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2016森の学校 クマ等の生態と被害防止対策講座

 2016年1月21日(土)、森の学校「クマ等の生態と被害防止対策」が秋田県森林学習交流館・プラザクリプトンを会場に開催された。参加者は、当初60名ほどと想定していたが、その倍以上の128名に及び、クマ問題の関心の高さに改めて驚かされた。
 講座では、ブナ帯で撮影された画像を中心にスライド121枚を使って、クマ等の基本的な生態から、マタギたちの意見、山で実際に遭遇した体験、過去の人身事故の事例、北海道のヒグマ対策に学びながら、遭遇しない対策、遭遇した場合の対策、白神山地のサル問題、ニホンジカ問題、狩猟者の確保・マタギ文化の継承、人里にクマ類をおびき寄せない対策として、緩衝帯の設置等について詳細に解説。最後に、クマ等の野生動物と共存するためには、里地里山の保全、衰退する農林業の活性化が不可欠であることに対して、参加者の一層のご理解とご協力を呼びかけた。
  • 主催/秋田県森林学習交流館・プラザクリプトン
  • 協賛/(一社)秋田県森と水の協会
  • 協力/秋田県森の案内人協議会
  • 講師:菅原徳蔵インストラクター 
  • 2016年、クマによる死者、目撃件数、有害駆除頭数とも過去最多を記録・・・三つの疑問
  1. 疑問①・・・死者4人はいずれも食害が認められた。ツキノワグマは、「植物食中心」と言われるが、「肉食化」している背景は何か。
  2. 疑問②・・・目撃件数868件で過去最多。クマが生活圏内に異常出没する背景は何か
  3. 疑問③・・・有害駆除の頭数が473頭で過去最多。県内の推定生息数1000頭より遥かに多いのではないか。 
  • クマ対策の難しさ・・・「熊」という漢字は、「能」力のある四つ足動物と書く。つまりクマは、知能・学習能力が高い。だから、人間にとって都合の良い学習をすれば、人に危害を加えたりしないが、反面、悪い学習をすれば、とことん悪いこともする。奥山のクマと、里山のクマでは、学習の内容・質が異なる。地域差、個体差によって性格が異なるだけに、クマ対策は難しい。
  • 岩手県の生息調査事例・・・クマの推定生息数は、1989年には約1,000頭、2001年には約1,100頭であった。そもそもモニタリング調査(目撃、糞、痕跡等) では正確に把握できないばかりか、生息数を過小評価しかねない。そこで、ヘア・トラップの手法を導入。誘因物(ハチミツ)の周りに有刺鉄線を張り、それに付着した体毛をDNA鑑定して識別した結果、平成25年の第3次ツキノワグマ管理計画では、推定生息数を、従来の3倍強・3,400頭と推定している。
  • 秋田県の対応・・・関係者から2016年4月時点の推定生息数1,015頭に対して「もっと生息しているのではないか」との指摘が出ていた。2017年度からカメラトラップ法をを導入する予定で、モニタリング調査と組み合わせることで正確さがよりアップすることを期待したい。ただし予算と時間がかかることに留意する必要がある。 
  • 肉食化の背景その1・・・クマに食べられたカモシカの食痕(2012年5月中旬、太平山系) 。最初は内臓を食べ、草木を被せて隠しておく。そして全て食べ尽すまで何度もやってきて食べている。残っているのは、食べられない骨と皮、ヒヅメだけである。その周辺には、何度も来て食べた証しとして、カモシカの毛が入った糞が幾つも残っている。クマにとっては、肉が容易に手に入るのであれば、植物より肉がいかに好きであるかが分かる。
  • 肉食化の背景その2・・・爆発的に増えるニホンジカ。生息数は、1989年に30万頭であったものが、わずか24年で10倍の305万頭まで増加。生息分布も、積雪地帯である青森、秋田、山形、新潟などにも拡大している。 「マタギサミット」では、クマがシカを襲って食べるケースが増えていることが報告された。こうしたクマの肉食化が進めば、人を襲って食べることにもつながるのではないかと懸念する声があった。もともと、ツキノワグマは、「食肉目クマ科」で、歯の構造、消化器系は肉食向けにできているからである。
  • 最も重要な生態「着床遅延」・・・クマは、初夏の繁殖期に受精卵がすぐに着床しない。11月頃、脂肪を十分蓄えられると着床、妊娠する。凶作だと着床せず、流産する。これは母子共に倒れるのを防ぐためだと言われている。 つまり、木の実が凶作だと流産するが、木の実が豊作だとベビーラッシュになる特殊な生態をもっている。
  • 木の実が大豊作の翌年は要注意・・・2013年は、ブナの実が豊作で、ベビーラッシュになったと推測される。2016年は、その若い成獣が多く出没したものと推測される。また、2015年は、ミズナラ、コナラなどのドングリ類が大豊作で、その年産まれた危険な親子グマが数多く出没する背景になったと推測される
  • 「鹿角市におけるツキノワグマによる人身事故調査報告書」(日本クマネットワーク)の要旨
  1. 4人の犠牲者全員がクマの食害を受けていたが、その情報が県や市に十分伝わっていなかったために、事故の重大性が認識されず、対策が遅れた。
  2. 事故に複数のクマが関与していた可能性はぬぐえない。2 件目の犠牲者の目撃情報・・・「クマは大きかった」との証言もあり、射殺されたメスとは別の大型のオスの個体が関与していた可能性も否定できない。
  3. 他にも人を襲う可能性があるクマがいる前提で、今後も現場付近へ入山は控えるべき。
  • 生還したDさんの貴重な記録・・・青森県50代の男性Dさんは、3人目の犠牲者が出た直後の5月26日に入山。午前7時、クマ避け対策として爆竹やロケット花火を鳴らして入山。間もなく、クマが前から接近、1mほど近づいて対峙。対峙中、後ろを向くと、クマが襲ってくる様子を見せたので、対面状態を保つ。ネマガリダケを切って即席の槍でクマの顔面を突くとやっと逃げた。
  • 教訓・・・人食いグマに対しては、爆竹やロケット花火は逆効果。相手に背中を見せず、 冷静に対峙したことが奇跡的な生還につながったと推測される。
  • 人を恐れないクマの異常出没の背景①山の変化・・・山仕事も激減し、至る所で林道崩壊しても復旧せず、荒れ放題になっている。大平山丸舞口登山道は、沢を横断する木橋が幾つも架かっているが、ほとんど壊れて登山者は皆無。白子森登山口に通じる井出舞沢林道も荒れ放題で、登山者は皆無。
  • 奥地の広葉樹の森が見事に復活・・・秋田県内では、森林起動廃止から45年~100年余りが経過し、上の写真のようにブナ帯の広葉樹が見事に再生している。クマのエサとなる森が復活していることから、クマの生息数増加に直結していると推測される。 
  • 背景②狩猟者激減、高齢化・・・狩猟者数は、24年間で1/3に激減。うち60歳以上が7割を超え、高齢化も顕著。クマに対する抑止力が大幅に低下し、人の怖さを知らないクマが増加していると推測される。 
  • 背景③限界集落、廃村化
  • 背景④里山の荒廃・耕作放棄地の拡大・・・クマの生息適地の拡大、里クマ化に直結。里に棲みついたクマが子どもを産み、いきなり私たちの生活圏に出没するケースが増えている。
  • クマと遭遇した場合の対策は、人身事故の事例に学ぶほかない・・・①2016年4月24日、親子グマに遭遇し、3名が重軽傷を負った事例、②1988年・山形県戸沢村ツキノワグマ3人食害事件、③2009年9月・岐阜県高山市、残飯に餌付いたクマ、次々と行楽客襲う、④警報を無視した悲劇、フップシダケ事件(北海道千歳市)
  • 北海道のヒグマ対策に学ぶ・・・1995年~2002年まで、ヒグマのテリトリーにテントを張ってイワナ釣りをしたことがあるが、その際、過去のヒグマ事件に学んだ経験が、近年のツキノワグマ対策に大いに役立っていることを説明。過去の人身事故の事例として、サンケベツヒグマ事件、我が国登山史上最大の悲劇・福岡大学WV部ヒグマ事件、野生動物カメラマン星野道夫事件を紹介。 
  • ヒグマの習性と行動・・・過去の人身事故の教訓を整理し、私なりにまとめた習性と行動は以下のとおり。ツキノワグマと共通しているのは、1、2、3、5、6で非常に似ている点が興味深い。
  1. 朝夕行動する。狙った獲物は、執拗に追い掛ける。
  2. 手に入れた獲物に強い所有本能を示す。
  3. 獲物があるうちは、その周囲を絶対に離れない。
  4. テリトリーを侵す者に対して、執拗に報復する。
  5. 背中を向けて逃げたら、本能的に襲い掛かる。
  6. 食べ物や人間の味を覚えると、変質的に人間に近づき襲う。
  7. 一旦姿をくらまし、突然、逃げる人の前に立ちはだかるなど、知能の高い攻撃をする。
  • 北海道のヒグマ対策で使っていた道具類・・・「クマと出会ったら、向き合ったまま静かに後ずさりして離れるのが基本中の基本」と、頭では分かっていても、武器なしにそんな冷静な対応がとれるかどうかは、はなはだ疑問。ヒグマに遭遇しても冷静な対応がとれるように、より積極的な対策として、爆竹、クマ避け鈴、クマ撃退スプレー、先の尖った山刀を常に携帯していた。
  • クマ撃退スプレー・・・熊撃退スプレーは、北米のグリズリー対策として開発された。唐辛子(カプサイシン)の成分で目や鼻、のどの粘膜を刺激し撃退する。狙うのは、クマの眼と鼻。クマが大声で鳴くほど強力で、闘争心を一気に失い逃げるが、無害という優れもの。ただし、風下にいる場合は自滅する場合もあるので過信は禁物。
  • クマと遭遇した体験事例・・・①2002年8月、ヒグマ、②2008年10月、親子グマ、③2012年5月、雪代期の大クマと、実際に遭遇した体験を紹介。いずれも、クマ撃退スプレーを携帯していたお陰で、危険なトラブルを回避できた。
  • 白神山地のサル問題・・・上の写真は、白神のサルを撮影している最中に、釣り人がサルの群れの前を通ったにもかかわらず、逃げようとしなかったことから、かなり人慣れしていることが分かる。キノコ採りで、仲間と二人で西目屋の山中に入った際、100頭の大きな群れに威嚇されたこともある。参考までに兵庫県の「サルの人なれ度合い レベル5」を紹介。
  1. 人の姿を見ると、遠くにいてもすぐ逃げる
  2. 人が遠くにいると逃げないが、近づくと逃げる
  3. 人が近くにいても多くのサルが逃げない
  4. 人が追い払ってもなかなか逃げず、時には威嚇してくる
  5. 民家に侵入することがある
 このレベル5を参考に、「クマの危険度レベル5(案)」を作成したのが下のスライドである。
  • 白神山地のシカ問題・・・白神山地周辺のニホンジカ目撃情報は年々増えている。ブナの樹皮は硬いので、皮はぎの被害は考えにくい。ただし、ブナの大木が台風や豪雪などで倒れても、若い芽がことごとく食害されると更新を阻害され、ブナ林が衰退する恐れがある。また、林床の植物は、シカの好む植物が激しい食害で消え、シカが好まない植物だけが繁茂し、生態系が激変する恐れもある。 
  • オリワナ捕獲・駆除に対するマタギの意見(2007年マタギサミット)・・・2006年、山形県の捕獲頭数が687頭を記録。マタギらは、考えても見なかった数字と一様に驚く。オス、メス、子どもを区別することなく無差別に捕獲するオリワナは、捕り過ぎでやばい。夏のクマは、痩せて不味い、熊の胆もゼロ、毛皮もボロボロで使い物にならない。そんなクマを駆除で捕り過ぎると、「狩猟自粛」になる。夏に駆除し過ぎて狩猟自粛が続けば、技術は劣化し、後継者も育たない。だからオリワナ捕獲は、限定的に使い、春グマ狩りで間引くのがベスト、と伝統的な春グマ狩りの復活を強調している。
  • 春グマ狩り復活のメリット
    1. マタギは、熊の胆が最も大きい春の巻き狩りをメインにしている。春のクマは、胆のうだけでなく、毛皮や骨、肉も全て捨てるところなく利用できる。だから、マタギにとってクマは「害獣」ではなく「宝物」なのである。
    2. 巻き狩りのクラ場には、冬眠から覚めたクマたちが毛干しをするためにたくさん集まってくる。そのクラ場で行う巻き狩りの中には、数頭のクマたちがいるが、捕れるのは良くて一匹である。だから巻き狩りは、学習能力の高いクマに対して、人の怖さを教育することができるメリットもある。さらに、見通しが効くから、オス、メス、子グマの区別がはっきりできるし、頭数も確認できる。
    3. 毎年、伝統的な春グマ狩りを行うことによって、危険なクマの出没を減少させ、旬でない夏の有害駆除を抑制できる。これまでの駆除の悪循環を断ち切り、「宝物」と位置付けている春グマ狩りの好循環が続けば、クマとの共存を図ることが期待できる。
    4. さらに伝統的な狩猟技術の維持向上、後継者の確保育成が期待できる。クマは、マタギにとって多過ぎても困るが、いなくても困る「宝物」。そして山の神様を恐れ敬い、獲物が獲れると、山神様の授かりものとしてケボカイの儀式を行う共生の文化「マタギ文化」の継承も期待できる。
 クマ等野生動物と共存するためには、里地里山の保全が極めて重要。しかし、それには人もお金もかかるので、財政面のバックアップが欠かせない。里地里山を手入れすることは、野生動物に対して人間のテリトリーを主張することでもある。それを持続的に行うには、衰退する農林業の活性化が欠かせない。皆さんには、里地里山の保全と、農林業の活性化に対して、これまで以上にご理解とご協力をお願いしたい。
  • 質問・・・クマの寿命は。クマ撃退スプレーはどこで販売しているか。
     ツキノワグマの寿命は、野生状態で24年と言われている。熊撃退スプレーは、登山専門店で売られている。今では、アウトドア用品を販売している店でも取り扱っている店があるという。ネット通販の大手なら、どこでも取り扱っている。