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手づくり燻製講座

 「手づくり燻製講座」は、2014年5月14日GAOB園芸同好会、10月28日秋田市四季の会の計2回行われた。今や、煮る、焼く、蒸すなど全て電子レンジで簡単に出来上がってしまう時代だが、昔ながらの燻製は、色あせるどころか、世界中の人々に愛されている。

 「燻製」という言葉からイメージする風景は、「樹木の生い茂る深い森と雪解けの清流」だといわれる。それは、火を使う知恵を持った石器時代以来、連綿と受け継がれてきた「森の文化」を代表する伝統的なレシピだからであろう。「手づくり燻製」を通して、水と緑に生かされていた頃の野生の香りを思い出してほしいと思う。
▲秋田名物「ハタハタ」の燻製
燻製の歴史

 燻製の始まりは、石器時代といわれている。焚き火で魚や野生鳥獣の肉を串に刺して焼く。食べ物を狙うネズミや小動物を避けるために、残った食べ物は棚の上に保管した。焚き火から上がる熱と煙で食材は乾燥し、煙のコーティングがかけられていく。焚き火の煙が燻製を作り、燻製が優れた虫除け、保存方法であることに気付くのには、さほど時間を要しなかったと考えられている。

 その後、魚や肉を塩漬けにして保存する塩蔵法が生まれた。16世紀の初めには、肉の臭みを消すために、海の向こうにスパイスを探しにいくようになる。こうして、インドのコショウやモルッカ島のチョウジ(クローブ)などが発見される。かくして、古い燻製法と塩蔵法、世界のスパイスがドッキングして、現代にも伝承されている「燻製法」が完成したのである。
日本の燻製の歴史

 昔は、茅葺民家の土間や居間に囲炉裏があった。囲炉裏の上には、格子が組まれ、そこで食材を乾燥させていた。鍋などを吊るす自在カギの上には、ワラで巻いたベンケイに串刺しされた魚が刺してあり、囲炉裏から上がる熱と煙で自然に燻製になっていた。秋田では大根を燻製にした「いぶりがっこ」、岐阜では豆腐を燻製にした「いぶり豆腐」、北海道では鹿肉や鮭の燻製が有名である。
 カツオは、大昔から保存食として加工されていたといわれている。平安時代には、天日乾燥から薪(ナラやクヌギ)で燻した燻製法が工夫されると、穀物と同じく賦役品になるほど価値が高くなった。戦国時代には、戦陣食として用いられ、鰹節の読み音をあてて「勝雄武士」などとも呼ばれたという。
秋田を代表する燻製品「いぶりがっこ」(写真:秋田市雄和・種沢果樹組合)

 「いぶりがっこ」とは、燻した(いぶり)漬物(がっこ)という意味である。「がっこ」は秋田の方言で、「雅に香る」という意味である。その起源は・・・雪国秋田は、晩秋から初冬にかけて晴天の日が長く続かず、大根などの漬物用野菜を天日乾燥するには適していない。その対処法として、囲炉裏の上に大根を吊して囲炉裏火の熱で干したのがはじまりといわれている。その歴史は古く、室町時代からといわれている。
▲秋田名物「いぶりがっこ」
 大根の収穫から、縄で編む作業まで大変な重労働が続く。大根を天井に吊るし、香りの良いサクラ、リンゴ、ミズナラの木で、煙がよく出るように炎はできるだけ小さくし、干し上がるまで昼夜を問わず焚き続ける。夜中に何度か起きて火の状態を見る必要がある。また、大根の位置を入れ替えて乾燥具合の調整も行う。その作業は5日ほど続く。燻し終わると、塩や糠と併せて杉の樽に漬け込む。50日ほどかけてようやく完成する。
▲オオヤマザクラ

燻煙材の種類と特徴

① サクラ

 ソメイヨシノではなく、ヤマザクラの方が良い香りを持つ。香りが強い。他の燻製材と混ぜても相性がいい。クセのあるマトンや豚肉、魚にも合う。
② リンゴ(写真:秋田市雄和・種沢果樹組合)

 果樹特有の甘い香りを持つ。マイルドな仕上げに向く。鶏肉、白身魚に合う。秋田市雄和の種沢果樹組合では、剪定したり強風で倒れたりしたリンゴの枝や幹を燻煙材に使った「いぶりがっこ」用のダイコンづくりを行っている。さらに大根は、果樹の遊休地で栽培したものを使っている。
▲ナラ ▲ブナ

③ ナラ・・・タンニンが多く、色つきが良いので、魚介類によく使われる。
④ ブナ・・・ナラと同じくタンニンが多く、色つきが良いので、魚介類に合う。ややし渋みがあるが、すっきりした香り。

⑤ オニグルミ・・・チップの中でも最も硬い木。香りが良いので、肉や魚などオールマイティに使用できる。
⑥ ヒッコリー・・・欧米では最もポピュラーな燻煙材として使われている。香りが良いので、肉、魚、ハム、ベーコンに合う。

オリジナルブレンド・・・何種類かブレンドする方法もある。例えば、ヒッコリー6、サクラ2、ナラ2をブレンドすれば、香りに深みが出るという。
▲スモークチップ ▲スモークウッド

市販の燻煙材

 スモークチップは、熱燻、温燻に多用する。量の加減をしやすいので、樹種の異なるチップをブレンドして使うことができる。専用の皿に500g程度を入れ、スモーカーの下からガスなどの熱源で加熱する。2時間ほど燻すことができる。

 スモークウッドは、マッチやライターで着火すると線香のように燃え続ける。着火すると、他に熱源もいらないので、冷燻づくりには欠かせない。必要量だけ折って使う。
スパイスの特徴と作用

臭みを消す作用・・・肉や魚には、特有の生臭さや臭いを持つものがある。その不快な臭みを消すために使うスパイスは、月桂樹の葉、ガーリック、ローズマリー、セージ、ジンジャーなど。
香りをつける作用・・・さわやかな香りをつけて食用をそそるには、バジル、ナツメグ、オールスパイスなど。

辛味づけ作用・・・鼻や舌を刺激し、食欲を増進させるには、マスタード、ワサビ、コショウ、ジンジャー、ガーリック、オニオン、山椒など。
色をつける作用・・・美しい色付けには、サフラン、パプリカ、マスタード、ターメリックなど。
▲月桂樹(ベイリーフ・ローリエ)の葉

 地中海原産で、苗からでもすぐ大きくなり一年中緑が青々としている。洋風料理には定番のハーブで、燻製に使う時は、湯通しして干したものが良い。
燻製の手順・・・下ごしらえ→塩漬け又は漬け込み液に浸す→塩抜き→風乾→燻煙→風乾仕上げ
① 下ごしらえ
 魚の場合は、腹を裂き、腹ワタ、エラをきれいに取り去る。流水で背骨付近にある血合いもきれいに洗い流す。素材によっては、切り分けたり、茹でたりなど、塩漬け前の作業を下ごしらえと呼んでいる。

② 塩漬け

 塩を直接すり込む方法や、干物に使われるソミール法、リキュールが入るピックル法がある。一番簡単な方法は・・・イワナを例にすれば、下ごしらえしたイワナをビニール袋に入れ、大量の塩を入れて、まんべくなく袋の上からかき回し、袋の空気を抜き、口を固く縛って冷蔵庫に入れて漬け込む。
ピックル液のつくり方例

 水1.5リットル、天然塩400g、三温糖50g、しょう油70ccを入れ、沸騰させる。弱火で20分ほど煮込む。アクをすくいとる。火をとめてからウィスキー30cc、ハーブやスパイスを加える。冷めたら密封容器に入れ保存する。夏でも冷蔵庫で一ヶ月ほど保存できるので、多めに作っておくと便利。

 素材に合わせて、香味野菜やスパイス、酒類などを混ぜ合わせてブレンドピックル液をつくる。密封できる袋に入れ、冷蔵庫で寝かせる。肉類は熟成させるため漬け込み時間が長い。
ソミール液のつくり方例

 水1リットル、塩100gを入れ沸騰させる。沸騰したら、香りづけとしてパセリ、セロリの葉、黒コショウを入れて5分ほど煮込む。ニジマス5尾の場合は、ソミール液200cc、白ワイン100cc、黒コショウ、ニンニクなどでブレンドソミール液をつくり、密封できる袋に入れ一晩漬け込む。
③ 塩抜き

 食材の塩分を均等化し、味を整えるためには、濃いめの塩加減で漬け込み、時間をかけて塩抜きする必要がある。塩抜きは流水の方が抜けやすい。ため水の場合は、一つまみの塩を入れ、よくかき混ぜてから素材を入れる。水が塩辛くなったら取り換える。それを何回か繰り返す必要がある。塩が少々抜け過ぎているぐらいがちょうどいい。
④ 風乾

 塩抜きして水を切った後、ジッパー式の乾燥ネットなどに入れ、風通しの良い場所で自然乾燥させる。天気が悪い場合は、室内で扇風機を使って乾燥させる。風乾の程度は、表面がやや乾燥したぐらいが良い。気温が高い夏なら冷蔵庫で乾燥させるのが安全で確実な方法である。

 魚を吊るして乾燥、燻煙する場合・・・首がもげないように、タコ糸とパンツのヒモを通す大きな針で、胸ヒレ付近から口に向かって縫い通し、S字フックに吊るすタコ糸の輪を作る。腹部は乾きやすいように、爪楊枝を半分に折り、腹を開くように2~3ヶ所ほど刺し込む。
 風乾することによって、素材の水分量を減らし、保存性の向上と、煙のノリを良くして綺麗に仕上げる効果がある。さらに食材の旨味成分が増え、栄養価が高くなる。従って、燻製には風乾が極めて重要な工程である。 
燻煙法

① 初心者向き「温燻法」

 温度は30~80℃程度で、1~6時間ほど燻煙する。温燻には、魚、ベーコン、ソーセージ類、ハム類、貝類、卵、豆腐など、適する素材の種類も多い。ただし水分を50%程度含むので保存性は余りよくない。保存性を高めるには、風乾に時間をかけて水分を減少させ、干物状態にすればOK。
▲風乾に時間をかけて温燻にしたイワナ。真空パックし冷蔵庫に保管すれば長期保存できる。水分が少ないので、密封袋に入れて冷凍保存もできる。
▲大型の手づくりスモーカー(製作:進藤インストラクター)
 ▲市販のスモーカー ▲BBQ兼用スモーカー
 市販のスモーカーは、魚などを吊るして燻煙する場合は、高さの高いものを選ぶ。冷燻、温燻をしたい場合は、小さいと庫内の温度が上がりやすいので、できるだけ大型のスモーカーを選ぶこと。アウトドア派で、バーベキューも燻製も楽しみたい方は、蓋付きのバーベキューグリルを選ぶことをお勧めしたい。
② 本格派向け「冷燻法」

 15~30度の温度で1~3週間燻煙する。大型の手づくりスモーカーがよく、低温でじっくり燻製するには、30℃ぐらいの温度を保つのが絶対条件。故に外気温が30度前後と高い夏季は不適、晩秋から冬の寒い季節がベストである。保存性が高いが上級者向き。スモークサーモン、チーズ、かまぼこ、タラコ、生ハム、ビーフジャーキーなど。
③ アウトドア向き「熱燻法」

 100~140度の高温で30分~4時間燻煙する。釣った魚など、その場で燻煙にして食べる場合に適している。風乾は十分に行うこと。箱型やフライパン型、蓋付きのバーベキューなど市販の燻製器を使うと便利。渓流魚やスペアリブなど。
風乾仕上げ・熟成

 煙のエグミをとり、香りをマイルドにするためには、燻煙した後、直射日光の当たらない場所に一晩以上熟成させて仕上げる。この熟成する時間を長くとるほど、旨味が増すといわれている。
▲「第1回燻製講座」・・・5月14日GAOB園芸同好会(講師:進藤インストラクター)
▲完成した燻製品の試食

 塩漬けや塩抜きなどの下準備を要しない初心者向きの食材は、チーズ、ソーセージ、ベーコン、ちくわ、かまぼこ、さつま揚げ、ハム、ゆで卵、ナッツ類、塩鮭、魚の干物、ドライフルーツなど。
▲第2回燻製講座・・・10月28日秋田市四季の会(講師:進藤インストラクター)
▲イワナを三枚におろし、扇風機で風乾しているところ
▲手づくり大型スモーカーで燻煙中・・・燻煙材はオオヤマザクラ
 燻製にしたイワナを進藤インストラクター特製の窯で温め、スパイスをふりかけアツアツを食べる。燻製は、手間暇かけた分だけ絶品である。
▲温燻で燻製にしたイワナを真空パックした後、冷蔵庫に保管すれば1ヶ月は保存可能。ただし風乾は十分に行う必要がある。
▲完成した燻製品の試食

 燻製は、木の香りの美味さ、抗菌・減菌効果、表面を覆った燻煙は雑菌の侵入を食い止める。さらに脂肪の酸化を防ぐ効果もある。黄金色の燻製を口に入れると、得も言われぬ香りと味が広がる。燻製にした完成品を長期保存する場合は、真空パックにして冷蔵庫で保管するか、水分が少ないので冷凍保存もOK。
 太古の昔から煙の魔術が人々を引き付けてやまない。保存より味覚優先のグルメ志向に変わっても、アウトドア志向とともに、手づくり燻製の魅力は増すばかりである。市販のスモーカーも大小様々な製品が販売されている。他に蓋付きバーベキューやダッチオーブン、中華鍋でも燻製が手軽に楽しめるので、ぜひチャレンジしてほしい。
参 考 文 献
「手づくり燻製」(三俣鮎子、西東社)
「燻製大辞典」(太田 潤、成美堂出版)
「燻製&保存食作り入門」(鈴木アキラ、山と渓谷社)