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山野の花シリーズ⑥ ミズバショウ・ザゼンソウ

INDEX ミズバショウ、ザゼンソウ
 春から初夏、雪解け水が小沢をたくさんつくり、やがて谷筋の流れは、瀑布となって渓谷を流れ下る。雪解け水が滴る湿地では、純白の衣をまとった森の精霊たちが、一斉に舞い降りたように咲き乱れる。萌黄色の新緑と残雪の白、清冽な雪解け水と相まって、その清楚な姿は、仏や神を連想させるほど美わしい。
雪解け水がもたらす花・ミズバショウ(水芭蕉、サトイモ科)

 雪の多い地域の湿原や湿った草原、水の湧き出るところ、沼などに自生する。湿地を代表する花で、大きな群落をつくる。花は、白い仏炎苞に包まれ、肉質の円柱状の花序に淡い黄色の小花が多数つく。白い仏炎苞は、仏様の後ろ側にある炎形の飾りに似ていることからついた。葉は、花後にビックリするほど大きくなるが、この葉はツキノワグマの大好物である。
名前の由来

 花後に展開する大きな葉は、バショウの葉に似ている。水辺に生えるので、水芭蕉と書く。バショウは、中国原産だが、この植物は、松尾芭蕉が閑居した庵の前庭に門人から贈られて植えられていたので、「芭蕉」の名がついたといわれている。
花言葉 美しい思い出、変わらぬ美しさ
花期 4~7月 草丈30~80cm
仙北市刺巻湿原ミズバショウ群生地 花期は4月中旬~5月上旬

 ハンノキ林内のミズバショウ群落は、国道のすぐ傍にあるので、撮影に便利。ハンノキ林の面積は約10ha、そのうちミズバショウの群生面積は約3haで、約6万株と言われている。林内に木道があり、ミズバショウとザゼンソウの群落を気軽に鑑賞できる。ただし、撮影のために湿地に入ることはできないので、望遠レンズあるいは高倍率のデジカメが便利である。

 月明かりの夜は、純白の苞が雪明りのように明るく輝き、幻想的だという。そんな幻想的な夜に鑑賞すれば、俳句や素敵な詩がスラスラと書けるであろう。ぜひお試しを!
 世界自然遺産白神山地のミズバショウは、残雪と萌黄色の新緑が眩しい5月~6月上旬頃に咲き誇る。だから「夏の思い出」で歌われているような夏ではなく、春の花である。
白神山地のミズバショウ(5月~6月上旬)

 追良瀬川サカサ沢右岸には、二ヵ所のミズバショウ群落がある。雪が残るなだらかな斜面にミズバショウが自生する。ブナの森から湧き出す湧水と残雪の雪解け水で育つ秘境の花園である。
森吉山・山人平湿原のミズバショウ

 山頂東斜面、標高1300m付近のアオモリトドマツに囲まれた大小5つからなる高層湿原がある。雪解けとともに、ミズバショウとヒナザクラが咲き乱れる。花期は、6月下旬から7月中旬頃。だから高山では、夏の花である。
「夏の思い出」(江間章子作詞・中田喜直作曲)

「夏がくれば 思い出す/はるかな尾瀬 遠い空
・・・水芭蕉の花が 咲いている/夢見て咲いている水のほとり・・・

夏がくれば 思い出す/はるかな尾瀬 野の旅よ
・・・水芭蕉の花が 匂っている/夢みて匂っている水のほとり・・・」
焼石岳銀明水避難小屋向かいのミズバショウ群落(花期6月)

 萌黄色の新緑と残雪、沢筋の雪解け水が流れる緩やかな斜面の湿地には、ミズバショウとリュウキンカの大群落がある。東成瀬村三合目コースは、六合目から焼石沼までの至る所にミズバショウとリュウキンカの群落がある。特に焼石沼周辺は圧巻である。また岩手県側中沼登山口コースは、雪解けの窪地、湿地に飽きるほどミズバショウの群落がある。
▲田苗代湿原(藤里町)のミズバショウ

 岳岱自然観察教育林から黒石林道終点、藤里駒ヶ岳(標高1,158m)の登山道入口までわずか3.4km。ここから徒歩15分程度で湿原に達する。ミズバショウやショウョウバカマ、ニッコウキスゲなど湿原に咲く高山植物を気軽に見ることができる。駒ヶ岳は、古くから信仰の山で、山頂には女神がすみ、田苗代湿原は「神様の田」と言われている。昔から岳参りをしてその年の豊凶を占ったという。
ミズバショウはクマの好物

 花が終わったミズバショウ群落をよく観察すると、クマが食べた痕跡(上の写真)が至る所にある。クマは、白い仏炎苞や花を食べるのではなく、花後のボリュームのある緑の葉を好んで食べる。5月下旬から6月にかけて、ミズバショウのほか、ザゼンソウ、エゾニュウ、アザミ類も好んで食べる。これら植物の共通点は、背丈が高い、水分が多い、葉が厚いなどの特徴がある。
 渓流沿いの森の中の水際や湿原の際などには、ズラリと大きな葉が群生しているが、上右の写真のように、クマに滅茶苦茶に踏み荒らされているのもよく見掛ける。沢歩きで、ミズバショウ群落やタケノコが生える笹薮を歩く場合は、クマに注意!
毒草につき食べてはいけない

 ミズバショウは、全草が有毒に分類され「食べると口がはれ、腰痛を起こし下痢する」。「秋田たべもの民俗誌」(太田雄治)によれば、はるか昔のことではあるが、この草も食べていた記録があった。由利郡矢島町の一部で、この葉の若芽を、米の白水でゆでて、味噌和えなどにして食べたと記されている。ただし、決して真似をしないように注意!
▲秋田市植物園(仁別植物園)のミズバショウ
▲プラザクリプトン「学習の森」の湿地に群生するミズバショウ
ザゼンソウ
 白い仏炎苞が茶色になるとザゼンソウになる。だから、ザゼンソウは、ミズバショウと同じ仲間で、混生している場合もある。しかし、ミズバショウよりずっと自生地が少ない。乾燥した所にも適応している。傷をつけると臭い匂いを出し、アメリカではスカンクキャベツと呼ばれている。
ザゼンソウ(座禅草、サトイモ科)

 花は黄褐色の小さな花で、葉が伸びないうちから咲く。頭巾形の花びらに見える部分を、仏炎苞という。仏炎苞の中に花の集団がある。仏像の光背(こうはい)に似た暗紫褐色の仏炎苞に包まれ、悪臭がある。花後、葉が大きくなる。

花期 3~5月 
名前の由来

 僧が岩穴で座禅を組んでいるような花であることから、座禅草と書く。別名は、達磨大師に見立てて、達磨草と書く。北米先住民は、ザゼンソウをよく薬草、調味料として利用しただけでなく、魔術的なお守りとして用いたという。この独特の姿は、日本人でも座禅を組む修行僧や達磨大師をイメージしたのだから、神や仏を連想する何かを秘めているのであろう。
昆虫をおびき寄せる発熱と悪臭

 ザゼンソウは、開花する時に真ん中の部分の温度が約25℃まで上昇し、周囲の雪を溶かすという。と、同時に悪臭も発生し、その臭いと熱によって花粉を媒介するハエ類をおびき寄せる。ザゼンソウは雪の中でも、いち早く顔を出す発熱と悪臭を放つ戦略で、数の少ない昆虫を独占し、受粉の確率を上げているのである。
羽後町刈女木(ガリメギ)湿原のサゼンソウ

 湿地の左岸から流入する小沢は、源流部までザゼンソウが群生し、足の踏み場もないほど規模は大きい。普通は、ミズバショウとともに湿地に群生している場合が多いが、この小沢は、比較的乾燥した斜面にザゼンソウのみが優占している。
▲ミズバショウとサゼンソウの混生(仙北市刺巻湿原)
参 考 文 献
「森吉山の自然」(「森吉山の自然」を発行する会)
「秋田の山野草300選」(秋田花の会)
「奥羽山脈 雪国の草花」(雪国の草花刊行会)
「山渓名前図鑑 野草の名前 春」(高橋勝雄、山と渓谷社)
「山でクマに会う方法」(米田一彦、山と渓谷社)
「秋田たべもの民俗誌」(太田雄治著、秋田魁新報社)