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昆虫シリーズ㉑ シジミチョウの仲間 ゼフィルス

  • 日本の森の蝶を代表するゼフィルス
     チョウの愛好家は、ミドリシジミの仲間を「ゼフィルス」と呼んでいる。ゼフィルスとは、ギリシャの西風の神ゼフィロスに由来する名前で、昔からミドリシジミ族に分類されるシジミチョウの一部をさす俗称。日本には25種が生息し、世界では中国大陸を中心に約200種が知られている。オスがハネを開くと、金属光沢のある緑色や青色のハネを持っているものが多い。美しくキラキラ輝くので、蝶マニアに人気が高い。昆虫マニアで知られる手塚治虫の漫画「ゼフィルス」にも登場するほどだ。
  • 写真提供:左合 直(さごう ただし)氏 HP「蝶の生態写真
  • 新緑の初夏が過ぎ、ホタルが飛び交う梅雨の頃、ゼフィルスはさまざまな樹種が混じる落葉広葉樹の森に姿を現す。産まれた卵は、そのまま越冬し、翌年春になると孵化して幼虫になる。山全体が芽吹く頃、その柔らかい新芽を食べて育つ。5月頃にサナギになって、梅雨頃から夏にかけて成虫になるというサイクルで、一年に一世代が回る。
  • 「どくとるマンボウ昆虫記」・・・ゼフィルス採集家
     高い樹の梢を飛ぶ蝶、殊にほそい尾状突起をもつ天使のように優雅なちいさなシジミチョウ、普通ゼフィルスと呼ばれる一群のシジミチョウを狙う連中は、魚釣りのような継竿を背にしょっている・・・この美しい小天使たちは朝方とか夕方にだけ梢をとびまわる。ナラ、ブナなどの鬱蒼とした梢に斜光を浴びて、緑色に朱色にあるいはルリ色に、きらきらと金属光沢をはなってとびかう可憐な姿を見たとしたら、誰だって幼児のように彼女らを欲しくなるだろう。日中は彼女らは葉に休んで姿を見せない。だから採集家は継竿で枝をガサガサやる・・・一人前のゼフィルス採集家になるには遠投の術までわきまえねばならぬ。
ミドリシジミ
  • ミドリシジミ
     北海道から九州まで広く分布し、ミドリシジミの仲間の中では、本種だけが湿地にたくさん分布している。は金緑色に輝き美しい。その周囲は黒い色で縁どられている。秋田では、初夏に見られるが、木の上の高い所を飛翔し、また朝や夕方に活動するものが多く、意外と見つけるのが難しい。♂が夕日の中で乱舞する姿は大変美しい。
  • ・・・こげ茶色で、斑紋は青色、橙色、その両方をもつものなど変異が多い。上の写真は、鮮やかな橙斑と青斑の両方をもつAB型。
  • ハネの裏面・・・赤みのある茶色地に白い帯がある。
  • 食草・・・湿地に自生するハンノキ、ヤマハンノキ。
  • 生息環境・・・平地から丘陵地の湿潤な立地に形成されるハンノキ林が生息地。山地では、渓流沿いや林道法面などに生えるヤマハンノキの群落に生息している。 
  • 行動・・・♂は、16~19時頃に活動し、複数の個体が食草の梢をめまぐるしく飛び交う。ほかの♂が縄張りに入ると、自分の縄張りから追い払おうとする「縄張り行動」をとる。♀は、♂に比べて不活発で、クリの花で吸蜜するほか、クワの実などで吸汁する。 
  • 市街地に近接する生息地は、各種開発により減少傾向にある。近年は、ゲンジボタルとともに里山のシンボルとして保全の対象とされることもある。 
ウラジロミドリシジミ
  • ウラジロミドリシジミ
     は青みの強い金緑色に輝き美しい。ハネの裏側が白色や銀白色なので「ウラジロ」の名がついた。手塚治虫の漫画「ゼフィルス」に登場する少年が追っていたのは本種。
  • ・・・黒褐色で淡い灰色の斑紋がある。
  • ♀のハネ裏・・・銀白色~灰白色で、黒条が走る暗帯部が明瞭。尾状突起は太く短い。
  • ♂の裏ハネ・・・黒条が走る暗帯部は、♀に比べて薄く消失傾向にある。
  • 手塚治虫の漫画「ゼフィルス」・・・第二次世界大戦の最中、ウラジロミドリシジミを追っていた少年が主人公の短編。「まわりから白い目でにらまれながら、それでもぼくは---つかれたように、チョウを追いまわした。とくにぼくが血まなこになっていたのはゼフィルスという小さなチョウだった」・・・美しいウラジロミドリシジミの採集に熱中する少年の姿は、まさに手塚治虫自身であろう。
  • 食草・・・カシワ、ナラガシワ 
  • 生息環境・・・主に丘陵地から山地のカシワやナラガシワが生える落葉広葉樹林や疎林に生息している。北海道では、海岸沿いでも発生するという。 
  • 行動・・・♂は夕暮れに活動し、食草から食草へ渡り歩くように飛翔する。♂♀ともに日中は不活発で、時にクリなどの花で吸蜜したり、湿った場所で吸水する以外は、食草の葉の上に静止していることが多い。 
オオミドリシジミ
  • オオミドリシジミ
     比較的、標高の低い地域でも見られるゼフィルスの一種。は、青緑色に輝き美しい。その輝きの強さは、光と見る角度によって変化する。
  • ・・・黒褐色に淡い灰色斑がある。
  • ハネ裏・・・灰白色~灰色で、白帯に暗色の縁取りが明瞭。後ハネの橙斑の真ん中がすっぱり割れて、上下に分断しているのが特徴。
  • 食草・・・コナラ、ミズナラ、カシワなど。 
  • 生息環境・・・平地や丘陵地の雑木林からミズナラ林まで、多様な森林環境に生息する。都市近郊の緑地や公園などでも、ミドリシジミと並びよく見かける。
  • 行動・・・♂の活動は、主に9~10時頃がピーク。林縁や空き地、尾根などの開けた環境を好み、頻繁に卍巴飛翔を行う。♀は不活発で、草木に静止していることが多い。♂、♀ともにクリなどの白い花を訪れる。 
  • 占有行動・・・♂は、空間に張り出した小枝に止まり、侵入者を見張る。
  • 交尾・・・交尾後、♀は小枝の分岐部や樹皮の裂け目などに産み、卵で越冬する。成虫は年1回、6~7月に出現。
ジョウザンミドリシジミ
  • ジョウザンミドリシジミ
     ♂のハネは、青みを帯びた金緑色で、その輝きは強く美しい。♀は黒褐色に淡い灰色斑がある。比較的低い位置の草に止まっていることが多い。エゾミドリシジミとよく似ているが、尾状突起などに違いがある。名前の由来は、北海道札幌市の定山渓で最初に発見された、緑色のシジミチョウであること。北海道では、海岸沿いでも発生するという。
  • 秋田駒ケ岳で撮影したジョウザン・・・標高1583mの横岳手前で青金緑色に輝くゼフィルスを発見。ちょうど高山植物の女王・コマクサが満開だったが、その美しさに勝る宝石のような輝きに驚いた。チョウの愛好家たちがゼフィルスに夢中になる気持ちがよく分かる。
  • 交尾・・・♀のハネ裏は赤みのある褐色なので、上の写真では右が♀で左が♂である。
  • 食草・・・ミズナラ、コナラ、カシワなど。  
  • 生息環境・・・主にミズナラやコナラの生える山地の落葉広葉樹林に生息する。
  • 行動・・・♂の活動時間帯は、主に午前中で8~9時にピークになる。林縁や林内の空間に面した枝先にハネを広げて止まり、他の♂が近づくと素早く追尾する。♂♀ともにクリの花に集まる。♀は不活発で食草や下草に静止していることが多く、10月頃まで生き残りが見られる。
  • 頻繁に卍巴飛翔を行う。
フジミドリシジミ
  • ブナ林を代表する蝶・フジミドリシジミ
     ミドリシジミの中で最も小さく、ブナ林を飛び回る日本固有種。幼虫がブナの葉しか食べないので、ブナ林以外では見ることができない。名前の由来は、富士山で最初に発見されたから。の表は、金属光沢のある淡い青色で、外縁黒帯は幅広く、特に後ハネで顕著。世界遺産白神山地などブナ帯の自然林を好み、二次林にはほとんど生息しない。
  • ・・・黒色で、斑紋はなく無地。
  • ハネ裏・・・淡い褐色で、白い帯は著しく幅広く、長い尾状突起がある。♀は地色が♂より濃い。
  • 食草・・・ブナ、イヌブナ 。雪国のブナの芽吹きは早い。その芽吹きと同時に孵化し、葉の成長に合わせて大きくなる。葉が固くなる頃にサナギになり、やがて成虫になる。だから他のミドリシジミより、一足早くブナ林を飛び回る。
  • 生息環境・・・山地のブナ林及びイヌブナの生える落葉広葉樹林。♂は主に夕方活動し、日の当たるブナやイヌブナの樹上を飛び回る。上昇気流に乗って吹き上げられた個体が亜高山帯で見られることもある。
  • 行動・・・♂は主に夕方に活動し、15~17時頃、日の当たるブナの樹上を飛び回る。♀は不活発で、低木や下草に止まっていることが多い。
  • ブナを食草とするチョウは、フジミドリシジミだけ。だから世界遺産白神山地のブナ原生林には、広く生息している。しかし、登山道も山小屋もない原生林地帯の樹上に潜む小さなチョウなので、撮影の難度は極めて高い。
メスアカミドリシジミ
  • は光沢が強い金緑色、は橙色斑があり全体的に赤っぽく見えるのが名前の由来。食草は、ヤマザクラ、マメザクラ、チョウジザクラ、ソメイヨシノなどのサクラ類。
  • 東北では、平地から山地の河川流域や渓流沿いなど、やや湿潤な環境を好む。♂は主に9時頃から活動し、10時から正午に活動のピークを迎える。卍巴飛翔を頻繁に行う。♂♀ともに湿った地面から吸水することがある。
ウラゴマダラシジミ
  • ウラゴマダラシジミ
     の表は青色部が紫色を帯び、外縁寄りは黒帯で縁取られる。ルリシジミ類に似ているが、裏の特徴から識別できる。
  • ・・・表の青色部の白色の範囲が広い。
  • ハネ裏・・・灰白色の地色に、黒い点が2列に並んでいることが名前の由来。
  • 食草・・・イボタノキ、ミヤマイボタ、オオバイボタ、ムラサキハシドイなど。(写真:食草のイボタノキの上で交尾。左が♂、右が♀)
  • 満開のイボタノキに産卵、まさにベストショット
  • 生息環境・・・平地から丘陵地では谷戸や湿地周辺、低山地から山地では河川や渓谷沿いの広葉樹林。
  • 行動・・・♂は夕方に行動し、林縁の小高い位置に一定のコースをとってやや速く飛ぶ。ミラーなどの人工物に惹かれることもある。♀の行動は緩慢で、クリやイボタノキなどの白い花に集まる。
参 考 文 献
  • 「フィールドガイド 日本のチョウ」(誠文堂新光社)
  • 「どくとるマンボウ昆虫記」(北杜夫、新潮文庫)
  • 「武器を持たないチョウの戦い方」(竹内剛、京都大学学術出版会)
  • 「日本のチョウ大図鑑1」(福田晴男、国土社) 
  • 写真提供:左合 直(さごう ただし)氏 HP「蝶の生態写真