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美しき森と水の四季①

  • 平成の名水百選「元滝伏流水」(にかほ市象潟町)
    新緑の谷に柔らかい木漏れ日が射し込むと、滝の飛瀑は神々しい輝きを放つ
    その傍らに佇むと、マイナスイオンがシャワーとなって降り注ぎ
    不思議と心の奥底まで洗い清めてくれるような爽快感に包まれる
  • 「米の国」「酒の国」「美人の国」秋田を支えてきたのが、この美しき森と水である
  • 八峰町二ツ森から世界自然遺産白神山地を望む
     白神山地は、秋田県と青森県にまたがる13万haに及ぶ広大な山岳地帯の総称である。平成5年12月、原生的なブナ林が残る16,971ha(秋田県4,344ha、青森県12,627ha)が世界自然遺産に登録された。平成25年には、登録20周年を迎えた。
  • 白神山地のブナ林に象徴されるように、「ブナ林は東日本の原風景」と言われ、西日本の「照葉樹林文化」に対して「ブナ帯文化」と呼ばれている。ブナ帯は、東北から北海道西部にかけて分布し、ブナ、ミズナラ、トチノキ、サワグルミ、ホオノキなどが主要樹種。ブナ帯文化の特徴は、「美しき森と水」の風景もさることながら、生き物の多様性とその恵みの豊かさにある
  • 早春の根開き(白神山地)・・・暖かい春の陽光が、深閑としたブナの森に降り注ぎ、次第に渓谷の凍てつきをやわらげてゆく。ブナの根元は、日中の日差しで温められた幹の輻射熱で丸く解けてくる。やがて渓谷は、雪解け水で溢れかえる。
  • ブナ林の芽吹き・・・強い斜光線を浴びると、ダイヤモンドのように輝く。
  • 雪解け水で溢れかえる渓流(白神山地)・・・残雪の渓流は、萌黄色の新緑に包まれ最も美しい。しかし、早朝は水位が低くとも、昼頃になると、雪解け水が加わって、流れは白く濁り、一気に増水してくる。これを「雪代(ユキシロ)」と呼ぶ。
  • 立春・・・雪国・秋田に春の訪れを告げるフキノトウ(八峰町峰浜)・・・「春をさきがけてバッケが消えかかった雪の下から頭をもたげる。枯草のあいだから浅緑の拳がヌッと伸び上がった姿は新鮮でたくましい。雪国の人たちがバッケを見つけると、とても喜ぶ。いよいよ春だという確信が得られるからである。・・・家の戸口に貼った「立春大吉」が遅い春にやっとピッタリする。」(「雪国の民俗」柳田国男・三木茂著)
  • 山里に春一番を告げるフクジュソウ(藤里町横倉棚田)・・・雪解けの早い海岸部のフクジュソウは、3月中旬頃に咲く。内陸部の藤里町では、約一ヶ月ほど遅れて咲き始める。花言葉は、永久の幸福、幸福を招く、祝福・・・その鮮やかな黄色は、映画「幸福の黄色いハンカチ」を思い出す
  • 白神山地のニホンザル(絶滅危惧種1B類)・・・白神山地には、十数頭から数十頭の群れをなして生活している。早春、雪解けが早い海岸部にブナの新芽や若葉を求めて群れが集まってくる。新緑の波が内陸部へ移動するにつれて群れも移動する。白神のブナ林は食べ物が豊富なことから、群れが連続的に分布・・・世界の北限に位置する北東北の中でも比較的安定した個体群と言われている。
  • ブナの新芽を貪るサル(白神山地)・・・世界の最北限に生息する下北の調査によると、春は、カタクリの花、フキノトウ、キバナイカリソウの花や葉、イタヤカエデやオヒョウの柔らかな若葉。夏は、エビガライチゴの実、オオハナウドの花、ツノハシバミの実、ハリエンジュの花。

     秋は、クリ、ヤマブドウ、マタタビ、サルナシ、赤トンボ、オオイタドリの虫、ガマズミ、ムラサキシキブ、マツブサ。冬は、松ぼっくり、キノコ、木の冬芽や樹皮など。さらに昆虫、クモ、カタツムリ、カエルの卵や鳥の卵まで食べるという。
  • 雪崩にやられたニホンカモシカ(和賀山塊)
  • 早春、新芽を求めて谷を彷徨うカモシカ(白神山地)
  • 河原に横たわっていたカモシカ(平成24年4月、白神山地)・・・大雪を乗り越えたはずのカモシカが、河原に横たわったままほとんど動かない。近付いて観察していると、眼や鼻、体が小刻みに動く・・・まだ生きている。突然、何かの病魔に襲われ歩けなくなったのだろうか。こうした病弱のカモシカや雪崩にやられたカモシカは、冬眠から覚めたクマの格好のエサとなる。
  • カモシカの毛が入ったクマの糞(太平山系)・・・平成24年5月中旬、クマがカモシカを食べた糞に出会った。カモシカは、ほとんど原型がなくなるほど食べ尽くされていた。周囲にクマの糞が6ヶ所もあった。雪崩で死んだカモシカか、あるいはカモシカを襲って食べたのかは不明である。

     4月中旬頃、越冬穴から出たツキノワグマは、雪消えの早い雪崩地、崖地に集まり、前の年に落ちたドングリや雪崩で死んだカモシカなどを食べる。ブナの葉が開き始めると、木に登りブナの若葉、花を食べる。
ブナの幹に刻まれたナタ目(白子森真角沢) 冬眠から覚めたクマの足跡(白神山地)
  • 秋田の春グマ狩りシーズンは、残雪期の4月下旬から5月上旬頃。左の写真は、北秋田市阿仁比立内マタギの森で見つけたブナのナタ目。「熊取り 午後から雨降り」と刻まれている。ブナの森を歩いていると、白い樹肌に「熊」「マス捕り」「イワナ」「水」といった刻印を見掛けることがある。こうした幹の刻印に、ブナ帯に生きる人々の文化を感じ取ることができる
  • ツキノワグマMEMO
    1. 体長140cm前後、体重/オス80〜130kg、メス50〜80kg
    2. 3年で成獣、寿命は15年〜30年
    3. 冬眠は11月中旬〜4月下旬まで約5ヵ月間。ただし、生まれたばかりの親子は、若葉が茂る5月下旬頃に穴から出る
    4. 春の食べ物・・・雪崩地に集まったドングリやブナの実、雪崩で死んだカモシカ、ブナの若葉と花、タムシバの花、クロモジの若芽、フキノトウなど
    5. 夏の食べ物・・・ネマガリダケ(タケノコ)、アイコ、ミズ、セリ、アザミ類などの山菜類、ミズバショウ、ザゼンソウ、エゾニュウ、フキなどの多肉多汁の植物、キイチゴ、アリの巣、ハチの巣、オニグルミなど
    6. 秋の食べ物・・・クリ、ドングリ、ブナの実、マタタビ、ミズキ、ヤマブドウなど・・・
  • 山地生態系の頂点に位置するクマは、ブナの森の恵みに依存していることが分かる。県内の生息数が1000頭前後もいるという事実は、ブナ帯に位置する秋田の自然度が高い証でもある。
  • スプリングエフェメラル(春のはかない草花)・・・ブナの芽が萌え出る前の林床には、イワウチワ、キクザキイチゲ、カタクリ、ニリンソウなどが我先にと競い合うように咲き乱れる。ブナが開葉すると、光が遮断され、はかなく消えてしまう。これを「スプリングエフェメラル・・・春のはかない草花」と呼んでいる。
  • イワウチワ
  • ニリンソウ
  • カタクリ
  • ブナの芽吹き(白神山地)・・・ブナは、葉が開く前に、丸く膨らんだ花芽が開く。その芽を包む鱗片葉は赤茶色で、遠くから見ると樹冠が赤く煙ったように見える。膨らんだ芽が割れると、葉と花が同時に開きはじめる。オス花は、大量の花粉を放出して落下する。ブナは、風で花粉を飛ばす風媒花である。その内の数億分の一とも言われる超低確率で、メス花と受粉、やがて果実に成長することができる。
  • ブナの花と若葉(白神山地)・・・垂れ下がっているのがオスの花、上を向いているのがメスの花。このブナの若葉と花は、柔らかく量も多い・・・早春のクマにとって最大のごちそう。この頃、対岸のブナの枝が揺れている光景に出くわすことも少なくないが、これはクマがブナの木にのぼって若葉と花を貪っているからである。
  • 春、ブナの若葉を貪った時のクマの爪痕(和賀山塊)
  • 新緑の季節・・・山笑う(白神山地)・・・ブナの芽吹きは、暖かくなるにつれて、谷底から峰に向かって、ゆっくりと駆け上がってくる。そして黄色い花を咲かせ、淡い黄緑色の新葉を開き、山全体が萌黄色に染まる。雪国の森は、深い眠りから覚め、命が芽吹く新緑の頃が最も美しい。まさに「山笑う」季節の到来である。
  • 世界に冠たるブナの森「世界自然遺産白神山地」・・・真瀬川・三ノ又沢源頭(八峰町)を越えると、新緑の絶景と白神山地最高峰の向白神岳を仰ぎ見ることができる。見渡す限りブナ、ブナ、ブナ・・・の樹海・・・この地に立てば、誰だって後世に残したいと思うに違いない。ブナの森は、「マザーレイク」と呼ばれる琵琶湖と同様、「母なる森」と呼ばれている。
  • マタギが信仰する山の神様がなぜ女性なのか・・・それは、「母なる山」に生かされてきたからであろう。
  • 絶滅危惧種1A類・オオサクラソウの大群落(白神山地)
  • 分厚いSBに覆われたV字谷(太平山系)・・・尾根から残雪と新緑の谷を望む。V字谷は、両サイドから雪崩が一気に落下し、谷底全体を埋め尽くしてしまう。しかも、谷底は日当たりが悪く、遅くまで連続したSBが残る。
  • 世界自然遺産白神山地「新緑の輝きと雪渓」(追良瀬川サカサ沢)
  • 清冽な流れと森林美・・・圧倒的にブナが多い新緑の森林美、ナメ床の窪地を滑り落ちる清冽な流れと瀬音、そしてマイナスイオの飛沫・・・世界自然遺産・白神山地の核心地域は、日常では決して見ることのできない別世界・・・だからいつ見ても美わしく心地よい場所である。
  • 新緑に輝く谷(小阿仁川水系、上小阿仁村)
  • 清流のシンボル「イワナ」・・・天然イワナが生息する条件は、水温約20℃以下と冷たく、年間を通して水量が安定していること。夏の渇水で水が枯れるような沢には生息しない。イワナは、カワゲラやトビゲラなどの水生昆虫と同様、清流の指標となる生き物である。
  • 森の恵み「キノコ」は、秋だけではない。早春から初夏にかけて、エノキタケ(ユキノシタ、上写真左)やヒラタケ、シイタケ(上写真右)、サワモダシ(ナラタケ)、ウスヒラタケ、キクラゲなどが生える。
  • 森と水の恵み・山菜文化・・・清冽な渓流の岸辺や斜面には、ふきのとう、アザミ、コゴミ、ミズ、シドケ(モミジガサ)、アイコ(ミヤマイラクサ)、ホンナ、ウド、ヤマワサビ、ゼンマイなど、春の山菜が次々と土から顔を出す。秋田の山と渓谷は、山菜の宝庫で、昔から利用される山菜の種類も多く、地域独自に発達した調理法も多彩で山菜文化とも言われている。山菜は、秋田を代表する行事食や日常の暮らしに欠かすことのできない食材である。
  • コゴミ
  • シドケ(モミジガサ)
  • ウド
  • ゼンマイ(太平山系)・・・ゼンマイは雪崩の多い危険な急崖に生える。それだけに山のプロと呼ばれる人たちが採る山菜の筆頭である。沢沿いの湿り気のある急斜面を好み、大群落を形成する。かつては、山の中に造ったゼンマイ小屋に泊まり込み、ゼンマイ採りに専念する家族もあった。
  • オオヤマザクラ(白神山地)・・・東北のブナ林に自生するサクラは、オオヤマザクラ。ヤマサグラより葉も花も大きい・・・薄紅色で新緑に映え、そのコントラストが美しい。北国では、低山でも見られるが、本州中部では、標高700〜1500mの高山に自生するという。この樹皮を利用した角館の樺細工は、伝統工芸品に指定されるほど有名である。
  • 新緑とオオヤマザクラ
  • ブナ帯を代表する低木・クロモジの若葉と花(白神山地)・・・薄黄緑の花と上向きに開く葉が、羽根突きの羽根が青空から舞い降りてくるように見え、とても美しい。樹皮と幹には、独特の香りがある。葉からはクロモジ油がとれ、香水や石けんに使われる。枝は皮付きのまま、ツマヨウジや細工物に使われている。
  • オオカメノキの白花(白神山地)・・・新緑の頃、ブナ林内でよく目立つ白花で、一見アジサイに似ている。卵円形の大きな葉を亀の甲羅に見立ててオオカメノキという。右下の紫色の花はシラネアオイ。
  • ムラサキヤシオツツジ(太平山系)・・・ブナの新緑に一際映える紅紫色のツツジが咲くと、全山、萌黄色に輝く新緑のピークを迎える。葉は互生で枝先に集まってつき、葉が開くと同時に花を1〜6個づつ咲かせる。
  • ブナの新緑(岳岱自然観察教育林、藤里町)
  • 夢幻の風景・・・霧は、谷の表情を一変させる。残雪の山に雨が降ると、時に濃い霧が発生する。谷が濃霧に包まれると、白と黒の水墨画のような風景に一変・・・その森と水が織り成す夢幻の風景は、神秘的で美しい。
  • アズマヒキガエルの産卵(白神山地、太平山系)・・・5月中旬〜6月上旬頃、繁殖期になると、渓流の湧水が滴るような池や水たまりに多数集まってくる。オスは「クックックッ」と鳴き、後から池にやってきたメスを奪い合い大騒ぎをする。その光景は、まさに「蛙合戦」そのものである。
  • クロサンショウウオの卵のう・・・卵のうは特徴のある白いアケビ形である。
  • 平成の名水百選「元滝伏流水」(にかほ市象潟町)・・・名水の条件は水温が低いこと。元滝伏流水は、水が冷たすぎて常に霧がたちこめている。「岩ガキ」の旬が真夏であるのは、鳥海山の冷たい伏流水にあると言われている。しかし、良いことばかりではない。鳥海山麓地域では、夏でも摂氏10度前後の冷水を入れざるを得ず、冷水害は、最大のガンとして、古来その対策に腐心してきた。それを克服したのが、日本初の温水路群である。
  • 日本初の温水路「上郷温水路」(にかほ市象潟町)・・・温水路は、水路の幅を広く、水の深さを浅く、流れをゆるやかにし、多くの落差工を設けている。ゆっくり流れる温水路は、太陽熱を吸収させ、水温が上昇する。1927年(昭和2年)、佐々木順次郎が考案した温水路は、古来より悩まされ続けてきた冷水害を見事に克服した。平成15年土木遺産、平成17年疎水百選に選ばれている。
  • 庭園のように美しい棚田(羽後町軽井沢蒐沢)・・・美しい水を湛えた棚田・・・田んぼより広いような畔の法面だが、全てきれいに草刈りがなされ、まるで庭園のように美しい。この文化的景観も、美しき森と水が支えていることを忘れてはならない
  • 苔生す清流・・・ブナの原生林から湧き出す清流は、新緑の頃が最も美わしい。(白神山地追良瀬川ツツミ沢)
森と水の四季Part1 森と水の四季Part2 森と水の四季Part3 白神山地