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昆虫シリーズ36 オサムシ

  • 飛ばない生活に進化したオサムシ
     昆虫が大繁栄した理由の一つは、飛ぶことができるからだと言われている。しかし、飛ぶためには大量の熱量を消費する。オサムシは、歩いてエサをとり、配偶者を探す方向に進化した代表種である。だから飛ぶための筋肉はいらないので、飛翔筋をもっていない。オサムシは、雑木林の地面を歩く。飛べない代わりに歩くのが速い。夜行性で、落ち葉や石の下に潜んでいる。飛ぶことができないので、他の地域との交流がない。だから地域的な変異が大きく、「歩く宝石」と呼ばれる美麗種も意外に多い。だから地域固有の細かな色や形の違いに着目して、飼育したり、標本をつくったりして楽しむオサムシ愛好家も多い。(写真:クリプトンの森で採集されたキタマイマイカブリ)
  • 名前の由来・・・地表を素早く歩き回って生活することから、漢字で「歩行虫」と書く。もう一つの漢字「筬虫」は、体形が紡錘形で機織に使う筬(おさ)に似ているからだとの説がある。古くから使われていた「筬虫」は、ヤスデやムカデを指す名称として各地で広く使われていた。(写真:アオオサムシ) 
  • なぜ、オサムシは飛ばなくなったのか?
     オサムシの主な生息場所は、雑木林のような比較的安定した環境にあるため、飛ばなくても生きていけるからである。飛ぶためのハネをつくるには多大なエネルギーとコストがかかるが、それを捨てる代わりに産卵能力などを高めたり、移動の際に遭遇するリスクを少なくしていると言われている。そして地面を歩き回るだけで、ミミズやカタツムリといった食べ物をほぼ独り占めできるからだと言われている。(写真:アキタクロナガオサムシ)
  • 生息場所・・・オサムシは、雑木林の地表面に積もった落ち葉や石の下に生息している。中でも落ち葉が多く豊かな腐葉土のある林を好む。なぜならこうした場所には、オサムシのエサとなるミミズなどが多く生息しているからである。また、夜、コナラやクヌギなどの樹液にも寄ってくる。
  • 越冬場所・・・林道に沿った低い斜面の崖の上部に、木の根っこが絡まってヒサシ状にハングアップした場所の土の中に潜り込んで越冬する。また、朽ちた木の樹皮の下や木の中に潜って越冬する。マツやスギ、ヒノキなどの樹皮下には、マイマイカブリやクロナガオサムシ、オオクロナガオサムシ、アキタクロナガオサムシなどが多くみられる。
  • 採集法・・・オサムシは、チョウやトンボなどと違って、普段目にすることがない。それは夜に活動するからである。日中、落ち葉の下などを探しても簡単に見つけることはできない。だから、地面すれすれの高さにコップの口が来るように埋めた「落とし穴式ピットフォールトラップ」を設置して採集する。
  • 注意点・・・エサに昆虫ゼリーを入れるとスズメバチ(上の写真)が来るので不適。トラップ設置期間が長いと、キツネやタヌキなども引き寄せ、トラップの中に入っている虫ごと食べられることが多い。できるだけ1~2日以内に回収すること。エサに一味唐辛子を混ぜると獣害もある程度防げるらしい。また雨が降ると、コップに雨水が入り、せっかく入ったオサムシが溺死し腐敗することがある。コップに雨が入らないような対策をするか、好天が続く日を狙って設置する。採集が終わったら、必ずコップを回収し、穴を埋めることを忘れずに。
  • オサムシの天敵・・・ヒキガエル、タヌキ、イタチ、テン、カラス、カマキリなど。
  • 防御物質の分泌・・・敵から攻撃を受けると、腹から防御物質を噴射して身を守る。例えばマイマイカブリの場合は、腹部から噴射される分泌物にメタアクリル酸を含んでいるので、皮膚炎を起こすことがある。
  • 漫画家・手塚治虫とオサムシ
     中学時代から同級生だった林久男さんの「手塚治虫とオサムシ」によれば・・・
     北野中学には、校庭の一角に農園があった。手塚君は珍しい昆虫を見つけると、作業服のポケットに忍ばせた毒瓶に片っ端から放り込んでいた。それを見て、級友たちは手塚君が昆虫採集をしていることを知った。夏休み最初の日曜日に宝塚の手塚君宅を訪問。彼の部屋の真ん中には、木で作った立派な標本箱が置かれ、その中央に見たこともない変わった形をした虫が鎮座していた。「これ何や」と聞くと、「マイマイカブリというオサムシの仲間で、マイマイ(カタツムリ)に首を突っ込んで食べるからマイマイカブリ言うんや。首がひょろ長くて、目玉がギョロッとしていて、僕に似ているやろ。それやから大好きなんや」と。これが本名「手塚治」に「虫」を一つ追加して、ペンネーム「手塚治虫」になった。「治虫」の読み方は、「オサムシ」だが、その後本名と同じく「オサム」と読ませるようになった。 
  • カタツムリを食べるオサムシの仲間・マイマイカブリ
     オサムシは、硬い殻に守られ、苦い泡を吹くカタツムリが苦手だ。しかし、そんなカタツムリを専門に食べるオサムシがマイマイカブリだ。首の長い甲虫で、日本で最も大きいオサムシ。体長3~7cm。日本の特産種。 (写真出展:ウィキメディア・コモンズ)
  • カタツムリを食べるために、細長くなった・・・首が長いのは、カタツムリの殻に、首を奥まで突っ込んで食べるためである。その様子が、まるで頭にマイマイ(カタツムリ)の殻を被っているように見えることから、マイマイカブリと名付けられた。 なおマイマイカブリは、口から茶色の消化液を出してカタツムリの肉を溶かしながら食べる。
  • マイマイカブリがカタツムリを襲うと、カタツムリは泡を出して防御する。それでもたいてい食われてしまう。夜行性で、ミミズやガの幼虫なども食べる。クヌギやコナラなどの樹液にもやってくる。 
  • 初夏に産卵し、夏の終わりに成虫になる。幼虫もカタツムリを食べる。カタツムリを食べないとうまく蛹化できないと言われている。日本のオサムシの中で、幼虫がカタツムリを食べる種は、他にツシマカブリモドキ、オオルリオサムシ、オシマルリオサムシ、アイヌキンオサムシがいる。
  • 地域変異が大きい・・・マイマイカブリは、飛ぶことができないため、日本各地で色や大きさに違いがあって、地域変異が大きい。各地で名称も異なり、エゾマイマイカブリ(北海道)、キタマイマイカブリ(北東北、上の写真)、アオマイマイカブリ(新潟県粟島)、コアオマイマイカブリ(南東北、新潟県)、サドマイマイカブリ(佐渡島)などと呼ばれ、ファンも多いという。昔は、別の種と思われていたが、今では同じ種の変異とされている。
  • キタマイマイカブリ・・・北東北に生息する美麗種。金属光沢を放ち、頭部と首は色鮮やかな赤紫色、胴体は深緑色をしている。人気が高く、マニアの間では「キタカブリ」と呼ばれている。 
  • キタマイマイカブリの色彩変異・・・同地域で採取された個体でも、金色を帯びていたり、色彩の濃淡が微妙に違う。オサムシ科の中でもスタイルが抜群に格好いいのに加え、色彩の変異も大きい。昆虫マニアに人気が高いのも頷ける。
  • エゾマイマイカブリ・・・北海道に生息するマイマイカブリの一亜種。頭部から前胸が長く、緑色又は赤色の金属光沢を帯びて美しい。ハネは藍色で、金属光沢を帯びる。カタツムリを捕食するほか、樹液を吸うこともあるという。 
  • コアオマイマイカブリ(仙台産)・・・仙台では赤紫色、福島では紫、新潟西端では青と、頭部・胸部の色合いは変化に富んで美しい。 (写真出展:ウィキメディア・コモンズ)
  • アオオサムシ
     最も普通に見られるアオオサムシは、緑色の金属光沢があり美しい。上ハネには各4錠の鎖線状の隆状があり、第4条は顆粒列となる。 夜行性で夜に出歩き、ガの幼虫やミミズ、死んだばかりのセミなどを食べる。元気のよい虫よりも、ちょっと傷ついた虫を好む。その理由は、エサの昆虫が噛まれて体液が漏れると、その匂いに集まる習性があるからである。体長25~32mm。
  • 色彩の変異・・・緑色から赤胴色の個体も現れ、地域的な色彩の変化も認められる。
  • アキタクロナガオサムシ・・・平地から低山の林床やその周辺で見られ、腐ったものを食べる。体色は黒色で細長く、前ハネには鎖線状の隆起がある。成虫で越冬し、4~10月に現れる。
  • 秋田で最初に発見されたのか?・・・「アキタ」とあるので、秋田県で発見されたオサムシと思い調べてみると、1933年、命名者は戸沢信義氏。氏は、採取した酒田を秋田県と勘違いし命名したとする説があった。
  • 歩く宝石・オオルリオサムシ・・・飛ばない昆虫で、ハネに美しい色彩をもっていることから「歩く宝石」と呼ばれている。ヨーロッパや中国、日本の北海道や本州北部には、金緑色の美しい色彩のハネをもつオサムシが生息している。オサムシのハネは、薄い膜が幾重にも重なっていて、その薄い膜を通った光が乱反射するような構造色になっている。(写真提供:ユメ記事 )
  • 北海道特産の美麗種・オオルリオサムシ
     体色は金属光沢がある赤・緑・青・黒など地域的な変異が大きい。他のオサムシ同様、ハネが退化して飛ぶことができないので、多くの亜種がある上、それら全てが「歩く宝石」と呼ばれるほど美しい。それだけ昆虫マニアに人気が高い。5月のGW~7月上旬に最も多く活動し、幼虫、成虫ともにカタツムリを捕食する。越冬は、朽木内ではなく、土中だという。(写真提供:ユメ記事 ) 
  • 庭を作る虫・キンイロオサムシ・・・ファーブル昆虫記
     南フランスのアルマスの庭には、金色に輝く美しいキンイロオサムシがいる。ファーブルは、庭からその虫を25匹とってきて飼育してみた。そのエサを探していたら、松の木の大害虫・マツノギョウレツケムシの群れが一列につながって行進していた。それを150匹とってきて、オサムシに与えた。オサムシは毛虫に襲い掛かり、鋭い牙で腸をかみちぎり、中身が出てくるのをくわえて貪り食べていた。5、6分もすると、毛虫は皆いなくなった。平均すると、オサムシ1匹が庭の害虫を6匹も食べたことになる。この観察から、オサムシは、庭の緑を守る役割を担っていることが分かった。だからフランスでは、オサムシのことを「ジャルディニエール=庭作りの虫」と呼ぶことがある。
  • オサムシの好物はミミズだ。試しにオサムシの飼育ケースに硬い殻に覆われたハナムグリを入れてみた。歯が立たないのか、食べようとしない。試しにハナムグリの鞘バネとその下の後ハネをとってみた。するとオサムシたちは、鋭い牙で中身をえぐって食べてしまった。カタツムリはどうか。カタツムリの吐いた泡を嫌って食べようとしなかった。カタツムリの殻を破り、身の部分をほんの少し剥き出しにしてみた。すると、あっという間に食べ尽くした。硬いハネや殻、嫌な泡がなければ、美味しいご馳走になることが分かった。 
  • ヒトリガの幼虫は、毛むくじゃらで、「ハリネズミケムシ」と呼ばれている。この毛虫をオサムシの飼育ケースに入れてみた。オサムシは、長い毛が邪魔で、どれもが結局噛みつけなかった。オオクジャクヤママユの巨大な幼虫は、噛みつこうとしたら、一撃で跳ね飛ばされてしまった。その親のガも同様だった。さすがのオサムシも苦手な虫があることが分かった。 
  • 飛べるオサムシ・カタビロオサムシ・・・「カタビロ」の名のとおり、前ハネの肩の所が張って広くなっている。前ハネを上げると、その下に立派な後ハネがあるから飛ぶことができる。
  • ファーブルが住んでいるフランスには、有名なニジカタビロオサムシという虹色の輝きをもつ虫がいる。カシの木がまばらに生えていて、他には何もない荒地が広がっている所で、時々マイマイガの幼虫が、カシの木の葉を食い尽くすほど大発生する。その毛虫をニジカタビロオサムシが、片っ端から食べて退治してくれる。
  • そうしてオサムシが増えると、天敵のフクロウがやって来て、オサムシを片っ端から食べてしまう。フクロウは、未消化の鞘バネを、まとめて吐き出す。そのペリットがあちこちに落ちている。だからニジカタビロオサムシの1種類だけが増え過ぎて、生態系のバランスを崩さないように、うまくできている。
  • クロカタビロオサムシ・・・ブナアオシャチホコやマイマイガなど周期的に大発生するガの幼虫を主たる餌としている。これらのガの大発生と減少に伴って激しく増減することが知られる。獲物のブナアオシャチホコ幼虫を食い尽くした森林から昼間に大挙して飛び立ち、別の森林に群を成して移動することが目撃されている。また、カタビロオサムシ類は他のオサムシ類に比べて卵も小さく、産卵数も1桁ほど多い傾向にある。産卵方法も、他のオサムシ類が腹部の末端だけを土中に差し込み、丁寧に部屋を作って1粒ずつ時を置いて産卵するのに対し、カタビロオサムシ類は体の全体を土中に埋めて一度に何粒もまとめて産卵することが、エゾカタビロオサムシで観察されている。 
  • アオオサムシ・キタマイマイカブリ標本
  • 参考:バイオリンムシ(写真出典:ウィキメディア・コモンズ)・・・バイオリンのような形のオサムシの仲間(インドネシア、マレーシアの熱帯雨林に生息)。体はとても薄く、サルノコシカケ科のキノコに集まる虫を食べて生活している。体長は60~80mm。
参 考 文 献
  • 「ファーブル先生の昆虫教室」(奥本大三郎、ポプラ社)
  • 「身近な昆虫のふしぎ」(海野和男、サイエンス・アイ新書)
  • 「別冊太陽 昆虫のとんでもない世界」(平凡社)
  • 「里山・雑木林の昆虫図鑑」(今井初太郎、メイツ出版)
  • 「琵琶湖博物館ポピュラーサイエンスシリーズ オサムシ」(八尋克郎、八坂書房) 
  • 「昆虫はすごい」(丸山宗利、光文社新書)
  • 「昆虫たちのやばい生き方図鑑」(日本文芸社)
  • 「講談社の動く図鑑 MOVE昆虫」(講談社)