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森の学校2023 クマ問題を考える講座

 2024年1月20日(土)、森の学校「クマ問題を考える講座」が秋田県森林学習交流館・プラザクリプトンを会場に開催された。参加者は84名。講師は、秋田県自然保護課・ツキノワグマ被害対策支援センターの近藤麻実さん。2023年のクマによる人身被害は70人で、そのほとんどは人の生活圏内で発生している。農作物被害額は過去最多だった2017年の4倍以上・1億3千万円(10月末現在)に上るなど「異常事態」が続いた。こうした2023年を振り返り、実は「クマ問題」はクマの問題ではなく、人間側の問題であると指摘。クマは人のすぐ隣にいる・・・今後、クマと人との間にほどよい距離を取り戻すには、「守りの対策」だけでなく、クマにもっと山の奥に下がってもらうための「攻めの対策」についても有識者を含めて研究しているという。質疑応答に入ると、参加者から質問が次々と飛び出し、クマ問題に対する関心の高さに驚かされた。
  • 主催/秋田県森林学習交流館・プラザクリプトン
  • 協賛/(一社)秋田県森と水の協会
  • 協力/秋田県森の案内人協議会
  • 講師・・・秋田県自然保護課鳥獣保護管理チーム主任・ツキノワグマ被害対策支援センターの近藤麻実さん 
  • ツキノワグマの推定生息数は、2020年春の時点で4,400頭となっている。またツキノワグマによる人身事故被害者数については、2012~2021年の年平均10人以上と多い県は、秋田県と岩手県、長野県である。秋田県の場合は年平均11.2人だが、昨年は70人ととんでもない数字になってしまった。人身事故が多いだけでなく、その中身が問題である。 
  • 秋田県における人身事故件数の推移・・・1980年代から10年ごとに2010年代までグラフにすると、山の中での事故は大きな変動がないが、人の生活圏での事故がその上に乗っかってきて増えてきていることが分かる。 
  • 令和5(2023)年度の人身事故・・・9月と10月が突出して多く、そのほとんどが人の生活圏で発生している。 
  • ツキノワグマの目撃件数・・・例年だと6月と7月がピークで次第に減少している。大量出没の年は、9月と10月は急激に減少せずに肩ができるようなグラフになる。 
  • 令和5(2023)年度の目撃件数・・・9月と10月にピークがきていて、その数も「超出没」と形容するほど目撃件数が多かった。 
  • ツキノワグマの捕獲数・・・例年だと畑に食べ物がある8月と9月にピークがくる。ところが昨年は9月と10月にピークがきていて、今年度一年で2千頭を超えるクマが捕獲された。ただし山奥で駆除しているわけではなく、生活圏に出てきたクマをやむなく駆除している。 
  • 冬眠しないクマ・・・ドングリが凶作の年は、空腹で寝られないクマが冬もうろついているとか、最近は温暖化で冬もクマが寝なくなるというのはウソ。冬眠は、食べ物の乏しい季節を乗り切るクマの戦略である。だから冬になって雪が降らなくても、食べ物がなければエネルギーを消耗するだけなので、冬眠するしかないということ。 
  • 北関東での調査によれば、ドングリが豊作の年は12月ぐらいに寝ているのに対して、凶作の年は11月ぐらいで寝ている。ドングリのない年は、クマが起きていてもいいことがないので早めに寝るということが分かっている。 
  • 昨年はドングリが凶作だったので11月頃には寝るはずだった。ところが、山に余りにも食べ物がなかったために、クマが里に下りて集落をウロウロしているうちに、たくさん実をつけた柿が食べ物であるとバレてしまった。柿の木は雪が降っても実がついているので、クマはいつまでも起きている状態が発生してしまった。今でも起きているクマがいるが、柿を食べていたという。
  • 動物園のクマは、冬の間もエサを与えられるので起きていることができる。秋田のクマも、「動物園のクマ化」させないように、食べ物の管理をしっかりしてほしい! 
  • 来年の予想・・・今年度は、人の生活圏に出没するような個体はかなり駆除されたので、来年の出没はある程度落ち着くと予想しているが、油断は禁物!。木の実が凶作の年は、翌春に早く起きてくる個体がいるかもしれない。夏、農作物の味を覚えた残党がいれば農地に出没するだろう。秋、集落周辺のクリや柿の味を覚えた残党がいれば、生活圏内に出没が予想される。だからクマに食べさせない対策が重要だ。 
  • クマの胃内容物・・・猟期は11月1日から始まるが、捕獲した人に獲ったクマの胃の内容物を毎回書いてもらっている。それをまとめたものが上のグラフ。2021年と2022年は山のものを食べているのが分かる。ところが2023年は、ソバや米、カキなどほとんどが集落周辺のものを食べていたことが分かる。つまり今年度のクマは、集落周辺の食べ物に依存していたと同時に、生活圏内にある食べ物の味を覚えてしまったということ。 
  • 出没が身近になった原因は・・・山の中で見つかるクマの数は、昔も今も変わっていない。出没の最大の要因は、クマが奥山から里へと生息域を拡大していること。昨年は、空白地帯の大潟村と男鹿市で初の捕獲があった。秋田はクマに侵略されているような状態になっている。こうしたことが何故起きるか? 
  • 過疎、高齢化、廃村化などで人が撤退していく中で、人が下がった所にクマが侵入してくるといったイメージ。 
  • 1970年代の県内のある村を上から見た写真を見ると、集落周辺の木々がまだ小さくて見通しも良さそうなのが分かる。現在は森が鬱蒼としていて、森が集落に迫ってくるような状態になっている。これだと人目につかずにこの村周辺にいることができるような状態=クマにとって居心地の良い場所になっているんじゃないか。集落周辺でクマが昼寝をできそうな状態になっている。実際、数年前にこの村の民家敷地内で人身事故が発生している。さらに昨年も敷地内で人身事故が発生している。 
  • ヒトエリアの縮小・・・ある集落の集会場に張ってあった図面で、耕作していない農地を青色で着色している。集落の端っこの条件の良くない所から耕作放棄されて、だんだん「ヒトエリア」が小さくなっているのがよく分かる。
     ヒトエリアの縮小とクマの分布拡大が大きな背景にあり、クマは集落にアクセスしやすくなっている。集落周辺には美味しい食べ物がたくさんあるから、その間を埋めるようにクマが生息域を広げている。クマにとっては、集落に近づけば近づくほど、一度に、たくさん、栄養価の高い食べ物を簡単に手に入れることができる。それを学習したクマは楽々食える場所へ、場所へと行くのは当然のこと。 
  • 出没理由①・・・そこに食べ物があるから。上の写真は、昨年秋に鹿角市で撮ったクマである。新聞には一度に12頭ものクマが目撃されたとの情報が載っていた。その畑には、最大21頭もいたらしい。クマは群れる動物ではないが、広い場所にたくさん食べ物があると、同時に出没することがある。ここは余りにも被害がひどくて、収穫を断念=クマに食べ物を献上したような状態で、双眼鏡で覗くと、あっちに親子グマ、こっちにも親子グマと言った感じで別々のグループがいて、それらを合計すると、12頭、18頭、21頭と、まるでクマが群れているような数になった。 
  • 出没理由②・・・クマは人目につかないようにヤブを伝わって移動し、人の生活圏内に出てこれちゃう環境になっていること。食べ物を探しながらヤブの中を移動しているうちに街中にも出ることができる。こういう環境がそこら中にあるということ。 
  • まとめ・・・手入れが行き届かず密生した林から、草が生い茂った農地を伝って移動し、集落周辺にやってくると、誰も食べなくなったクリやカキ、クルミなどを食べることができる。さらに食べ放題の畑がある。クマにとっては、いつ来てもたらふく食える良い場所だから、多少のリスクがあっても出没するようになる。 
  • 「クマ問題」はクマの問題ではない・・・変わったのは人間の暮らしや土地の使い方などで、そうした人間サイドの変化に、クマは物凄く柔軟に適応して、どんどん迫ってきているということ。過疎・高齢化が進む中で、集落をどう維持していくのかという中に、クマ対策が入ってくるといった視点が必要である。
  • 出没・事故を防ぐための対策・・・集落点検、緩衝帯整備事業、市町村担当者の研修、あきた県庁出前講座などを実施。
  • 電気柵の張り方なども職員研修として指導している。昨年、農作物被害がひどかったが、電気柵を張った所はクマ被害をしっかり防ぐ効果があった。美郷町・リンゴ園の電気柵の外側をクマに掘られたが、そのクマの猛攻にも耐え切った。秋田は、まだまだ電気柵の普及は少ないが、効果があるので、今後徐々に増えてくるだろう。
  • 出没への備え・出没対応・・・2020年からかなり具体的な市街地出没想定訓練を机上及び実地で実施。いざ出没があると出没対応サポート(県、市町村、警察、ハンター) を行っている。
  • 街中で銃を使えない場合に今年度から麻酔銃が登場。ただしクマに当たってもすぐには効かない。個体によって5分、10分、30分とかかってやっと寝る。また大きいクマだと麻酔の量も多くしないと効かない。吹き矢も活用して日々対応している。
  • 事故対応・・・人身事故の現場検証を行い、事故の概要や原因、どうしたら事故を防げたのかなどを令和2~4年まで1件ごとにまとめて情報発信しているので活用してほしい。
  • 課題は人とクマとの距離の近さ・・・秋田市平和公園周辺で、異常出没のあった2023年を除いた2020~2022年の出没をプロットしても、人とクマがピッタリとくっつくほど近くなっていることが分かる。鹿角市花輪では、普通にクマが街中に出てきている。このクマと人との距離の近さが今の大きな課題。
  • 人とクマが同じ空間を時間を変えて交錯しているほど近い。
  • 人とクマとの棲み分け・・・緩衝帯の整備や電気柵を張るといった守りの対策も大事だが、それだけでは足りない。クマにもっと山の奥に下がってもらう攻めの対策も必要。しかし、実は全国どこもやったことがないので、現在、有識者も含めて研究を始めている。
  • 御所野の桜並木の事例・・・散歩コースになっている桜並木の下に落ちたサクランボを、毎晩クマの親子が食べに通ってくる。警戒心が強く、夜だけやってくるので住民は誰も目撃していないが、朝になるとクマの糞が落ちているといった状態が続いた。だからといって桜並木の木を伐採したくないので、実のなる2か月間だけ通行止めにした。その結果、ここでは何も事故が起きてはいない。こういう折衷案みたいなものも探っていけたらいいなと思う。
質疑応答
  • 質問①・・・クマに有効な忌避剤はあるか?
    A・・・残念ながら今のところ、効果のある忌避剤はない。最初は効く場合もあるが、それがどれぐらいの期間続くかというのは状況による。忌避剤の向こうに食べたい畑やリンゴがあれば、例え音が鳴ろうが、光ろうが、食欲の方が勝るので割とすぐに突破する。だから絶対的に効果のある忌避剤はないので、畑を守るのであれば、今は電気柵。
  • 質問②・・・今年の駆除数が余りにも多いので、クマと棲み分けるのであれば、捕獲したクマをなるべく遠くの奥山に放したらどうか?
    A・・・気持ちは分かるのですが、去年は余りにも捕獲数が多過ぎて、そのクマを奥山に運ぶというのは現実的ではない。また昨秋は山の中にクマの食べ物がほとんどないので、例え奥山に放したとしても、また出てきただろう。今後も個体群のモニタリングを行っていくので、もし絶滅の危機が迫っているというような状況になれば放獣も考える。
  • 質問③-1・・・今年度の捕獲は親子グマがメインだったのか?
    A・・・全体数は多いが、オスとメス、親子グマの捕獲割合でみれば、いつもの年と変わらない。(写真:2017年、仁別林道で小沼森林インストラクターが撮影した親子グマ)
  • 質問③-2・・・同じ場所にクマが群れているかのように集まるのは、クマ同士でコミュニケーションをする能力をもっているのか?
    A・・・クマは鼻のいい動物なので臭いでコミュニケーションしているのではないかと言われている。例えばニンジンを食べたクマが糞をすると、その糞の臭いを別のクマがかぐと、「こいついい物を食べているな!」と糞の臭いを通して情報が伝わり、ニンジンを食べるクマが拡大していくということが実際にある。
  • 参考意見・・・スギに対するクマの皮剥ぎは、南から北へと北上し、今、山形県で大きな問題となっている。このクマ剥ぎの習性は、母グマから子グマに受け継がれると言われているが、実は糞の臭いを介してどんどん拡大しているのかもしれない。
  • 質問③-3・・・昔は犬を飼っていたし野良犬もいたので、クマが集落に近づけなかったという人もいるが、クマと犬との相性はどうか。
    A・・・クマは犬を嫌がる。昔は放し飼いの犬や野良犬がいたことによって、クマを集落に寄せ付けなかったと言われている。今は犬の放し飼いが禁止なことに加えて、ほとんどの犬が屋内で飼われるようになったことが、クマが集落に近づきやすくなったと考えられる。
     大曲で犬を使った農作物対策を行っている事例がある。山側に長くワイヤロープを張り、そのワイヤーの間を犬が自由に移動できるようにすると、犬が動物の動きに合わせて動くことができるので、クマだけでなく他の動物も来なくなる。それを10年以上続けて成果を上げている事例がある。放し飼いでなくても、つなぎ方を工夫することでクマ対策ができる可能性はあると思う。
  • 質問④・・・スギ林とクマとの関係について
    A・・・ブナを伐採してスギを植林したのは50年前、クマが出没し始めたのは、ここ10年ぐらいなので、スギの植林が昨今の出没多発と直結しているわけではないと思われる。スギ林に常にクマがいるわけではないが、林道の脇にイチゴやアリの巣などもあるので、それを食べたりしながら通り道として利用したり、休憩するなどして、クマはスギ林の中を移動している。
  • 質問⑤-1・・・ナラ枯れなどもあるので、クマが奥山に棲めるだけのエサがあるのかどうかを調査する必要があると思うが
    A・・・県ではドングリ関係の調査しかしていない。昨年は、極端に山に食べ物がなかったために大量出没になってしまったが、毎年起こるわけではない。一昨年は木の実が豊作で平和な年だった。毎年、山に食べ物がなくてクマが出没するわけではないので、秋田には、クマにとってそれなりに食べ物があると考えている。
  • 質問⑤-2・・・秋田のクマの生息数は、実際はよく分かっていないように思う。毎年猟師さんに頼んで生息調査を行っているとすれば、クマの生息数の増減傾向だけでも分かると思うので、その都度公表できないか?
    A・・・生息数の増減傾向について公表はしていないが、現在データを精査中なので、それが終わり次第公表していきたい。
  • 質問⑤-3・・・冬眠するためには、最低限食べなければならない量というものがあると思うが、昨年はそれすら満たさないほど食べ物がなかったので、なかなか冬眠できずにウロウロするクマがいるのではないか?
    A・・・脂肪が足りなくて冬眠できないというクマもいるかもしれないが、雪が降っても目撃されているのは、集落にあるカキを食べている。冬眠するために必要な脂肪分があるかどうかよりも、食べ物があるから冬眠しないで起きていると考えている。
  • 質問⑥-1・・・近藤さんは環境省の検討委員をされているが、省庁に対して伝えたいことがあれば教えてほしい。
    A・・・農水省とか林野庁とかが一緒に連携して動かないと前に進まないこともある。もう少し省庁連携できるようにしてほしい。また市街地出没で鉄砲を撃つ場合、余りにも厳し過ぎて迅速に対応できない。だから対応中の最中に事故が発生することがある。こうしたことは全国的に起きているので、警察庁でも対応を考えてほしい。
  • 質問⑥-2・・・県民向けに出前講座などで普及啓発を行っているとのことだが、県民に向けてやってほしいことは?
    A・・・農作物被害がある農家は、「草刈りより駆除するほかないだろう、とにかく駆除しろ!」と言われる場合が多い。被害農家の人たちに対して、駆除だけではクマ対策として不十分だ、ということを理解してもらえるように伝えていかないといけないと思っている。
  • 質問⑦-1・・・秋田県で麻酔銃を使える人数は?
    A・・・県職員で今年度登録しているのは私を入れて8人。
  • 質問⑦-2・・・捕獲したクマを奥山放獣した場合、里で天国のような思いをしたクマは、また戻ってくるだろうと思うが、近藤さんの考えを教えてほしい。
    A・・・2000年代から、クマの少ない西日本を中心に学習放獣が行われている。兵庫県などで回帰率などを調べた結果では、半分ぐらいは戻ってくる。学習放獣する場合、捕獲したクマを奥山にもっていって、そこで犬が吠えたり、クマスプレーを噴き掛けたりして、人間は怖いと思わせて放獣している。その結果、クマは人が怖いわけではなく、その場所を嫌がるのではないかと言われている。だから里で学習させて放せばと言われているが、集落の近くで放すことはとてもできないので実験はされていない。
     また海外の事例では、檻の中に入っているクマに対して、1週間ぶっ続けで、犬が吠えたり、檻の外から叩いたり、クマスプレーを噴き掛けるなど、毎日、毎日、いじめて、クマがノイローゼ状態になるぐらい、いじめ抜いてから放獣すると戻ってこないという。これは動物愛護的にどうかなという問題と、それだけの労力とコストを考えると、秋田では学習放獣は現実的でないと考えている。
  • クマ等野生動物撮影の第一人者・加藤明見さんの感想
     昨年のクマによる人身被害が70人と多かったが、私の感想としては奇跡的に少ないと思っている。秋田市河辺の70件ほどの集落では、毎日、集落の中に数頭のクマが入っていた。朝、歯を磨いている後ろをクマが歩いている。そういう状態が二ヶ月間ほど続いたが、ゲガした人はゼロだった。町内会長に撮影した写真を見せて、今こんなに危険な状態だと伝えると、会長が集落の人たちに注意喚起してくれたお陰で人身事故はゼロに抑えることができた。最終的には住民の方々が意識を持たないと事故を防ぐのは難しいと思う。
     クマはすぐ隣にいる。クマの出没が多かった2017年は110頭余り撮影したが、去年は200頭を超えた。それほど毎日行くと民家周辺にクマが数頭いるという状態だった。またナラ枯れしても、腐った中に巣を作る昆虫を食べたり、スギ林の林床に生えている木の実も食べる。春先、クマの写真を撮る時は、クマが隠れることのできるスギ林の近くのブナがポイントになるなど、クマはしたたかに動いている、と「クマ問題」の深刻な現状をカメラマンの目線で語ってくれた。