本文へスキップ

樹木シリーズ⑰ ブ ナ

  • 恵みの森・ブナ(橅・山毛欅、ブナ科)

     ブナ林は、「東北の森の原風景」とも言われているが、中でも日本海側に純林が広がっている。ブナは、「雪の申し子」と呼ばれるとおり、豪雪地帯でブナの極相林を見ることができる。その代表が世界自然遺産に登録された白神山地のブナ林である。ブナ帯の森は、ブナ、ミズナラ、トチノキ、ホオノキなど冷温帯広葉樹林で構成され、主に東北地方から北海道西部に分布している。稲作を中心とした照葉樹林文化に対して、ブナ林の恵みが生んだ文化を「ブナ帯文化」と呼んでいる。近年、生物多様性を支える樹木として高く評価されている。(写真:白神山地追良瀬川源流部のブナ林) 
  • ブナ科は、森の主役・・・中でも最も寒い所に分布するのがブナである。ブナ林が見られる落葉広葉樹林帯を「冷温帯」という。一方、常緑のシイ・カシ類が森をつくっている暖かい所は「暖温帯」という。
  • 名前の由来・・・ブナ材は、狂いが激しく、加工が困難で建築材には向かない。さらに、林道のない奥山に生え、搬出が困難であったことから、「役に立たない木」から「歩の合わない木」、あるいは「ぶんなげる木」が転訛してブナになったなど諸説ある。また、「木でない」の意味から、漢字で「」と書く。
  • 山毛欅・・・若葉は、白い毛が密生する。「山毛欅」と書くこともあるが、これは葉に毛の生えた山のケヤキという意味である。 
  • ブナが日本海側で純林をつくりやすい理由その1(写真:ブナの根曲がり)
    1. ブナは、雪の圧力に耐えるしなやかな幹をもっていて、他の多くの木々よりも積雪に強い。
    2. 雪がドングリを覆い隠すと、乾燥や凍結を防ぎ、動物たちに食べられずに済む。
    3. ブナの稚樹は、比較的耐陰性が強く、林床に実生や稚樹の集団をつくり、頭上の木が倒れるのを一定期間待つことができる。
  • ブナが日本海側で純林をつくりやすい理由その2
    1. ブナは耐陰性が高いかわりに生長が遅く、種子初産年齢が40年と高い。
    2. 200~300年と長寿である。
    3. 1~2の特徴は、繁殖より大きくなることを優先していることが分かる。この戦略は、攪乱の少ない安定した森の中では有利な戦略である。
    4. 日本海側は、太平洋側に比べて、山火事や人為的な攪乱も少ない。
  • ブナとミズナラの棲み分け・・・ブナは陰樹、ミズナラは陽樹。白神山地や八幡平、太平山系などでは、標高が高くなるとササが出現する。ササに強いのは陰樹のブナだから、ミズナラは少ないことが分かる。比較的標高の高い場所がブナ、低い場所がミズナラと、ゆるやかに棲み分けられている。また、ミズナラは、ブナが生育しにくい急斜面の崖地によく生える。
  • 早春の根開き・・・早春、ブナの根元は、日中の日差しで温められた幹の輻射熱で丸く解けてくる。マタギは、「根開き」と呼ぶ。冬眠していたクマは、「根開き」の頃に目覚める。マタギは、この根開きが春クマ狩りのタイミングを判断する重要な尺度にしている。
  • ブナの芽吹き・・・ブナは、葉が開く前に、丸く膨らんだ花芽が開く。その冬芽を包む鱗片葉は赤茶色で、遠くから見ると樹冠が赤く煙ったように見える。膨らんだ芽が割れると、葉と花が同時に開きはじめる。
  • 残雪や林床に散ったブナの鱗片・・・冬芽の鱗片は、芽吹きとともに役目を終えて落下する。その赤茶色に染まった大量の鱗片を見ると、眠りから覚めた芽吹きの凄まじさに驚かされる。
  • 花 期・・・5月、高さ約30m 
  • ブナの花・・・4~5月、林床の花が終わる頃に咲き、上向きの雌花と、黄色のヤクをつけた毛玉のような雄花が数個ぶら下がる。風で花粉を飛ばす風媒花。この雌花が受粉すると、やがて殻斗に包まれた実に成長する。 
  • ブナの花と若葉・・・ブナは、ミズナラなどよりいち早く芽吹き、しかも柔らかく量も多い。 
  • オス花は、大量の花粉を放出して落下する。雌花は緑色から褐色に変わる。その内の数億分の一とも言われる超低確率で、メス花と受粉、やがて果実に成長することができる。 
  • 落下した雄花・・・春、ブナの森を歩いていると、雄花が散って残雪上や沢の淀みにびっしりと落下しているのを見かける。 
  • ブナの幹に刻まれたクマの爪痕・・・上の写真はツキノワグマが、ブナの若葉と花を食べるために上り下りした爪痕。早春のクマにとってブナの若葉と花は、最大のごちそうである。この頃、対岸のブナの枝が揺れている光景に出くわすことも少なくないが、これはクマがブナの木にのぼって若葉と花を貪っているからである。
▲ニホンツキノワグマ ▲ニホンカモシカ
▲カワネズミ ▲トウホクノウサギ
  • ブナ林帯に生息するほ乳類・・・ニホンツキノワグマ、ニホンカモシカ、ニホンザル、ホンドテン、ニホンリス、ニホンイタチ、アナグマ、ホンドキツネ、ホンドタヌキ、カワネズミ、アカネズミ、ヒメネズミ、ヤマネ、ムササビ、モモンガ、トウホクノウサギ、コウモリ類、モグラ類など。
▲ハコネサンショウウオ ▲クロサンショウウオの卵のう
▲カジカガエル ▲アズマヒキガエル
  • ブナ林帯に生息する両生類・・・ハコネサンショウウオ、クロサンショウウオ、トウホクサンショウウオ、カジカガエル、モリアオガエル、アズマヒキガエルなど。
▲ニホンマムシ ▲ヤマカガシがアズマヒキガエルを食う
▲アオダイショウ ▲ニホンカナヘビ
  • ブナ林帯に生息する爬虫類・・・ニホンマムシ、ヤマカガシ、シマヘビ、アオダイショウ、ジムグリ、ニホントカゲ、ニホンカナヘビ、タカチホヘビ、シロマダラなど。
▲カワゲラ(オニチョロ) ▲トワダカワゲラ
▲セッケイカワゲラ(ユキムシ) ▲トビゲラ類(クロカワムシ)
  • ブナ林帯の清流に生息する水生昆虫・・・ブナ林内を流れる清流は、大量の落ち葉をエサとする水生昆虫が種類、量ともに豊富で、それを主要なエサにしている渓流魚の宝庫でもある。主な水生昆虫は、カワゲラ(オニチョロ)、トワダカワゲラ、セッケイカワゲラ(ユキムシ)、トビゲラ類(クロカワムシ)、ヒラタカゲロウ類(カメチョロ)、フタオカゲロウ類(ピンチョロ)、モンカゲロウ類(スナムシ)、マダラカゲロウ類、ウスバカゲロウ類、ヘビトンボなど。( )内は、釣り人が渓流釣りのエサとして使っている呼称である。
▲イワナ(岩魚) ▲ヤマメ(山女魚)
▲カジカ ▲鮎
  • ブナ林帯の清流に生息する魚類・・・イワナ、ヤマメ、カジカ、アユ、アメマス、サクラマス、ヤツメウナギ、エゾウグイなど。
  • ・・・卵形からやや菱形で、縁は大きく波打つ。側脈は波の谷に向かって伸びる。幼葉では白毛が密生する。
  • 新緑の美・・・新緑の美しさを撮るには、逆光の葉を見上げるのが一番。透過光に葉脈がくっきり映え、明るく美しい。
  • ぶな若葉の俳句
    逆光にきらきら揺れるぶな若葉 鶴女
    ぶな若葉真昼の光透きとおる 菅原謙吾
  • 新緑の輝き・・・新緑の季節は、ブナの森が最も美しく輝くときである。透き通るような若葉の淡い緑は、またたくまに濃い緑に変化し、白い樹肌とのコントラストを際立たせる。ブナの森は、いつ見ても美しい。
  • 青空に映えるブナの新緑
  • ブナの新緑・・・若葉色、萌黄色に輝くブナ林は、生命力に満ち溢れている。
  • ブナの若葉を食べるブナアオシャチホコ(ブナ虫)・・・ブナの若葉を食べるブナアオシャチホコは、通称「ブナ虫」と呼ばれている。5月頃にブナの葉に卵を産み、幼虫は葉を食べて大きくなる。十分成長すると、落葉に潜りこみマユをつくる。ブナ林にこのブナアオシャチホコが異常発生すると、全山丸坊主になることもある。八幡平などでの調査記録によれば、7~10年間隔で周期的に大発生を繰り返している。イワナは、渓流に落下したブナ虫を口から溢れんばかりに食べて成長する。
  • 樹皮・・・灰白色でなめらか。日本海側のブナは、樹皮が白っぽいので「シロブナ」とも呼ばれている。その独特のなめらかな樹皮には、地衣類や苔の仲間などがつき、特有の斑紋をつくりだす。 
  • ナタ目・・・木の肌がスベスベしているので、ナタで刻むとはっきり読み取れる。さらにブナは成長が遅いので、一度刻むと、いつまでも消えずに残る特徴がある。マタギらは、四季折々、地図を持たずに道なき山を歩く。だから分かれ道やマタギ小屋の位置、歩くルートの主要ポイントなどに目印としてナタ目を刻んだ。刻む木は100%ブナの幹である。
  • ナタ目は落書きか・・・登山道など皆無の渓流ルートを歩いていると、地図を持っていてもよく迷う。そんな時、ナタ目を見つけて、ホッと安堵したことは数知れない。役に立つ目印、迷った時の救世主である。杣道は、歩かなくなるとあっ言う間にヤブに消えるが、ナタ目は消えることなく残る。だから、ブナ帯に生かされた人々の文化をこの目で確認できる唯一無二の遺産とも言えるものである。
  • 緑のダムその1・・・ブナは、天に広がる大きな枝葉で雨を受け止め、まるで漏斗のように集めた雨水は、幹を伝い滝のように流れ下って、根元へと送水される。
  • 樹幹流・・・降った雨が幹を伝う流れを「樹幹流」という。
  • 緑のダムその2・・・幹を流れる雨水や雪解け水は、厚く積もった有機物を多量に含む土壌に吸い込まれ、大量の水分を貯め込む。乾燥期には、まだ新しい上層の落ち葉が蓋のような役割を果たし、深くしみ込んだ水を逃さず蓄える。さらに雪深いブナの森は、雪ダムの効果も加わる。それが「天然の水ガメ」「緑のダム」と呼ばれている。
  • 枯れることのない水の恵み・・・緑のダムから流れ出す川は、イワナやヤマメ、アユなどの川魚を育て、田んぼを潤し、海に注いで、魚類や海藻類にも滋養分を与える。
  • 地衣類の楽園・・・ブナの森は、冬に葉を落とすため非常に明るく、また照葉樹に比べて葉が薄いため夏でも比較的明るい。地衣類はこうした明るい場所を好む種類が多く、ブナ林では、幹から枝まで地衣類に覆われていることが多い。ブナ林は、「地衣類の楽園」とも呼ばれている。 
  • ブナの樹幹には、ツルアジサイやツタウルシ、イワガラミなどのツル植物がからみ、オオギボウシ、コケモドキ、イタチゴケなどのコケ類、アンチゴケ、トコブシゴケなどの地衣類、時にはミヤマノキシノブなどのシダ類が着生する。 
  • 雪の深さを知る・・・幹に着生するチャボスズゴケは、樹幹に雪の線を示すので、最大積雪深を読み取ることができる。チャボスズゴケがつき始める下端の高さに1.1~1.2をかけた高さが、およその最大積雪深となる。 
  • ブナの部位に特徴的な地衣類・・・根元には、ウラミゴケ、幹の中央部にはトリハダゴケ、幹の上部にはミヤマクグラやヨコワサルオガゼ、枝分かれした幹にはナメラカブトゴケ、枝先部分には、ヒモウメノキゴケ、アンチゴケ、カラタチゴケが着生している場合が多い。 
  • 苔生す根元・・・ブナの根元は暗く、地面に近いため湿っている。それがために地衣類の着生は一般に貧弱で、蘚苔類に厚く覆われている場合が多い。ブナの樹皮に着生する蘚苔類は150種が知られている。ちなみに樹幹の基部には、ヤマトヒラゴケ、ミヤマギボウシゴケモドキ、エゾイトゴケ、オオギボウシゴケモドキ、コクサゴケ、ヒメクラマゴケモドキ、ケクラマゴケモドキなどがマットをつくる。   
  • ブナの実
    1. 殻の中には、三角形の茶色の実が二つ、向かい合って入っている。そのドングリの形がソバの実に似ていて、クリのような味がするので、別名「ソバグリ」とも呼ばれている。
    2. 脂肪分が多く香ばしいブナの実は、人間が食べても美味い。
    3. ブナの結実は、樹齢が約50~70年頃から始まるといわれる。
    4. 実は、毎年つけるわけではなく、およそ4~8年ごとに豊作の年が来て、その間に平作と凶作の年が交互に来る。
    5. その実は、ツキノワグマやニホンザル、ムササビ、リス、ネズミ、ヤマネなどブナの森に棲む野生動物たちにとって欠かすことのできない貴重な食料である。 
  • 豊凶が激しいのはなぜ?・・・凶作の年をつくることで、ブナの実に特異的な捕食者を減らし、一斉に開花した年には捕食者に食い尽くされないほどの実をつけることで生存率を上げることができる。この仮説を「捕食者飽食仮説」と呼ぶ。 
  • 夏に緑色だった殻斗は、秋になると茶色になり、中の2個の三角錐の実は熟し、殻斗が割れて実がはじけ、林内に飛散する。一般に、夏に雨が多く降るとよく実り、少ないと空の実が多くできると言われている。
  • ブナの実を食べる野鳥・・・ヤマガラ、ホシガラスなど。
  • ブナの極相林とクマゲラ・・・本州のクマゲラは、ブナ林でのみ繁殖が確認されている。ブナ林と一口に言っても、営巣できる垂直な大木と枯れ木や老齢木が混じったブナの極相林が必要である。さらに一つのツガイが繁殖するのに必要な面積は1,000ha以上もの大きな面積が必要である。そうした条件を満たす地域は非常に少なく、秋田県と青森県のごく一部でしか繁殖が確認されていない。クマゲラの詳細は、「野鳥シリーズ34 クマゲラ」を参照
  • ブナ林帯に生息する野鳥・・・クマゲラ、アオゲラ、アカゲラ、オオアカゲラ、コゲラ、イヌワシ、クマタカ、ヤマセミ、アカショウビン、カワガラス、ミソサザイ、シノリガモ、オシドリ、カルガモ、ホシガラス、ヤマドリ、キジバト、アオバト、エナガ、ヨタカ、コノハヅク、フクロウ、ヒタキ類、カラ類など。(写真:野鳥シリーズより)
  • ブナの実の豊凶とツキノワグマ出没予測
    1. 東北地方では、ブナが豊作の年にはクマの捕獲数が少なく、凶作の年には捕獲数が多い傾向が見られる。
    2. ブナは、大豊作の翌年は必ず大凶作になると言われている。そこで毎年ブナの結実量をモニタリングして大豊作の年を見つけ、その翌年が人里域への頻繁な出没を警戒すべき年を特定することができる。
    3. 東北森林管理局では、管内の145箇所の調査地点で、ブナの開花及び種子の豊凶状況調査を実施している。ちなみに平成28年度は、クマの異常出没がみられたが、秋田県の調査結果は「皆無」であった。 
  • ブナの実を食べるために上り下りしたクマの爪痕。上を見上げると・・・
  • クマ棚・・・クマは、ブナの実のなった枝を手繰り寄せて折り、食べ終わった枝を自分の尻に敷く。次第に鳥巣状のベットになる。これをクマ棚と呼び、その上で眠ることもある。
  • 稚 樹・・・落下した実のほとんどは、動物に食べられたり、腐ってしまう。そのうち、わずかに生き残ったものが、カギ形の幼根を出して固定し、冬を越す。うまく越冬できた実だけが、春に双葉を出す。しかし、この芽生えの多くは、動物に食べられたり、暗い所では枯れてしまうものも多い。運よく生き残ったものだけが稚樹となり、成葉をつけ、わずかな光の中で少しずつ大きくなっていく。
  • 乳頭高原の稚樹・・・このブナ二次林では、林床に驚くほどの稚樹が群生している。  
  • 立ち枯れとツキヨタケ・・・養分の来ない枝が枯れ、樹皮の生長が止まると、芯腐れが広がり、幹は空洞となる。またたく間にツキヨタケなどの菌類に侵され、ブナは立ち枯れとなる。
  • 世代交代・・・周囲のブナが寿命で枯死したり、台風や雷、雪崩などで倒れ、ブナの森にぽっかりと穴が開き、林床に陽光が届くようになると、稚樹は、急速に伸びて隙間を埋め、最後には森を支配する巨樹へと成長する。
  • ブナの倒木に生えるキノコ・・・ブナの寿命は300年前後、寿命尽きた老木は、風や雪で倒れる。倒れてから3~5年経つと、ナメコやブナハリタケ、ムキタケ、ナラタケ、ヒラタケ、ウスヒラタケなどの美味しいキノコが群がって生えてくる。
  • また、キクイムシやアリなどの住処になり、その昆虫はクマゲラやアカゲラなどの餌となる。こうして朽ちた倒木は、菌類や小さな昆虫たちによって分解され、やがて土に戻る。その土から、ブナの幼木が育つ。こうした命の循環は、永遠に繰り返されている。 
  • ブナ-チシマザサ群落・・・ブナ林の林床にはチシマザサが多い。チシマザサは、別名ネマガリダケとも呼ばれ、ツキノワグマも人間も大好きなタケノコが生える。
  • チシマザサ(ネマガリタケ)の花・・・イネ科だから花は穂状である。60年に一度しか咲かない。それだけに、この花を観察できるのは、珍事に等しい。花が咲く時は、群落全体が咲き、結実後、枯死する。その後10年ほど経つと再び生えてくる。
  • ブナとチシマザサとの闘い・・・ブナ~チシマザサ群落は、林床をササが覆っている。それも極めて密度が高い。だから、ブナがいくら種を落としたとしても芽を出すことができない。ところが、ササは50年~70年に一度、一斉に花を咲かせて結実し枯死(上の写真)する。その規模は数百haにも広がると言われている。その時、ブナの後継樹は芽吹く絶好のチャンスを得ることができる。こうした微妙なバランスでブナ~チシマザサ群落の生態系が維持されている。
  • ブナ林の登山道と藪こぎ・・・ブナ林を通る登山道は、明るく開放感に富んでいる。しかし、明るいと笹や低木などが林床で成長する。だから、登山道を外れると魔の藪こぎを強いられることが多い。
▲ベニイタヤの花 ▲タムシバ
▲オオバクロモジ ▲エゾユズリハ
  • ブナ林の構造
    1. 高木層は、ブナが優先し、ミズナラやサワグルミ、ベニイタヤなどが交じる。
    2. 亜高木層は、ハウチワカエデやナナカマド、タムシバなど。
    3. 低木層は、オオバクロモジ、マルバマンサク、オオカメノキ、ヒメアオキ、エゾユズリハ、ユキツバキなどが見られる。
    4. 草本層には、カタクリ、ニリンソウ、オオイワウチワ、キクザキイチゲなど、長い冬を地中の根茎、球根類で越す多年草が多い。
▲カタクリ ▲ニリンソウ
▲オオイワウチワ ▲キクザキイチゲ
▲希少種・オオサクラソウ ▲希少種・トガクシショウマ
  • ブナ原生林で有名な世界自然遺産白神山地の山野草・・・オオサクラソウ、トガクシショウマ、アオモリマンテマ、シラネアオイ、エゾノリュウキンカ、シラガミクワガタ、チゴユリ、サルメンエビネ、サンカヨウ、キンコウカ、シコタンソウ、クルマユリ、コアニチドリ、エゾノハナシノブ、キクザキイチゲ、アズマイチゲ、カタクリ、オオイワウチワ、ニリンソウ、キヌガサソウ、ナツエビネ、ツリフネソウ、キツリフネ、ヒメホテイラン、ミヤママンネングサ、ウメバチソウ、ダイモンジソウ、エゾオヤマリンドウなど。
  • ブナ材の特徴と利用・・・木目は通直、肌目は密で、柾目には虎斑が出るのが大きな特徴。加工性、接着性は比較的よく、衝撃にも強い。しかし、変色、腐食、狂いがはなはだしく、乾燥をきちんと行わないと、曲がり、よじれなどを生じる。粘りがあり、曲木加工に適しているので脚物家具に利用されている。このほか、内装材、床材、ベニヤ材、スキー板、筆・ハケ類の柄、木製玩具、食器類、楽器の鍵盤などに利用されている。
  • ブナ材の建築利用・・・山形県朝日村田麦俣の兜造り多層民家(上の写真)、岐阜県白川郷の合掌造り民家などで、梁などにブナ材が使用されている。また、ブナ帯の古い木造家屋の湯治場でも、ブナ材は随所に用いられている。 
  • 日本最古のブナの建築材・・・山形県山寺の根本中堂は、1356年に建立され、日本最古のブナ建築と言われている。柱や梁、回廊、垂木、羽目板など、そのほとんどをブナ材でつくっている。 
  • ブナと炭焼き「あがりこ」・・・ブナ炭は、上質ではなかったが、煮炊きや暖房用のほか、農機具をつくる鍛冶炭としてよく利用された。鳥海山麓では、昔の炭焼きや薪取りの名残である「あがりこ」を見ることができる。「あがりこ」の呼び名は、コブ状の所から「芽が上がる」ことに由来する。ゴツゴツしたコブ状のブナ大木の幹から、何本もの太い枝が出て奇妙な樹形をしている。これは、積雪期に、雪上から出た部分の幹を伐り、新たに切り口から萌芽したものを何年後かに再び伐り、それを繰り返すうちに、切り口が治癒組織となってコブ状になったものである。このコブの高さは、炭焼き当時の積雪深を知る手掛かりになると言われている。
  • ブナの黄葉・・・一般に紅葉は紅色が基調になっているが、ブナやミズナラ、イタヤカエデなどブナの森は黄色に色づくものが多い。従って、ブナの森では「紅葉」とは書かず、「黄葉」と書く。
  • ブナの峰走り・・・秋が深まるにつれて、ブナの森は峰から色づき次第に谷へと黄葉してゆく。これを「ブナの峰走り」と呼んでいる。森では、ツタウルシ、ムシカリが一足先に紅葉し、やがてブナの黄葉が加わると全山燃えるような黄金色となる。特にブナの黄葉の中では、カエデやツタウルシの鮮やかな紅色がひときわ目に眩しい。 
  • ブナの森が美しい黄葉に染まると、天然のナメコ採りが最盛期を迎える。やがて褐色に変化し、木枯らしが吹き始めると一斉に落葉する。
  • 落 葉・・・黄葉と同じく、峰から谷に向かって走るように落葉する。
  • ブナの森から湧き出す名水・・・山に降った雨や雪解け水は、沢となって地表を流れるだけではない。「ぶな清水」などと呼ばれる名水は、天然のフィルターによって不純物が取り除かれ、地層からミネラル分を吸収することによって極上の名水となる。
  • 「ブナ帯文化」を生み出した「森の恵みの豊かさ」 ・・・縄文時代の人口は、照葉樹林帯の西日本に比べ、ブナ帯に位置する東日本が圧倒的に多かった。その理由は、
    1. ブナやクリ、ミズナラ、トチノキ、オニグルミなどの木の実が豊富であること。
    2. 木の実は、人間だけでなく、野生鳥獣にとっても貴重な食糧となっていることから、野生鳥獣の宝庫であること。加えて冬期は雪が多いことから、狩猟に適していること。
    3. バッケ、ギョウジャニンニク、アザミ、コゴミ、ホンナ、アイコ、シドケ、ワサビ、ワラビ、ゼンマイ、ウルイ、ニョウサク、タケノコ、ミズなど、多種多様な山菜の宝庫である。山菜は、ブナ帯の食文化を代表する食材であることから、「山菜文化」とも呼ばれている。
    4. エノキタケ、ヒラタケ、シイタケ、キクラゲ、トンビマイタケ、マスタケ、サワモダシ、マイタケ、ヤマブシタケ、ナメコ、ムキタケ、クリタケ、シメジ類、ヌケオチなど、年間を通して採取できるキノコの宝庫である。山菜と同じく、キノコはブナ帯の食文化を代表する食材であることから「キノコ文化」とも呼ばれている。
    5. ブナ帯の森は「緑のダム」と呼ばれるとおり、冷たくきれいな水の宝庫で、かつ新緑のやわらかい葉を食べる落下昆虫や渓流に降り積もった落葉を食べて成長する水生昆虫が種類、量ともに多く、それを捕食するイワナやヤマメをはじめ、川をさかのぼるサケ、サクラマスなど、サケ科魚類の宝庫であること。
  • 動画「世界自然遺産白神山地ブナの原生林 美しき森と水の賛歌」・・・15分56秒
  • ブナ帯と木地屋・・・木地屋は、主にブナ帯に生えるブナ、トチノキ、クリ、カエデ類、ミズキなどの樹木を利用した。彼らは山中に仮小屋を建てて、樹木を伐採し、木地を挽いた。使える樹木を伐り尽くすと他所に移動していった。彼らは、マタギの巻物と同じく、全国の八合目以上の山の森林を自由に伐採できるという文書「綸旨(りんじ)」を持っていた。秋田県湯沢市皆瀬の木地山こけしで有名な小椋家の先祖は、木地屋の元締めとされる滋賀県愛知郡東小椋村を本拠地とする小椋姓の木地屋である。
  • ブナ林とマタギ・・・マタギとは、古くから伝えられてきた作法や猟法を重んじてきた狩猟集団、あるいは個人(一人マタギ)である。昔からマタギと呼ばれていたのは、秋田・青森・岩手の北東北三県のみである。しかし、戦後、マタギと言う言葉は広く使われるようになり、マタギと山人は同じ文化を持った仲間としてマタギ、あるいはマタギ集落と呼ぶのが慣例となっている。そのマタギ集落の分布と面的なブナ林の分布、ツキノワグマの分布は、ほぼ重なっている。だから1990年から毎年開催されている「マタギサミット」(主宰幹事・田口洋美)の正式名称は、「ブナ林と狩人の会」と命名されている。つまり、マタギは、昔から「ブナ林に生かされた伝統的な狩人」と言い換えることもできる。
  • 和賀山塊の主・元日本一のブナ(仙北市)・・・幹周り8.6m、樹高24m。
  • 白神のシンボル「400年ブナ」(藤里町)・・・幹周り4.85m、胸高直径154cm、樹高26m。
  • 白神のマザーツリー(津軽峠付近)・・・幹周り4.65m、胸高直径148cm、樹高30m。
  • 八塩山「ブナ巨大コブ
  • マザーツリー・母なる木ブナ・・・ブナの森は、豊かな生態系と生きとし生けるもの全ての命を育む母のような存在で、その中でも一際大きな巨樹をその森のシンボルとして「母なる木=マザーツリー」と呼んでいる。上の写真は、太平山系の奥山で発見したブナの巨樹だが、その根元のコブが、まるで女神のような顔をしているので、勝手に「マザーツリー」と呼んでいる。
参 考 文 献
「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
「里山の花木ハンドブック」(多田多恵子、NHK出版)
「講談社ネイチャー図鑑 樹木」(菱山忠三郎、講談社)
「ブナの森と生きる」(北村昌美、PHP選書)
「週刊日本の樹木01ブナ」(学研グラフィック百科)
「日本の森列伝 自然と人が織りなす物語」(米倉久邦、山と渓谷社)
「広葉樹の文化」(広葉樹文化協会編、海青社)
「日本の樹木」(舘野正樹、ちくま新書)
「滅びゆく森・ブナ」(工藤父母道、思索社)
「白神自然ガイド」(根深誠、山と渓谷社)      
「ブナ林の自然誌」(原正利編、平凡社)
「NHK趣味悠々 樹木ウォッチング」(日本放送出版協会)
「日本文化の基層を探る ナラ林文化と照葉樹林文化」(佐々木高明、日本放送出版協会)
「ブナ帯文化」(梅原猛ほか、新思索社)
「世界遺産白神山地 自然体験・観察・観光ガイド」(根深誠、七つ森書館)