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樹木シリーズ56 ハイマツ

  • 厳しい高山帯で地を這って生きるハイマツ(這松、マツ科)

     高山帯の代表的な樹木がハイマツである。中部山岳地帯では、標高2000m以上、北海道では800m以上に生育。風の強いところでは、樹高が1m前後と低く、お花畑のもとで地を這うように広がる。針状の葉は5本ずつ束生。幹や枝はしなやかで強靭。生育は遅く、数センチの細い幹でも樹齢が100年以上にも達している。秋、ハイマツ帯によく現れるホシガラスによって主に種子が散布される。 
  • 名前の由来・・・高山帯の尾根筋や風の強い斜面では、背丈が低く、横に這って広がる。そんな地を這う松であることから、「這松」と書く。
  • 高山帯(ハイマツ帯)とは・・・高い木が育つことができる限界を「森林限界」という。森林限界より上には、ハイマツやお花畑が広がる。その山上の楽園を高山帯という。別名ハイマツ帯とも呼ばれている。中部山岳地帯で2,500m以上、秋田県では1,400m以上(植生調査報告書 秋田県/1988環境庁)に分布する。
  • 垂直分布帯・・・高度が100m上ると、気温が0.6℃下がる。海抜3,000mの高山では低地に比べて18℃も下がる。標高によって優占する植物が異なるために、遠くから見るとその植生は山腹をとりまく帯のようにみえる。この植生帯の配列を垂直分布帯と呼ぶ。
  • 秋田の垂直分布帯・・・「植生調査報告書 秋田県」(1988環境庁)によれば、低山帯のブナ林の上限は海抜1,000m~1,100m。それ以上の亜高山帯にはオオシラビソ、ダケカンバ、ミヤマハンノキなどが見られる。ハイマツ群落を主体とする高山帯植生は、海抜1,400m以上に分布し、八幡平、乳頭山、秋田駒ヶ岳、栗駒山、鳥海山等主要な山岳地帯の山頂部に見られる。
  • 森林限界が低いのはなぜ・・・森林限界は、夏の月平均気温10℃の線に一致するとされている。秋田周辺の夏の平均気温10度線は、およそ海抜2,000m前後。しかし、秋田の山の森林限界はそれよりも600m低い。例えば秋田駒ヶ岳では、森林限界を越えると、急に岩のゴロゴロした岩塊斜面に変わる。するとハイマツや低木化したナナカマド、ミネザクラ、ミネカエデ、ハクサンシャクナゲなどに移行する。それは岩が多く土壌が少ないなどの高木を阻む要因があるからである。
  • 高木を阻み、お花畑をつくる要因・・・寒さだけでなく、土壌の少なさ、強烈な風、積雪の圧力、活発な活火山による攪乱によって森林が成り立たないのである。それが山上の楽園「お花畑」を生む要因である。上の写真は、秋田駒ヶ岳のお花畑だが、その中にハイマツの群落も点々と見られる。
  • 花期・・・6~7月、高さ1~2m、よく枝分かれして長さ8~15m 
  • ・・・雄花は、暗紫紅色で本年枝の下部に密につく。雌花は、本年枝の上部に1~2個が対生、または3個以上が輪生する。
  • 松ぼっくり・・・2年型で、翌年の8~9月、ほぼ横向きになって緑褐色に熟す。球果の長さは3~5cmの卵状楕円形。 
  • 1年目の球果と葉・・・針状の葉は、5本が束になってつく。高山は、寒さと乾燥が厳しいので、クチクラ(表皮の外側にできる丈夫な膜)でしっかりガードされ、固くて太い。二面に白い気孔帯がある。枝に密につくのは、雪を集めて中に潜り、冷気と強風を避けるためである。
  • 2年目の熟した球果
  • 種子散布・・・松ぼっくりの中に種子を挟み込んでいるが、その種子には羽根がない。風に頼らず、主にホシガラスという鳥に種子を運んでもらうことで分布を拡大するように進化してきたと言われている。だから熟しても果鱗は開くことがない。 
  • 樹皮、葉・・・若枝には赤褐色の短毛がある。古い樹皮は黒褐色。成長が極めて遅く、幹の断面は非常に密になっている。
  • 樹形・・・背が低く、根元から幹が幾つかに枝分かれしている。その幹はしなやかで折れにくい。
  • ・・・短枝に5個づつ束生し、長さ3~9cmの針状で堅い。
  • 種子は食べられる・・・ハイマツの種子を美味しそうに食べるホシガラス。ハイマツの種子は大きく、アカマツやクロマツのようなヤニ臭もなく、人間が食べても美味しいらしい。中国産の「松の実(チョセンゴヨウ)」は、韓国料理、イタリヤ料理、中華料理などによく使われる。これはハイマツと同じ五葉の松で、栽培もされている。
  • 種子散布の主役はホシガラス・・・土壌条件が悪いのになぜハイマツ帯ができるのか。その答えは、ホシガラス。ハイマツの種子は熟すまで2年かかる。その球果は美味しく栄養に富む。ホシガラスは、熟したハイマツの球果をクチバシでもぎとると、見晴らしの良い岩や岩塊の上に運んでいって食べる習性がある。この時、食い散らかされて岩の隙間に落ちた種子の一部が発芽する。また、冬から来春の繁殖期のエサとしてハイマツの種子を貯食する習性がある。貯食した一部が、利用されずに残る。その種子が、高山の岩の隙間などから十数本まとまって生えてくる。
  • 共進化・・・ハイマツの種子は、ホシガラスに美味しいエサを提供すると同時に長距離分散型貯食によって、分布を拡大する。一方、ホシガラスにとっては、自分のエサとなる食べ物が増えることから、両者には共生関係がある。これは「共進化」の結果だと言われている。
  • 高山帯の紅葉を引き立たせる名脇役・・・・ハイマツの緑が混在することによって、ナナカマド、ドウダン類の赤、ミネカエデ、ダケカンバの黄色のコントラストが引き立ち、抜群に美しい。
  • 雪に埋もれ、寒さと強風を避ける・・・ハイマツは、背が低く、幹はしなやかで折れにくい強靭さをもっている。だから簡単に雪の中に埋もれ、生き延びられる。最も厳しい厳冬期、自ら雪に埋もれることによって、マイナス以下の寒さと強風を避けることができる。 
  • 伏状更新・・・雪によって枝が地表に押し付けられると、その場所から新たに根が生えてきて、クローンができる。ユキツバキと同じく、雪を利用して伏状更新を行っている。 
  • 競争を避け「棲み分け」で繁栄・・・ハイマツは、耐陰性が極めて弱く、多種との競争に弱い。オオシラビソなどの森林内では全く育つことができない。一方、高山帯は、多くの植物が生育できない極限の地である。ハイマツは、背丈を低くし、地を這うことで、高山帯の寒さと強風をうまく回避し、高山帯の主役になることができた。つまり「競争」ではなく、「棲み分け」ることで進化してきたことが分かる。 
参 考 文 献
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「樹木観察ハンドブック 山歩き編」(松倉一夫、JTBパブリッシング)
  • 「樹木の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「図説 日本の樹木」(鈴木和夫・福田健二、朝倉書店)
  • 「山の自然学」(小泉武栄、岩波新書)
  • 「探して楽しむ ドングリと松ぼっくり」(山と渓谷社)
  • 「植生調査報告書 秋田県」(1988環境庁)