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樹木シリーズ30-2 クロマツ

  • 幹が黒く海岸沿いに多く見られるクロマツ(黒松、マツ科)

     クロマツは葉がかたいことから雄松(おまつ)とも呼ばれている。特に潮風に強く、北海道南部から九州までの海岸林に広く自生または植栽されている。樹皮は黒みを帯び、冬芽は白い毛に覆われることで見分けられる。白い砂浜にクロマツの緑が映える風景を「白砂青松」、マツ林を渡る風は「風の松原」などと形容されている。海岸に多いクロマツ林は、防風や飛砂、塩害防止、津波被害を軽減する重要な役割を果たしてきたが、現在、松くい虫被害が深刻なことから、このクロマツ林をいかに保全するかが大きな課題になっている。 
  • 花期・・・4~5月、高さ40m 
  • ・・・雄花は、今年伸びた枝の下部に多数群がってつき、長さ1.5~1.8cmの長楕円形。雌花は紅紫色の球形で、先端に1~3個つく。 雄花の下には、前年に受粉したマツカサがある。
  • 樹皮・・・黒みを帯び、幼木では浅く裂けるが、老木になると深い亀甲状に裂け目ができ、やや厚い不規則な鱗片となって剥がれ落ちる。幹から松脂がとれる。 
  • 球果・・・翌年の10月頃に成熟し、種子は長さ5~6mmの倒卵形で、翼は種子の3倍くらいある。 
  • 松ぼっくりの種を食べる野鳥・・・ヒガラ、ヤマガラ、イスカ、マヒワ、ホシガラスなど。なお、鳥は種子以外に葉についたアブラムシを食べるものもいる。 
  • 砂防林・・・日本海側の海岸には、砂丘がたくさんあった。冬の北西風が吹き荒れると、微粒な砂を吹き飛ばし、農地や家屋を砂の下に埋めた。それを防ぐべく、栗田定之丞をはじめとした先人たちは苦労に苦労を重ね、クロマツの砂防林を造成することに成功した。以来、クロマツは、乾燥や潮風に強い防風林として尊ばれ、秋田の浜辺の風景を代表する樹木になった。
  • 関連ページ・・・先人に学ぶ① 栗田定之丞
▲奇跡の一本松(岩手県陸前高田市)・・・樹高28m、樹齢200年以上。
  • 奇跡の一本松・・・岩手県高田松原は、江戸時代に造成された2kmに及ぶ海岸クロマツ林があったが、高さ10mを超える津波被害を受けてたった1本だけ残った。そのクロマツの木は、「奇跡の一本松」と呼ばれ、復興のシンボルとして被災者たちの心の支えとなっていた。しかし、後に枯死していることが確認され、モニュメントとして保存整備された。
  • 津波を抑える効果・・・2011年の東日本大震災を契機に、海岸クロマツ林が津波を抑える効果に注目が高まった。日本海岸林学会によると
    1. 津波エネルギーを減少させる効果・・・津波の波力を減らして流れの速さやエネルギーを低下させ、その破壊力を弱める。岩手県高田松原は、林帯の延長2km、幅100~150m、約7万本のマツで構成されている。昭和三陸地震津波(昭和8年)、チリ地震津波(昭和35年)では津波被害を軽減し、名実ともに防潮林としての機能を果たしてきた。
    2. 津波到達時間を遅らせる効果・・・林帯で波の流れをせき止め、陸地に津波が到達する時間を遅らせる。
    3. 浮遊物をとらえる効果・・・津波によって流れてきた物の移動をクロマツ林が阻止して、移動によって生じる二次災害を防止する。
    4. 海岸に高い地形を保ち、自然のへだてや仕切りのための壁となって海水の侵入を阻止・減少させる効果・・・日本海中部地震津波の際、八竜町から八森町滝の間の30㎞の海岸が10m前後の津波に襲われた。しかし、この沿岸には海岸線に平行して高さ10m前後の砂丘があり、集落は良好な津波の被害を防止するために作られた防災林に覆われた砂丘の背後にあったため、津波に直撃された集落がなかった。
    5. 土地を抑制する効果・・・大規模な津波によって海岸林が倒壊されたとしても、津波は少しづつ減少していく。海岸林の有無によって、被害の大小、時には生死をわける。
  • 庭木、盆栽・・・松は非常に丈夫な樹木で、土質を選ばないので、どんな場所でも栽培できる。風雨や霜雪に対しても強く、乾湿、寒暑、刈込にも耐えるので、誰にでも栽培できるという特長をもつ。寿命は長く、葉は常緑なので、いつも緑をたたえている。故に、松は庭木の中心的存在であり、小さくして鉢植えの盆栽としても愛でられる。 
  • 白砂青松・・・瀬戸内海沿岸部を取り囲む中国・四国地方の山地は、主として花崗岩で、深層風化した砂が大水のたびに流れ下り、海岸に白い砂丘をつくった。その白砂と、背後の青々とした緑滴る松原の風景がこの上なく美しいことから、「白砂青松」と呼んだのが始まりとされる。今では、全国の美しい海岸の風景をさす場合に用いられる。 
  • 製塩と落ち松葉・・・製塩は、砂丘に海水を撒いて天日で濃縮し、それを釜で煮詰め、塩を結晶させる。その製塩燃料には、山地の樹木と海岸松原の落ち松葉を用いた。松葉は、火が柔らかく、急激な温度変化がないので、塩の結晶は均整な形で細かく、色が白く、上等な品質の塩ができたという。だから、海岸松原の松は伐採されることなく、次第に白砂青松の景色ができあがった。 
  • クロマツの民俗・・・昔、家々では、自家の範囲で松葉をかいて燃料にした。台風の翌日は、朝4時に起きて枯れ枝拾いを行った。松葉は主にカマドで飯を炊くのに用いた。風呂炊きには、松葉は贅沢だとされ、浜に流れ着いた立木を使った。炊飯時にできた松葉のオキは、火鉢に移して灰をかけて使った。松林には、松露やキンタケ、ハツタケなどのきのこも出たので、これらを採取した。ムラの共有林については、毎年、松が枯れたり、減ったりした所に松苗を植えるなど、人とクロマツ林との共生関係があった。戦後の燃料革命によって、枯葉が全く使われなくなってから、松葉をかく者もいなくなり、松林が荒れたと言われている。
▲キンタケ(金茸)
▲ショウロ(松露) ▲ハツタケ(初茸)
  • 松枯れ・・・松枯れを起こす犯人は「マツノザイセンチュウ」という2ミリにも満たない外国からやってきた生物。足も羽もなく、自ら枯松から他の健康な松に移ることはできない。このセンチュウを松から松へ運ぶ共犯者が「マツノマダラカミキリ」。センチュウは健康な松の樹体内で繁殖し、松を衰弱させる。衰弱した松はカミキリの絶好の産卵対象木となり、次々と枯れていく。
  • 外国から来たマツノザイセンチュウ・・・明治時代、北アメリカから長崎や横須賀に持ち込まれたといわれている。この外来の虫に対して、日本のクロマツやアカマツは抵抗力がない。
  • 松枯れ被害のしくみ
    1. 6月下旬、マツノザイセンチュウをくっつけたマツノマダラカミキリが枯死木から脱出する。
    2. カミキリが健全木の若枝を食べる時、かじった跡からセンチュウが林内に侵入する。
    3. 気温の高い夏季に材内でセンチュウが増殖し、マツの樹脂が止まり衰弱する。
    4. 枯れたばかりのマツは、カミキリの絶好の産卵対象木になる。
    5. 翌春、カミキリがサナギになる頃、そばにセンチュウが集まってくる。
  • マツ枯れは人災?・・・戦争によるマツ林の荒廃によって、戦後しばらく松枯れが広がったことがあるが、懸命の駆除で被害は下火になった。その後、松林が薪炭の利用もなくなり放置されると、枯死したまま放置された松が増え、1970年代以降再び松枯れが広がった。地球温暖化の影響も加わって、松枯れの被害は急激に北上した。 今では、秋田県を越え、青森県津軽西海岸まで広がっている。北海道を除く46都府県に甚大な被害を与えているマツ枯れは、「人災」と指摘する人もいる。
  • アカゲラを呼んで松枯れ防止・・・アカゲラなどキツツキの仲間は「森の番人」とも呼ばれ、害虫を食べて木や森を守っている。例えば、松枯れの犯人は、北米原産の線虫・マツノザイセンチュウだが、それを運ぶマツノマダラカミキリをキツツキ類が食べているのだ。そのキツツキ類の中でもアカゲラは,カミキリの幼虫を捕食する能力が高く,アカゲラの生息密度の高い地域では,材内の幼虫の90%以上が捕食された例もある。
  • 秋田県の海岸クロマツ林の例では,アカゲラ用の巣箱や巣丸太を設置したところ,アカゲラの観察例が多くなり,4年後にはカミキリ成虫脱出率が設置前の半分になったという。アカゲラは巣箱を設置し誘致すると、利用巣箱から200m範囲内で30~70%のカミキリの駆除効果が期待できるとしている。
  • 個体差がある・・・個体によって害虫に強いものもあれば、弱いものもある。マツノザイセンチュウに強い個体も見つかっている。それをクローンで増やし、松枯れを防ぐための対策も行われている。ただし、別の病気には弱いかも知れないので、単一のクローン樹種を広い範囲で植えることは、大規模な被害を受けるリスクを背負っていることに留意する必要がある。
  • 利用・・・松脂に多いので、松明の材料はアカマツよりもクロマツの方が良く利用された。水分の多い土中での耐久性にも優れているので、橋や港湾の杭、扉などに用いられる。また、ろくろで加工する茶卓、お盆などの小物のほか、内装材としては床の間などに利用されている。
  • 松ぼっくりを使った森のクラフト・リース・・・子どもたちとクリプトンの森を歩くと、特に人気が高いのは、松ぼっくりやアメリカフウ、どんぐりなどの木の実を拾うこと。そして、自分で拾った森の素材を活かした森のクラフト、リースづくりになると、さらに熱中する。森は、子どもたちの集中力と感性、芸術心を刺激する力がある。
  • 松ぼっくりを使った「森の妖精」
  • 松ぼっくりで作ったサンタクロース
  • 松ぼっくりなど森の素材を使ったクリスマスリース
  • 浜辺のクロマツを詠んだ作品
    松蔭の 清き浜辺に 玉敷かば 君来まさむか 清き浜辺に 万葉集
    わが庵は 松原つづき 海近く 不二の高根を 軒端にぞ見る 太田道灌
  • 俳句その1 松の芯(松の花)
    いつせいに松の芯立つ保安林 中川青柚子
    松の花盛りの中の法隆寺 松山橘香
    崖下に波ひらひらと松の花 可児静代
  • 俳句その2
    名月やたたみの上の松の影  其角
    松風や軒をめぐりて秋くれぬ 芭蕉
    桜より松は二木を三月越シ  芭蕉
    線香の灰やこぼれて松の花  蕪村
    門の月殊に男松の勇み声   一茶
    松の葉もよみつくすほど涼みけり 加賀千代女 
  • 旅と酒を愛した漂泊俳人、種田山頭火の「松」句集
    松に腰かけて松を観る
    松かぜ松かげ寝ころんで
    松風すずしく人も食べ馬も食べ
    その松の木のゆふ風ふきだした
    松はみな枝垂れて南無観世音
  • 白砂青松を描いた唱歌「海」
    松原遠く消ゆるところ
    白帆の影は浮ぶ
    干網浜に高くして
    鴎は低く波に飛ぶ
    見よ昼の海
    見よ昼の海・・・ 
参 考 文 献
  • 「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
  • 「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
  • 「里山の花木ハンドブック」(多田多恵子、NHK出版)
  • 「樹木観察ハンドブック 山歩き編」(松倉一夫、JTBパブリッシング)
  • 「図説 日本の樹木」(鈴木和夫・福田健二、朝倉書店)
  • 「日本の樹木」(舘野正樹、ちくま新書)
  • 「花と樹木と日本人」(有岡利幸、八坂書房)
  • 「樹木の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
  • 「日本の原点シリーズ 木の文化3 マツ・カラマツ」(新建新聞社)
  • 「続・読む植物図鑑」(川尻秀樹、全国林業改良普及協会)
  • 「野鳥と木の実と庭づくり」(叶内拓哉、文一総合出版)
  • 「俳句歳時記」(角川学芸出版編、角川ソフィア文庫) 
  • 「生態と民俗」(野本寛一、講談社学術文庫)