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森の学校 「写真で学ぶ ツキノワグマの生態講座」

 2019年1月19日(土)、森の学校「写真で学ぶ ツキノワグマの生態講座」が秋田県森林学習交流館・プラザクリプトンを会場に開催された。参加者は92名。講師は、昨年2月に写真集「秋田市にはクマがいる」(無明舎出版)を出版した加藤明見さん。秋田では、クマ問題が社会問題化しているだけにクマに対する関心が極めて高いが、野生のクマを正面から見た人はほとんどいない。そんな野生のクマの写真、動画130余枚のスライドを使い、その知られざる生態を丁寧に解説してもらった。
  • 主催/秋田県森林学習交流館・プラザクリプトン
  • 協賛/(一社)秋田県森と水の協会
  • 協力/秋田県森の案内人協議会
  • 講師・・・野生動物撮影の第一人者・加藤明見さん。著書は、写真集「秋田市にはクマがいる」(無明舎出版)、写真集「私の好きな、秋田」(無明舎出版)ほか。 
  • 鋭い臭覚と聴覚・・・上の写真は、体臭を嗅ぎ取っている仕草。シャッター音や人間の体臭を100m先でも把握できる凄い能力がある。
  • クマの基本的な生態・・・クマは人に見られるのが嫌いで、とても警戒心が強い。近寄ると、隠れる、逃げるといった行動をとる。さらにクマの体臭は、2.5mでも分からない。だから山菜採りなどで山に入る人たちも、クマが近くにいてもその存在に気付かない場合がほとんど。
  • ただし、中には逃げないで近づく個体もいるので注意!クマの生態に「絶対」はない。
  • 冬眠穴・・・天然秋田スギは、クマにとって重要な冬眠穴になっている。米田一彦さんが太平山系で調査した例によると、越冬穴29例のうち、何と20例が天然秋田スギを利用していた。 
  • 冬眠明け直後・・・スゲ草を食べる幼獣。近づいたら、透けて見えるササの後ろで動かなくなった(下の写真)。これだけでも見つけにくくなる。先にクマに気付かれると、発見するのはなかなか難しい。 
  • 5月、ブナの木に注目・・・5月になるとブナはいち早く芽吹く。その軟らかい若葉と花は、冬眠明け後のクマにとって最大のごちそうである。器用な「長い舌」で巧みに花芽をもぎ取り食べる。ブナの花芽など小さいものは、食事時間が2時間以上に及ぶ。
  • 地上から樹上まで立体的に利用する唯一の大型獣。食べ物があれば、昼夜関係なく活動する。
  • 落ちないように枝を股で挟み、絶妙なバランスをとりながら、枝先の若葉と花を食べる。
  • 突然、人に気付き、ビックリすると「脱糞」することがあるという。
  • 子グマの食べ方・・・ブナのごちそうは枝先にある。子グマは、噛み切る力が弱いので枝を折ることができないが、身軽なので枝先まで登り尽き、若葉と花を食べることができる。 
  • 木の上にいる親子グマ・・・母グマが下で、その上に子グマがいる場合は、外敵から子グマを守ることができるので、意外と安心するのか穏やか。木の上で眠ることもある。
  • 親子はいつも一緒に行動。子グマは、母親の行動を真似する。スギ、ヒノキ、カラマツなどの造林木の皮を剥ぐ被害は、西日本の太平洋側に多い。これは子グマが母グマの「クマはぎ」を真似をすることで被害が拡大、深刻化していると言われている。ここにも、クマの地域差、個体差が生ずる所以であろう。
  • クマの意外な特徴・・・クマの首は、普段の何と倍くらい伸びる。ブナの木に登って、枝先の食べ物を食べやすいように進化したのだろうか。これだけ体が柔軟だから狭い入口の越冬穴でも簡単に入ることができるのであろう。 
  • ペットボトルや空き缶、生ごみは絶対捨ててはいけない!・・・林道脇の斜面に捨てられたペットボトルを、噛んだり叩いたりしていた。捨てられたペットボトルの中に残る甘いジュースの味を知れば、その中に美味しいものが入っていることを学習する。すると、ペットボトルを持っている人に近づき、人身事故を起こしかねない。だからペットボトルや空き缶、生ごみなど、クマを誘因するような物は絶対に捨ててはならない。
  • ・・・ニョウサクやミズバショウの果穂を食べた痕跡。高山帯の沢筋で、ミズバショウの大きな葉がなぎたおされている場面によく出会う。ミズバショウの大きな果穂が好物。 
  • 子クマが、こちらに気が付かず、どんどん近づいてきた。約15mほど接近したところで、やっと気付き、Uターンし走って逃げた。
  • 傍には母グマがいる。子グマの身体能力は未熟なので、近づけば危険。
  • 木の実や果物は熟してから食べる・・・上の写真は、クマがクワの実を食べているところだが、その際、赤い実は食べずに残し、熟した黒い実を選んで食べる。
  • オオヤマザクラの実・サクランボが大好き・・・クマは、オオヤマザクラやウワミズザクラなどサクラ類のサクランボが大好物で、クマ棚がたくさんできる。里山周辺にサクラ類がやたら多いのは、野鳥だけでなく、クマが食べて種子の入った糞をするからだろうか。
  • サクランボが不作でも(上の写真)・・・サクラの木に登って、果実を探すほど大好き。 
  • ヒメコウゾの果実を食べる・・・和紙の原料に使われるヒメコウゾは、夏、オレンジ色に熟す。この実が好きなようで、落ちた実も一つ残らず食べる。
  • クマや野鳥が好むミズキ・・・秋、ミズキはテーブルのような上に黒く熟したフルーツを並べるので、クマや野鳥たちが食べやすい。クマが折って食べた後にクマ棚ができる。そのクマ棚の上で眠っていることがある。
  • ミズキの枝を噛み切るクマの動画・・・太い枝を噛み切る歯の力の凄さには驚かされる。 
  • クマの生態には、地域差がある・・・鹿角市十和田大湯の熊取牧場の跡地は、現在、広大な大豆畑になっている。その畑のすぐ背後はタケノコ採りで犠牲になった笹薮が広がっている。加藤さんは、約40m離れた道路から、10数匹ものクマを目撃したという。この道路は、超大型車両が爆走しているが、そんな車の音はもちろん、大声を出しても逃げない。太平山系のクマは、人間の存在に気付くと、すぐに逃げるのだが、ここのクマは無視して逃げない。 
  • 鼻先が大きくえぐられた母グマ・・・恐らく、発情期にオスから子グマを守ろうとして重傷を負った傷であろう。NHKスペシャル「森の王者ツキノワグマの母と子の知られざる物語」の映像は凄まじい。オスが自分の遺伝子を残そうと、子グマ2頭を襲う。母グマは、子グマを守ろうと、必死で戦うが、むなしく破れる。オスは、2匹の子グマを殺して食べる「子殺し行動」に出る。子を失った母グマは、数時間後に発情、オスを受け入れるという。
  • 熟して硬いオニグルミも食べる・・・一般には、「熟すとクマでも歯が立たず、熟す前に食べる」と言われている。しかし、加藤さんが観察したクマは、熟した実を丸ごと口に入れ、外側の果皮を吐き出した後、中の硬いクルミをガリガリと噛み砕き、殻ごと呑み込むという。頑丈な歯と強力なアゴの強さは想像以上だ。 
  • ソバの花を食べる・・・ソバ畑には、蝶が舞い大変のどかだが。米田一彦さんによれば、ソバの実が熟すと、クマは穂先をしゃくって食べる。ソバは栄養価が高く、クマは巨大化するという。
  • 水を飲む親子・・・母グマが、長い間水を飲み続けるので、不思議に思い、よく観察すると、母グマが舌で水をまき上げ、傍にいる子グマが母グマの舌から飲んでいるという。何とも微笑ましい親子の連携プレーに感心する。
  • 泳ぎも得意・・・エサのある目的地に向かって、時速2kmほどの速さで泳ぎ対岸に渡る。翌日、泳いで戻ったりする。 
  • 2013年、秋田県のブナは大豊作・・・2014年冬にベビーラッシュになり、その年の春から親子連れのクマが出没。2015年6月頃以降は、子別れした若いクマが異常出没したのではないか。
  • ブナの実は大好物で最も重要な食べ物・・・道路沿いにブナの実が帯状に落下している。良く観察すると、その帯は縞状にクマが食べた痕跡が残っているのが分かる。
  • ブナの実の豊凶に地域差・・・2017年のブナの実は「凶作」と言われていたが、パッチ状にブナの実がなっていた。県内一律に考えるのではなく、地域差があることも考慮する必要があるだろう。
  • クマに壊されたカメラ・・・獣道に設置した自動カメラは、最初雨に濡れないようにプラスチックの容器を使っていた。クマに簡単に壊され、カメラが無くなっていた。それを知り合いの猟師が50m離れた場所で見つけて持ってきてくれたが、丈夫な歯とアゴで噛み砕かれていた。
  • 音は慣れると効果なし・・・自動カメラを設置した場所から、わずか300mほどで間伐作業が行われていた。重機やチェンソーが聞こえる場所でも平気で歩いている。公園などで、クマ避け対策として大きな音を鳴らしている例が見られるが、効果がないであろう。
  • 丸々太ったクマ・・・2018年11月4日、冬眠前のクマは、これまで見たことがないほど太っていた。その要因は、
    1. ドングリ類がそこそこ豊作であったこと。
    2. 過去三か年の駆除で、この地域のクマが、一時的に大きく減ったことなどにより、クマ一頭当たりのエサの量が多かった、とみている。
  • 一面、コナラ林のクマ棚
  • クマの食べ物の一部(加藤明見さんの講座レジメより)・・・スゲ類、ブナの新芽、ミズバショウ、タムシバの花、フキノトウ、アザミの葉や根、イタヤカエデの花、エゾニュウ、タケノコ、タラノメ、ホンナ、フキ、クワの実、ウワバミ草、セリ、ウド、木イチゴ、ヒメコウゾの実、ウワミズザクラの実、ミズバショウの実、ユリの球根、ザリガニ、ハチミツ、アリと卵、ミズキの実、クルミの実、オオバクロモジの実、アオツヅラフジの実、クリの実、ブナの実、コナラの実、ミズナラの実、ヤマブドウの実、サルナシの実、ナナカマドの実、タラの実、ヤマナシの実、イワナなど魚、動物の死骸、家畜飼料、農作物など(コメ、トウモロコシ、ソバの花、大豆の葉、スモモ、モモ、リンゴ、柿)
  • クマについての雑感(加藤明見さんの講座レジメより)
    1. 臭覚や聴覚に優れ警戒心の強いことが、襲撃事故を少なくしている。
    2. 人間に寄ってこないが、中には、逃げないで近づく個体もいる。
    3. 人間を死に至らせる力を持つので、あなどった対応は危険である。
    4. 木の実などの食べ物を調べると、出没の予測が可能になる。
    5. 山里にヤマザクラを植林することは、将来誘引することになる。
    6. 凶暴性を持ち怖いが、憎めない地球の住人であると思っている。
参 考 文 献
  • 写真集「秋田市にはクマがいる」(加藤明見、無明舎出版)
  • 「フォトアサヒ2015年7月号・・・加藤明見さん 森の生態、気配消し記録」(全日本写真連盟)
  • 「山でクマに会う方法」(米田一彦、山と渓谷社)
  • 「クマ問題を考える」(田口洋美、ヤマケイ新書)
  • 「人狩り熊」(米田一彦、つり人社)
  • 参考HP「加藤明見 フォトギャラリー