本文へスキップ

昆虫シリーズ39 糞虫の仲間

  •  コガネムシの仲間は、木の葉を食べるグループと糞を食べるグループに大きく分けられる。幼虫と成虫共に、牛や羊などの糞を食べる虫のことを糞虫という。糞虫は、日本に約160種ほどだが、意外にも昆虫愛好家に人気が高い。特に角のあるツノコガネは、カブトムシのミニチュア版として人気が高いらしい。タヌキやニホンジカなど野生獣の糞の他、家畜の糞にもよく集まる。糞虫は、「ファーブル昆虫記」や「どくとるマンボウ昆虫記」などにも登場するほど、その生態も実にオモシロイ。獣糞には、未消化の種が入っている。糞虫は、糞という肥料と一緒に植物の種も地中に埋めてくれる。つまり、森林生態系の中の糞虫は、糞を分解するだけでなく、種子散布にも貢献しているのである。
  • フンコロガシで知られるタマオシコガネ
     草食哺乳類の糞塊の匂いを遠くからかぎ取り、そこに飛来して、糞玉を作って遠くに運ぶ。糞玉を転がすオスは、その糞玉の上でメスと出会い、それを共同で地下に埋め、そこに部屋を作る。地下に埋めた糞は、きれいに塗り固められ、洋ナシ型に成型されて、卵を産み付けられる。孵化した幼虫は、その糞を食べてゆっくり成長する。
     糞はもともと栄養が少ないが、幼虫の体内には、様々な微生物がおり、それが糞を分解して、別の栄養分に変化させる。その腸内微生物は、親から子へと受け継がれていることが分かっている。
  • フランスの昆虫学者・ファーブルは、南フランスで昆虫の研究や観察をし、30年間かけて「昆虫記」全10巻を書いた。彼は、牧場の家畜の糞を玉にして転がすスカラベ、通称フンコロガシとも呼ばれる甲虫を観察。一匹の黒い、カブトムシのような甲虫が、いきなり糞の玉を転がし始めた。
  • 参考動画:ファーブル昆虫記の虫たち1/海野和男 - YouTube
  • スカラベは、なぜ玉を転がすのだろうか・・・速くたくさん運ぶにはどうすれば良いか。丸い形にして転がすのが一番ということで、体もそうできている。頭のへりと前脚にはギザギザがついていて、糞を切るためにノコギリのような形になっている。糞の山から玉を切り出すと、前脚で玉の表面を叩くようにして整えていく。それから転がし始める。後脚は長く、軽くカーブしていて、爪の先は尖っている。この後脚で玉を両側から押さえながら、前脚を交互に踏んで後ろ向きに玉を転がしていく。そして自分の巣穴に運び込む。
  • 動画:【過激バトル】フンコロガシたちの『砂漠のうんち争奪戦』!【どうぶつ奇想天外/WAKUWAKU】 - YouTube
  • 転がすと糞に土がついて汚くならないか・・・ハエが飛んできて卵を産みつけられると、その幼虫に大事な糞玉を食い荒らされてしまう。だから糞玉の表面に土がつけば、ハエが卵を産みつけるのを防ぐ役目をしてくれる。
  • ファーブルの観察によれば、巣穴に持ち込んだ糞玉を12時間も食べ続けた。糞は、もともと牛が草を食べて養分を吸い取ったカスだから、たくさん食べないと栄養が足りない。一晩で食べた量を計測すると、自分の体と同じ分量の糞の玉を食べ、同じくらいの分量の糞をしたことが分かった。すごい大食いだからこそ牧場はきれいに掃除され、清潔にたもたれているというわけ。
  • 雨が降ると成虫になって外へ・・・スカラベの幼虫が入ったナシ形の玉は、夏になるとカチカチに固くなる。ファーブルは、この乾いたナシ玉に水をやらないでそのままにしておくと、中でサナギから成虫に羽化したスカラベは、固い殻を破ることができず、死んでしまった。牧場では、9月になると雨が降る。地下室にあるナシ玉に雨が沁み込んで、ナシ玉の殻が湿って軟らかくなる。その頃若い成虫は、軟らかくなったナシ玉の殻を破って外に出てくる。
  • 古代エジプトの壁画にかかれたスカラベ
  • 「どくとるマンボウ昆虫記」・・・神聖な糞虫
     古代エジプト人の「神聖な甲虫」スカラベ・サクレは、ファーブルの「昆虫記」によって、あまねく世に知られるようになった。糞を食べるだけでも変わり者なのに、この甲虫「玉押しコガネ」は、糞を丸く玉にしてころがしてゆくのである・・・
     かつて、ナイル河が定期的に大増水しては肥沃な土壌をのこし、そこに人類最初の文明が栄えだしたころ・・・エジプト人は・・・この虫を神聖なものとして礼拝し、壁画に描き、守り札に描き、彫刻につくって首飾りとしたのは偶然ではない・・・
     なぜこの虫が神聖視されたかというと、毎年氾濫をするナイル河の水がひくと、この甲虫はまっさきに現れてくる。昔はこの虫には雌がないと思われていた。にもかかわらず彼らはナイルのほとりに群れてくる。古代エジプト人が世界の再生、新生とむすびつけて考えたのも無理ではない。また現代でも多産の象徴とされ、地方の女たちは子供が授かるようこの虫を食べるという・・・
  •  スカペラは糞玉をこしらえる・・・その玉を日の出から日没までくるくるころがしてゆくため。エジプト人は、これを太陽の回転とも結びつけた。さらにこの虫のつくる玉は二十八日間地中におかれ、それから新しい虫が現れると信じられていたため、エジプト人たちは一年を二十八日ずつの月にわける象徴とも考えた。
     すべてはナイル河からはじまったのだ。ナイルの氾濫期から氾濫期までを数えて、一年を三六五日としたのもエジプト人の発明である。だが、スカペラはそんなことには関わりなく、自分らが神聖視されていることにも気づかず、古代から現在まで営々と糞玉をこしらえている。
  • 「どくとるマンボウ昆虫記」・・・エンマコガネ、ダイコクコガネ(上絵)
     私はアレキサンドリアの博物館で沢山の石細工のスカラベを見たが、すべてが玉押しコガネを模しているのではなかった。あきらかにエンマコガネの類を模したと思えるものも少なからず見つかった。
     エンマコガネ、ダイコクコガネなどの、糞玉をころがしこそしないが同じく獣糞を食べているコガネムシの一族は、日本にも数多くいる。ダイコクコガネは山道の馬糞をひっくりかえすと見つけることができる。サイのようにいかめしい角をニュッとはやした黒光りのする甲虫だ。糞の下の地面に穴があいていたら掘ってみるとよい。ダイコクコガネや、もっと小さいエンマコガネがもぐりこんで食事をしている。
  • ツノコガネ・・・その名のとおり、♂には体の半分以上も長い角がある。体長は約1cmと小さいが、湾曲した立派な角があるので、昆虫愛好家には人気が高い。タヌキやニホンジカなどの糞のほか、牛馬の糞にもよく集まるという。
  • ダイコクコガネの仲間・イスパニアダイコクコガネ(ファーブル昆虫記)
     頭部に長い一本の角が生えている。スカラベのように糞を転がす習性はない。だからスカラベに比べて、前脚も後脚も短い。糞の山の真下の地面に、井戸のような縦穴を掘って、そこに糞を運び込む。地上の糞がなくなるまで、穴の中で食べ続ける。
     5月の産卵期になると、卵を産みつけるための糞を探す。良質の糞が見つかったら、その下に縦穴を深く掘って、穴の底に大きめの部屋を作る。そこにオスとメスが一緒になって糞を運び込む。その後は、メスだけが穴に残る。メスは1週間以上糞をパンの生地のようにこねて発酵させる。
     十分発酵すると、メスは生地を小さく切り分け、丸めて玉を3~4個ほどつくる。メスは、丸い糞玉の天辺に浅い穴を作って卵を産みつける。その後、頭の尖がった卵形にする。卵から孵化した幼虫は、糞のごちそうを食べて大きくなる。やがて美しいハチミツ色のサナギになる。9月、雨が降り始めると、地面の下の卵玉は湿って軟らかくなる。成虫は、玉を壊して外に出てくる。飲まず食わずで世話をしていた母親も子どもと一緒に地上の世界に出てくる。昆虫の世界では、新しい成虫と母親が一緒に出てくるのは、大変珍しい。
  • 母親が卵の世話をしなかったらどうなるか~ファーブルの実験
     3個の玉のうち、2個を取り上げてブリキ缶の中に入れてみた。すると1週間もしないうちに、玉はカビやコケのようなものに覆われてしまった。このまま放っておくと、栄養分を吸い取られてしまう。この玉を母親に返してやると、1時間もしないうちに、玉はすっかり綺麗になった。母親が手入れをしたお陰だ。
     今度は、小さなナイフで、玉の先を削って、卵をむき出しにしてみた。母親は、すぐに修理し、ナイフの傷がすっかり綺麗になった。こんなふうにイスパニアダイコクコガネの母親は、卵玉を大切に守っていることが分かった。まるで手入れの行き届いた畑に雑草が生えないのと同じだ。それだけ手間がかかるから、メスは多くて4個の卵玉しかつくらない。昆虫の中では、卵の数が極端に少ないが、母親が大切に手入れをするお陰で、ほとんど全ての玉から成虫が出てくるという。
  • 「どくとるマンボウ昆虫記」・・・センチコガネ
     糞虫の仲間での伊達者センチコガネを忘れてはならないだろう。都会にもいるセンチコガネは一応紫銅色の光沢をもっているが、とりたてて言うほどのことはない。しかし山地の放牧場などに多いオオセンチコガネは強い金属光沢をもっている。さらに奈良の春日山にはその異亜種であるルリセンチコガネというのがいて、藍色、ルリ色、金いろ等に輝いている。京都の牛尾山には黄金色に光る奴がいる。こういったふうに、同一種でもそれぞれに個体変化があり、これをずらりと標本箱に並べて悦に入っている人たちを、それほど奇妙な人種と考えるのはあやまりだ。
     宝石屋の陳列台の前で、アクアマリンだとかエメラルドだとかを物欲しげに眺めているのよりマシともいえる。本当に宝石の輝きや色彩の変化を楽しむよりも、値段表を眺めてため息をつくのが関の山だ。その点、こちらのコガネムシのほうは、少々の手数をかけさえすればロハ(無料)なのだ。ドロボーに狙われるということもまずないだろう。 
  • センチコガネとオオセンチコガネの識別・・・上写真・オオセンチコガネは、頭部の先が尖っているが、センチコガネは尖らない点で識別できる。 なお名前の「センチ」の由来は、「雪隠(せっちん)=昔の便所」なので、便所コガネという意味らしい。
  • 美しい糞虫・オオセンチコガネ
     赤紫色に輝き、別格に美しい。産地により青みのあるものはルリセンチコガネ、緑色がかったものはミドリセンチコガネなどと呼ばれている。牧場の牛の糞を食べていた本種とダイコクコガネは、牧場の減少と共に少なくなったといわれている。現在、本種はシカやサルの多い山でよく見かけるという。ダイコクコガネは、糞の下に巣穴を掘り、大量の糞を地中に持ち込むので、牛のような大きな糞が必要だが、本種は、小さなシカの糞を何度にも分けて運び込むので、シカなどの獣の糞でもよく育つ。
  • 獣の糞の中で交尾中(寒風山) 。♀は地中に掘った穴に糞を詰め込んで産卵し、幼虫はそれを食べて成長する。
  • 美しいのに糞が好きだというギャップが魅力的な昆虫である。丘陵から山地に生息し、成虫は5~10月に現れる。体長17~24mm
  • オオセンチコガネの緑型(ミドリセンチコガネ)・・・全国的には赤っぽいものが多いが、京都府周辺は緑色、奈良県周辺は青色が生息している。地域によって色のバリエーションが多いのも特徴で、マニアには人気があるという。 (写真出典:ウィキメディア・コモンズ)
参 考 文 献
  • 「ファーブル先生の昆虫教室」(奥本大三郎、ポプラ社)
  • 「昆虫はすごい」(丸山宗利、光文社新書)
  • 「魅惑の糞虫」(藤里森林生態系保全センター有本実専門官)
  • 「どくとるマンボウ昆虫記」(北杜夫、新潮文庫)         
  • 「身近な昆虫のむふしぎ」(海野和男、サイエンス・アイ新書)
  • 「ポケット図鑑 日本の昆虫1400」(槐真史、文一総合出版) 
  •   「昆虫たちのやばい生き方図鑑」(日本文芸社)
  • 「たくましく美しい糞虫図鑑」(中村圭一、創元社)