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昆虫シリーズ⑦ 花とチョウ

  •  チョウとガの仲間をチョウ目という。チョウ目は日本に約6250種だが、その4%に当たる250種ほどがチョウである。ということはガの仲間が圧倒的に多い。昼行性のチョウは、美しく目立つ色をしているものが多い。その美しさには理由がある。ある種は異性の気を惹くために、ある種は自らの毒を捕食者に知らせる警告色のために、またある種は有毒種に似せて捕食者を欺くために、鮮やかな色彩に進化させたと考えられている。(写真:ムクゲとミヤマカラスアゲハ、ミドリヒョウモン)   
  •  「花とチョウ」と呼ばれるとおり主に花の蜜に集まるが、樹液や熟した果実の汁、アブラムシの甘露、動物の糞や死体に集まるチョウもいる。メスの成虫は、幼虫の食べる葉に卵を産むものが多いが、食草の近くに産む種類や草間に卵を落とす種類もいる。地球上で最も繁栄している昆虫の中でも、チョウは昆虫ファンに最も人気が高く、研究も進んでいる。 (写真:樹液を好む国蝶・オオムラサキ)
  • 「美しき蝶」(「虫と文明」より抜粋)
     愛される昆虫のうちでも、とりわけその美しさで愛でられるのは、間違いなく蝶の仲間であろう・・・世界の各地、さまざまな文化的背景の中で、蝶は死者の魂の象徴と考えられている・・・美しい蝶は一見死んだように動かないサナギから出てくるが、それはちょうど、霊魂が死体から離れていくのとそっくりだ・・・
     生前高名な昆虫学者だったミリアム・ロスチャイルドは・・・自然、とりわけ蝶に対する愛情をこんな風に記している。「わたしが庭いじりをするのは、ひとえに自分の愉しみのためです。わたしは植物や花々、緑の葉を慈しみ、そして救いがたいロマンチストなので、草をきらきらときらめかせる小さな滴の星に憧れてやまないのです。蝶は庭に、また違った趣を与えてくれます。まるで夢-子どもの夢-の花のように、茎から自由に離れて、日の光の中へと逃げていくのです」
     蝶の来る庭づくりは、近年ますます盛んになっている。
  • チョウには森が必要(時代を語る「マンガ万歳」矢口高雄)
     集落には映画館やコンビニもないから、山や川に潜り込んで木の実や草の芽を摘んだり、生き物を捕まえたりした。それが私にとっての学習だった・・・
     小学4年生の時、チョウの採集に熱中した。チョウの鱗粉の妖しい美しさに引き込まれてね。当時の担任の川越先生は「奥羽山脈には128種のチョウがいるそうだ」と教えてくれた。じゃあ全種類を捕まえてみようと思い立ち、いつも捕虫網を持ち歩くようになった・・・
     夏に白い花が咲き乱れるソバ畑。身を隠してヒョウ柄模様のヒョウモンチョウが近づくのを待っていたら、あっという間に空が真っ暗になりバババッとにわか雨が降ってきた。こりゃたまらんと近くのブナ林に逃げて雨宿りをしたわけ。そしたら何と、先ほどまで群れていたチョウもみんな林の葉っぱの下にぶら下がって雨宿りをしていた。
     それを見てピンときた。そうか、チョウは花畑に蜜を吸いに来るけれど、ただ花があればいいというもんじゃない。花畑の脇に、風が吹いても雨が降ってもすぐに退避できる小高い森があること。これが飛来の条件だったのかと・・・
     高校3年までかけて集めたチョウは96種。残りはほとんど高山地帯にいるチョウで、山奥に行かないと捕れないから、完全制覇はできなかった。(写真:日本の国蝶・オオムラサキの標本)
  • チョウの観察時間帯・・・午後になるとメスを求めて活発に飛び回ることが多いので、観察、採集、撮影ともに難しい。狙い目は、花で吸蜜している午前中=9時~12時頃。(写真:アラゲハンゴンソウとベニシジミ) 
  • チョウの成虫は、長いストロー(口吻)で花の蜜を吸う
     チョウの成虫は、物を咬む大アゴをなくし、小アゴの変化した長いストロー(口吻)で、花の蜜や果汁、樹液などを吸う。普段はゼンマイのように丸められている。 (写真:ヒメジョオンとモンキチョウ) 
  • 鱗粉・・・チョウとガを含むグループは、鱗粉と呼ばれるウロコ状の粉が、ハネを覆っている。そのハネには、様々な模様が描かれているが、これは鱗粉によって描かれた点描画である。その鱗粉には、色素が含まれている。ミヤマカラスアゲハのように光の角度によって美しい干渉色の輝きを出す鱗粉もある。(写真:ミヤマカラスアゲハ♂) 
  • 鱗粉の働き (写真:ナミアゲハ) 
    1. ハネの色は、オスに対するメスの信号にもなる。もちろんメスに対しても同じ。
    2. 鱗粉の匂いは、交尾の対象かどうかを判定する大切な役割を果たす。
    3. 鱗粉は、雨をはじき、うっかりクモの巣に触っても、鱗粉だけ残して逃れることができる。つまり自分の身を守るのに役立つ。 
  • チョウとガの違い
    1. チョウは、触角の形が細く真っすぐで、先が太くなっている。ガの触角は、クシヒゲ状や羽毛状、細くて先が太くなっているものなど様々。
    2. チョウは昼行性で色鮮やかなハネをもつものが多い。ガは、夜行性で地味なものが多い傾向がある。
    3. チョウの幼虫はイモムシだが、ガの幼虫は毛虫。
    4. ところが、これらの違いには全て例外が存在する。例えば、ガの仲間でも昼行性のものは見かけがチョウに似ていたり、ハチに似ていたりする。色もチョウのようによく目立つものが多い。 従って、分類学的にはチョウとガは区別することができない。
  • 夜行性のガは、なぜ目立たない色をしているのか
     夜行性のガは、昼になると休んでいる。甲虫と違って柔らかいガの体は、鳥に見つかったらひとたまりもない。だから害敵である鳥に目立たない戦略で身を守り、自分の子孫を残そうとしている。 
  • 昼行性のチョウは、ガとは正反対で美しく目立つ戦略をとる(写真:ナミアゲハ) 
     日中、明るい光の中で活動するチョウは、目立つことで異性と出会い、子孫を残そうとしている。例えば、ナミアゲハのオスは、メスの信号となるのは単色ではなく、黒と黄の交替する縞模様であることが実験で明らかになっている。その目立つ縞模様を見つけると、そこに舞い降り、足の先にある触って嗅ぐ感覚器で生きたメスであるかどうかをチェックする。
     昼間活動して異性を探し、食べ物を探すチョウたちは、光の情報に大幅に依存している。このことがメスを美しくし、オスを派手にしたと考えられている。 
  • 鳥にも目立つチョウは、どうやって身を守るのか (写真:ルリタテハ) 
    1. チョウのハネの表は派手で美しい。しかし裏は黒褐色だったり、ぼやっとした目立たない色をしている。チョウは、止まる時はハネを立てる。こうすれば目立たない保護色の裏しか見えない。目立つ表のハネで異性と出会い、保護色の裏で身を守るのである。
  1. 毒をもつチョウは、派手な警告色で自分が危険であることを示しながらゆっくり飛ぶ。また、毒のあるチョウに擬態することで身を守るチョウもいる。(写真:アサギマダラ) 
  • チョウの一生 (写真:モンシロチョウの羽化)
    1. チョウは、卵→幼虫→サナギ→成虫と成長する完全変態昆虫。卵から孵化した直後を1齢幼虫、脱皮ごとに2齢、3齢と呼ぶ。多くの種類では5齢幼虫を経てサナギになる。
    2. アゲハやモンシロチョウは、短い時には一ヶ月ぐらいで卵から成虫になり、1年に何回も発生する。ツマキチョウのように、年に1回しか成虫が現れないチョウもいる。
  • 完全変態と多様化(写真:アオスジアゲハの羽化)・・・昆虫の8割は完全変態をする。その完全変態とは、幼虫から成虫になる間にサナギの期間をもつことである。サナギの段階を経ることで、幼虫が全く異なる姿の成虫に進化できる。それによって色々な生息場所とエサに適応できるようになった。このことが、昆虫が最も繁栄した理由である。
  • 身近なチョウと食草・・・チョウの幼虫は、基本的に決まった植物を食べる。これを食草と呼ぶ。(写真:ナミアゲハの幼虫) 
    1. ナミアゲハ、クロアゲハ・・サンショウ、イヌザンショウ、カラスザンショウ、ハマセンダン、各種栽培ミカン類など(ミカン科)
    2. キアゲハ・・・セリ、ミツバ、シシウド、ニンジン、パセリなど(セリ科)
    3. ミヤマカラスアゲハ・・・キハダ、カラスザンショウ、ハマセンダンなど(ミカン科)
    4. モンシロチョウ・・・キャベツ、ブロッコリー、アブラナ、タネツケバナなど(アブラナ科)
    5. モンキチョウ・・・シロツメクサ、レンゲソウ、コマツナギ、ミヤコグサなどの各種マメ科植物。
    6. キタキチョウ・・・メドハギ、ミヤギノハギ、ナツハギ、ネムノキなど。
    7. ベニシジミ・・・スイバ、ギシギシ、ヒメスイバなど(タデ科)
    8. ルリシジミ・・・ヤマハギ、フジ、クズ、ミズキ、イタドリ、オオイタドリなど。
    9. アカタテハ・・・カラムシ、イラクサ、ホソバイラクサ、ナンバンカラムシなど(イラクサ科)
    10. ルリタテハ・・・サルトリイバラ、ホトトギス、オニユリ、ヤマユリ、サツマサンキライなど(ユリ科)
    11. サトキマダラ・・・マダケ、アズマネザサ、メダケ、ミヤコザサ、チシマザサ、クマザサなどのタケ・ササ類。
    12. ヒメジャノメ・・・イネ、チヂミザサ、チガヤ、ススキ、アズマネザサ(イネ科)、カサスゲ、ヒメスゲなど。
    13. イチモンジセセリ・・・イネ、イヌムギ、チガヤ、エノコログサ、ススキなど各種イネ科植物。
  • 食草転換によってアゲハチョウの種分化・多様化が起きる(写真:セリ科植物を食草とするキアゲハの幼虫) 
     種分化・多様化に最も影響を与えたものは食草と言われている。アゲハチョウの幼虫は、祖先種が生まれた時から偏食で、特定の科の植物しか食べなかった。原始的なアゲハチョウの種は、ウマノスズクサ科植物を食べていたが、その後クスノキ科に移ってアオスジアゲハ族が生まれ、ミカン科に移ったものはアゲハチョウ族として発展。最後にミカン科からセリ科植物に食草転換し、北半球に大発展を遂げたキアゲハ亜属が出現した。
     食草を変えることは、生息環境や産卵行動、さらには世代交代の時期や時間までを変化させ、元の種との間に性的な隔離を生じさせて、種分化に至ると考えられている。 
  • オスとメスの行動の違い(写真:アサギマダラの飛翔) 
    1. オスはメスを探し交尾することを最優先に行動する。メスはより多くの卵を産むことを最優先に行動する。
    2. メスの方が吸蜜や吸汁を盛んに行い、行動は不活発である。これは産卵のためのエネルギーを十分にとり、余計な消費を避ける意味があると言われている。
    3. 草原性のチョウは、短い休憩を交えながら生息地をくまなく飛び回りメスを探す。
    4. アゲハチョウ類には「チョウ道」と呼ばれる一定の探索ルートをもち、そのルートを巡回しながらメスを探す。
    5. ミドリシジミ類などは、生息地周辺の見晴らしの良い林縁部の葉の上などに止まり、メスが飛来するのを待つ。
    6. オスが山頂や稜線などに集まり、メスの飛来を待つ種もいる。この習性は山頂占有性と呼ばれ、ギフチョウ、ヒサマツミドリシジミ、スミナガシ、ヒメアカタテハなどが代表種。 
  • チョウはなぜ上下左右に触れながら、ヒラヒラと飛び回るのか(写真:アオスジアゲハの飛翔) 
    1. チョウは異性に目立つために、ハネが大きくなった。しかし大きなハネは高速で飛ぶには不向きである。ちょっとした風によって上下左右にあしらわれる。その結果、チョウたちは上下左右に振られながら、ヒラヒラとランダムに飛び回ることになった。
    2. このランダムに飛び回ることで、外敵に襲われ難いようにも思う。また、目的に向かって直進すれば効率が良いように思うが、その直進する道に木の葉があれば、肝心の異性や花が見えなくなる。上下左右に角度を変えて飛べば、障害物を克服できるというメリットもある。 
  • チョウに受粉を依存する植物の特徴 (写真:ツツジとミヤマカラスアゲハ、コオニユリとキアゲハ) 
    1. 花の色は様々。ただし他の昆虫に比べると、橙色や赤色系の花が多い。
    2. 花の形状は、ラッパや漏斗状のものが多く見られる。
    3. 葯や柱頭が外に向かって飛び出しているものが多い。
    4. 花粉に粘着性があり、少し触れただけでたくさん付着する。
    5. 甘い香りをもつ。
    6. 花蜜の濃度は、やや薄い。
  • アゲハチョウの仲間は赤が見える・・・花の赤系の色は、ハチ目やハエ目を含む多くの昆虫類が認識できない。昆虫の中でもアゲハチョウの仲間は、赤が見えるから、ツツジなどの赤い花を独占できる。赤い花を咲かせる植物にとっては、それを認識できる鳥やチョウの送粉者をターゲットとした戦略として進化してきた色だと考えられている。(写真:ツツジとキアゲハ、ナミアゲハ)   
  • モンシロチョウは赤が見えない・・・モンシロチョウは、黄色とそれより波長の短い光は見えるが、黄色より波長の長い赤は見えない。
  • 身近な吸蜜植物 (写真:ネムノキとキアゲハ) 
    1. アゲハチョウ科・・・ツツジ類、アザミ類、アベリア、ネムノキ、クサギなど
    2. シロチョウ科・・・ハルジオン、ヒメジョオン、菜の花、タンポポ、シロツメクサ、ハギ類など(下写真:菜の花とスジグロシロチョウ) 
    3. シジミチョウ科・・・シロツメクサ、アカツメクサ、ハギ類、ヒメジョオンなど
    4. タテハチョウ科・・・アザミ類、キク科植物など
    5. セセリチョウ科・・・タンポポ、スミレ類、アザミ類、ヒメジョオンなど
参 考 文 献
  • 「フィールドガイド 日本のチョウ」(誠文堂新光社)
  • 「フィールドガイド 身近な昆虫識別図鑑」(海野和男、誠文堂新光社)
  • 「昆虫学ってなに?」(日高敏隆、青土社)
  • 「庭のチョウ」(日本チョウ類保全協会)
  • 「大自然の不思議 昆虫の生態図鑑」(学研)
  • 「アゲハチョウの世界:その進化と多様性」(吉川寛・海野和男、平凡社) 
  • 「4億年を生き抜いた昆虫」(岡島秀治、ヴィジュアル新書)  
  • 「虫と文明」(ギルバート・ワイルドバウアー、築地書館)
  • 「ボクの学校は山と川」(矢口高雄、講談社文庫)
  • 「別冊太陽 昆虫のとんでもない世界」(平凡社)
  • 「別冊太陽 昆虫のすごい世界」(平凡社)