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男鹿三山・新緑とオオサクラソウ観察会

 2021年5月18日(火)、森の学校「男鹿三山・新緑とオオサクラソウ観察会」が男鹿市真山神社を起点とする男鹿三山で開催された。参加者は21名。平安末期から修験道の山として栄えただけに、低山とはいえ意外に難儀な山であった。それだけに、新緑にひときわ映えるムラサキヤシオツツジの大群落と紅紫色の花を咲かせる希少種・オオサクラソウの感激はピークに達し、あちこちから感嘆の声が上がった。その他鬱蒼と茂る天然杉や奇々怪々な奇形杉、くねくねと曲がりくねった風衝型ミズナラ林、トウゴクサイシン、サルメンエビネ、イチヨウランなど植物の多様性も素晴らしい。
  • 主催/秋田県森の案内人協議会
  • 協賛/(公社)秋田県緑化推進委員会 
  • 協力/秋田県森林学習交流館・プラザクリプトン
  • 棚田が広がる安全寺集落と男鹿三山を望む・・・広域農道「なまはげライン」を走り、「なまはげ大橋」から男鹿三山を望む。安全寺集落の背後には、ナマハゲがやってくる信仰の「お山」・真山、本山が真正面に見える。その山々に源を発する大増川沿いには、美しい曲線を描くように棚田が広がっている。 
  • コース・・・真山神社(167m)~五社殿~八王子跡~急登~真山(奥宮、567m)~奇形杉~フタツアイ(キントリ坂分岐)~天然杉~歯切水~ムラサキヤシオ群落~本山分岐(620m)~監視小屋~WC~オオサクラソウ群生地(~毛無山) 
  • 真山神社の正面が登山口。 真山神社拝殿で登山の安全を祈願してから登山開始。 
  • 真山のナマハゲに角がない理由
     男鹿の真山、本山、毛無山は男鹿三山、あるいは「お山」と呼ばれ、平安時代から山岳信仰の修験場であった。宗教民俗学の五来重さんは「宗教歳時記」の中で、次のように記している。「ナマハゲがとくに男鹿半島に盛んであり、現在も残っているのは、男鹿の本山、真山の山伏集団をのぞいては考えられない。ということは、鬼面をつけて家々を訪れるなまはげは、ここの山伏が大晦日の宗教行事として演出し、これを民衆が祖霊来訪として受け容れたのである」・・・山伏=祖霊来訪=ナマハゲだから、真山地区のナマハゲには角がないのである。 
  • 鬱蒼と茂る杉の巨木の中を登る。 
  • ほどなく右手に五社堂が現れる。この後、杉や雑木林の中の緩い尾根が続き、八王子跡に出る。
  • 多様な植物の観察をしながら、ゆっくり登る。
  • ナナカマド(七竈、バラ科)、ヤマモミジ(山紅葉、カエデ科)
  • エゾタンポポ(キク科)、ウワミズザクラ(上溝桜、バラ科) 
  • ラショウモンカズラ(シソ科)、イチヨウラン(ラン科)
  • ユキザサ(ユリ科)、マイヅルソウ(ユリ科)
  • ホウチャクソウ(ユリ科)、アマドコロ(ユリ科)
  • コンロンソウ(アブラナ科)、キクバオウレン(キンポウゲ科) 
  • サルメンエビネ(ラン科) 
  • ミヤマカラマツ(キンポウゲ科)、ナニワズ(ジンチョウゲ科) 
  • クルマムグラ(アカネ科)、クルマバソウ(アカネ科)
  • チゴユリ(ユリ科)、ヤマツツジ(山躑躅、ツツジ科) 
  • ベニイタヤム(紅板屋、クロジ科)、ハウチワカエデ(羽団扇楓、ムクロジ科)
  • 風衝型ミズナラ林・・・主稜線に出ると、ミズナラの幹はクネクネに曲がっている。いかに日本海から吹き上げる風雪が厳しいか、その姿から容易に想像できる。
  • 急な坂を二度ほど登ると、展望台付きの真山神社奥宮が鎮座する真山山頂(567m)に着く。
  • 上右下の写真・・・山上インストラクターと一緒にVサインをしている仙人は、なんと82歳!オオサクラソウ群生地まで完登したのには驚いた。その若さの秘訣は、毎日欠かさず歩く散歩らしい。見習わねばならぬ。
  • 展望台から眺める絶景・・・寒風山から遠くは白神山地の峰々を望むことができる。かつては鬱蒼と茂る天然杉に囲まれていたという。  
  • タチカメバソウ(ムラサキ科)
  • ホオノキの若葉(朴木、モクレン科)、ルイヨウボタン(メギ科)
  • 奇々怪々な奇形杉・・・真山から本山の鞍部に向かって主稜線を下ると、不思議な奇形の杉林となる。強風に叩かれ積雪に埋もれて枝が変形したのか、原因は不明だが、見たこともない奇形杉である。これもナマハゲの奇習と同じく、男鹿三山特有の厳しい風土から生まれたものであろう。 
  • 本山の鞍部「フタツアイ」・・・直進はキントリ坂を登る険しいルート。今から211年前、菅江真澄は、この険しいキントリ坂を登って本山の山頂に立っている。彼は、森吉山に2回、太平山にも登るなど、いかに健脚であったかが分かる。当時としては大長寿の76歳まで生きている。歩くことが長寿の秘訣とは、菅江真澄が証明している。
  • 大株のトウゴクサイシン(ウマノスズクサ科)・・・かつてウスバサイシンとされていたが、近年、新種のトウゴクサイシンと命名された。ギフチョウ、ヒメギフチョウの食草。葉は卵形で、先端は尖り、基部は心形。葉脈に沿って毛が生えている。花の裂片は、卵状三角形でやや斜めに開き、先は指先でつまんだように尖っている。
  • フタツアイの左の道は、本山を迂回するルート。特に鬱蒼と茂る天然杉が素晴らしい
  • オオカメノキ(スイカズラ科)、ニワトコ(接骨木、スイカズラ科)
  • ヤマブドウの新芽(山葡萄、ブドウ科)、ノウサギが枝先の新芽を鋭くかじった食痕
  • ムラサキヤシオツツジの大群落・・・ブナ帯の新緑初期、淡い萌黄色に一際目立つ紅紫色の花を咲かせる。目の前一面が紅紫色に染まる大群落は、他では見たことがない。参加者から一斉に感嘆の声が上がった。まさに「山笑う」季節を象徴する花と言えるであろう。
  • 歯切水からすぐ自衛隊の車道が見える本山分岐に達する。右上は、本山山頂にあるパラボラアンテナ。右下の車道は、航空自衛隊レーダー基地の道路。
  • 監視小屋・・・チョウセンキバナアツモリソウやオオサクラソウなど、希少種保護パトロールが行われている。
  • しばらく車道を歩くと、毛無山分岐点左手にトイレ棟がある。
  • 参考:男鹿に咲く奇跡の花「チョウセンキバナアツモリソウ」・・・国内では男鹿国定公園内だけに自生し、絶滅危惧種1A類及び国内希少野生動植物種に指定されているラン科植物。
  • 1980年代から大量盗掘が相次ぎ、1998年には自生地の株数が約50株まで激減。2000年、「男鹿の自然を見つめ直す会」を立ち上げ、巡回啓発活動を続けているほか、環境省の依頼を受けて保護増殖活動も行われている。
  • 毛無山分岐点で昼食。
  • オオサクラソウの群生地(大桜草、サクラソウ科)・・・最も大きなサクラソウの一つで、5深裂した鮮やかな紅紫色の花を咲かせる。ムラサキヤシオツツジと同じく、萌黄色の新緑に包まれる新緑初期に満開を迎える。かつては散策道の両側斜面一面にびっしり咲いていたというが、盗掘等で激減したと聞いていた。
  • だからボツリ、ボツリと咲いているイメージをもっていたが、意外にもたくさん咲いていたので感激もひとしおであった。これも希少種保護パトロールのお陰であろう、感謝、感謝!
  • 山笑う季節・・・その柔らかい木漏れ日を一杯浴びながら群れをなして咲く光景は、遅い春の訪れを皆で喜び合っているようで、こちらまで幸せな気分になる。だから何度見ても、その美しさに感動させられるのであろう。
  • タチツボスミレ(スミレ科)、ニシキゴロモ(シソ科)
  • オオバクロモジ(大葉黒文字、クスノキ科)、ミズナラ(水楢、ブナ科)
  • ルイヨウショウマ(キンポウゲ科)、ナツトウダイ(トウダイグサ科)
  • 菅江真澄が真山・本山に登った記録「男鹿の春風」(1810年旧暦4月7日)

     八幡社が杉のなかに見える。神楽殿があった。自然石をならべた坂をはるばるのぼる・・・赤神堂の前を過ぎ行くと、路傍ごとにささやかな石地蔵がたち、大峯道ということを刻んで示している・・・八王子という峯にでる・・・真向かいを坂東長根といい、そこには濃い紫色のムラサキヤシオの花が咲いていた・・・真山の奥の薬師の峯についた。荒れた堂のうちに、石の薬師仏が安置されている。雪を踏んでブナ峠を越え、キントリ坂という、険しい坂を木の根にすがり、手をついて、かろうじてのぼった・・・ここが本山の高い峰で、赤神の岳である・・・ここをまっすぐ下ると毛無山・・・
     峰の雲ふもとの雲とさくら花 なかめにあかしあか神の山
    ・・・山の陰から多くの鹿が笹原をかきならして群がり去っていった。タケノコを食べていたのであろうか。この山にほかの獣はいないが、鹿ばかりはたいそう多くすんで、田畑のものを食いつくすというので、秋になると田ごとに縄網をはりめぐらすが、女鹿は網の目をくぐって稲を食うと、案内人はうれい顔で語った。それで男鹿と地名がつけられたのであろうと思った。
  • 参考:動画・スライドショウ「白神山地、オオサクラソウの楽園」
参 考 文 献
  • 「分県登山ガイド 秋田県の山」(佐々木民秀、山と渓谷社)
  • 「男鹿半島の花」(工藤茂美、加賀谷書店)
  • 「菅江真澄遊覧記」(内田武志・宮本常一編訳、平凡社)