昆虫シリーズ69 冬虫夏草、キノコにつく虫
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- 昆虫に寄生する菌・冬虫夏草
冬に土中で虫の幼虫などに寄生し、虫の栄養分を摂取して、夏になると発芽し棒状のキノコが地上に姿を現すことから、「冬虫夏草」と呼ばれている。古くから不老長寿の薬として珍重されてきた中国では、「冬虫夏草」と言えば、チベット等原産のオオコウモリガの幼虫に寄生する天然のオフィオコルディセプス・シネンシスの一種だけを指している。その他の虫に寄生するキノコ類は、「虫草(ちゅうそう)」と呼んで区別している。
冬虫夏草は、死んだ虫からではなく、生きている虫にとりつき殺してしまう殺虫キノコ。昆虫にとっては、キノコも恐ろしい敵の一つで、土中や地面を歩き回る昆虫に多く生える。日本は温暖湿潤で、かつ南北に長く、多様な自然環境に富んでいることから、たくさんの冬虫夏草が見られる。世界で約500種、うち日本はその8割・400種余りに及び、「冬虫夏草の宝庫」と呼ばれている。
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- 「どくとるマンボウ昆虫記」・・・冬虫夏草
「セミにとっつくのはセミタケで、蝉の幼虫の頭の方からキノコのようなものがのびて地上へでる。昔から「冬虫夏草」と呼ばれ、不思議なものの一つとされていた。地上には植物らしきものが生え、それを掘ってゆくと虫の姿となる。冬には虫で夏には草になるのであろうと考えられていた。
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- むかし中国では「冬虫夏草」を乾燥して薬用とした。肺の病い、腎臓の病い、その他いろんな病気に効くのだそうである。もっともその姿はいかにも珍で、幽玄の気さえ漂っているから、病人たちも仰天して治ってしまったのかもしれぬ。」
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- 冬虫夏草属
「山渓カラー名鑑 日本のきのこ」(山と渓谷社)によれば、昆虫、クモなどに寄生してその体内に内生菌核をつくり、これから有柄で棍棒形~球形などの子実体を生じる菌である。その頭部に裸の子のう殻を密生、あるいは頭部の外被層に子のう殻を埋没~半埋没して生じる。従って頭部には小さいイボ粒が見られる。中には菌核から分生子柄束が柄になって伸び粉状の頭部を生ずるものがある。属名は冬には虫となり夏は草になる意味の古語。
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- 参考動画:虫に寄生するゾンビキノコ(テレビ大阪)・・・「冬虫夏草」の不思議な世界 - YouTube
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- 冬虫夏草が生える場所と発生時期・・・発生する場所の特徴は、広葉樹林、湿り気のある岩の多い沢沿い、火山灰土壌で土が軟らかく、落ち葉や腐植がたまっている場所だという。里山の雑木林の場合、沢沿いに道がある所が探しやすい。発生時期は、キノコがよく生える秋ではなく、梅雨期を中心とした夏場である。
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- 参考動画:冬虫夏草ハチタケ【愛知県森林公園】 - YouTube
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- 発生パターン (写真:葉裏のアリから発生したアリタケ)
- 地生型・・・地中に埋まった宿主から発生する。沢の氾濫原や沢沿いの土手、斜面または神社の境内などが発生地。サナギタケ、セミタケ、カメムシタケ、オサムシタンポタケなど
- 気生型・・・岩上や樹幹、葉裏などに着生する宿主から発生する。空中湿度の高い所に見られので、沢に枝を伸ばしている樹木の葉裏などで見ることができる。ガヤドリナガノミツブタケ、ヤンマタケ、アリタケ、シャクトリムシハリセンボンなど
- 朽木生型・・・主に甲虫で、朽木の中に潜む幼虫などの宿主から発生する。アシブトイモムシタケ、コガネムシタンポタケ、テッポウムシタケなど
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- 不老長寿の薬:元祖「冬虫夏草」
冬虫夏草は、不老長寿の薬として清の時代、1760年代の医学書「本草従新」に記載されてから、中国の皇族や特権階級の間で貴重な薬草とされてきた。その冬虫夏草は、オオコウモリガという蛾の幼虫にキノコが寄生し、幼虫を栄養分として育ったキノコのこと。採取地は、四川省、雲南省、甘粛省、チベット、ネパール、ブータンなどヒマラヤ山系、標高3,000~5,000mの高山地帯で、立木のない草原に発生する。
まだ残雪のある4月下旬から5月下旬頃、地中に生息するイモムシに寄生して育った冬虫夏草が、地表に芽を出し始める未熟な時期に採取する。土を丁寧に洗い落としてから天日で乾燥させ、漢方薬として市場に出される。中国、チベット、ヒマラヤ特産で、日本には分布しない。
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- NHK「ヒマラヤに見た夢 ~天空の“秘薬(冬虫夏草)”を求めて~」
一獲千金を夢見る親子を追ったドキュメンタリー。16歳の息子が志願して初挑戦・・・標高4,000~5,000mの広大な草地の斜面に這いつくばり、地表からわずかに芽を出した冬虫夏草を探す。プロでも見つけるのは至難の業だが、さらに高山病と低体温症が何度も襲う過酷な世界に冬虫夏草が発生する。難儀しても思うように採れなかった冬虫夏草を、帰路、卸売業者に安く買いたたかれる。それを見ていた息子の言葉が胸に刺さる・・・「貧乏人は苦労してお金を稼ぐ。お金持ちは楽をしてお金を稼ぐ」
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- 冬虫夏草の効能
チベット産コルディセプス・シネンシスは、強壮、強精、結核、動脈硬化、神経痛、風邪、制ガン、免疫力について高い薬理作用が証明されている。過去にはアヘン中毒の解毒剤としても用いられたほか、中国の薬膳料理に重用された。北京ダックの腸詰めとして冬虫夏草のスープ料理は、トリュフ、キャビアとともに世界三大珍味の一つとされている。日本に分布するセミタケは、小児のひきつけ、咳、のどの腫れ、眼疾、免疫力、制ガンに効果があるとされている。その他の種でも抗ガン作用、造血作用、強精強壮、抗腫瘍性などの作用を持つことが次々報告されているという。
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- 秦の始皇帝と冬虫夏草
秦の始皇帝と言えば、北方からの侵略に備えて万里の長城を築いたり、西安に壮大な兵馬俑を残したことで有名。彼は、子供の頃から身体が弱かったが、権力を握るにつれて強くなりたいとの願望が強くなり、斉国の方士・徐福に命じて、冬虫夏草を国内で栽培できる施設を作ろうとしていたことが、「史記118巻・淮南衝山列伝」(司馬遷)に記されている。
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- 楊貴妃と冬虫夏草・・・世界三大美女の一人楊貴妃は、その美しさと若さを保つために、古くから薬膳の材料として使われていた冬虫夏草を愛用していたと言われている。
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- 馬軍団と冬虫夏草
1993年の陸上競技世界大会で金・銀・銅メダルを総ナメにした馬軍団(女子陸上競技チーム)は、「冬虫夏草とスッポンのスープを飲みながら猛特訓に耐えた」ことにならって、オリンピック強化メニューにチベット産の冬虫夏草をとり入れた。その結果、金メダルが1996年アトランタ大会で16個、2004年アテネ大会ではロシアを抜き去って32個、2008年北京大会ではアメリカ36個に大差をつける51個を獲得して念願の世界の頂点に立った。その快挙は、ドーピングを疑われるほどの衝撃だった。その秘密は、大量のアミノ酸が含まれる冬虫夏草のエキス入り疲労回復ドリンクを飲みながら猛特訓した結果であったという。以降、チベット産冬虫夏草は1kgあたり800万円に急騰。ついには、偽物まがいの商品が溢れる事態にまで発展したという。
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- コガネムシタンポタケ
朽木の中に潜むハナムグリの仲間の幼虫より発生する。子実体はタンポ型で鮮やかなオレンジ色。幼虫の身体からキノコが生えているのがよくわかる。柄の根元の方は白く、上半分は黄色からオレンジ色に色づいている。幼虫の養分を使って生育しているのに、幼虫よりもキノコの方が遥かに大きい。直径1m以上に及ぶ風倒木、半ば朽ちたブナの巨木など、広葉樹林帯の原生林内に発生する。ブナ帯の原生林が少なくなった近年、この種の発見は稀有のものになっているという。分布は北海道から奄美大島。日本固有種。
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- セミタケ
地下のごく浅い所にいるニイニイゼミの幼虫から発生する。幼虫の頭部から太めの肉質の柄が伸び、全体に褐色がかった棍棒型。掘り取りは比較的容易。このキノコは、胞子を飛ばして幼虫の体の中に入り込む。キノコが成長するとセミの幼虫は死んでしまい、キノコは幼虫を養分にして育つ。初夏から初秋にかけて、人家の庭・庭園あるいは神社の境内などで見つかる。
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- オオセミタケ
庭園や自然林の中にも見られる。エゾハルゼミ、コエゾゼミ、アブラゼミ、ヒグラシなどのセミの幼虫の頭部から発生する。頭部は褐色のため、枯れ葉に紛れて目立たない。柄の基部は細くなり、枝分かれすることもある。3~4月頃に発生するが、北国ではより夏にずれ込む傾向がある。北海道から沖縄まで分布。
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- セミノハリセンボン
地表に転がるセミの成虫から発生する。セミの全身に小さな虫ピン型のシンネマ(不完全型のキノコ)が生え、その頭部に薄紫色がかった分生子がつく。発生期は夏から秋。日本各地に分布。(写真提供:Unknown
HP「空と野鳥と自然観察」)
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- 参考動画:セミの寄生虫や病気が鬼畜すぎる - YouTube
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- ツクツクボウシタケ
ツクツクボウシの幼虫から発生する。宿主は菌糸に覆われ、そこから軟質で黄色みを帯びたシンネマ(不完全型キノコ)が伸び、先端部に白い粉状の分生子を多数つける。乾燥したものを漢方では「蝉花(せんか)」と呼び利用する。夏の中頃から秋に発生することが多い。寒冷地では、宿主のツクツクボウシが少ないので、本種の発生はほとんど見られないという。(写真提供:Unknown
HP「空と野鳥と自然観察」)
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- オサムシタケ
地中のオサムシの成虫または幼虫から発生する。写真は、アオオサムシの成虫から発生した冬虫夏草。細い柄に黒く革質で、宿主の体のあちこちから伸び、地上部の柄には虫ピン型のシンネマ(不完全型キノコ)が多数つく。発生期は梅雨明け頃。雑木林の沢沿いの崖などで見つかる。北海道から九州に分布。(写真提供:Unknown
HP「空と野鳥と自然観察」)
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- 参考動画:【7/10】冬虫夏草が見たい!(オサムシタケなど) - YouTube
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- ヤンマタケ
夏から秋にかけてトンボに感染し、着生したトンボの体の節々から菌糸の塊を突出させた状態で越冬する。だから冬でも越冬個体を発見することができるという。雑木林では、林内を流れる沢に張り出した木の枝などに着生する。宿主は、ノシメトンボ、ナツアカネ、ミルンヤンマ、サナエトンボ、オニヤンマなど。日本特産種。
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- 成長の初期段階・秋は、宿主の体の節々から湾曲した棍棒型のシンネマ(不完全型キノコ)を多数つけ、宿主のハネはまだついている。冬になるとハネがとれ、腹部は乾燥のためかエビ反るように曲がり、ヤンマタケの生長は止まる。翌夏になると、朱色に色づき成熟する。
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- カメムシタケ
林床の落ち葉の下に転がるカメムシの仲間の成虫から発生する。沢沿いの広葉樹林で見られる。宿主は、27種のカメムシが記録されている。特にツノカメムシの仲間が多い。カメムシの肩のあたりから1~2本の黒い針金状の丈夫な柄が伸び、その先端の赤く膨らんだ結実部をつける。未熟な個体は赤みが強い。暗い林内でも良く目立ち、落ち葉をどけるだけで容易に採取できるので、初心者にも採集しやすい。全体的な形からミミカキタケの異名をもつ。
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- アリタケ
アリの仲間から発生する。朽木の中のムネアカオオアリやトゲアリからの発生がよく見られるという。寄生を受けたアリは、操られるまま菌の成長と繁殖に適した環境条件の場所に移動する。宿主のアリは、葉の裏の葉脈にしっかりとかみつき、脚を広げた腹ばい状態で静止する。アリタケは、アリを養分にして成長する。やがて菌糸はアリの体を覆い、体の外まで広がっていく。やがてたくさんの胞子がばらまかれ、別のアリに寄生する。日本特産種。
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- 参考動画:アリを乗っ取り支配する「ゾンビキノコ」 - YouTube
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- ガヤドリナガミノツブタケ
主にスズメガ科のガの成虫に寄生し、稀にカラスアゲハの成虫に発生する。別名スズメガタケ。子実体は不整形、不規則の太針円柱状または棍棒状で、白色綿毛質、ややかたい肉質。ガの表面から角状で小さなキノコが、まるでハリネズミのように群生する。ヤンマタケと環境が重なることから、同時に見つかることがままあるという。北海道から九州の各地に記録がある。
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- サナギタケ
ガやチョウのサナギ、幼虫に寄生する。棍棒状、スリコギ棒状に発生する。全体が明るいオレンジ色で、暗い林内でも良く目立つ。薬効成分であるコルジセピンが含まれることから、人工培養が試みられているという。日本各地で普通に見られるが、特にブナ林に大発生するブナアオシャチホコのサナギに感染することで有名である。
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- ブナアオシャチホコによるブナ枯れとサナギタケ
ブナの葉を食害するブナアオシャチホコ(以下ブナ虫)は、時には数千haにわたりブナの葉を食い尽くすこともある。八甲田山や八幡平では、8~11年の周期で大発生を引き起こしている。ブナ虫が大発生すると、クロカタビロオサムシも大発生して幼虫・蛹を捕食する。翌年、ブナ虫のサナギの9割以上がサナギタケの感染を受けて大発生が起きる。この菌は、ブナ虫が増え過ぎた時に調節をする天敵として、最も大きい役割を果たす。つまり菌類は、森の生態系を維持する一員として重要な役割を担っている。
- 上画像:菅原冬樹氏「キノコの不思議な世界を知る」プレゼンより/イワナの胃袋から大量に出てきたブナアオシャチホコ幼虫/クロカタビロオサムシ
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- キノコにつく甲虫・・・カワラタケやサルノコシカケなど、枯れ木などに生えるキノコの下で見つかる。黒とオレンジ色の模様があるものが多い。
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- ミヤマオビオオキノコムシ・・・体色は艶のある黒色で、上ハネに4つの橙黄色の帯紋がある。カワラタケなどのキノコを食べる。
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- ヒメオビオオキノコ・・・カワラタケなど枯木にはえるキノコを食べる。
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- キノコゴミムシ・・・ミヤマオビオオキノコムシによく似ている。昆虫写真家の海野和男によると、キノコゴミムシは臭いから、それに擬態したのではないかと推測している。
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- その他キノコや朽木で見られる虫:クロオオキバハネカクシ・・・ブナ帯の昆虫で、ヒラタケやハナガサタケなどに集まる。
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参 考 文 献 |
- 「新訂 冬虫夏草ハンドブック」(盛口満・安田守、文一総合出版)
- 「冬虫夏草属菌図説:東北大学総合学術博物館」(矢萩信夫、自然薬食微生物研究所)
- 「冬虫夏草生体図鑑」(日本冬虫夏草の会、誠文堂新光社)
- 「山渓カラー名鑑 日本のきのこ」(山と渓谷社)
- 「集めて楽しむ昆虫コレクション」(安田守、山と渓谷社)
- 「昆虫の生態図鑑」(Gakken)
- 「昆虫学者の目のツケドコロ」(井出竜也、ベレ出版)
- 「小さな小さな虫図鑑」(鈴木知之、偕成社)
- 「虫のしわざ観察ガイド」(新開孝、文一総合出版)
- 「どくとるマンボウ昆虫記」(北杜夫、新潮文庫)
- 「森の虫の100不思議」(日本林業技術協会)
- 参考HP「日本冬虫夏草の会 新館」
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