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昆虫シリーズ⑧ 春の女神・ギフチョウとヒメギフチョウ

  • 人気高いギフチョウ、ヒメギフチョウ(アゲハチョウ科ギフチョウ属)

     「春の女神」とたたえられるギフチョウ、ヒメギフチョウの羽化は、桜前線の移動とともに、西日本から北上し、ギフチョウの北限である秋田県鳥海山西麓から北麓で終わりを告げる。そこを境に暖地系のギフチョウから寒地系のヒメギフチョウに受け継がれ、さらに北上して北海道全域に広がる。この近縁の2種は、異なる食草を食べて棲み分けをしていると言われている。ギフチョウの食草はカンアオイだが、日本海側を北上してから、ヒメギフチョウの食草トウゴクサイシンでも生育するようになった。現在、鳥海山麓の生育地には、ギフチョウとヒメギフチョウとが混在している。男鹿半島にも食草は分布するが、なぜか生息していない。
  • 写真提供:左合 直(さごう ただし)氏 HP「蝶の生態写真
  • 春の妖精・カタクリと春の女神・ギフチョウ・・・ギフチョウ属の2種は、サクラが咲き始める頃に現れ、サクラが散って10日もすれば姿を消す。まるでスプリングエフェメラル(春の妖精)のような昆虫でもある。そんなはかない春の女神と春の妖精・カタクリとの組み合わせは、これ以上ない絶好の被写体でもある。近年、生息域・生息数ともに激減しているだけに、撮影の難度は極めて高い。それだけ「春のチョウ」の中でも群を抜いて人気が高い。 
  • 春のチョウ・・・ 春にしか成虫が見られないチョウは、本県の場合、ギフチョウの仲間のほか、コツバメ、スギタニルリシジミ、ミヤマセセリなどがある。
  • ギフチョウとヒメギフチョウの見分け方
    1. 後ろのハネの外側の斑紋が、ギフチョウは橙色、ヒメギフチョウは黄色なので容易に判別できる。
    2. ギフチョウの前ハネの最外縁の黄色の線の最上端が内側にズレ非連続となるが、ヒメギフチョウはズレがない。
    3. ヒメギフチョウは、ギフチョウよりやや小型。 
  • 名前の由来・・・明治以前は、ハネが黄色と黒色が交互に並んだダンダラ模様であることから、「ダンダラチョウ」と呼ばれていた。1883年(明治16年)、正式に学界に紹介された時の標本が岐阜県で採集されたことと、イギリス人のリーチと言う人が世界にギフチョウを紹介した時の標本も岐阜県で採集されたことに由来する。ヒメギフチョウは、やや小ぶりなことに由来する。 
  • ギフチョウ類の一生
    1. 成虫は年1回、サナギで越冬し、早春に成虫になる。多くの産地ではソメイヨシノの開花前後に羽化する。
  1. オスはメスより4~5日ほど早く羽化し、カタクリやキクザキイチゲ、スミレ類などの蜜を吸って成熟し、メスが羽化するのを待つ。
  1. 交尾・・・左上がメス、右下がオスである。ギフチョウのメスは首まわりの体毛が赤褐色になる。ギフチョウのオスは、交尾を終えると、メスの腹端に粘液状のものを塗り付け、他のオスと交尾できないようにする。粘液状のものはすぐに固まって硬い板のようになる。これを「受胎のう」という。 
  • 受胎のうをつけるチョウは、ギフチョウ、ヒメギフチョウのほか、ウスバシロチョウ、ヒメウスバシロチョウ、ウスバキチョウがおり、全てギフチョウに近い仲間である。
  • 交尾の際、上の写真のとおり、別のオスが割り込んでくることがある。これはオスが自分の遺伝子を残そうとする本能であろう。
  1. メスは、食草のカンアオイまたはトウゴクサイシンの葉の裏に卵を産む
  1. 直径1mmほどの真珠のようにきれいな卵を5個から20個ほど産み付け、全部で100個ほど産む。 (写真:ヒメギフチョウの卵/由利本荘市鳥海町)
  2. 卵は10日で孵化し、幼虫は集団で生活するが、大きくなると他の株に移っていく。4回脱皮し、孵化してから30日ほどでサナギになる。
  3. サナギになる直前の幼虫は、安全な場所を探して活発に動き回る。その時、クモやその他の天敵に食べられ、数が減ってしまう。
  4. 石の下や落葉の裏でサナギになり、夏・秋・冬の間眠り続け、春を待つ。メスが産んだ100個ほどの卵のうち、春に成虫になるのは2~3頭と言われている。
  • 絶好の被写体・・・広葉樹が芽吹く前の早春、「春の妖精」と形容されるカタクリの花に「春の女神」と形容されるギフチョウ、ヒメギフチョウが花蜜を吸う光景は、まさに雪国の春を象徴する絶好の被写体として人気が高い。 
ギフチョウ
  • 生息環境・・・主な生息地は、丘陵から低山にかけての人里で、春には林床に光が射し、幼虫の食草のカンアオイ類や成虫の吸蜜植物であるカタクリやスミレが咲く明るい雑木林の周辺である。 
  • 地理的変異・イエローバンド・・・ギフチョウは、強い飛翔力がなく他の生息地との行き来がないため、地理的変異が知られている。その一つが長野県白馬村で見られるイエローバンドと呼ばれる個体。これは前と後のハネの外縁部及び尾状突起部が全て黄色く縁取られるのが特徴である。
  • 食草・・・カンアオイ類、トウゴクサイシンなど(ウマノスズクサ科) 
  • 針葉樹の植林地・・・植林初期のまだ背丈が伸びない明るい林床には、食草がよく生育し、ギフチョウの発生地となることがあった。しかし、針葉樹が大きく育ち、林床が暗くなったり、下草の背丈が伸びたり、ササやシダ類が繁茂するとカンアオイ類が消滅し、ギフチョウも産しなくなる。それだけ産地の変遷が激しいと言われている。 
  • 訪花植物・・・カタクリやスミレ類、ツツジ類、サクラなどを訪花する習性が強い。オスは山頂付近に集まる習性がある。 
  • 開発や植林、里山の荒廃によって全国的に減少。近年、ニホンジカによる食害の影響を大きく受けているという。環境省では絶滅危惧Ⅱ類に指定している。 
  • ギフチョウを里地里山再生のシンボルとして、小学校から地元農家、市民団体などによる保全保護活動が全国各地で行われている。 
ヒメギフチョウ
  • 県内のヒメギフチョウは、かつて岩手県と並びほぼ全県に生息していたが、近年、ヒメギフチョウの生息地は激減し、なかなかお目にかかれない希少種になってきた。
  • サクラの開花約2週間前からカタクリやキクザキイチゲ、スミレ類などの花から吸蜜する。(写真:由利本荘市鳥海町) 
  • 産卵・・・食草のトウゴクサイシンに産卵する。
  • ヒメギフチョウの卵(写真:由利本荘市鳥海町) 
  • 羽後町・ヒメギフチョウの飼育記録(「蝶と私」福嶋信治)・・・卵のついた食草を根から掘り、鉢に植え替える。孵化した幼虫は集団で行動する。サナギになる前は、食欲が旺盛で食草を切らさないようにするのが大変だ。6月にサナギになるが、後は外気温との変化の少ない所であまり乾燥しないように気をつけて翌春の羽化を待つ・・・カタクリの花の咲くのに合わせたように羽化する。卵から成虫になる確率は90%以上。飼育した成虫を「ヒメギフチョウの里」に放蝶している。
  • 食草・・・トウゴクサイシン、オクエゾサイシン(ウマノスズクサ科)
    1. 山地のやや湿った林下。土に隠れている茎から左右2つに分かれた長い葉柄の先にハート形の薄い葉をつける。花は、葉柄の基部に1個つき、花弁はなく、鐘形のガクの先端が3裂し、縁だけ外側に反り返る。花期3~5月。
    2. トウゴクサイシンの送粉者は、ハエやヤスデの仲間。ハエは腐ったものの匂いが好きなので、臭い匂いを出してハエを呼び寄せる。ヤスデは、飛ぶことができないので、ヤスデが入りやすいように下の方に花を咲かせる。
  • 行動・・・成虫が見られる時期は、サクラの開花前後で、その年の積雪量で発生時期は異なる。4~5月。成虫の寿命は、約10日~2週間と短い。さらに天気が良くないと出会えない。天気が良ければ、日中、森林の林床などの低い位置をやや緩やかに飛翔したり、樹林の高所をやや早く飛翔する。
  • 保護色(写真:由利本荘市鳥海町)  ・・・ハネのダンダラ模様は、落ち葉に紛れる保護色。だから落葉が降り積もる地表に着地して休まれると、見つけるのが難しい。
  • 生息環境・・・吸蜜植物のカタクリやスミレサイシンなどの生育環境は、食草のトウゴクサイシンの生育環境とほぼ一致しており、開花の時期もヒメギフチョウの発生時期と重なっている。こうした環境は、人の生活のために利用されてきた里山が代表的な生息地である。しかし、里山の荒廃とともに食草が消滅し、ヒメギフチョウの生育環境は著しく狭まっている。環境省では準絶滅危惧種に選定している。
参 考 文 献
  • 「フィールドガイド 日本のチョウ」(日本チョウ類保全協会編、誠文堂新光社)
  • 「フィールドガイド 身近な昆虫識別図鑑」(海野和男、誠文堂新光社)
  • 「ふるさと虫ある記10 秋田の貴重な虫たち」(成田弘)
  • 「ギフチョウを知っていますか」(大野豊、1985とやまと自然)
  • 「ギフチョウとヒメギフチョウ」(木俣 繁) 
  • 「蝶と私 羽後町の蝶を中心に」(福嶋信治)
  • 写真提供:左合 直(さごう ただし)氏 HP「蝶の生態写真