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2017森の学校 新緑のブナ林トレッキング

 2017年5月18日(木)、森の学校「新緑のブナ林トレッキング」が乳頭高原のブナ二次林で開催された。参加者は25名。雲一つない好天に恵まれ、生命踊る新緑のブナ林を五感で存分に味わった。残雪の雪解け水とブナ林から湧き出す聖なる水の周辺には、ミズバショウやリュウキンカ、コバケイソウ、森の遊歩道沿いでは、キクザキイチゲ、ショウジョウバカマ、エンレイソウ、スミレ類、オオカメノキ、ベニイタヤ、ムラサキヤシオツツジ、ハウチワカエデなどの花々を観察。野鳥は、カケス、アカゲラ、ヤマガラ、ウグイス、モズ、キセキレイ、動物の痕跡は、ツキノワグマやカモシカの足跡、ウサギの糞、珍しいクマゲラの採餌跡を二ヵ所も観察することができた。さらにトレッキングルート沿いに点在する温泉を辿りながら、乳頭温泉郷の歴史についても学んだ。
  • 主催/秋田県森の案内人協議会
  • 協賛/(公社)秋田県緑化推進委員会 
  • 協力/秋田県森林学習交流館・プラザクリプトン
  • 乳頭高原ブナ林トレッキングコース
    休暇村乳頭温泉郷→空吹湿原→黒湯→孫六温泉→大釜温泉→妙乃湯→休暇村温泉郷(昼食)→旧乳頭スキー場→乳頭キャンプ道→先達川(ツアールの森)→鶴の湯別館山の宿
  • 新緑のブナ越しに秋田駒ケ岳(1,637m)を望む・・・「日は長く自然は明るく、山は残雪に、霞に、谷は新緑に。小川のささやき、小鳥の囀り、何処を見ても、何を聴いても、それは皆歓楽に満ちた自然でないものはない」(「初夏の山と渓」冠松次郎、昭和12年5月)
  • 休暇村乳頭温泉郷に集合・・・ここは駐車場が広く、ブナ林トレッキングのスタート地点。この少し下流にもトイレ付の大駐車場がある。雲一つない青空、ブナの純林が目の前一面に広がる萌黄色の新緑が素晴らしい。
  • トレッキングは3班編成・・・各班のリーダーは、いずれも秋田駒ヶ岳・乳頭山周辺でパークボランティアをしている経験豊富なベテランガイドを配置。第1班は亀井健一さん、第2班は工藤正さん、第3班は大石礼之輔さん。準備運動をした後、新緑初期段階であったブナ二次林内の遊歩道を歩き、空吹湿原に向かう。
  • 蟹沢(前日撮影) ・・・芽吹き始めたブナ二次林と清流「蟹沢」。蟹沢の名前は、サワガニが多く生息しているからであろう。右岸側に空吹湿原ルートの入口がある。 
  • 空吹湿原ルート入口の看板・・・案内図によれば、距離は900m、標高差は約100m。
  • 残雪のブナ林(前日撮影) ・・・今冬は雪が意外に多く、標高800m~900mのブナ林帯の中でも、日当たりの悪い斜面にはまだ残雪が見られ、ブナの芽吹きは始まったばかり。
  • 残雪や林床に散ったブナの鱗片・・・冬芽の鱗片は、芽吹きとともに役目を終えて落下する。その赤茶色に染まった大量の鱗片を見ると、眠りから覚めた芽吹きの凄まじさに驚かされる。
  • 春のはかない草花・・・ブナの芽吹きが始まる新緑初期段階は、林床にも光が届き、森の中は比較的明るい。「春のはかない草花」(スプリングエフェメラル)の一つ、紫色のキクザキイチゲが満開に咲き誇っていた。
▲バッケ(ふきのとう)
▲ツクバネソウ  ▲ユキザサ ▲エンレイソウ 
  • 乳頭高原のブナ二次林・・・約80年ほど前に大部分のブナの木が伐採されたが、その際、ある程度の割合で残されたマザーツリーから自然に種が落ちて一斉に成長し、ブナの二次林が再生されたという。右上の立ち枯れ木は、樹皮の生長が止まると同時に、芯腐れが広がり、幹は空洞になっている。こうなると、またたく間にツキヨタケやサルノコシカケなどの菌類に侵され、ブナは立ち枯れとなる。
  • 標高900m付近の残雪をゆく 
  • 根開き・・・早春、ブナの根元は、日中の日差しで温められた幹の輻射熱で丸く解けてくる。マタギは、「根開き」と呼ぶ。冬眠していたクマは、「根開き」の頃に目覚める。 
  • 空吹湿原のミズバショウ群落(前日撮影)
▲清冽な水を好むミズバショウとリュウキンカ  ▲コバイケイソウの若葉 
  • 今朝歩いたばかりのクマの足跡・・・残雪に残した足跡は意外に大きく、オスの成獣であろう。早朝、空吹湿原を訪れて喉を潤し、ミズバショウの軟らかい緑の葉を食べたのであろう。今は、笹薮の中で昼寝をしている頃である。森の案内人の事前調査でも、この湿原で子グマを目撃したという。だから、クマが活発に動く早朝や夕方の散策は避けるべきであろう。いずれにしてもこの周辺の散策は、クマ避け鈴等のクマ対策は必須である。 
  • ブナの森から湧きいずる清水と雪解けの冷水(前日撮影) ・・・豊富な雪と緑のダムがもたらす生命の水は、イワナ踊る清流となる。
  • 空吹湿原から明るいブナ林を歩き黒湯に向かう
▲田沢湖高原温泉街に供給している源泉施設
▲イオウゴケ
  • イオウゴケ・・・硫化水素の臭いがする温泉噴気孔の周辺に分布。子器の部分が赤くなるのが特徴。子柄と呼ばれる立ち上がっている部分は粉芽というもので覆われている。苔の仲間ではなく地衣類である。
  • 白っぽいブナ・・・ブナには、幹から枝まで地衣類や蘚苔類に覆われていることが多い。しかし、硫化水素を浴びる周辺のブナには、それらが育たず、木肌が白っぽいブナが林立している。
▲ミヤマカタバミ ▲ショウジョウバカマ ▲ムラサキヤシオツツジ
  • 黒湯(前日撮影) ・・・乳頭温泉郷で一番奥にある黒湯温泉。湯治場としての歴史は、鶴の湯に次いで古い。角館の殿様芦名氏やその家臣らが延宝2年(1674)に湯治したという記録が残っている。明治の中頃までは、「鶴の湯」に対して「亀の湯」と呼んでいたという。昔から農閑期は湯治客で賑わった。明治27年の記録には、生保内から20キロの山道を歩いて湯治する人が、年間1210人もあったと記されている。黒湯も鶴の湯と同様、茅葺き家屋、陣割長屋が並ぶ素朴な秘湯として名高い。熱湯が至る所から噴出、湯量は乳頭温泉郷の中でも一番多い。 
  • 孫六温泉・・・黒湯温泉から 5 分ほど歩き、先達川に架かる橋を渡ると、風 情のある湯治場「孫六温泉」へと辿り着く。明治年間に生保内石神の孫六という人が発見したため孫六温泉の名がついた。「山の薬湯」 と呼ばれており、天気によって湯の色が変わるという特色がある。孫六温泉から先達川沿いの道は、マイナスイオンを浴びながら新緑の景色を満喫できる。
  • 乳頭山孫六コース入口(815m)・・・向かって右手に先達川の名水がパイプで導水されている。昼食時のコーヒー用に、この名水を500ccのボトルに汲み取る。乳頭山(1478m)へ登山する場合は、ここで名水を補給すれば、登る際の「力水」になる。
  • 孫六から大釜温泉に向かって先達川右岸の道をゆく。
▲オオカメノキの白花  ▲ベニイタヤの若葉
▲ブナ、萌黄色の新緑 ▲ヤドリギ
  • ヤドリギと野鳥・・・ヤドリギの黄色い実は、レンジャク類やヒヨドリ、ムクドリなどの鳥には格好のエサになる。その実は粘り気が強く、鳥にくっついたり、糞と一緒に排出された種子も粘り気があるので、樹上で分布を広げることができる。ヤドリギは、野鳥に実を食べてもらう戦略で分布を広げてきた植物である。
  • 大釜温泉・・・先達川沿いの新緑の絶景を観賞しながら、20 分ほど歩くと、昔懐かしい木造校舎の大釜温泉に辿り着く。源泉温度が少し高めで、熱めの温泉がお好きな方におすすめだという。
  • 妙乃湯・・・昔懐かしい秘湯が多い乳頭温泉郷の中では、近代的かつ清潔な施設で女性に人気のある温泉。この先、一度休暇村に戻り昼食。
  • 蟹場温泉(前日撮影) ・・・名前の由来は、周辺の沢にサワガニがたくさんいたからだという。岩と木の2種類の内風呂には“湯の花”が浮いている。本館から50mほど離れたところに混浴の露天風呂がある。
  • 休暇村下流、小沢が流入する池には、清流の証・イワナが棲息している。 
  • 笹森山(1414m)登山道起点 
  • キクザキイチゲの群落で、しばしお花の撮影会
  • 残雪を踏みしめながら涼風と新緑のシャワーを浴びる 
  • ブナの極相林・・・見上げれば、ブナの新緑は、青空を独占しているかのように埋め尽くしている。白神山地と同じく、乳頭高原の森は、ブナの占める割合が圧倒的に高く、豪雪地帯に適応した極相林であることが分かる。
  • クマゲラの採餌跡・・・ブナの幹に一際大きく縦長の穴を開けた採餌跡があった。昔、白神山地のクマゲラの森で見たことがあるが、良く似ている。下に落ちた木屑の欠片も大きい。亀井ガイドもクマゲラの採餌跡だと推測していた。クマゲラの詳細は、「野鳥シリーズ34 クマゲラ」を参照。
  • ブナの幹に大きな空洞ができ半枯れ状態の根元から、新しい幹が上に伸びている。その生命力にあやかりたいような「ガンバルブナ」に共感を覚える。 
  • 雲一つない陽気に誘われて、アオダイショウが日向ぼっこをしていた。岩手大学の青井俊樹名誉教授によると、「クマの弱点は蛇」だという。阿仁のクマ牧場でも実証済みとのこと。もしクマに遭遇したら、生きている蛇を投げると効果があるらしい。
  • 乳頭キャンプ場・・・ブナの森にキャンプしながら、温泉巡りを楽しめるのが最大の特徴。ただし営業期間は、7月1日~10月上旬。管理は、休暇村乳頭温泉郷が行っている。前日、事前調査で出会った野鳥の写真を下記に掲載する。特にこのキャンプ場周辺には、カケスがやたら多かった。どうもミズナラの森からドングリを運んで、このキャンプ場の草地周辺に貯食しているようだ。
  • カケスは、新緑のブナの枝に止まってハイ、ポーズ。
  • ブナの新緑は、野鳥たちにとっても待ちに待った喜びの季節である。彼らは、木の梢で恋の相手を求めて懸命にさえずり、メスに気に入られようと好物をプレゼントする求愛給餌を繰り返す。全山新緑に包まれ、その若葉を食べるイモムシが大発生すると、それをエサに一斉に子育てが始まる。
▲アカゲラ ▲モズ
▲キセキレイ ▲貯食したドングリを探すカケス
  • 新緑の美・・・キャンプ場は標高700m前後。ここまで下ると、新緑は最盛期。真っ青な空と淡い新緑のコントラストが素晴らしい。
  • 逆光に透けて見える新緑美・・・ブナの葉は薄いので、太陽の光はその葉を透かして林床まで届く。だからブナの森は明るく、チシマザサやクロモジ、エゾユズリハ、ヒメアオキ、オオカメノキなどの多様な植物、幹には様々な地衣類、蘚苔類が生育できるのである。
  • ブナの新緑美(標高700m前後)・・・輝くばかりのブナの新緑から元気を授かる。
  • 新緑と残雪の山・・・手前のブナ林は、新緑真っ盛りだが、雪が残る山頂周辺は、今だ芽吹かず冬枯れのまま。「眠れる森と覚めたる森」の対比がオモシロイ。最近好天が続いているので、新緑の波は、谷から山頂に向かって一気に走り抜けるであろう。
  • 鶴の湯峡入口・・・昔、鶴の湯温泉まで歩いていた時代の旧道だという。最大の楽しみは、鶴の湯峡に架かる吊り橋である。
  • クマゲラの採餌跡その2・・・極めて珍しい採餌跡を2ヵ所も見られるとは、驚いた。考えてみれば、伐採から80年ほどが経過し、二次林とはいえブナ林が見事に再生している。さらに地形は平坦で、幹は真っすぐで背の高いブナが一定間隔に並んでいる。クマゲラが棲息していると言われる八幡平や森吉山とも近いことを考えれば、ここにクマゲラがいても何ら不思議なことではない。
  • 急な下り坂を下ると、眼下に鶴の湯峡が見えてくる。
▲エゾユズリハ ▲ヒメモチ
▲ヒメアオキ ▲イワナシ
  • 鶴の湯峡に架かる吊り橋・・・最も狭くなった峡谷に昔ながらの吊り橋が架かっている。
  • 昔の湯治・・・近在の農家の人たちは、農閑期になると、鍋釜、ふとん、米、味噌などを背負って奥深い山道を歩き、この吊り橋を渡った。貧しい農民にとって、年に一度の湯治は最高の贅沢、最高の健康回復法だった。そんな時代に思いを馳せながら渡る。
  • 鶴の湯峡展望台・・・吊り橋からひと汗かいて登ると、平らな展望台に着く。眼下の葉陰越しに鶴の湯峡が見える。新緑に映えるムラサキヤシオの花も色鮮やかだ。ブナの幹には、古いナタ目が無数に刻まれている。例え旧道が草木に埋もれたとしても、ナタ目は残る。だからブナに刻まれたナタ目は、「落書き」どころか、ブナ帯に生きる人々の文化遺産だと言える。
▲ショウジョウバカマ  ▲カタクリ ▲ダケカンバの皮は良く燃えるので焚き火用の着火剤に使う。
  • ミズナラの森・・・ブナの森が一転、ミズナラの森に一変する。それも道を挟んではっきりと分かれているのはどうしたことだろう。ミズナラは、攪乱を利用して広がってきたと言われている。また、人間によって伐採されても、萌芽力が強いので、繰り返し再生することができる。その森の入口まで下ると、伐採して薪に加工されたものが山積みされていた。
▲ナガハシスミレ(別名テングスミレ)  ▲スミレサイシンの白花 
▲ブナの稚樹  ▲ブナの雄花(風媒花) 
▲ハウチワカエデの若葉と花 ▲キブシの花かんざし
▲オオバクロモジの花 ▲エノキタケ
  • ベニイタヤの黄色い花・・・ベニイタヤの若葉は紅紫色をしている。新緑の頃、山地のブナ帯を観察していると、イタヤカエデは存在せず、ベニイタヤがほとんどのように思う。
▲鶴の湯別館山の宿  ▲オオヤマザクラ
  • ミズバショウとリュウキンカが咲き乱れる花園
▲リュウキンカ ▲クレソン
  • リュウキンカとニホンミツバチ・・・植物が美しい花を咲かせるのは、人間に鑑賞させるためではない。動けない植物は、美しい花と甘い香りで虫や鳥たちを誘い、受粉をしてもらうためである。花も実も全て子孫を残すための生存戦略だという視点で考えると、動かないことを選択した植物と、動くことができる昆虫、野生鳥獣たちは、共に「ウィン-ウイン」の関係で進化してきたことが分かる。 
  • 新緑に染まる鶴の湯温泉(前日撮影) ・・・1615年頃、既にこの湯は評判であったと言われ、400年余りの歴史を誇る。1658年頃、奥地の名湯の名を聞き、藩主佐竹義隆が、久保田から角館に出て、田沢湖畔潟尻から船で対岸の潟前に渡り、ここから馬で先達川をのぼり鶴の湯に入湯している。鶴の湯の玄関口にある木造りの門、その左手に茅葺きの陣屋と呼ばれる建物がある。これは、藩主が湯治の時に宿泊した由緒ある伝統建築物である。古くは「田沢の湯」と呼ばれていたが、1708年頃の記録によると、田沢のマタギ勘助が傷ついた鶴がきて病気を治していたところから「鶴の湯」と呼んだと言われている。
  • 冷たく美味しい水を求めるなら、ブナ帯の新緑の森へ(前日撮影) ・・・山に降った雨や雪解け水は、沢となって地表を流れるだけではない。「ぶな清水」などと呼ばれる名水は、天然のフィルターによって不純物が取り除かれ、地層からミネラル分を吸収することによって極上の名水となる。その誉れ高い名水の量が多くほとばしる季節は、 雪が残る新緑の季節である。
  • 森と水から授かる力(前日撮影) ・・・空吹湿原のブナ林に源を発する小沢は、黒湯に行く手前の道路を横断している。この小沢を少し上ると、清冽な流れにミズバショウとリュウキンカの花園がある。日常では、1時間も散歩すれば苦痛で歩けなくなる。ところが、新緑のシャワーと聖なる水のマイナスイオンを全身に浴びると、一日中歩き回っても全く苦にならない。これこそ「森と水から授かる力」というものであろう。
参 考 文 献
  • 「乳頭温泉巡り 泉水浴ウォーキング」(休暇村乳頭温泉郷)
  • 「鶴の湯温泉ものがたり」(無明舎出版)
  • 「峰と渓」(冠松次郎、河出書房新社)