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昆虫シリーズ42 オトシブミ

  • オトシブミの仲間
     小さな虫たちにとって草木の葉っぱは嬉しい隠れ家になる。オトシブミのメスの体は、揺籃づくりに適した形態になっている。初夏の頃、クリ、コナラ、クヌギ、ハンノキなどの若葉を巻き、「揺籃(ようらん)=揺りかご」と呼ばれる円筒形の巣をつくる。この中には、卵が産みつけられている。揺籃は、卵から孵化した幼虫の食べ物であり、敵や乾燥から身を守る棲み家でもある。ハサミも接着剤も使わないのに、こんなに高度な円筒形の揺りかごをつくる匠の技、虫の知恵には驚かされる。日本では20種以上の仲間がおり、種類によって葉を巻く植物が異なる。 
  • 名前の由来・・・揺籃が完成すると、切り落とされて地面に落ちていることが多い。昔、手紙を直接渡したい人に巻物になった手紙を落としておく「落とし文」の風習があり、それに似ていることから。 
  • 「どくとるマンボウ昆虫記」・・・オトシブミ
     オトシブミという甲虫をはじめて見つけたとき、私はその科さえもわからなかった。これはゾウムシ科に属するが、頸が奇妙に長く、血のような赤いシショウをもち、いかにも珍奇なふうに見える。私は新種を見つけたと思い、念のため「昆虫図譜」を調べるとちゃんと載っているばかりか、普通種と書いてあるのでガッカリした。オトシブミにもいろんな種類があるが、それぞれ木の葉を巻いて幼虫のためのユリカゴをこしらえる。木の葉が小さなロールキャベツのように巻かれてぶらさがっているとしたら、それはこの虫の産物だ。むかし、公然といえぬようなことを記して道ばたに落としておいた文書を落とし文といったが、この虫のユリカゴが巻いた文に似ているところからその名称がつけられた。 
  • 揺籃のつくり方(イラストを入れる)
    1. 葉の周縁と主脈の上を歩いて、切り初めの位置を決める。大アゴを使って、葉の縁から切り出す。
    2. 主脈を残して、葉の上を切る。切り終わると主脈の所に戻り、主脈に傷をつける。葉の張りを衰えさせ、巻きやすくするため、葉身をかんで歩く。主脈にも深い傷をつける。
    3. しおれて、垂れ下がった葉に馬乗りになり、主脈を中心に、葉を折り合わせてゆく。二つ折りになった葉の縁の先端部を、頭部を使って折り曲げる。その後に葉を巻いてゆく。
  1. 何回か巻いた後、巻かれた葉の側面に、大アゴで細長い穴を開け、腹部を押し当て産卵する。
  2. 大アゴて葉を噛み、押さえ折り目をつける。主に前脚を使い、円筒形になるように巻き上げてゆく。
  3. 完成間近になると、葉の残りの部分を引っ張り、これを揺りかごに被せる。大アゴで主脈を切り、完成した揺籃を落とす。種類によっては、切り落とさないものもいる。
  • 動画:オトシブミの揺籃/bunarincom - YouTube
  • 昆虫写真家・海野和男さんの観察によれば、189個の揺籃のうち、左巻きが82個、右巻きが107個であった。葉をほどいて、主脈の噛み傷を調べると、4ヵ所から19ヵ所まで様々。葉が硬い場合は噛み傷が多く、軟らかい葉の場合は噛み傷が少ないことが分かった。つまり、オトシブミは、葉の状態によって、傷のつけ方を変えていたという。 
  • 卵は1週間ほどで孵化。孵化してから約2週間後、サナギになる。それから1週間余りで成虫になる。 
  • オトシブミ(ナミオトシブミ)
     上ハネが赤色で他は黒色。♂の頭部と前胸部は♀に比べて長い。全体が黒色の個体や赤色と黒色が混じった中間的なものなど、色彩に変異が多い。やや小型で、♂の頭部が長くない個体群は、別種ハシバミオトシブミとする説がある。 
  • 体長 8~9.5mm
  • ホスト・・・クリ、コナラ、ミズナラ、ケヤマハンノキ、ウダイカンバ、ヤシャブシ、ツノハシバミ
  • クリとナミオトシブミ・・・クリの木に新しい葉が芽生えて10日もすれば、葉は大きく伸びる。この頃、オトシブミはクリの木に飛来する。クリの葉を巻くのは、まだ硬くならない新緑の頃である。地上に揺籃が落ちていたら、クリの木を見上げるとオトシブミが揺籃づくりをしている光景を観察できるチャンスである。 
  • ナミオトシブミは、葉を切り落とすものと切り落とさないものがいる。ゴマダラオトシブミのように、揺籃を全く切り落とさない種類もいる。 
  • ビロードアシナガオトシブミ
     ブナ林で見られるオトシブミ。黒褐色に金緑色から銅色の弱い金属光沢があり、真鍮色の微毛に被われたオトシブミ。♂と♀で形態差がほとんどない。活動期間は短く、ブナの葉が伸び切る直前でしか見られない。開いたばかりのブナの葉を丸めてゆりかごを作り、中に卵を産み付ける。葉柄には傷をつけるが、葉は切り落とさない。
  • 体長 4.4~5mm。ホストは、ブナ、シデ類、ダケカンバ。本州から九州に分布。
  • ゴマダラオトシブミ
     クリ林などで普通に見られる。全体が明るい黄褐色で黒色の斑点が散らばる個体が多い。しかし、斑点が小さく、ほとんど黄褐色に見えるものから、背面全体が黒色になるものまで変異が多い。体色の明暗は、幼虫期の湿度によるとされている。上ハネには、小さな膨らみ・結節があるのみで、顕著なコブはない。揺籃は切り落とさない。
  • 体長 7~8.2mm
  • ホスト・・・クリ、クヌギ、アベマキ、コナラ、ミズナラ、ブナ、ヤシャブシ、ヤマハンノキ、ミヤマハンノキ、サワシバ 
  • アシナガオトシブミ
     春に現れる成虫は赤色だが、まもなく黒化する。前ハネは赤色。林縁や明るい林内で見られる。♀を巡る♂同士の争いはむ、互いに向かい合い、口吻と触角を高く持ち上げ、背比べをするような行動が見られる。主脈に細かい間隔でかみ傷をつけてから巻き、両裁型の揺籃をつくる。完成した揺籃を切り落とす場合とそのままにする場合がある。初夏、しばしば山地に生えるミズナラ製の揺籃が落ちていることがある。
  • 体長 6.5~8mm。本州から九州に分布。
  • ホスト・・・ミズナラ、クヌギ、クリ、カシ類(ブナ科)
  • エゴツルクビオトシブミ
     エゴノキのある環境で普通に見られる。光沢のある黒色で、♂は首が長い。♀はヒメクロオトシブミの黒色型に似ているが、後頭部がなだらかに細くなっていることなどで区別できる。植栽木に発生することもある。活動期が晩春から夏と長い。
  • 体長 6~9.5mm
  • ホスト・・・エゴノキ、ハクウンボク、フサザクラ 
  • ヒメクロオトシブミ・・・最も普通に見られるオトシブミ。体色は、黒色型、黄腹型、背赤型の3つを基本とする地方変異がある。
  • 体長 4.5~5.5mm
  • ホスト・・・コナラ、クヌギ、アベマキ、ミズナラ、シラカシ、ノイバラ、キイチゴ、ツツジ類、ニセアカシア、フジ、アキグミ、シデ類、ヤマハンノキ、ヤシャブシ、マンサク、サルスベリ 
  • ムツモンオトシブミ・・・体の大部分は黒色で、上ハネに2~6個の黄色い紋がある。体長6.5~7mm。ホストは、キオン、ヒトツバヨモギ、ゴマナ、ヤマハッカ、コウシンヤマハッカ、ヒキオコシ、アキギリ、オドリコソウ 
  • ヒゲナガオトシブミ・・・♂は頭部が著しく細長く、触角も長い。赤褐色~暗赤褐色で光沢がある。コブシ、イタドリなどで見られる。 
  • ウスモンオトシブミ・・・黄褐色に黒い模様があり、脚は黄色。エゴノキ、キブシ、ミツバウツギなどで見られる。北海道から九州まで分布。
  • ファーブル昆虫記・・・ハシバミオトシブミ、ロールキャベツのつくり方
    1. ハシバミの実は、チョコレートによく入っているヘーゼルナッツ。傘を逆さにした、ステッキでハシバミの枝を叩くと、赤い虫がパラパラ落ちてくる。それがハシバミオトシブミだ。
  1. あの小さな虫がハシバミの大きな葉をどうやって巻くのか。この虫の口の先は、ハサミのように鋭くなっている。葉っぱの付け根に近い所を、片側から横にジョキジョキ切り始める。こうして切れ込みを入れると、葉がしんなりとしなびて柔らかくなってくる。葉脈を噛み切って、木の枝から送られてくる水分を止めると、加工しやすくなる。
  2. 切った葉っぱは、自然と垂れ下がる。その葉の表の方が内側になるように二つ折りにして、先の方からクルクル巻く。
  3. ロール巻きの上の口は、葉の残りの部分で蓋をし、下の口は、ロールのヘリを折り曲げて蓋をする。
  4. 小さなロールキャベツは、枝に付いたまま、風に吹かれて揺れている。この中に、オトシブミの卵が産みつけられているから、木の葉のゆりかごみたいだ。 
  • チョッキリの揺籃づくり
     オトシブミ亜科は、円筒形の揺籃をつくるが、チョッキリゾウ亜科は、円筒形にならない。種類によって様々で、2枚の葉を巻きつけたり、茎や葉柄に卵を産みつけるだけで、揺籃をつくらないものもいる。 
  • イタヤハマキチョッキリ・・・カエデ類の葉を巻くチョッキリの美麗種。体長5.5~8.5mm。鮮やかな赤紫色~銅赤色の金属光沢がある。背面が緑色の個体もいるらしいが、腹面はいずれも藍青色をしている。ホストは、コハウチワカエデやオオモミジなどのカエデ類。
  • 4月頃、カエデ類の葉が展開する頃に現れる。♂同士が争うときは、向かい合って立ち上がったり、レスリングのように相手を押さえつけたりする行動が見られる。ゆりかごは数枚の葉が使われる。
  • イタヤハマキチョッキリの揺籃・・・揺籃は、まず1枚目の葉を縦に細く巻き下半分を折り返し、その上に2枚目をきっちり巻きかぶせる。さらに多くの葉を重ねて、かなり太い巨大な揺籃に仕上げる。初めの数枚の葉と葉の間に数卵を産み込む。 
  • イタヤハマキチョッキリの揺籃完成形・・・カエデ類の若葉を数枚使って巻くので、かなり複雑なゆりかごをつくる。巻いた葉がほどけないよう、口から出したノリ状の物質でつなぎ止めているという。スゴイ!
  • ドロハマキチョッキリ・・・全体的に緑色で部分的に赤銅色が混じる美麗種。比較的普通に見ることができる。
  • 体長 5.4~7mm
  • ホスト・・・カエデ類、イタドリ、オオイタドリ、コナラ、ミズナラ、ブナなど多数。
  • ハイイロチョッキリ(オトシブミ科)
     体長約9mm、体は毛深く口吻が長い。成虫は5月頃に現れ、8月頃、コナラやクヌギの若いドングリに長い口吻を使って穴を開け、産卵する。雑木林の地面に、ドングリつきの葉が点々と落ちている場合、それは本種の仕業。ハイイロチョッキリは、産卵した後、枝ごと切り落とす習性がある。その切断面は、ハサミで切ったかのよう。ドングリ1個につき産卵数は1個。♀の産卵行動中、♂がマウントしていることも多い。
  • 参考動画:ハイイロチョッキリの産卵/海野和男 - YouTube
参 考 文 献
  • 「オトシブミ ハンドブック」(安田守・沢田佳久、文一総合出版)
  • 「葉っぱをまく虫」(海野和男、新日本出版社)
  • 「虫のしわざ観察ガイド」(新開孝、文一総合出版)
  • 「身近な昆虫のふしぎ」(海野和男、サイエンス・アイ新書)
  • 「子供たちに教えたいムシの探し方・観察のし方」(海野和男、サイエンス・アイ新書)
  • 「ファーブル先生の昆虫教室」(奥本大三郎、ポプラ社)
  • 「別冊太陽 昆虫のすごい世界」(平凡社)
  • 「どくとるマンボウ昆虫記」(北杜夫、新潮文庫)
  • 「ずかん 虫の巣」(監修岡島秀治、技術評論社)