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山野の花シリーズ① オオサクラソウ

 白神山地の海岸部では、5月、ブナ林が萌黄色に染まる頃、渓谷の湿り気の多い岩場に生える。一株から数株のオオサクラソウは、たまに見掛けるが、500mにもわたって渓谷の岩場に群生する場所は、滅多にない。ただし、その大群落は、大滝から数段の滝が連なる峡谷のゴルジュ帯に限られている。かつては、男鹿本山周辺で見られたが、今では、白神山地の一部の渓流でしかオオサクラソウの楽園は見ることが出来なくなった。
オオサクラソウ(大桜草、サクラソウ科)

 最も大きなサクラソウの一つで、5深裂した鮮やかな紅紫色の花を咲かせる。葉は円形で、掌状に7~9裂する。花期は5月~6月。山には、その山を代表する花がある。鳥海山はチョウカイフスマ、秋田駒ヶ岳はタカネスミレ、男鹿本山では、オオサクラソウである。以前は、男鹿本山の各地で見られたが、今は残念ながら生息域が限定されている。

 人を容易に寄せ付けない白神山地の渓流では、今でもオオサクラソウの楽園を拝むことができる。だから白神山地の渓流を代表する花で、白神の谷に春を告げる桜の代表格である。
名前の由来

 サクラソウという花の名前は、江戸時代の本に登場して一般によく知られていた植物。この花がサクラの花に似ていることから名付けられた。そのサクラソウに比べ、草姿が大形なのでオオサクラソウ(大桜草)。花は似ているが、葉の形は似ていない。
 オオサクラソウが咲く5月上中旬頃は、雪解け水で増水し、沢の遡行が最も困難な時期に満開を迎える。それだけに、ごく限られた人しかオオサクラソウの楽園を拝むことはできない。
▲ブナ林が萌黄色に染まる頃に満開となる ▲急斜面の岩場に咲くオオサクラソウ
▲木漏れ日を浴びて咲くオオサクラソウ

 渓流沿いのオオサクラソウは、谷筋の渓畔林が芽吹き、萌黄色の新緑に包まれる新緑初期に満開を迎える。暗い峡谷の岩場に、なぜこんな美しい花が咲くのだろうか。よく観察すると、山笑う季節・・・その柔らかい木漏れ日を一杯浴びながら群れをなして咲く光景は、春の訪れを皆で喜び合い、実に幸せそうに見える。

 そして、雪代が終わり谷が深い新緑に覆い尽くされ、峡谷に届く光が乏しくなると、はかなく消えてしまう。まるでスプリングエフェメラル(春のはかない草花)のような花でもある。
▲開花初期は、花も葉も小さく、草丈も短い。  
▲一般的な紅紫色の花 ▲白っぽく淡い紫色の花 

花の色は多様性に富む

 左は、一般的なオオサクラソウの花だが、右のオオサクラソウは、白っぽく、シロバナノオオサクラソウを連想させるような花色である。オオサクラソウの楽園を丹念に観察していると、花色の濃淡があることに気付かされる。ならば真っ白なオオサクラソウもあるのでは・・・
シロバナノオオサクラソウ

 ありました。絶滅危惧種の珍種・・・真っ白なオオサクラソウ。背後に写っている紅紫色のオオサクラソウとは、明らかに異なる。シロバナノオオサクラソウと呼ぶらしく、オオサクラソウの変種である。何と出会う確率は、オオサクラソウの1/10万だという。
 不思議なことに、シロバナノオオサクラソウのすぐ傍に、白のシラネアオイも咲いていた。人を容易に寄せ付けない谷を長年歩いていると、ラッキーな花との出会いもある。そんな超希少種と出会った時は、幸せ感はピークに達する。水に濡れないようザックに背負っていたカメラを取り出し、興奮したまま動物的にシャッターを押しまくった。
 急な岩場の谷筋に仁王立ちしていたブナは、樹齢250年ほどの巨樹。その根元を取り囲むように咲いていたオオサクラソウ。この巨樹を見上げれば、萌黄色の新緑が眩しいほどの輝きを放ち、まるで白い神の依代のように見えた。
オオサクラソウ写真館
参 考 文 献
「秋田の山野草300選」(秋田花の会)
「山渓名前図鑑 野草の名前 春」(高橋勝雄、山と渓谷社)
「山渓カラー名鑑 日本の野草」(山と渓谷社)