本文へスキップ

世界自然遺産・白神山地

世界自然遺産登録20周年記念特集2013年(平成25年)
  • 白神山地は、秋田県と青森県の県境に位置し、白神岳(1,232m)、向白神岳(1,243m)、真瀬岳(988m)、二ツ森(1,086m)、藤里駒ケ岳(1,158m)、小岳(1,042m)、青鹿岳(1,000m)、天狗岳(958m)といった標高千メートル級の山々が連なる山塊である。
  • この山々を源流とする川は、赤石川、追良瀬川、粕毛川、大川などブナ原生林の豊かな恵みを受けた動植物の宝庫として知られている。その白神山地が、平成5年(1993年)12月、屋久島とともに世界自然遺産に登録された。その登録理由は、人の影響をほとんど受けていない原生的なブナ天然林が世界最大級の規模で分布」し、その普遍的な価値が世界的に貴重なものとして認められたからである。
  • 世界に冠たる森と水(白神山地滝川)・・・世界自然遺産核心部・・・谷は、ブナの原生林に包まれ、冷たく透き通るような流れは、深緑を映し出しゆっくりと流れ続けている。こうしたブナ帯では、動物の餌となるブナ、クリ、トチ、ナラ類の堅果類や下生えなどの食用となる植物が豊富である。
     さらに、川を遡上するイワナ、アメマス、サクラマスなどのサケ科の魚類も多く、ブナの森は豊穣の森である。かつては、白神の森を取り囲むように、狩猟と川漁を生業とするマタギ集落が数多く点在していた。
  • 二ツ森(1,086m)から、青森県側を望む・・・二ツ森山頂は、秋田・青森に広がる世界自然遺産地域を360度俯瞰できる最高の場所である。しかも、青秋林道終点からわずか50分程度で登れる初心者コース。奥の白い峰は主峰・白神岳(1232m)、最高峰・向白神岳(1243m)などの山々が連なる。
  • 残雪と新緑の頃がオススメ・・・モクモクとうねるような新緑の波が、谷から峰に向かって染め上げる「新緑の山登り」と、遥か彼方に残雪をまとった山並みは、まるで白い神々が宿る山・白神山地にふさわしい美景である。
  • 二ツ森登山口(青秋林道終点)
    白神山地世界遺産地域の看板
  • 二ツ森(1,086m)から、秋田県側粕毛川源流部を望む。写真の左奥に聳える山が、能代山本地域で最高峰の藤里駒ケ岳(1,157m)である。
  • 世界自然遺産地域の面積は、核心地域が約1万ha、その周辺部の緩衝地域が約7千ha、合計約1万7千ha。核心地域については、秋田県側は入山禁止、青森県側は27のルートが指定され、事前に津軽森林管理署(0172-27-2800)に申請すれば入山できる。
  • 核心地域指定ルートの現状状況(PDFファイル)(白神山地ビジターセンター)
  • 森の巨人たち百選「白神のシンボル」(藤里町、岳岱自然観察教育林)・・・ブナの寿命は300年前後と言われているが、それを遥かに超える老木で、通称「400年ブナ」と呼ばれている。幹周り485cm、樹高26m。
  • 白神山地は、約12,000〜8,000年前から北日本の丘陵や山地を覆っていた冷温帯ブナ林が残存したもので、東アジアに残る最大の原生的なブナ林である。
  • 白神のマザーツリー(西目屋村)・・・推定樹齢400年、幹周り465cm、樹高30m。
     白神ライン(県道28号)の途中、津軽峠の駐車場から歩いて3分程度
  • 植物は、固有植のアオモリマンテマや「白神」の名を冠したシラガミクワガタ、ツガルミセバヤなど、540種以上が確認されている。動物では、ツキノワグマやニホンザル、ニホンカモシカなど中大型ほ乳類14種。鳥類では、天然記念物のクマゲラやイヌワシなど94種が知られている。このように白神山地のブナ林は、ヨーロッパのブナ林に比べ、5〜6倍も植物の種類が多いと言われる。生物の多様性という点でも群を抜いている
  • 世界自然遺産核心地域のブナ原生林(ウズラ石沢合流点左岸高台)・・・ブナの林床はチシマザサに覆われている。雪が降ると柔軟な茎は地面に倒れ、深い雪によって厳しい寒さから保護されて冬を過ごす。故にチシマザサの根元付近が弓状に曲がっていることからネマガリダケとも呼ばれている
  • 雪が解けて2mを超すササが一斉に起き上がると、林床は大型の笹藪に覆われ、歩くことすら困難になる。登山道や避難小屋が全くない核心地域を歩くには、沢登りの技術と魔の藪こぎが必須である点に留意願いたい。
  • 「ブナ〜チシマザサ群落」(追良瀬川源流サカサ沢)・・・白神山地の森は、多雪の日本海側に位置し、ブナが圧倒的に多く、林床にはチシマザサが多いのが特徴である。かつては、広く東北地方を被っていたと言われるブナ極相林の姿を残した地域であり、わが国の文明(縄文文化)の扉を開いたブナ帯の原風景が残る希少な森である。
  • 動画「世界自然遺産白神山地追良瀬川源流 美しき森と水の賛歌」・・・15分56秒
  • タケノコ・・・上写真左は、ツキノワグマがタケノコの皮をむいて食べた痕跡(6月上旬、八峰町真瀬川中ノ又沢県境稜線)。チシマザサ群落では、初夏ともなるとタケノコたちが次々と生えてくる。雪国で最も人気が高い山菜の代表格だが、ツキノワグマも大好物。彼らはタケノコが生える場所を移動しながら、約一か月にもわたって食べ続ける。
  • 白神山地は、崩壊地や地すべり地形が多いことが特徴・・・2001年5月、大川タカヘグリ付近右岸の山崩れで、流れが堰き止められ、縦50m、横20m、深さ3〜5mのタカヘグリ新湖(右の写真)が出現して話題になったことがあった。2004年頃には消滅してしまった。
  • カチズミ沢の大崩壊(大川)・・・大川源流のカチヅミ沢では、現在も大小の崩落が続いている。
  • 地すべり地形が作ったクマゲラの森・・・白神山地は、地すべり地形が至る所に見られ、その平坦な場所はブナの生育に適している。赤石川の「クマゲラの森」や二ツ森北側の「泊の平」と呼ばれる台地は、地すべりによってできた平らな地形である。その平坦な地すべり地形には、幹がスラリと伸びたブナが生育し、白神山地のシンボル・クマゲラの巣穴やねぐら穴に利用されている。
  • クマゲラの森(イメージ:森吉・野生鳥獣センター)・・・本州のクマゲラは、白神山地と森吉山の二つで安定的に繁殖していることが確認されている。昭和58(1983)年10月、白神山地中核部の櫛石山南ろく(赤石川流域)で天然記念物・クマゲラが初めて確認された。以来、この森は「クマゲラの森」と呼ばれている。
  • クマゲラが営巣できる条件は、胸直径60cm以上の垂直な巨木と枯れ木や老齢木が混じったブナの極相林が必要とされる。この森を歩けば、その条件を満たしていることが分かる。
  • 日本海側山頂部の風衝型ブナ林(津梅川)・・・日本海側のブナ林は、標高が高くなるにつれて、ブナの幹はクネクネに曲がっている。いかに日本海から吹き上げる風雪が厳しいか、その姿から容易に想像できる。
  • 雪もみじ(滝川支流西の沢源頭)・・・冬芽を包んでいたアズキ色の鱗片が、芽吹きとともに雪の上に落ちて赤く染まっているように見える。これを「雪もみじ」と呼んでいる。この頃は雪がしまって歩きやすいが、雪が解けるとチシマザサが一斉に起き出し見通しが全く効かなくなる。
  • ブナの巨樹と新緑美(追良瀬川ツツミ沢)・・・雨上がりの朝、ブナの巨木を見上げると、天を覆い尽くすように萌え出た若葉が斜光線に輝き、新緑美はクライマックスに達した。
  • 向白神岳を望む・・・地すべり地形の滑落崖が顕著
    追良瀬川上二又・・・右からツツミ沢、左からサカサ沢が合流して追良瀬川となる。
  • 白神山地は、マタギの森
     砂子瀬マタギは、追良瀬川と大川、赤石川源流、川原平のマタギは、赤石川下流と暗門川源流を猟場と決めていたという。もちろん、共同で猟をすることもあった・・・猟場を区分するナワバリと、共同猟は秋田マタギと同じである。
     白神山地周辺には、秋田県阿仁から獲物を求めて土着したマタギも多かった。大間越地区の高関辰五郎は、阿仁の生まれで、百頭以上の熊を獲り、白神の仙人と呼ばれた名人マタギだった。目屋マタギ最後のシカリ・故鈴木忠勝さんの先祖も阿仁からの移住者である。なお、目屋マタギの守り本尊である秘巻は、「山達根本之巻」で日光派に属している。
     白神山地は、阿仁の旅マタギが活躍した猟場の一つで、伝説にも阿仁のマタギが度々登場してくる。また、目屋マタギのクマをとる罠・シラは、秋田マタギから教わったと言い伝えられている。白神山地のマタギも、全国マタギの本家と呼ばれる阿仁マタギの影響を強く受けていることは、実に興味深い。
  • 津軽の箱・タカヘグリ(大川)・・・フキアゲの滝を左に曲がると、大川最大の難所・タカヘグリのゴルジュ帯となる。昔からタカヘグリは、切り立った断崖、絶壁が連なり、マタギでさえ近づけない「不入の門」「津軽の箱」と言われていた。「津軽の箱」と呼んだのは、秋田マタギだという。
  • 「津軽の箱」に獲物が逃げ込むと、マタギは雪崩の危険を感じて深追いするのを諦めたと言われる。マタギ道は、この難所・タカヘグリを大きく迂回する左岸の尾根筋にある。雪代や雨で増水すれば、何人も通過することは不可能になる。一時期、自然堰止湖で流れがせき止められたため、深い淵は土砂で埋まり、遡行しやすくなった。
  • 難所「タカヘグリ」を迂回するマタギ道・・・大川支流常徳の沢から分水尾根沿いに「津軽の箱」を迂回する杣道があった。740mピークまで高度差500m近く登らなければならず、オリサキ沢まで約3km・・・決して楽なコースではない。かつては、740mピークを南に下るとマタギ小屋があった。
  • マタギ小屋・・・マタギ小屋は、沢筋から離れたこの世の別天地にあった。雪崩の心配がない穏やかなブナの森に囲まれ、小屋のすぐ傍には湧水があった。周囲を探ると、サワモダシ(ナラタケ)が足の踏み場もないほど生えていた。「母なる森・ブナ」に生かされた「マタギ文化」・・・それは、現代人がとうの昔に失った「桃源郷」あるいは「人生の楽園」のような暮らしでもあった。
  • 白神山地・目屋マタギ(西目屋村、写真:水沢マタギ・八峰町)・・・クマ撃ちに入る時の人数は、1957年頃に10名ということもあったが、通常は5〜6名。山には各集団でそれぞれのマタギ小屋があり、この小屋を中心に行動した。昔は、シナノキの皮やワラで作ったケラをつけ、冬にはカモシカの毛皮で作ったカワタビを履いてカンジキをつけ、春にはワラで作ったノッペを履き、頭にはススキの穂で作ったアマタビを被るという装束であった。
  • 目屋マタギ「サカサガワ」の儀式
    クマをとる罠・シラ(目屋マタギ)
    写真:「白神山地ブナ帯地域における基層文化の生態史的研究」(掛屋誠・弘前大学教授、平成2年3月)
  • サカサガワの儀式・・・皮を、頭と尻尾が身と逆に、身についた方が下になるようにして二人で持つ。頭側を持った人がクマに引導を渡すため、タタキバノ神、ヤマノ神、常徳ノ神(マタギの神)に「サンゼンマル」という呪文を唱える。呪文に合わせて皮を上下に動かし、皮の下側を身に打ち当てて音をたて、呪文にリズムをつける。この儀式を「サカサガワ(逆皮)ヲキセル」という。
  • こうした儀式は、阿仁ではケボカイ、山形県小国町ではカワキセと呼び、共によく似ている。
  • 「マタギたちはアイヌの人々のように大きな祭りとしてのクマ送りはしない。彼らのクマ送り(は)・・・捕獲に携わった仲間だけでこじんまりとおこなう。そして、ケボカイのとき唱えられるのは、獲物を授けてもらえたことへの礼儀正しい感謝と、どうかもっと獲物を授けてほしい、もっと豊かにして欲しいという自然を支配する神に対しての願いである。
     ケボカイの儀式によって魂がクマの肉体を離れる。変容をとげたクマの亡骸は、そこから抜け出た魂を二度と元の自分の体の中に受け入れることができない。そして行き場を失った魂は神のもとへ帰っていくのである。」(「マタギ-森と狩人の記録」田口洋美)
  • 朽ちゆくマタギ小屋(大滝又沢・アサヒ沢)
  • 白神山地のマタギ集落と共生の文化(民俗知)
     かつては世界自然遺産地域を360度取り囲むようにマタギ集落があった。目屋マタギ、鰺ヶ沢マタギ、深浦マタギ、岩崎マタギ、水沢マタギ(八峰町)、金沢マタギ(藤里町)。山の神を信仰するマタギは、獲物を「捕る」といわずに「授かる」という
     ブナ林の恵みである野生鳥獣や川魚、植物資源は、全て山の神様の授かりものだから、機嫌が悪ければ手に入らない。むやみに獲ってご機嫌を損ねないよう、山の神様に感謝しながら、そっといただく・・・これが自然に生かされた共生の文化(民俗知)と言われる所以である。
  • 目屋マタギの神様がいる大川支流常徳沢・・・沢の名の由来となっている「常徳(ジョウトク)様」は、目屋マタギの神様であった。かつて、マタギは、大川を通過する時、常徳沢の源頭に向かって拝礼するしきたりがあったという。また、常徳の沢出合いから大川の奥地は女人禁制であった。
  • 大川支流オリサキ沢15m滝をよじ登る
    石の小屋場沢右岸、ケヤキの大木
  • 世界自然遺産核心部のケヤキ・・・石の小屋場沢右岸にあるケヤキの大木は昔、マタギらが大川から赤石川へ山越えする時のランドマークになっていたという。一説によると、昔、八峰町椿と西目屋村砂子瀬との往来ルートに利用されていたが、そのほぼ中間点の目印になっていたという。誰かが植えた可能性が高いのではないか。
     また、そのケヤキ近くの大きな岩のそばにマタギ小屋があったという。現在、このルートは入山の指定ルートになっている。ただし、ルート選定が非常に難しいので注意。
  • 母なる慈愛に満ちた赤石川源流部の「森と水」・・・沢沿いの湿った斜面には、ブナだけでなく、チシマザサ、サワグルミ、オオバクロモジ、オオカメノキ、カツラ、ホオノキなど樹種も多様である。ブナ林では、樹洞で繁殖するクマゲラ、コノハズク、ブッポウソウのほか、キビタキ、ゴジュウカラ、クロジなどの森林性鳥類が生息している。
     また、食物連鎖の頂点に位置するイヌワシやクマタカ、渓流沿いにはシノリガモ、カワガラス、ヤマセミ、アカショウビンなどが生息している。
  • 空の王者・イヌワシに食われたウサギと内臓(白神山地)・・・白神山地の小河川で、生態系の頂点に位置するイヌワシがウサギを食べていた場面に出会った翼を広げると2mもあるイヌワシは、時速100km以上の速さで地上の獲物を襲い、あっという間に息の根を止めてしまうという。
  • 雪の上が赤い血に染まり、白い毛が散乱していた。またウサギの内臓は抜き取られていた。恐らく内臓を食べていたのであろう。イヌワシは、主に野ウサギやヤマドリ、キツネ、タヌキ、アカネズミ、2mクラスのアオダイショウ、シマヘビなどを捕食する。
  • 東北地方では、晩秋から巣作りなどの繁殖行動を始め、翌年二月中旬から下旬の真冬に産卵する。43日前後、片時も巣を空けないよう、メスとオスが交代で抱卵する。3月下旬頃にふ化する。幼鳥はふ化後75〜80日ほどで巣立つ。
  • 「赤石川」の名前の由来となった「赤い石」
    ミヤマカラスアゲハの吸水(キシネクラ沢)
  • 天然階段落差工(赤石川源流泊沢)・・・にかほ市象潟の温水路のような不思議な天然の小滝が連なる光景は、非常に珍しい。
  • 「人」の文字のような形をした珍しいナメ滝(泊沢)
    赤石川本流に懸かるヨドメの滝 ・・・赤石川ヨドメの滝は、水量が多いと、滝の瀑布は凄まじく、迫力満点の滝である。滝壺のプールは大きい。ヨドメとは「魚止め」を意味する言葉である。
  • 白神山地赤石川の玄関口「暗門の滝」と菅江真澄
     1796年、真澄は西目屋村砂子瀬・川原平の米沢長兵衛に宿泊、旧暦11月1日(12月中旬頃)、暗門の滝に向かった。その時のルートは、険しい滝を高巻く暗門川左岸の尾根筋ルートで、フガケ沢の山小屋で一夜を過ごしている。
     山男の中には出羽の藤琴(藤里町)からやってきた木こりもいたという。雷鳴のような、山に響きわたる物音がした時、山頭は「これは滝鳴の音である・・・このような清浄な高岳の頂や山々の奥、川という川の水上には、神が住んでいるので、そこと定めず放尿したり、大便して山をけがすと、滝の神が怒られるのである。
     それで、このような山男になるからには、常に水を敬い、身を清らかに保たなければ、この恐ろしい滝の上には、仮にも住むことはできないのだ」と記している。 (「菅江真澄遊覧記3」雪のもろ滝)
  • ブナの森は山菜の宝庫(白神山地)
     春一番、ブナの森は、雪解けを待ちかねたようにコダシを下げた山菜採りで賑わう。春は、ふきのとう、タラノメ、ギョウジャニンニク、アザミ、コゴミ、ミズ、シドケ、アイコ、ホンナ、ワサビ、ワラビ・・・初夏になると、タケノコ、ウド、ウルイ、ゼンマイ、フキなど、ブナの森は山菜の宝庫である。
  • 雪国のブナ帯に暮らす人々にとっては、文字どおり、春先の野菜を補う「山の野菜」である。
  • 山棲み人の現金収入源「ゼンマイ」(追良瀬川源流ツツミ沢)
  • 採り尽くさない持続可能な利用法・・・山菜のほとんどは自給用だが、ゼンマイだけは商品価値が高く山棲み人の重要な現金収入だった。彼らは、決して採り尽くしたりはしない。ゼンマイは胞子葉と栄養葉を持つが、栄養葉の芽だけを採る。それも、1株に3本芽があれば1本だけ、5本なら2本だけというように、採りきらず、残して採る。それは森に生かされた彼らの知恵でもある。
  • 渓畦林の豊かな白神の渓流は、川虫&イワナの宝庫(津梅川)・・・晩秋から初冬にかけて渓流に落下した大量の落葉・・・それを水生昆虫たちが食べる。イワナは、その虫たちを主食としている。つまり、川虫&イワナの宝庫は、白神のブナの森が育んでいると言える。
  • ブナアオシャチホコ(ブナ虫)・・・ブナの葉を食べるブナアオシャチホコは、通称「ブナ虫」と呼ばれている。5月頃にブナの葉に卵を産み、幼虫は葉を食べて大きくなる。十分成長すると、落葉に潜りこみマユをつくる。森にこのブナアオシャチホコが異常発生すると、ブナは青枯れてしまう。イワナは、渓流に落下したブナ虫を口から溢れんばかりに食べて成長する。
  • ブナ林には、フジミドリシジミ、ヨコヤマヒゲナガカミキリなど、ブナに依存した昆虫類が生息し、2,200種以上が確認されている。
  • 白神山地の渓流で繁殖しているシノリガモの親子(追良瀬川源流サカサ沢)・・・上の写真は、2003年8月13日に撮影したもの・・・親子連れの6羽ということは、追良瀬川で繁殖している証でもあり、極めて希少な写真である。
  • 1976年、赤石川上流でシノリガモの親子連れが見つかり、これが国内では初の繁殖確認となった。その後、大川(岩木川源流)や追良瀬川などでも目撃されている。初夏は、シノリガモの繁殖期で、水生昆虫や岩の藻類を食べる。巣は、渓流の近くの草原や岩の隙間などに枯れ草などを組み合わせてつくる。5〜7月に4〜8個の卵を産む。故に8月頃には、白神の渓流でシノリガモの親子を観察することができる。
  • ハコネサンショウウオ(津梅川)
    クロサンショウウオの卵(八峰町)
    ブナ林は、湿り気のある場所やエサになる昆虫などが大変多く、両生類の産卵場所にも恵まれている。ハコネサンショウウオやクロサンショウウオ、カジカガエル、モリアオガエルなど13種が確認されている。
  • アイコガの滝3段15m(滝川)・・・上段は直滝7m、中段ナメ滝6m、下段2m・・・合計落差は約15m。「アイコガ」とは、滝壺を藍色の「アイ」と酒屋桶の「コガ」に例えた言葉で、底が見えないほど藍色の水を満々とたたえ、岩盤を抉り取ったコガのような滝壺を意味している。
  • アイコガの滝壺には、昔、ここで死んだ若者の霊が宿っていて、マタギが滝ツボに小石を落としたりすると、その怒りで、山の天気が悪化するという言い伝えがある。だから、マタギはこの滝に近づいてはいけないことになっているという。
  • 白神山地のサルは、豊かなブナ林に恵まれ、群れが連続的に分布している。世界の北限に位置する北東北の中でも唯一安定した個体群と言える。最近では、分布域の回復が著しく、旧峰浜村や藤里町、能代市でも頻繁に目撃され、トラブルが多発している。
  • 秋田県のレッドデータブックには・・・「現段階では県内の分布域は500平方km程度で、成熟個体も1000頭に及ばず、青森県側の個体群との交流がある点を差し引いても、絶滅を回避するのに十分であるとは判断できない。白神個体群以外についてはほとんど把握されていない。」とし、絶滅危惧種1B類に指定している。
  • 金山沢から粕毛川源流へ辿る杣道をゆく(平成元年6月、現在入山禁止)
    粕毛川源流部・・・豊かな渓畦林と穏やかな流れ(平成元年6月、現在入山禁止)
     昔、水沢川支流金山沢には鉱山があった。津軽の人たちは、その鉱山で働くために利用した道が、大川大滝又沢〜粕毛川〜金山沢ルートである(現在、入山禁止)。
  • 粕毛川上流三蓋沢(平成元年6月、現在入山禁止)
    三蓋滝、二段20m(平成元年6月、現在入山禁止)
  • 粕毛川支流一ノ又沢渓谷(昭和62年6月下旬)
    一ノ又沢岩倉沢出合(昭和62年6月下旬)
八峰町「手這坂」、菅江真澄絵図「手這坂」
  • 菅江真澄「桃源郷・手這坂」・・・白神山地」の南山麓、清流水沢川沿いに手這坂という茅葺民家4軒の集落がある。1807年、この地を訪れた菅江真澄は、この村の美しさに感動し、「桃源郷」と称えた絵図を描いている。
  • その絵図の説明文には・・・「水沢川をさかのぼると、家が4、5軒ばかりある村があり、それを手這坂という。誰がいつの世にここに隠れたのであろうか。坂の途中から桃の花の盛りのさまを見ていると、犬の声、鶏の声がかすかに聞こえてくる。そして、滝川の流れる山川の形など中国の武陵桃源の物語に似ている。」と讃えている。
  • 新緑に染まった「マス止めの淵」(追良瀬川)・・・かつて追良瀬川には大量のサクラマスが遡上した。その群れは、マス止めの淵が終点で、そのサクラマスを捕るために歩いた道を「マス道」と呼んでいた。昔は、お盆が近付くと、東の西目屋村と西の大間越の村人は、カマスを担ぎ、山を越えてマス止めの淵の近くに小屋をかけ、捕ったマスを塩漬けにしてカマスで背負い下ろしたという。
  • 大間越〜追良瀬川マス道(指定ルート)・・・津梅川小又沢〜カンカケ沢〜カンカケ湧水流(標高400m)〜標高830mコル〜小沢下降〜黒滝沢〜黒滝二段30m〜白滝100mナメ滝〜ツツミ沢〜サカサ沢合流点(標高490m)・追良瀬川〜マス止めの淵
  • 津梅川上流カンカケ沢の湧水流
    白神山地最大の滝「白滝」(追良瀬川源流部)  マス道の途中にカンカケ沢の苔生す湧水がある。尾根を越え、黒滝沢を下ると、右手に壮大な白滝が見える。白滝は、核心地域を流れる追良瀬川の最源流に懸かる滝で、白神山地を代表する名瀑である。ナメ滝の長さは120m以上ある。滝下から上を見上げても、滝の全貌は見えない。対岸の斜面を上ると滝の全体が見える。
  • 主峰・白神岳(1232m)に源を発するウズラ石沢・・・白神山地の沢登りで最も人気が高いコースは、追良瀬堰堤を起点に本流を遡行し、ウズラ石沢から主峰・白神岳に至るコースである。白神山地は観測点はないが、年間4,500mmも降っていると推測されている。この多雪多雨の気候がブナ林と美しい渓流を育んできたといわれている。
  • 白神岳を源流とするウズラ石沢のイワナ(現在禁漁)・・・ウズラ石沢は、花崗岩の渓で、流れる水は透明感に溢れている。イワナも白い神にふさわしく、白っぽく美しいイワナが生息している。通称「白い神をまとったイワナ」と呼んでいる。
  • 新緑の輝き・・・新緑の季節は、白神の森が最も美しく輝くときである。透き通るような若葉の淡い緑は、またたくまに濃い緑に変化し、白い樹肌とのコントラストを際立たせる。ブナの森は、いつ見ても美しい。
  • ブナの実(赤石川)・・・ブナの結実は、樹齢が約50〜70年頃から始まるといわれる。実は、毎年つけるわけではなく、およそ4〜8年ごとに豊作の年が来て、その間に平作と凶作の年が交互に来る
     
    殻の中には、三角形の茶色の実が二つ、向かい合って入っている。その実は、ツキノワグマやニホンザル、ムササビ、リス、ネズミ、ヤマネなどブナの森に棲む野生動物たちにとって欠かすことのできない貴重な食料である。脂肪分が多く香ばしいブナの実は、人間が食べても美味い。
  • ブナ林を白花で彩るオオカメノキ(ムシカリ)・・・新緑の若葉に白く目立つ花を多数つける。アジサイによく似ているが、大きな卵円形の葉が亀の甲羅に似ているのが最大の特徴。この葉は、虫に食われることが多く、別名「ムシカリ」とも呼ばれている。
  • ブナ帯を代表する低木・クロモジの若葉と花・・・クロモジは、葉が展開するのとほぼ同時に黄緑色の花が多数咲く。また、雪に押し潰されても折れないほど柔軟性に富む。和菓子に、この木の皮つきの楊枝が良く使われる。芳香、殺菌力、丈夫さ、そして緑色の皮に黒い斑点があって美しい。
  • クマは、この若葉が大好物・・・木に登らずともクロモジを手前に引き寄せて簡単に食べることができる。しかも、枝を折れば、切り口から天然の香水のような芳香を放つ。
  • オオイワウチワの群落・・・オオイワウチワの特徴は、葉が大きく長さ幅がほぼ同じ円形で、厚みがあり、表面に光沢がある。白神のブナ林では、芽吹く前に大きな群落を形成する。群生するイワウチワの群れは、まるでサクラの花が地面に散っているように見え、春の訪れを実感させてくれる。
  • 絶滅危惧種1A類・オオサクラソウ・・・オオサクラソウの大群落は、人を容易に寄せ付けない滝や峡谷の薄暗いゴルジュ帯に限られている。しかも花の最盛期は、雪代が逆巻く危険な時期でもあり、とても素人が歩ける場所ではお目にかかれない。稀に、目の前一面に広がるオオサクラソウの大群落に遭遇すると、とても絶滅危惧種とは思えないほど群生の規模が広大な場所もある。
  • 白神の妖精・トガクシショウマ(絶滅危惧種1B類)・・・ブナの森が新緑に染まる頃、源流の谷に群生するトガクシショウマは、「白神の妖精」と呼びたくなるほど美しく可憐な草花である。1属1種の日本特産種。秋田県で絶滅危惧種1B類、環境省でも絶滅危惧種2類にランクしている希少種である。
  • 大川ヨドメの滝(魚止めの滝) 、ヨドメの滝頭から下を望む
     雨後の水量が多い時は、ヨドメの滝の迫力は満点。落差は約20m、滝の流れは、左岸の岩壁にぶつかり、大量の飛沫を吹き飛ばしながら、直角に曲がって流れ下る様は圧巻。ヨドメの滝は、右岸に明瞭な巻き道がある。
  • 大川魚止めの脇の滝・・・ヨドメの滝の瀑風はもの凄く、近づくことすら拒否されているような滝だが、この滝は、思いっきり近付いて、聖なる飛沫を頭から浴びて「滝の洗礼」を受けたくなるような滝である。天気が良ければ、滝のシャワーを浴びながら右手の小段をシャワークライミングすれば楽しいことだろう。
  • ブナの老木に生えたトンビマイタケの群生(赤石川)・・・トンビマイタケは、ブナの老木の根の周りに大量発生する。ブナ帯では、盆の頃に生える夏キノコの代表で、マイタケと並びプロが採るキノコの一つ。初めて出会った時は、この巨大なキノコの株の群れに圧倒された。日照り続きの暑い夏が豊作と言われる。
  • マイタケ・・・ブナの森の秋は、キノコ採りの季節。キノコは、「木の子」と言われるとおり、森の至るところに生えてくる。食用として主要なものは、マイタケ、ブナハリタケ、ヤマブシタケ、ナラタケ、エゾハリタケ、ナメコ、ムキタケ、ヒラタケなどである。中でも、ミズナラの大木の根元に生えるマイタケは、キノコの王様と言われている。
     山のプロでさえ、マイタケばかりは「見つけた」と言わず、「当たった」という。白神の森では、ブナの幹にマイタケ採りのプロが刻んだナタ目を見つけることがある。
  • ブナの倒木に生えたナメコ・・・ブナの寿命は300年前後・・・寿命尽きた老木は、風や雪で倒れる。秋になると、ナメコやムキタケ、ブナハリタケなどの美味しいキノコが群がって生える。また、キクイムシやアリなどの住処になり、その昆虫はクマゲラやアカゲラなどの餌となる。
     こうして朽ちた倒木は、菌類や小さな昆虫たちによって分解され、やがて土に戻る。その土から、ブナの幼木が育つ。こうした命の循環は、永遠に繰り返されている。
  • 落葉のジュウタン(岳岱自然観察教育林、藤里町)・・・林床に降り積もった落葉には、多くの命が隠されている。腐ってできた腐葉土は、虫や微生物の棲家となる。登山靴一つの足にトビムシ類は1000匹もいるという。この虫たちが、落葉を分解し、自然にかえす働きをしている。森は、まさにリサイクルの精密工場のような働きをしている。
  • 「白神の炎」(藤里町)・・・全山燃えているような紅葉の風景。魔法の筆が頂上から峰を下り、やがて360度黄色と紅の炎に包まれてゆく。黄葉の隙間に白く見えるのは、落葉した裸木・・・ブナの落葉の量は、1ヘクタール当たり2.8トンにもなるという。
  • 横倉湧水 ・・・「白神山水」の補助水源にも利用されている
    横倉ワサビ
  • 横倉湧水によるイワナの養殖
    横倉棚田
  • 白神山地・森と水の山里「横倉湧水と棚田」・・・白神山地は、ブナの森と美しき水の恵みが最大の特徴。藤里町横倉地区は、その昔ながらの暮らしと文化を垣間見ることができる場所である。山腹から音を立てて湧き出す名水は、冷たさ、水量、マイナスイオンともに素晴らしい。
  • 「横倉の湧き水」は、白神山地の名水として有名な「白神山水」の補助水源にもなっている。この豊富な湧き水を利用して、イワナの養殖やワサビ、クレソン、棚田米の栽培が行われている。その美しき湧水と棚田を保全しようと、2011年から「横倉棚田オーナーツアー」がスタートしている。白神の豊富な水と棚田の価値を再発見していただければ幸いである。
  • 世界自然遺産白神山地MAP
    指定区域の面積は、16,971ha
    うち核心地域は、10,139ha(上図の赤色部分)
    緩衝地域は、6,832ha(上図の緑色部分)
    核心地域を流れる代表的な川は、秋田県側が粕毛川
    青森県側は、追良瀬川、赤石川、滝川、大川である。
世界遺産地域の面積
区 分 面 積

世界自然遺産地域

16,971ha
  青森県 12,627ha
  秋田県 4,344ha
コアゾーン 10,139ha
  • 白神山地世界遺産センター(藤里館)・・・世界遺産センターの展示は、子どもたちが理解しやすいように配慮されている。世界遺産についての解説や白神山地の自然、暮らし、歴史などを模型などを使いながら分かりやすく紹介・展示している。もちろん白神山地のフィールド情報なども入手することができる。
  • 電話0185-79-3001 開館9:00〜17:00(無料) 休みは火曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
参 考 文 献
「滅びゆく森・ブナ」(工藤父母道著、思索社)
「ブナ原生林の四季 白神山地をゆく」(根深誠著、中公文庫)
「白神山地・四季のかがやき 世界遺産のブナ原生林」(根深誠著、JTB)
「世界遺産白神山地 自然体験・観察・観光ガイド」(根深誠著、七つ森書館)
「週刊日本の樹木01 ブナ・白神山地を歩く」(学習研究社)
「週刊日本遺産 白神山地」(朝日新聞社)
「白神山地ブナ帯地域における基層文化の生態史的研究」(掛屋誠・弘前大学教授、平成2年3月)
「白神の意味」(八木浩司ほか、自湧社)
「白神山地世界遺産地域管理計画(案)」(平成25年1月、環境省等)
森と水の四季Part1 森と水の四季Part2 森と水の四季Part3 白神山地