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昆虫シリーズ④ ミツバチ

  •  日本で見られるミツバチは、在来種のニホンミツバチと明治初期に移入されたセイヨウミツバチの2種がいる。ミツバチは、集団で社会生活をしている。そのコロニーは、1匹の女王バチに対して、数千から数万ものメスの働きバチと、数千のオスのハチで構成されている。花から蜜や花粉を集めて社会生活している点では、マルハナバチと似ている。しかし、マルハナバチと決定的に違う点は、「ダンス言語」をもっていることである。ミツバチは、仲間に蜜源の位置を通称「8の字ダンス」で驚くほど正確に伝えることができる。だから、集団で効率よく花粉と蜜を集めることができる。またミツバチの巣は、数年にわたって使われる。
  • 花の報酬に対して最も進化したミツバチ・・・ミツバチは、植物の報酬=花粉と蜜という贈り物を存分に活用できるよう、見事に進化した昆虫である。ハチの後肢には硬い毛でできた「花粉かご」があり、花粉団子をつくってたくさんの花粉を運ぶことができる。さらに吸うのと舐めるのと両方に適した口吻で飲み込んだ蜜は、お腹にある袋に大量に詰め込んで巣に持ち帰ることができる。
ニホンミツバチ
  • ニホンミツバチ・・・体長12~13mm。日本在来のミツバチで、体色は全体的に黒っぽい。腹節に黄白色帯があり、縞模様がはっきりしている。青森県が北限で、標高1500m以下に生息している。夏涼しく、冬暖かな樹洞、神社、家屋、納屋、蔵の天井・床下などを好む。近年、農薬散布がある農村や蜜源が安定しない山村部より、一年中樹木の花が咲き続く住宅地、市街地はニホンミツバチにとって良好な生息環境になっている。 
  • 「ニホンミツバチは、養蜂が難しいハチ」とよく言われ、セイヨウミツバチの養蜂が盛んになるにつれて衰退していった。しかし近年、風味の良さ、在来種の保護、趣味養蜂への関心が高まり、ニホンミツバチを養蜂する人が増えてきている。
  • 寒さに強い・・・ニホンミツバチは、セイヨウミツバチに比べ寒さに強い。早春、フクジュソウやカタクリ、キクザキイチゲなどの花が咲くと、いち早くやってくる。こうした早春に花が咲く植物たちは、ミツバチやアブなど気温が低くても活動できる昆虫たちに受粉を頼っている。
セイヨウミツバチ
  • セイヨウミツバチ・・・体長12~13mm。ヨーロッパ原産で、体色は黄色みが強い。各地で飼育しているので、全国で見られる。ただし天敵であるオオスズメバチへの適応性がないため、日本で野生化することは難しいと言われている。自然界で定着しているのは、天敵のスズメバチがいない小笠原のみとされている。 
  • ミツバチのコロニー・・・1頭の女王バチと数千匹のオスバチ、1万頭を超える働きバチという比率で構成されている。女王が行う産卵とオスバチが行う交尾以外は働きバチによって行われる。 
  • オスバチ・・・働きバチよりも一回り大きいが、交尾をするためだけの役割しかない。
    1. 毒針は、働きバチと女王バチにだけあり、オスにはない。
    2. 結婚飛行以外は、仕事もせずににブラブラしていて、働きバチにエサをもらって生きている。
    3. 繁殖期になると、巣の近くを飛び回り、新しい女王バチと交尾する機会を伺う。
    4. 交尾ができなかったオスは、何の役にも立たないことから、働きバチによって巣から追い出されて死を迎えることになる。
  • 結婚飛行
    1. オスバチは、毎日午後になると、決まった集合場所へ飛んでいき、集団で飛び回りながら女王を待つ。オスは、色々の巣から集まるので、近親結婚が避けられる。 女王の結婚飛行は、生涯一度だけである。
    2. 集合地点に女王が近づくと、フェロモンに引かれたオスが集まってくる。オスは女王の周りを飛び回り、密度の高い集団をつくる。そして飛びながら女王に乗りかかる。交尾は2~3秒ほどと短い。
    3. 交尾を終えたオスは、腹部がちぎれて死んで落下する。すると、別のオスが女王に近づき交尾する。このように空中で10~20匹ほどのオスと交尾し、一生分の精子を受け取ると、巣に帰っていく。
  • 女王は、6~12匹ほどの働きバチにとり囲まれながら養われる。そして巣の中で蓄えた精子を小出しにしながら、まるで産卵マシーンのように卵を産み続ける。
  • オスとメスの産み分けは?
     オスとメスの産み分けは、女王バチの体に蓄えた精子を使うか、使わないかの調整によって行われる。ミツバチは、精子を使わない無精卵ではオスが生まれ、有精卵ではメスが生まれる。精子を使うか、使わないかは、巣房のサイズによってコントロールされている。小さな巣房には、腰を曲げるようにして有精卵(メス)を産み付け、大きな巣房には腰を曲げることなく無精卵(オス)を産み付けるという。
  • 寿命・・・女王バチの寿命は1~8年と長いのに対して、働きバチは1~5ヶ月、オスは2ヵ月ほどと短い。
  • 「どくとるマンボウ昆虫記」(北杜夫)・・・ミツバチ
     ミツバチに関しては、さすがのアリストテレスも、その集団の中に三つの形のちがうものがいると気づいただけだった。一世紀の中ごろになってコルメルは蜜蜂は一匹の王に支配されていると述べたが、それが王ではなく女王であるとわかったのは実に十七世紀になってからのことである。
     ミツバチに関しては今では大多数の人が博識だ。その驚嘆すべき共同社会が、アリのそれよりも私たちにずっと身近であるからであろう。アリと同じように働き蜂たちはすべて生殖能力のない雌であることも、その同じ幼虫を特別栄養のある食物で育てると女王蜂になることも、ロウでこしらえるミツバチの部屋は六角形でもっとも幾何学的に合理的であることも、みんな知っている。女王蜂は腹部から特別な匂いをだし、働き蜂はこれによって女王を見わけるというが、ごく最近、アメリカのノーマン・ガリー氏は女王蜂の唾液にこそ働き蜂たちを支配する秘密があると発表した。その唾液の成分が働き蜂を魅惑するので、女王蜂の唾液腺を切除してしまうと、彼女は完全に権力を失ってしまうという。
 働きバチ
  • 働きバチの仕事
    1. 巣部屋の掃除・・・羽化直後の若い個体が行うことが多い。まだロイヤルゼリーの分泌線が未発達なので、幼虫への給餌はできない。
    2. 幼虫への給餌・・・3日くらいすると、ロイヤルゼリーの分泌ができるようになり、幼虫への給餌が多くなる。
    3. 巣の換気・・・約1週間後、巣の外縁部に出てくるようになると増えてくる。
    4. 約10日目以降・・・蜜の受け取りが多くなる。また花粉と花蜜の収集も始まり、日毎に多くなっていく。
    5. 巣板づくり・・・ロウ線が発達する10~20日目くらいによく行われる。
    6. 花粉の突き固め・・・2~3週間目に集中して行われる。
  • 定位飛行する働きバチ・・・若いハチが初めて飛行する際、巣の出口の方角を見ながら数分ほどホバリングする。こうして巣の位置を記憶してから、数km飛んで戻ることを繰り返す。 
  • ミツバチはどこまでエサを探しに行くか
     調査によれば、2km以内が全体のほぼ半数、5km以内だと全体の90%にも上る。時には10kmを超える場合もあるが稀である。 
  • ミツバチの8の字ダンス・・・ドイツの動物行動学者・カール・フォン・フリッシュにより発見され、この発見で1973年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。
    1. 花粉と蜜を集める範囲が、時に10kmを超えるほど広範囲にわたる。だから効率よく収穫するには偵察隊が必要だ。偵察隊の働きバチは、蜜や花粉が豊富な花の群れを見つけると、その位置を他の働きバチに伝達することができる。巣の中に垂直に下がっている巣板に沿って「8の字ダンス」をすることで情報を伝達するのである。
    2. 働きバチが踊り出すと、他の働きバチが寄ってきて、最初のハチの踊りをまねる。仲間たちは、偵察隊の体に残る花の独特の匂いをかぎわける。時には、踊り手が仲間に蜜をごくわずか分け与えることもある。
    3. 踊り手は8の字を描き、交差部分を直進しながら尻を左右に振ってキーキー音をたてる。その直進する速度が蜜源との距離を表している。すなわち、ゆっくり尻を揺する時には花まで遠く、速く揺する時には近いことを表している。さらに8の字ダンスの直線方向は、花の群れがある方角まで表しているのだ。
    4. 一般に1秒間のダンス時間は、花までの距離が約300~500mを意味する。「鉛直軸の上向き=巣からみた太陽の方向」「1秒間のダンス時間=数百mの飛行距離」といった記号化がなされる点で、動物界では稀な記号的コミュニケーションの一種と考えられる。フリッシュは、人の言語にたとえて「ダンス言語」と呼んだ。
    5. ダンスで花の位置を教わった働きバチは、蜜源に向かい戻ってくると、ダンスを繰り返す。その蜜源が豊かなものであれば、もっとたくさんの働きバチを向かわせるべく、ダンスにも一層熱がこもる。
    6. 逆に蜜が乏しければ、戻ってきてもダンスを繰り返さない。少々しか望めない場合は、おざなりなダンスで、蜜源に向かうハチの数が余り多くならないように調節する。
    7. 蜜源が60mほどと近い場合は、円形ダンス。素早く、軽い足さばきで円を描くと、急旋回して元の位置に戻り、また円を描くことを繰り返す。 
  • 一度刺すと死ぬ・・・ほ乳類などの天敵に巣を襲われると、産卵管が変化した長さ3mmほどの針を用いる。この針には逆トゲがあるため、一度刺すと抜けなくなり、針が毒嚢と一緒に腹からちぎれて死んでしまう。
ミツバチの訪花植物
▲ キクザキイチゲ ▲ サクラ
▲ 菜の花 ▲ タンポポ 
▲ ムラサキサギゴケ  ▲ タニウツギ
▲ ナツツバキ ▲ ヌルデ
▲ ツツジ ▲ ニセアカシア
  • ミツバチとレンゲソウの共進化・・・レンゲソウは、受粉のパートナーとしてミツバチを選び、共に進化してきたと考えられている。ミツバチがレンゲソウの下に付く花びらに止まると、その重みで花弁が開き雄しべや雌しべが現れる。ミツバチが花の奥にある蜜を吸おうと潜り込むと、雌しべはミツバチの体に付いている他の花の花粉で受粉する。雄しべの花粉は、ミツバチの身体にくっつき、他の花に運んでもらうという仕掛けになっている。つまりレンゲソウの花は、ミツバチぐらいの大きさのハチがいないと種ができない。
ハチミツができるまで
  • ニセアカシア、トチノキ、菜の花、レンゲ、ソバなど、たくさんの花から約70mgもの蜜を集めて、自身の体重の85%近くまで貯め込む。蜜を巣へ持ち帰る間に、蜜胃と呼ばれるお腹の中で転化酵素を分泌し、花蜜は分解されて成分が変化している。巣に戻ると、その蜜を吐き戻して、家蜂に委ね、家蜂が蜜をハチミツに熟成させる。
  • 家蜂には、蜜の水分を蒸発させる役目がある。口に含んだり吐き戻したりしながら、蜜の滴を何度も空気に触れさせる。およそ20分の間、5秒から10秒おきにそれを繰り返す。その結果、45%の糖分が60%程度まで凝縮される。
  • この蜜を小室に入れてさらに乾燥させる。家蜂の一部がハネであおいで巣の空気を循環させ、水分蒸発を助ける。完成した蜜は、75%~85%の糖分を含み、小室にしっかり詰め込まれ、蝋で蓋をされる。
  • ハニカム構造・・・六角形の部屋が規則正しく並んでいる。こうすれば、少ない材料で丈夫な巣を作ることができる。このハチの巣を真似た六角形を「ハニカム構造」と呼び、軽くて丈夫なことから飛行機や新幹線などに利用されている。
  • 養蜂家は、蜜がたっぷり入った蜂の巣を取り出し、温めた蜜刀で蜜蓋をていねいに切り取り、遠心分離機に入れる。遠心分離機をぐるぐる回転させ、蛇口を開けると、溜まったハチミチがとろ~りと出てくる。抜き出したハチミチは、フィルターで丁寧に濾して、不純物を取り除けば完成。
  • ハチミチは、発酵することも腐敗することもなく貯蔵できる理由・・・ハチミチの中では、イーストやバクテリアといった微生物が生きられないから。ハチミチに含まれる水分は約20%しかないので、水分量が約70%の微生物は、浸透圧で水分を吸い取られ、カラカラに乾いた抜け殻と化してしまう。 
  • 蜂蜜酒・・・ハチミツに水分をたっぷり加えると、浸透圧が減少して、イーストがハチミツを発酵させるとアルコールができる。古代ギリシャ・ローマの頃、ハチミツでアルコール飲料を作っていた。現在、蜂蜜酒の市場は、東欧やロシアが主である。日本でも作られている。 
新女王バチ、分封、蜂球
  • ミツバチの新女王はいつつくられるのか
    1. 普通は、構成員が増えすぎたとき・・・初夏になって巣に運ばれる蜜や花粉の量が増えると、新しい働きバチが大量に羽化する。巣内の密度が上がり、取り囲む働きバチが増えすぎると、巣を新女王に譲り、旧女王は新居に移動する。
    2. 事故で女王が死んだとき
    3. 女王の産卵能力が落ちたとき・・・女王バチの寿命は数年。通常は1~2年で産卵能力が低下する。そうなると働きバチによる女王交代のクーデターが起きることがある。働きバチは旧女王を巣から落し、働きバチの卵が産みつけられた部屋を改造して、急ごしらえの王台をつくる。新女王が羽化すると、旧女王を攻撃して死に追いやるという。 
  • 女王バチ養育用の特別室「王台」・・・働きバチは、六角形の部屋が集まった巣の下に、お椀型の大きな部屋をいくつかつくる。これは、女王バチ養育用の特別室で「王台」と呼ばれている。女王は、その王台に逆さまになって腹部を入れて産卵する。
  • 卵が孵化すると、働きバチは栄養豊富なロイヤルゼリーを与え、王台の壁を継ぎ足していく。幼虫の成長途中で、充分な量のロイヤルゼリーを入れると、王台の口が閉じられる。幼虫は、この特別食を食べることによって、1日に千個以上の産卵できる生殖能力の高い体になるが、一方で、その他の不要な機能は退化してしまう。 
  • 羽化した新女王・・・サナギになってから5~6日で、新女王が羽化する。新女王は、王台の口を咬み破って外に出てくる。新女王は、まだ羽化していない他の王台を破壊して他の女王バチ候補を殺してしまう。複数の女王が同時に羽化した場合は、女王同士で戦い、勝ち残った者が新女王となる 
  • 旧女王による分封・・・新女王の王台が幾つか閉じられた頃、巣内のおよそ半数の働きバチを引き連れて、新居をめざす。その群れを分封群と呼ぶ。一旦近くの木に集合して、ボール状(蜂球)になる。
  • 働きバチの「蜂球」による温度管理・・・晩秋から早春にかけての気温低下は、コロニーの存亡にかかわる問題。そういう場合は、多数の働きバチが巣の外側をぎっしり取り巻く。蜂球をつくった働きバチは、外気を遮断するだけでなく、胸部の筋肉を震わせて熱を出す。こうして育児をしている巣の温度を35℃くらいに保っている。
  • 蜂球(ほうきゅう)で戦うニホンミツバチ・・・ニホンミツバチは、蜂球をつくることで、コロニーを襲撃してくるオオスズメバチと闘うことができる。自分より大きなカマキリやセミをも噛み切る最強のオオスズメバチが巣に侵入すると、一斉に飛び掛かって団子状(蜂球)になる。その数は180~300匹に及ぶ。胸の筋肉を震わせて熱を出し、内部の温度は45~47℃にもなる。この蜂球熱で、獰猛なオオスズメバチを蒸し殺すという必殺技には驚かされる。
  • 動画「ハチの王者 スズメバチの死( NHK for School)
  • 蒸し殺されたオオスズメバチ
  • セイヨウミツバチは、在来のニホンミツバチのような術を全く持たないことから、オオスズメバチの集団攻撃を受けると全滅してしまう。そうした養蜂業への被害が問題になっている一方、逃げ出したセイヨウミツバチが自然環境下で定着できない大きな理由にもなっている。外来種セイヨウミツバチが過度に増え過ぎると、在来のハナバチ類への悪影響が懸念されるが、それを抑制するプラスの効果があると考えられている。
参 考 文 献
  • 「大自然のふしぎ 昆虫の生態図鑑」(学研)
  • 「受粉にまつわる生態学 花と昆虫のしたたかで素敵な関係」(石井博、ベレ出版)
  • 「虫と文明」(ギルバート・ワルドバウアー、築地書館)
  • 「ハチハンドブック」(文一総合出版)  
  • 「写録 ニホンミツバチ」(藤井英美、新樹社)
  • 「ミツバチの゛尻振りダンス゛の分子・神経的基盤の解析」(金子九美、久保健雄)
  • 「4億年を生き抜いた昆虫」(岡島秀治、ヴジュアル新書)
  • 「どくとるマンボウ昆虫記」(北杜夫、新潮文庫)