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山野の花シリーズ② トガクシショウマ

 ブナ帯の木々が芽吹き、全山眩しいほどの新緑に包まれると、淡い紅紫色の花をたくさん咲かせる。幻の花とも呼ばれる日本固有の花。新緑の頃、ブナ林下の沢沿いはよく風が吹き抜ける。その風に揺れる背高のっぽのトガクシショウマは、美しく可憐なことから「ブナ林の妖精」とも呼ばれている。特に白神山地では、人跡稀な奥地に静かに咲いていることから「白神の仙人」とも呼ばれている。
トガクシショウマ(戸隠升麻、メギ科)

 日本特産の1属1種で、本州中部以北の日本海側多雪地帯の沢沿いに生える。ただし、生育地は極めて限られている。地中には横に這う節の多い根茎がある。茎の先に3出複葉が対生する。花と葉が同時に出て、花の後に葉が大きくなる。葉の間から花序に見えるガク片を出し、淡い紅紫色の美しい花を3~5個、下向きにつける。

 右の写真・・・10本以上が盆栽のように寄り集まって生えていると、それはそれは見事で美しい。
花期 ブナ林が萌黄色の新緑に包まれる5~6月
名前の由来

 1886年、長野県戸隠山で最初に発見され、葉のつき方がショウマ類に似ていることから「トガクシショウマ」。別名、トガクシソウともいう。淡い紅紫色の花弁のように見えるのは、6枚のガク片で、花弁は花の中央にあり、ごく小さい。
▲花は通常、2~5個程度だが、上の写真は何と8個も咲き誇る珍しいトガクシショウマ。
生育地

 ブナ、ミズナラなどの広葉樹に覆われた源流部・・・上の写真のような小渓流沿いで、かつ堆積した雪がズリ落ちるような急な斜面に限られている。県内の生育地は、白神山地、和賀山塊、大平山、乳頭山、鳥海山などのブナ帯地域の一部に生育している。 
 白神山地では、シラネアオイやゼンマイと一緒に生えている場合が多く、一部に大きな群落を形成する場所がある。県内では和賀山塊に最も多く生育しているといわれ、シラネアオイやヤグルマソウ、サンカヨウとも共存関係にあるという。
▲ヤグルマソウ ▲サンカヨウ
 トガクシショウマがこんなにたくさん群生していたら、「白神の仙人」とは呼べないだろう。ただし、こういう大きな群落は極めて珍しい。この群落は、上部にゼンマイが群生する北側の急斜面に位置している。トガクシショウマが群生する斜面下側は、遅くまで雪渓が残る場所である。生育地は、ブナ林と豪雪、雪崩斜面、沢の源流部が大きなポイントになっているように思う。
▲リバーサルフィルム時代に撮影したトガクシショウマ
 この花と初めて出会ったのは、昭和63年6月上旬、白神山地追良瀬川サカサ沢源流でのことだった。ブナの新緑に負けじと、盆栽のように大きな株となって咲き誇る姿にすっかり魅せられた。だから勝手に「白神の妖精」と呼んでいた。お蔭で、それまで単なる雑草にしか見えなかった山野の花々にもカメラを向けるようになった。以来、谷を歩く、山に登る、里山を歩く楽しみの一つに四季を彩る花々が加わり、楽しみは無限大に拡がった。
参 考 文 献
「秋田の山野草300選」(秋田花の会)
「世界遺産白神山地 自然体験・観察・観光ガイド」(根深誠、七つ森書館)
「秘境・和賀山塊」(佐藤隆・藤原優太郎、無明舎出版)
「山渓名前図鑑 野草の名前 夏」(高橋勝雄、山と渓谷社)
「山渓カラー名鑑 日本の野草」(山と渓谷社)