昆虫シリーズ⑩ 黒っぽいアゲハの仲間
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- 森林を好む黒いアゲハの仲間
カラスアゲハとミヤマカラスアゲハは山間に多く見られる。湿った地面から水を飲む習性が強く、集団で吸水する光景も見ることができる。身近な場所で見られる黒いアゲハは、クロアゲハ。毒のあるジャコウアゲハに擬態したオナガアゲハは主に山地の渓流沿いに生息している。クスノキ科のタブノキを食草とするアオスジアゲハは、秋田県由利地方が北限である。なお2016年、秋田県立博物館企画展「秋田の昆虫」で秋田のチョウ総選挙が行われ、1位はミヤマカラスアゲハ、2位はカラスアゲハで、黒っぽい森林性のアゲハが上位を独占した。 - 黒っぽいアゲハの仲間INDEX・・・ミヤマカラスアゲハ、カラスアゲハ、クロアゲハ、オナガアゲハ、アオスジアゲハ、その他ウスバシロチョウ、参考:アポロチョウ (ジャコウアゲハは⑪毒のあるチョウで紹介)
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- カラスアゲハとミヤマカラスアゲハの見分け方
- カラスアゲハの色彩はやや地味だが、ミヤマカラスアゲハは光沢のある鮮やかなブルーで美しい。
- カラスアゲハは、前ハネ裏の白帯は幅広く上に向かって広がる。ミヤマカラスアゲハの白帯は細く幅が一定。
- カラスアゲハは、ミヤマカラスアゲハの後ハネ裏にある白い帯がない。ただしミヤマカラスアゲハの白帯は、春型だと明瞭だが、夏型は不明瞭になる。
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- ミヤマカラスアゲハの夏型(写真:クサギとミヤマカラスアゲハ)・・・後ハネの白帯が不明瞭な個体。
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ミヤマカラスアゲハ |
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- 鮮やかなブルーが美しく、マニアに人気が高い。深山(ミヤマ)の名前のとおり、山の中に多いチョウ。山地では、標高が高くなるにつれて、本種はカラスアゲハよりも優占する。年2回発生し、夏型は春型に比べて明らかに大きい。サナギで越冬する。
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- 食草・・・主にキハダを食草とするほか、カラスザンショウ、ハマセンダンなどのミカン科。産卵は、主として午後に行われ、渓流沿いのキハダの葉に1卵づつ産みつける。
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- 春型は4月下旬~6月上旬に発生し、小さく色彩は明るい印象を受ける。夏型は7月~8月に発生し、大きい。
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- 訪花植物・・・春型は主にツツジ類、夏型はクサギなどの花でよく蜜を吸う。クリプトン樹木見本園では、アベリア、ムクゲなどの花によく訪れる。
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- 吸水・・・オスは吸水性が強く、吸水集団が見られる。上の写真は、仁別国民の森近くの林道で吸水していたもの。途中からオナガアゲハも吸水に加わった。良く観察していると、水を飲みながらオシッコをしている。これは、水を大量に飲んで、オシッコをすることで、水に溶け込んだナトリウムなどのミネラルを摂取しているのだという。アゲハチョウの仲間では、水を飲みに集まるのは全てオスだけ。
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- 世界遺産白神山地核心部の赤石川源流キシネクラ沢の湿った岩場で吸水していたミヤマカラスアゲハ。ブナ原生林のような自然度の高い森林を好む。
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- チョウ道を形成するほか、行動範囲が広く、山頂部などで見られることも多い。
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- かつて山地の渓流では、多くの個体が集団で吸水するのを見られたが、現在は環境悪化によって個体数は減少していると言われている。
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- 動画「アベリアの花蜜を吸うミヤマカラスアゲハ/クリプトン樹木見本園」
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カラスアゲハ |
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- 生息環境・・・主に平地から山地の森林環境。渓流沿いや樹林の周辺などのほか、都市公園でも見られる。やや発達した森林環境を好む。
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- 食草・・・コクサギ、カラスザンショウ、キハダ、サンショウ、栽培ミカン類などミカン科。
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- 訪花植物・・・ツツジ類やクサギ、ネムノキなどほか、クリプトン周辺ではアベリア、ムクゲ、ヤブガラシなどの花を訪れる。
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- クサギとカラスアゲハ
- オスは、路上の湿地や渓流でよく吸水する。またオスは林縁部に沿ってチョウ道を形成する。
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クロアゲハ |
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- ハネ形は幅広で、尾状突起は短い。メス(上写真)は黒条と赤斑が目立つ。平地から低山地の森林。都市部の公園や人家、農地、森林など幅広く見られ、樹木が茂ったやや日当たりの悪い場所を好む。都市部でも普通に見られる。
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- 食草・・・カラスザンショウ、サンショウ、イヌザンショウ、ハマセンダン、栽培ミカン類などのミカン科。上の写真は、クロアゲハの5齢幼虫。幅の広い茶色の帯に網目模様があるのが特徴。
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- オスはチョウ道を形成し、同じ場所を巡回するほか、路上や川原で吸水する。アゲハよりもやや暗い場所を好んで飛翔する。
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- クロアゲハとミヤマカラスアゲハの奇妙な食草関係
ミヤマカラスアゲハはミカン科植物のキハダを好んで食草とする。一方クロアゲハはキハダを拒絶して産卵することは絶対にない。ところが、クロアゲハの幼虫に強制的にキハダを与えると、拒否することなく摂食し、普通に成虫になる。ある研究グループは、ミヤマカラスアゲハの産卵誘導とクロアゲハの産卵阻止という反対の働きをしている物質は、キハダに特徴的に含まれるフェラムリンという同じ物質だったことを突き止めた。たった一つの遺伝子制御情報の変化が、キハダ派と反キハダ派の2種類のアゲハチョウを生むキッカケになったと考えられている。
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オナガアゲハ |
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- 細長い尾状突起があり、後ハネの幅が狭まる。円形の赤色紋がある。主に丘陵地から山地の渓流沿いに生息するほか、雑木林の林縁部などでも見られる。渓流沿いは、食草のコクサギが多く、良好な発生場所となる。
- 上の写真はメス・・・赤斑が発達している。
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- 食草・・・コクサギ、サンショウ、カラスザンショウなど(ミカン科)
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- 吸水・・・左がオナガアゲハ、右がミヤマカラスアゲハ。オスは路上の湿地や川原で盛んに吸水し、集団吸水もよく見られる。
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アオスジアゲハ |
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- 表は黒色で、中央に青みのある帯が目立つ。近似種はいないので識別は容易。幼虫が食べるクスノキとタブノキは、社寺林として植えられることが多い。関東以西では、鎮守の森や街路樹としても植えられたことから、森林から都市部へと生息範囲を広げてきたと言われている。アオスジアゲハの北限は、照葉樹林のタブノキが自生する秋田県にかほ市から由利本荘市である。
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- 食草・・・クスノキ、タブノキ、ヤブニッケイなど(クスノキ科)
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- 訪花植物・・・ヒメジョオン、ヤブガラシなど。
- 寒冷に弱い・・・サナギで越冬するが、ナミアゲハと比べて低温に弱い。冬の気温が零下5℃以下に下がるように寒冷地には生息できない。しかし、近年の地球温暖化の影響で、本種も北上しているに違いない。
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その他ウスバシロチョウ |
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- アゲハチョウ科だが、シロチョウ科と見紛うほど表は白色で、外側が一部半透明、ハネ脈と後ハネの内縁で黒色が発達している。本州では、丘陵地から山地の落葉広葉樹林の林縁から草地に見られる。農地周辺の草地やクリ林なども良好な生息地になっている。
- 「どくとるマンボウ昆虫記」(北杜夫)・・・ウスバシロチョウの美しさ
残念ながら日本にはアポロチョウはいない。しかし、同じパルナシウス属に属する三種の蝶がいる。ひとつは・・・内地にもざらにいるウスバシロチョウには斑紋がなく、ただ半透明の白い翅の所有者だ。
それにしても、なんという上品な姿だろう。彼女らは目に立つ化粧を一切しない。素顔のうつくしさ、なにげなく覗かせた襟足の清楚さだ。そしてどことなく弱々しく、ひっそりと暮しているかこわれ者のかげりがある。旦那に指輪ひとつ買ってくれとは言いださぬ古風な女の風情がある。
ウスバシロチョウは低い山地では四月末から、少し高いところでは五月中下旬から姿を現し、夏にはもう姿を消してしまう。彼女らはほとんど翅をうごかさず、ふわふわと夢のように漂っている。飛び方からして優雅でつつましい。まったく彼女らは晩春から初夏へかけての彩のひとつだ。こういうかよわそうな女性をみると、男性はつい保護してやりたくなる。
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- 食草・・・ムラサキケマン、エゾエンゴサク、ヤマエンゴサクなど(ケシ科)
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- 「どくとるマンボウ昆虫記」(北杜夫)
ウスバシロチョウは・・・食草であるムラサキケマンの附近の、ほかの木の小枝などに卵をうみつける。けっして食草自身に卵をうみつけない・・・
ウスバシロチョウの生活史が長いこと完全に極められなかったのは、その卵がばかに長いことかえらないためであった・・・なんと夏、秋、冬をすごし、やっと翌年の二月ごろ外へでてくるのだ。それからそこらを這いずって食草であるムラサキケマンに達し、葉をむさぼり食べて大きくなるのだが、日中は食草の根元などにもぐっているのでなかなか見つけにくい。蛹になるときも落葉の中にもぐりこむ。そして四月末にはもう羽化してくるし、蝶の期間も長くない。ウスバシロチョウは一年の大半を卵で過ごしているわけなのだ。
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- 行動・・・日中、草地の上を滑空するように飛翔し、タンポポ類やヒメジョオン、ネギなどの花を訪れる。産卵は、地面の枯葉や枯れ枝などで行われる。
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- 参考:美しく高貴なアポロチョウ・・・「どくとるマンボウ昆虫記」(北杜夫)より
アポロチョウの類はすべてアゲハチョウ科のパルナシウス属にはいっている・・・彼女らは普通のアゲハチョウとはかなり異なっている。後翅の尾状突起もなく、ちょっと見るとアゲハよりシロチョウに似ている。その翅はごく薄い。白いというより半透明だ。そこに黒と真紅の眼紋をもっている。
これほど優雅で高貴な蝶もあまりいない。アポロチョウの原産地はシベリアあたりだが、ヨーロッパのあちこちにもいる。アメリカにもいる。高山の草原地帯、あるいは石灰層の谷間に棲んでいる。彼女らの食草は、石灰質を好む白い花をつけるベンケイソウなのだ。
アポロチョウにはいくつかの種類があり、同じ種類でも産地によって斑紋が少しずつ違っている。美しく高貴な姿をしたアポロチョウ専門の蒐集家がヨーロッパには多い。彼らはアポロチョウだけ、パルナシウス属だけを蒐める。ノルウェーの、さては中央アジアからアメリカのロッキー山のアポロチョウまでを蒐める。そしてずらりと並んだ標本を眺めてうっとりし、わずかずつ異なる斑紋の変化を比較してはうっとりする。
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参 考 文 献 |
- 「フィールドガイド 日本のチョウ」(誠文堂新光社)
- 「アゲハチョウの世界:その進化と多様性」(吉川寛・海野和男、平凡社)
- 「フィールドガイド 身近な昆虫識別図鑑」(海野和男、誠文堂新光社)
- 「身近な昆虫のふしぎ」(海野和男、サイエンス・アイ新書)
- 「昆虫と遊ぶ図鑑」(おくやまひさし、地球丸)
- 「ぜんぶ わかる アゲハ」(新開孝、ポプラ社)
- 「どくとるマンボウ昆虫記」(北杜夫、新潮文庫)
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