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2019森の学校 黄葉のブナ林トレッキング(乳頭高原)

 2019年10月17日(木)、森の学校「黄葉のブナ林トレッキング」が乳頭高原のブナ林で開催された。参加者は32名。早朝、小雨が降り続いていたが、歩きはじめると雨が止み、一転、雲一つない好天に恵まれた。雨あがりの澄み切った青空に、黄金色に輝くブナ林の美が目の前一面に広がった。古来紅葉は、春の花に対して、秋の美を代表するもの。そんな花のように鮮やかな「花もみじ」を観賞しながらトレッキングを楽しんだ。(写真:黄金色に染まった先達川沿いを歩く・・・水音とつかず離れず紅葉狩 後藤比奈夫)
  • 主催/秋田県森の案内人協議会
  • 協賛/(公社)秋田県緑化推進委員会 
  • 協力/秋田県森林学習交流館・プラザクリプトン  
  • 乳頭高原ブナ林トレッキングコース(MAP:乳頭温泉郷散策マップより)
    旧乳頭スキー場(標高770m)→休暇村乳頭温泉郷→空吹湿原(890m)→黒湯(830m)→孫六温泉→大釜温泉(770m)→妙乃湯→休暇村温泉郷(昼食)→旧乳頭スキー場→乳頭キャンプ場(700m)→先達川・鶴の湯峡(620m)→ツアールの森→鶴の湯別館山の宿(580m)
  • 休暇村乳頭温泉郷手前の旧乳頭スキー場駐車場に集合。小雨が降る中、軽く準備運動をする。
  • 二班に分かれ、黄葉にはまだはやいブナ二次林内の遊歩道を歩き、空吹湿原に向かう。
  • 今回、ブナ帯の黄葉は、標高で表すと、だいたい800mより上であった。このところ朝夕の冷え込みも一段と厳しくなってきたので、ブナ帯の黄葉は駆け足で里へと駆け下ることだろう。
  • イワナウォッチングができる池・・・休暇村手前を流れるホンナ沢から清流が流れ込む池がある。その池には、イワナが悠然と泳ぐ光景を見ることができる。昨年見た時より、断然大きくなって尺前後に成長している。 
  • イワナは何を食べているのだろうか・・・池底には落葉が堆積している。その落葉を食べて育つ水生昆虫が主なエサであろう。また池の周囲には、ブナなどの落葉広葉樹が迫り出しているので、春から初夏、その若葉を食べるイモムシやセミ、カブトムシ、クワガタなどの落下昆虫を食べているのであろう。さらに、サンショウウオやカエル、トンボ、バッタなども捕食しているに違いない。
  • 黄葉とイワナの産卵・・・ブナ林の黄葉は、イワナの恋の季節到来のサイン。以降、常にペアで行動するようになる。黄葉から褐色となり、一斉に落葉すると、イワナの恋のダンスとともに産卵が始まる。この池では、なかなか見ることのできない産卵シーンを気軽に見ることができるのではないか。そんな貴重なイワナウォッチングができる池は、稀有の存在だ。イワナ好きにはたまらない岩魚池だが、釣りは禁止につき注意! 
  • ブナの実・大凶作・・・今年の7月5日、東北森林管理局は、福島を除く東北5県のブナの結実予測を発表。本県は55ヵ所のうち、ごくわずかに花がついているのが30ヵ所、全く開花していないのが24ヵ所、木全体で開花したのは1ヵ所だけだったことから、「大凶作」になると予測。その予測どおり、乳頭高原のブナ林も、落下したブナの実は、皆無であった。稀に落ちた殻斗がみられるが、それは昨年落下したものだった。
  • クマに注意!・・・空吹湿原の古い看板には、今年もクマがかじった真新しい痕跡があった。木製案内板や東屋などにクレオソート(木材防腐剤)を塗ると、クマが好んで噛みつく例があちこちで見受けられる。
  • 環境省のクマ被害防止対策の中には、「クマは草刈機、チェーンソーなどの機材に使われるガソリンやオイルあるいはクレオソートなど防腐剤にも嗜好性があり誘引される場合があるので、給油場所、保管場所の周囲に注意を払ってください」と書かれている。
  • クマ出没注意・・・ブナ林内には、「音を鳴らして近くに人間がいることを熊に知らせてください」との注意看板があり、ブナの幹に設置された棒で叩いて音を鳴らしながら歩く。ちなみに参加者の大半は、クマ避け鈴をザックや腰に下げて歩いていた。
  • コマユミ・・・赤い実と紅葉が美しい。実は、紅朱色に熟して割れ、花かんざしのような形になるのが特徴。
  • 紅葉と黄葉・・・同じ「こうよう」でも、赤く染まる葉は「紅葉」、黄色に染まる葉は「黄葉」と書く。黄葉するか、紅葉するかは、ほぼ遺伝子で決まっているらしい。ブナ帯における黄葉の代表がブナ、ミズナラで、紅葉の代表がモミジ・カエデ類である。ただし、光の当たり具合、気候条件に応じて黄葉したり、紅葉したりするものもある。それだけ多様な黄葉、紅葉を楽しむことができる。
  • 木の葉が紅葉するのはなぜ?
    1. 樹木の葉は、黄色系色素のカロチノイドと緑の色素クロロフィルを持っているが、通常はクロロフィルの含有量が多いため緑に見える。
    2. 厳しい寒さや豪雪から身を守るため、葉を落として休眠する。葉の付け根の所に離層というミゾができる。そしてクロロフィルが分解されてカロチノイドが残るので、黄色く色づく。
    3. 葉に蓄積した糖類が紫外線を浴び、アントシアンやタンニン系の色素に変化する樹木は、それぞれ赤や茶に紅葉する。
  • 同じ木でも葉の色が違うのはなぜ?・・・赤色のアントシアンの生成には、日光、夜間の冷え込みが条件となっている。枝先の葉に比べ、木陰、葉陰の葉は、日中の光、夜の冷え込みが不足しているので、同じ木でも赤と黄色が現れる。これは紅葉する木全てにあてはまるという。
  • 紅葉の峰走り(写真:黒湯温泉背後の紅葉)・・・秋が深まるにつれて、ブナ帯の森は峰から色づき次第に谷へと紅葉してゆく。これを「紅葉の峰走り」と呼んでいる。森では、ヤマウルシ・ツタウルシ、ムシカリが一足先に紅葉し、やがてブナ、ミズナラなどの黄葉が加わると全山燃えるような黄金色となる。
  • ブナ・・・鮮やかな黄色から、やがて褐色になる。木枯らしが吹き始めると一斉に落葉する。ブナやミズナラ、ベニイタヤなどブナ帯の森は黄色に色づくものが多い。
  • ブナの葉、色々・・・左が緑色から黄色初期、真ん中が黄色から褐色になりつつある葉、右端が褐色(茶色)の落葉。
  • 落葉が褐色(茶色)になるのは・・・カロチノイドも分解され、食害を防いでいるタンニンから褐色色素のフロバフェンができるためである。
  • ミズナラ・・・ブナと同じく黄色に色づき、やがて紅褐色になる。
  • ハウチワカエデ・・・・カエデの仲間では、葉が最も大きく、黄緑、黄色、オレンジ、赤など変化に富み、多彩なグラデーションでブナ帯の森を艶やかに彩る。日当たりの良いところほど、美しく紅葉する。日陰で日射不足になると黄色いままのことが多い。
  • ヤマモミジ・・・漢字では「山紅葉」だが、黄色に黄葉したりもする。陽の当たり具合によって、同じ木でも黄色から赤など様々な色に染まる。特に紅葉の初期は、その微妙な変化が美しい。
  • ヤマウルシ・・・・カエデやツタよりも早く、黄色から真っ赤に紅葉して美しい。
  • ツタウルシ・・・3枚の葉は、黄色や赤に染まって美しい。ただし、かぶれ成分の威力はウルシ科の中で最強につき注意!
  • トチノキ(左)とホオノキ(右)・・・トチノキは黄色に色づき、やがて茶色になる。ホオノキは、黄色から褐色、枯れ葉色になって落葉する。
  • オオカメノキ(ムシカリ)・・・ハート形の大きな葉が赤紫色から紅色になる。
  • オオバクロモジ・・・秋、鮮やかな黄色に色付き、ブナ林内を黄色に染める。
  • ミネカエデ・・・鮮やかに黄葉し、高山帯の紅葉の絶景を演出する主役の一つ。
  • ナナカマド・・・赤い実と真っ赤な紅葉が美しい。上の写真は、赤い実が鳥に食われて残り少なくなっている。
  • ブナの樹皮・・・灰白色でなめらかな樹皮には、地衣類や苔の仲間などがつき、特有の斑紋(左上写真)をつくりだす。右上写真は、硫化水素を浴びる周辺のブナの幹で、特有の地衣類などが育たず、木肌が白っぽいブナが林立している。 ちなみに日本海側のブナは、樹皮が白っぽいので「シロブナ」とも呼ばれている。
  • イオウゴケ・・・硫化水素の臭いがする温泉噴気孔の周辺に分布。子器の部分が赤くなるのが特徴。子柄と呼ばれる立ち上がっている部分は粉芽というもので覆われている。苔の仲間ではなく地衣類である。
  • 黄葉の絶景が広がる黒湯温泉(標高約840m)・・・乳頭温泉郷の最奥部先達川上流に位置する。古くは秋田藩の湯治場で、鶴の湯温泉に次ぐ歴史がある。発見は1674年頃と推測されている。黒湯の主人は、大仙市「旧池田家庭園」で知られる池田家16代目当主。
  • 黄葉が見頃を迎えた黒湯から孫六温泉に向かう。雨上がりの黄葉も、また格別である。太陽の光の反射がなく、雨露にしっとり濡れた黄葉、紅葉も色鮮やかである。
  • 雨晴れて きて対岸の 紅葉山 星野立子
  • 孫六温泉で休憩・・・先達川沿いに建つ湯治場。発見は1902年(明治35年)。茅葺き屋根の伝統的な宿と黄葉に染まる森林浴、温泉交じりのマイナスイオンを浴びて、実に爽快な気分にさせてくれる。 八幡平森林セラピーロードも素晴らしいが、乳頭温泉郷ブナ林散策道も「ココロとカラダの健康づくり」にすこぶる役立つ隠れた森林セラピーロードだ。
  • 孫六温泉から先達川沿いの黄葉美を観賞しながら大釜温泉に向かう。 
  • 大釜温泉・・・木造校舎を再利用した温泉宿  
  • 妙乃湯(たえのゆ)温泉・・・周辺の紅葉は、まだ初期段階であった。 
  • ノコンギク
  • リンドウ
  • ヤマブドウ・・・大きな葉は、黄色からオレンジ、赤、赤紫に色づいて美しい。黒く熟した実は、酸っぱいが生食できるほか、ジャムやジュース、果実酒、ワインの醸造にも使われる。 
  • ナナカマドの赤い実・・・台風19号の影響なのか、渓流沿いのナナカマドは葉が全て散って赤い実だけが残っていた。
  • ブナ二次林をゆく・・・乳頭高原のブナ林は、約80年ほど前に大部分のブナの木が伐採されたが、その際、ある程度の割合で残されたマザーツリーから自然に種が落ちて一斉に成長し、ブナの二次林が再生された森である。 
  • ブナの立枯れ木に群生したツキヨタケ(毒) ・・・食用のムキタケやヒラタケ、シイタケと似るので紛らわしく、日本特産の毒キノコの中で、中毒例が最も多い。縦に裂けば、紫色の染みになっているのが毒のツキヨタケ。
  • サワモダシ(食)
  • ニガクリタケ(毒)
  • ヌメリツバタケモドキ(食)・・・ヌメリツバタケによく似ているが、ヒダが強く波打つのが特徴。 
  • 午後の部・・・旧乳頭スキー場→乳頭キャンプ場(700m)→先達川・鶴の湯狭(620m)→ツアールの森→鶴の湯別館山の宿(580m) 宿
  • 乳頭山(1478m)を望む・・・左下が旧乳頭スキー場トイレと駐車場
  • 青空に映えるブナの黄葉
  • 青空の 押し移りいる 紅葉かな 松藤夏山 
  • クマの爪・・・ガイドの亀井さんが、肉球付きのクマの爪を取り出し、参加者に披露。人身被害の多くは、この強力な爪による裂傷である。ちなみにクマの手は、中国では高級食材で宮廷料理として食べられていたという。
  • 乳頭キャンプ場(700m)
  • アクシバの赤い実・・・液果は球形で赤く熟す。高さ30~80cmと低い落葉低木。 
  • ハリギリの葉・・・葉の形が違うので、ハリギリとは別の種かと思った。左の葉柄にはトゲがあったが、右の葉にはトゲがなかった。しかし、ハリギリの葉は変異が多い。調べた結果、どちらもハリギリのようだ。
  • ベニイタヤ・・・黄色に黄葉し、やがて赤褐色になる。
  • 台風19号の被害・・・10月12~13日にかけて、関東甲信越地方から東北地方の太平洋側に甚大な被害をもたらした。この強風の影響で、幹が折れて遊歩道などに倒れたブナや、枝先が折れて散った被害が散見された。今年はブナの実が大凶作で、あの強風にもかかわらず、ブナの実の落下は皆無であった。 
  • 先達川・鶴の湯峡(620m)に向かってつづら折りの遊歩道を下る。
  • 鶴の湯峡に架かる吊り橋を渡る・・・最も狭くなった峡谷に昔ながらの吊り橋が架かっている。 昔、近在の農家の人たちは、農閑期になると、鍋釜、ふとん、米、味噌などを背負って奥深い山道を歩き、この吊り橋を渡った。貧しい農民にとって、年に一度の湯治は最高の贅沢、最高の健康回復法だった。そんな時代に思いを馳せながら渡る。
  • 吊橋を 見せて且つ散る 紅葉かな 轡田 進
  • 鶴の湯峡展望台・・・吊り橋から唯一の坂を登ると、平らな展望台に着く。眼下の葉陰越しに鶴の湯峡が見える絶景ポイント。 
  • ツアールの森・・・ドイツ大使のカールツアール氏がここを訪れた時、その植生の豊かさ、変化に富んだ風景の散策路を絶賛して、「ツアールの森」と名づけたという。
  • 枯れ木を利用した案内看板・・・なかなか粋な看板だ。
  • 終点・・・鶴の湯別館山の宿(580m)前に到着。
  • ブナ林の黄葉ときのこ・・・ブナ林が黄葉すれば、ナメコが発生するサインである。だからブナ林の黄葉を観賞しながらナメコ採りをすれば、至福の時を楽しむことができる。
  • 一渓の奥に 温泉を噴く 紅葉宿 熊岡俊子
  • 紅葉を表す言葉・・・初紅葉、薄紅葉、雑木紅葉、楓、櫨(はぜ)紅葉、桜紅葉、柿紅葉、銀杏紅葉、ななかまど、紅葉山、錦木など数知れず。それだけ紅葉を愛でる文化は世界一と言われる。
  • 形見とて 何か残さむ 春は花 山ほととぎす 秋はもみじ(良寛)・・・何も形見として残すものはないが、春になったら桜の花を、夏はほととぎすの鳴く声を、秋は紅葉を楽しんでくれればいい。
  • 紅葉は、桜の花のように華やかで、はかない。ひとたび木枯らしが吹くと一斉に落葉し、沈黙の冬へ。やがて春が来れば、ブナ帯の木々は一斉に芽吹き、新緑は谷から峰へとまたたくまに駆け上がっていく。ブナ帯の春夏秋冬は、まるで生と死の循環のようにも見える・・・大湯ストーンサークルは、なぜ丸い円なのか。哲学者梅原猛さんによれば、縄文人にとって丸い円は、ただの円ではなく、永遠に続く四季のリズムと同じく「生と死の循環」を象徴しているのだという。
参 考 文 献
  • 「拾って楽しむ 紅葉と落ち葉」(平野隆久・片桐啓子、山と渓谷社)
  • 「今はじめる人のための俳句歳時記」(角川ソフィア文庫)