学習能力が高く、個々の個体が同じ種類の花を続けて訪れる性質が強い。
    5. 飛行能力が高く、遠くの花まで花粉を運ぶことができる。
主なマルハナバチ(ミツバチ科)の仲間
  • ナツツバキとトラマルハナバチ
  • トラマルハナバチ・・・コマルハナバチと並んで日本各地で見られる。口吻が長く、胸部の鮮やかなオレンジ色が特徴。口吻が長いので、ツリフネソウやイカリソウなど深い蜜源の花も得意である 
  • 体長(働き蜂):12~17mm 分布:北海道(ただし別亜種)・ 本州・四国・九州
  • ニセアカシアとコマルハナバチ
  • コマルハナバチ・・・日本で最も広く分布するマルハナバチで、都市部でもよく見られる。全体的に黒く、お尻だけオレンジ色。毛は長くて毛先はそろわず、毛色も変化に富んでいる。例えば、腹部上部に黄色の帯がある個体もいる。
  • 体長(働き蜂):10~15mm 分布:北海 道(ただし別亜種)・本州・四国・九州 
  • ハシドイとコマルハナバチ♂
  • コマルハナバチの♂・・・全身黄色の毛に覆われ、お尻にオレンジ色の毛がある。
  • イワカガミとオオマルハナバチ
  • オオマルハナバチ・・・全身黒でお尻がオレンジなのはコマルハナバチと同じだが、舌が短く、胸とお腹に肌色の帯がある。コマルハナバチより大型。コマルハナバチと比べると北日本や花の百名山などに多い。 
  • 体長(働き蜂):13~18mm 分布:北海 道(ただし別亜種)・本州・四国・九州
  • アベリアとクロマルハナバチ
  • クロマルハナバチ・・・黒色の密毛に覆われ、毛先は短く刈り込まれたようなビロード状。コマルハナバチよりも一回り大きく、羽の外縁部が暗褐色に曇る。舌が短く、花筒が短い花を好む。北日本では平地に見られる。
  • 体長(働き蜂):15~20mm 分布:本州・ 四国・九州
  • ウゴアザミとミヤママルハナバチ
  • ミヤママルハナバチ・・・胸部側面と腹部の毛は鮮黄色。本州産のなかでは、コマルハナバチと共に最も小さい。 花の百名山などに多い。
  • 体長(働き蜂):10~16mm 分布:北海道~九州(山地・高原)。
  • セイヨウオオマルハナバチ・・・口が短く、お尻が白い。また、黒地にレモンイエローの帯がよく目立つ。雌雄の外見の差は小さく、区別は難しい。トマトなどの受粉を助けるために導入されたが、野外に逃げたものが繁殖し、在来種への悪影響などが心配されている。
  • 外来生物法の「特定外来生物」に指定され、生きたまま持ち運ぶことなどが禁止されている。 
  • 口吻の長さ (写真:死んでひっくり返ったトラマルハナバチ) 
    1. 長舌タイプ・・・上の写真、トラマルハナバチの口吻が最も長い。
    2. 中舌タイプ・・・コマルハナバチ
    3. 短舌タイプ・・・オオマルハナバチ、クロマルハナバチ、セイヨウオオマルハナバチは口吻が短く、盗蜜が観察されている。
  • 真社会性をもつハナバチの仲間(写真:カボチャの花とトラマルハナバチ)  ・・・雌のうちの一匹から数匹が女王バチとして産卵を担当し、それ以外の多数の雌は働きバチとして巣作り・餌集めなどを担当するという分業的な役割分担が存在する。子孫を残す女王バチと子孫を残さない働きバチとに役割分担が発達している場合、これを「真社会性」と呼ぶ。
    1. 大家族が同居する巣を作る。
    2. ミツバチを筆頭に人間との関りが深く、巣の中の蜜や蝋が利用されたり、農作物の受粉用昆虫として飼育されたりする。
    3. 社会性のハナバチは、その巣を維持するために、季節を通じて安定的な花資源の供給を必要とする。 
  • マルハナバチの生態的特徴(写真:マルハナバチの巣)
    1. ミツバチのようなダンス言語をもたないことから、一頭一頭それぞれがエサを集めて巣に持ち帰る。巣は、長くても春から晩秋までしか使わない。
    2. 新しい女王が生まれると、旧女王は死んでしまう。新女王は、オスバチと交尾した後、単独で土の中で越冬する。春、冬眠から目覚めると、地面すれすれに飛んでネズミの古巣など、巣をつくる適当な穴を探す。
    3. 巣が決まると、最初の働きバチの卵を産む。この頃は、自分のエサだけでなく、子どもを育てるために盛んに花を訪れる。
    4. ミツバチのような巨大なコロニーは作らず、家族生活に近いと言われている。トマトのような蜜を出さない花にも飛び、花粉媒介を行うことから、温室トマトの受粉用に利用されている。
ツリフネソウとトラマネハナバチ
  • ツリフネソウとトラマネハナバチ・・・ツリフネソウは一年草だから、秋の終わりには枯れてしまう。だから翌年に命をつなぐためには、種子をつくらなければならない。このためツリフネソウは、マルハナバチの中で最も口吻が長いトラマルハナバチをパートナーとして進化したと考えられている。
  • ツリフネソウ・・・花の仕組み
    1. その名のとおり、花の形が帆掛け船をぶら下げたような独特の形をしている。さらに入口から最奥の距が渦巻き状になっている部分に蜜をためている。
    2. 花弁は3枚で下方の2枚が唇弁状で、ハチの着地点を提供している。
    3. 花の内部には、黄褐色から赤紫色の斑点がたくさんある。これは、昆虫に蜜のある場所を教える蜜標である。
    4. 自家受粉を避けるために、雄しべが花粉を放出する時期 (雄期) と雌しべが成熟して柱頭が受粉可能になる時期 (雌期) が時間的にずれている。
    5. 雄期は、未成熟な雌しべが雄しべに合着している。雄期が終わると、合着した雄しべの真ん中から雌しべの柱頭が現れる。 
  • ツリフネソウの蜜とトラマルハナバチ・・・蜜は、花の最奥に位置する渦巻き状になった距の先端内部にある。トラマルハナバチは、この蜜を吸うために、花の入口から距に潜り込み、長い口吻を使って最奥の蜜を吸う。この時、入口にある雄しべの花粉が背面に付着する。そして他の花の蜜を吸う時に雌しべの柱頭に擦り付け受粉させる。 
  • 送粉のパートナー・・・トラマルハナバチは、日本全国に分布し、マルハナバチの中でも蜜を吸う口吻が最も長いのが特徴。さらに秋になると、トラマルハナバチの個体数は最大になり、新女王を育成するために働きバチの活動はピークに達する。ツリフネソウは、こうした特徴を持つトラマルハナバチを送粉のパートナーに選び、そのサイズに合わせて進化したと考えられている。 
  • 自家受粉を避ける戦略・・・ツリフネソウの距では、一定速度で蜜が分泌され続ける。このため蜜を吸われた花では、蜜が十分に溜まるまで時間がかかる。トラマルハナバチは、訪花すると短時間にその花に蜜が溜まっているかを判断することができる。だから直前に他の個体に蜜を吸われた花ではすぐに飛び立ち、次の花に移動する。トラマルハナバチは、1時間ほどで数百のツリフネソウの花を訪れることが報告されている。こうしてツリフネソウは自家受粉を避け、他家受粉を可能にしている。 
  • 花粉団子・・・体中に花粉がつくと、蜜を少しだけ吐き戻して、脚で体をぬぐって、後脚の平らな所に花粉を集めて団子をつくる。
  • 盗蜜・・・口吻の短いクロマルハナバチやクマバチなどは、花の入口には見向きもせず、その反対側の細く渦巻き状になった距に穴を開け盗蜜する。
  • ホシホウジャクも盗蜜?・・・蜜を吸うストローが長いホシホウジャクは、雄しべの葯に触れることなく蜜を吸うことができるので、ほとんど受粉には貢献しないように思う。 
マルハナバチの盗蜜
  • 北海道のエゾエンゴサクの研究例・・・中舌種のエゾコマルハナバチは、花の正面から花蜜を吸う正当訪花者だが、短舌種のエゾオオマルハナバチや外来種のセイヨウオオマルハナバチは、距に穴を開けて盗蜜する。
  • 一次盗蜜、二次盗蜜・・・自力で行う強盗型盗蜜を一次盗蜜という。上の写真では、エゾエンゴサクの距にたくさんの穴が開いている。その一次盗蜜の穴を利用してミツバチが盗蜜している。これを二次盗蜜という。
  • 盗蜜訪花の研究によれば、エゾオオハナバチが訪花者のほとんどを占めていたエゾエンゴサクの集団では、盗蜜訪花を妨げると、エゾエンゴサクの種子生産数が減ってしまうことが報告されている。この結果は、盗蜜訪花者であっても、いないよりはましな送粉者であることを示している。
  • 例えば、現在利用している送粉者が突然いなくなった場合、盗蜜訪花者の予備軍が、その植物の本命の送粉者に繰り上がることだってあり得る。だから、花食者、盗蜜者、捕食者を一括りに邪魔者だと決めつけることができない点に留意する必要がある。 
植物の戦略・・・仮雄しべ、花色変化
  • キバナアキギリとマルハナバチ
    1. 長い花筒の奥に花蜜を隠し持っている。その花筒の入口は、仮雄しべで塞がれている。花にやって来たマルハナバチは、仮雄しべを押さないと、花蜜を吸うために奥に入れない。
    2. マルハナバチが仮雄しべを押すと、上側の花弁に隠れていた雄しべが下の方に降りてくる。この時、マルハナバチの背中に花粉がこすりつけられる。
    3. この仕掛けは、花粉のある雄しべを花弁の目立たない奥に隠しておくことで、花粉をたべられるのを防ぐと同時に、送粉者の決まった場所に花粉をこすりつけるのを可能にする仕組みとして進化してきたと考えられている。
    4. 送粉者にとって、仮雄しべを押して花筒の中に潜り込むという作業には労力を要する。だから、この仕掛けは、送粉者を早く立ち去らせ、隣花受粉を減らす戦略があるのではないか。そこで、キバナアキギリの花から、仮雄しべの仕掛けを取り除いた実験では、予想通り、マルハナバチは、より多くの花を連続して訪れてから花序を立ち去るようになったという。
    5. 植物は、動き回ることができないが、動き回ることができる送粉者を操作しつつ効率的に利用していると考えられている。昆虫も凄いが、植物も負けてはいない。 
  • 花色変化・・・ トチノキやウコンウツギは、花弁の模様である蜜標の色が黄色から赤色に変化する。 ハコネウツギは、花全体の色が白色から赤紫色に変化する。このように花色変化する花は、少なくとも76科487種もの植物で報告されている。
  • 花色変化は、送粉と受粉を終えた古い花で起こる。古い花を維持するにはコストがかかるのに、なぜそのようなことをするのか
    1. 古い花を維持することで、花序や株全体を目立つようにしながら、古い花に送粉者をいかないようにしている戦略だと考えられている。
    2. もし送粉者たちが古い花まで訪れれば、送粉者に付着した花粉が、古い花に付着して無駄になってしまう。だから、訪れてほしくない古い花の色を変えることで、送粉者に分かりやすく伝えているのではないか。
    3. ウコンウツギの研究では、花色変化した花序を訪れた訪花者は、その花序を早く立ち去る傾向があることが報告されている。花色変化には、送粉者をその株から早く立ち去らせ、隣花受粉を減らす効果もあるのではないかと推測している。
    4. こうした花色変化は、送粉者の行動を自身に都合の良いように操作するための植物の戦略だと考えられている。こうした戦略は、動けない植物の凄さを感じる。  
参 考 文 献
  • 「受粉にまつわる生態学 花と昆虫のしたたかで素敵な関係」(石井博、ベレ出版)
  • 「日本の昆虫1400」(文一総合出版)
  • 「ハチハンドブック」(文一総合出版)